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2009年9月

2009年9月30日 (水)

続・遺跡発掘

 まず、いささか長い引用となるが、以下は拙著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』の冒頭書き出し部分である。

 宮城県上高森遺跡は、約七十万年前の石器が発見されたところとして有名になった。ところが、それは藤村新一東北旧石器文化研究所副理事長があらかじめ埋めておいた石器であることが発覚し、2000年十一月五日の毎日新聞に一面トップで報道された。その後同所副理事長が関与した遺跡は四十二カ所にのぼることがわかり、同県座散乱木(ざざらぎ)遺跡以来二十年間にわたる前期旧石器発見はすべて空中分解してしまった。

 これで国内で発見される石器は、確実性のある三、四万年前の旧石器という線からスタートの切り直しということになった。

 事件報道の十日前、私は同研究所の理事長である鎌田俊明氏のセミナーに参加をした。鎌田氏は、僧職で二カ所の幼稚園を経営する一方、NPO団体である同研究所を創設し、考古学の専門知識を生かして精力的な活動をされている篤志家である。

 同氏は東北地方の前期旧石器発見の概略を説明する中で、藤村氏のあいつぐ新発見に「神の手」という表現を用いていた。ということは、すでに「ある、いぶかしさ」が内部でささやかれていながら、アマチュアである新聞記者に指摘されるまで、身内を疑うことができなかったということである。

 それならば、他の学者のチェックがあってしかるべきだが、03年五月に発表された日本考古学会の最終報告によると「旧石器は旧石器、縄文は縄文という時代割り、東北は東北、関東は関東という地域割りの細分化された専門領域の谷間に落ちている研究者の現状を反映」しているのだという。

 これほどだとは思わなかったが、考古学に限らず、他の学会や官僚の世界に巣くう積年の病弊の現れで、もって他山の石とすべきであろう。

 なぜ引用したかというと、今日(9/30)、島根県出雲市多伎(たき)町の砂原遺跡で、約12万年前の前・中期旧石器を発見したという各紙の報道があったからである。

 これは、上記の03年におこなわれた後期旧石器時代以前の遺跡を全面的に否定してから、初めての《最古の石器》発見発表である。ただし、捏造事件発覚以前に発見されていた金取(かねどり)遺跡(岩手県遠野市、約9万年前)が、再調査の結果間違いなさそうだ、という判断をその後に得ているということはある(岩手日報)。

 毎日新聞が、捏造事件スクープの時は1面トップだったが、今回は24面の第2社会面4段抜きで、「慎重な意見も」というサブタイトルをつけるなど、慎重さが目立つ。これは捏造事件で受けた考古学会のショックがあまりにも大きく、マスコミにはくどいほどカッコ付きであることを強調するからであろう。

 しかし、事件を受けて発表前のフォローアップは万全を期しているはずだし、学会もマスコミも「羮(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」になってはいないか。このことは、縄文時代以前に日本に人が住んでいた確たる証拠になる。

 その石器を作った人がネアンデルタール人か、新人(ホモサピエンス)か、あるいはそれらの混血なのか、さらにまた日本人の先祖としてつながるのか、それともいったん途絶えたあと、4万年ほど前大挙して渡ってきた新人なのか、大いに興味を引く問題である。やはり学者は元気のいい方がいい。

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2009年9月29日 (火)

幻と化す政界再編

 自民党総裁選の結果が出た。
          議員票   党員票   計
谷垣禎一 120(61%)180(60%)300(60%)
河野太郎  35(18%)109(36%)144(29%)
西村康稔    43 (22%)  11(4%) 54(11%)

 また、新総裁は党内人事で幹事長に大島理森・前国会対策委員長(63・高村派)、政調会長に石破茂・前農相(62・額賀派)、総務会長には田野瀬良太郎・元財務副大臣(65・山崎派)を起用する。長年中枢を支配した町村派(旧・森派)は3役から排除、与党の閣僚起用に対応した谷垣氏らしい重厚な布陣となった。

 総選挙で民主党の圧倒的な優勢が伝えられる前、自・民の過半数割れがあれば、政界再編が避けられない、というのが大方の見方だった。また両党の内部の不一致から、むしろそうあってしかるべき、という肯定的な意見もすくなくなかった。

 しかし、もう半年前に考えたような政界再編は当分はないだろう。選挙前に反麻生で脱党も辞さない勢いを示した勢力もすっかり声をひそめ、渡辺みんなの党というヌエ的存在の小会派が残っただけである。大勝した民主党側には当面分裂する要素が見あたらない。

 そこで、上記の自民党総裁選の結果の中から将来をうかがえるものがあるかどうかを考えた。平沢勝栄代議士は「10月の参院補欠選挙、そして来年の参院選で負ければ、党は分裂、永久野党の始まりになってしまう」(サンデー毎日10/11)と言っている。

 まず、谷垣氏の得票は、議員・党員いずれも60~61%と揃っている。河野・西村両氏には、圧倒的な差をつけて勝利したことになる。これは、国民が望んでいる自民党の立ち直った姿を、健全、穏健な保守本流にあると見たためではないか。

 政治家を色わけして見たくはないが、河野氏は年代交替と新自由主義を強調していたようだし、西村氏は、経歴だけでなくその信条も安倍元総理と極めて近い存在のようだ。極端にいうと、中道右派対「ネオリベ」、「ネオコン」の戦いに擬することもできる。

 河野氏はその主張が明白で、過激とさえいわれ、あいまいさを政界遊泳のこつと考える同僚議員の支持が得られなかった。したがって、18%35人の支持票は、掛け値なしの同志を結集したと見ていい。しかし、谷垣総裁の采配で野党としての政策に河野氏の意見のいくらかが取り入れられれば、彼の潔癖な姿勢から背反・脱党という事態は起きないだろう。

 問題は西村氏だ。43人22%は、語られているように派閥の長あたりから出た締め付けがあったとすれば、党員票の出方からみても相当割り引いて見なければならない。党を割ってでも同志として行動を共にするという議員は、党員票11%との差の中間あたりとしても30人に達しないのではないか。

 これに、右派無所属・平沼赳夫氏らや民主の極右議員を加えてもかつての公明党の勢力には及ばない。しかし、共産党同様、純粋野党として存在感を示すというのであれば、それはそれで立派な選択かも知れない。いずれにしても政界再編は、すこし先の遠い話になってしまった。

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2009年9月28日 (月)

アジア共同体とEU

 前々回の「鳩山外交☆☆☆」は、当塾にしてははしゃぎすぎのような気もした。しかし、それなりの理由はあるのだ。このブログの前身「反戦老年委員会」でEUをはじめて取り上げたのが、4年以上前の05年5月30日だった。

 そこでは、EU憲法案をフランスの国民投票が否決したことに触れている。日本のマスコミの反応が冷ややかで、EUの限界を示唆するような後ろ向きな論調が多かったように記憶している。しかし、そういった皮相的な見方より、これまでの実績、効果が評価され、多少の不調和音があっても後戻りはありえない、と考えていた。

 そして、日本とアジアの現状では、同年春先に起きた中国の大規模な反日デモの余韻が続き、小泉首相の靖国神社参拝にこだわる硬直的発言で、中・韓との善隣外交は最悪の時期にあった。ブログは、欧州における平和構築の知恵として始まったEUにくらべ、東アジアは「百年河清を待つ現状か」と慨嘆した記事になっている。

 以後、「反戦」を題名にする当ブログはたびたび「共同体」をテーマにあげ、「東アジア共同体」というカテゴリ設けて訴えてきたが、「大東亜共栄圏の再現」などという批判のほかは、見るべき反応がなかった。

 それは、荒野で声をからして叫んでもこだますら帰らないむなしさに似ていた。民主党の今回の公約にはあったが、鳩山首相はこのたび国連の場ではじめて公言し、近隣外交の基軸に据えた。モデルになる欧州共同体の理念が生まれたのは、遠く150年以上も前の文豪ヴィクトル・ユゴーに始まる。

 それが緒についたのは第2次大戦後だが、実現に向けて影響力のあったのはオーストリアの政治家カレルギー伯で、「友愛」は、首相の祖父・一郎がその著書から得た思想に感激して唱えたものだ。したがって鳩山首相の理念には筋金が通っている。私が百万の味方を得たように舞い上がるのは、一時的であろうとも許していただけると思う。

(参考)「安保政策でチェンジを」
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-6ad8.html

 これまでも「東アジア共同体」と言う言葉は、福田元首相をはじめ口にされてきたことはある。また、TVのワイドショウに出てくる勉強不足の大学教授などが、最近になっても「中国との主導権争いになる」とか「日本が中国の東海自治区になる」という極端な無責任発言を振りまき、必ず「アメリカとの関係を危うくする」という、時代錯誤の結論をつけ加える。

 こういった発想は、大東亜共栄圏のような盟主の決まった覇権主義、かつての閉鎖的なブロック経済主義を「東アジア共同体構想」とダブらせているのだろう。また、欧州共同体そもそもの理念・目的をはじめその組織、共通の利益追求、決定のルール、主権の委譲と尊重、発展と蹉跌の歴史など知らずに言っているとしか思えない。

 東アジア各国はそれぞれ「言語の系統が違う」「体制が違う」「価値観が違う」「歴史認識が違う」「日本を否定的に見る中国人6割、中国を否定的に見る日本人7割」などという発言にもそれが表れている。フランスとドイツの間柄がそうだったように、私は対立が深ければ深いほど共同体への熱意と動機が深まると思う。

 日本の侵略への反省、日本敵視の教育、領土問題、核や環境問題などの議論を深化させ、共同化で解決する方法があるかどうか、またその順序をどうするかを探る。経済問題はあくまでもその手段であって目的ではない。EUと並べてみて「共通通貨などできるわけがない」とは誰でも言える。EUはここまで半世紀以上をかけているのた。できることからやればいい。

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2009年9月26日 (土)

遺跡発掘

2009_09260004  高速道建設予定地での遺跡発掘が進む。右側は、瓦・陶器などの登窯、鐘などの鋳物製造場所跡、左下は低地の川筋跡から発見された多数の文字や絵入り土器が発見された場所である。これらにより、8世紀から9世紀にかけて、文献ではほとんど確認されていない下総国府の全体像が浮かび上がってきた。

 2009_09260001 出土した墨書土器などから、国庁の位置とその向き、またそれを中心とした右京・左京の区割り、国分僧寺・尼寺の立地、遊女や博士館などの存在、郡家・曹司の想定などがわかり、平城京を模した古代地方都市の姿を彷彿とさせている。

 国費を浪費してきたダムや大型道路工事が中止されると、こういった副産物をあまり期待でなくなりそうだ。また、発掘にあたる当事者は、国・地方の公務員天下り先でもある財団法人が多いだろう。「ムダの洗い直し」は大いに結構で進めて欲しいが、国、ふるさとの歴史に掘り起こしに蓋をされてしまうとなると、これもまた淋しい。

 民主党の政策に逆らう気は全くないが、文化・文明はかつての王侯・貴族の無駄遣いから多く生まれている。国だからできること、またやらなければならないこと、こういった面も長い目で見ておいてほしいという気がする。

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2009年9月25日 (金)

鳩山外交は☆☆☆

 総選挙では民主党の勝利を願った。そしてその勝ちっぷりは予想を越えた。反・民主党陣営の期待を裏切り、小沢幹事長との軋轢もなく組閣を無難にこなした。そして息つく間もなく外交の表舞台に飛び立ったが、ここまで日本の外交が輝いて見えたことはかつてない、と言えばほめ過ぎになるだろうか。

 次の日曜日に世論調査をする社が仮にあれば、内閣発足当時のご祝儀支持率をさらに上回るという前例にない結果がでるかも知れない。もちろん新聞各社の論調が言うように、これから発言に肉付けするためは、至難の業が待ちかまえている。

 自ら安保理の議長を買って出たオバマ米大統領も、国連の分担金滞納を放置し、事務総長身辺の不正をかぎまわり、国連をあってないような地位におとしめたブッシュ時代との違いを際だたせた。しかし鳩山首相の存在感は、決してオバマに劣るものではなかった。

 それは、オバマ以上に議会対策を気にしないでいい政治基盤と、一時いわれた対米関係への懸念が報じられたようなものでなかったことに自信を持ったからであろう。これが仮に自民党内閣の総理だったら、オバマ発言口移しのことしか言えず、国際舞台で注目される場面がなかったに違いない。

 選挙では、外交はほとんど争点として取り上げられることはなかった。しかし、鳩山首相の国際舞台での発言は国際公約である。単なる目標であっても、それに反する行動はとれない。例えば安保理発言で「非核3原則を堅持することを改めて誓う」と言っているのに、あとで「かつてアメリカとの間で核持ち込みに対する密約があることがわかったので2原則にします」などと言えるだろうか。

 このほか、当塾がかねて主張してきたこと↓に関連する事項をここに抜粋しておきたい。
オバマに提案
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-2b1a.html
アフガンの出口
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-1de4.html

安保理決議
【非核兵器地帯条約】非核兵器地帯条約締結に向けた動きを歓迎、支持。
【非核保有国に対する核の不使用】NPT加盟の非核保有国に対し、核兵器を使わないと保証した核保有5カ国の声明(95年の決議)を想起し、こうした保証が不拡散体制を強化することを確認。

 例えば日・韓・北朝鮮の3国でこの条約を結ぶ(北東アジア非核地帯宣言)ことに対し安保理が歓迎、支持を与えるだけでなく、核保有国である米・ロ・中はこの地域に核兵器を使用しない保証、つまり6カ国協議参加国による条約化も視野にはいってくる。

国連総会鳩山首相一般討論演説
 東洋と西洋、先進国と途上国、多様な文明の間で架け橋となるべく全力を尽くす、というのが骨子。それに5項目をあげている。第一が世界経済危機への対処、2番目が気候変動問題、第3に核軍縮・不拡散への挑戦をあげる。

 この中で北朝鮮問題に触れ「6者協議を通じ朝鮮半島の非核化実現の努力を続ける」と締めくくっている。第4が平和構築・開発・貧困でアフガン対策に乗りだすことをいうが、これが当塾の主張「アフガンの出口探し」につかがれば理想的だ。

 最後の第5が東アジア共同体の構築であり、当塾がカテゴリを設け強調している究極の平和追求体制である。これは国内にもまだまだ誤解があり、軌道に乗せるのには半世紀では足りないだろう。しかし、ASEANなどとの関連でこの主導権が中国に行きかけていたのを、鳩山外交で手前に引き寄せた効果は大きい。 

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2009年9月24日 (木)

宇垣一成

 前回「国語力」というテーマで、現在の政治家が発信する「国語力」について記事を書いた。そのあと、武田泰淳の『政治家の文章』という旧著(1960年、岩波新書)があることに気づいた。以下がその冒頭にある、当時陸軍次官宇垣一成の大正13年元旦の日記である。

 「光輝ある三千年の歴史を有する帝国の運命盛衰は繋りて吾一人にある。親愛する七千万同朋の栄辱興亡は預かりて吾一身にある。余は此の森厳なる責任感と崇高なる真面目とを以て勇往する。余は進取、積極、放胆、活溌、偉大の精神意気を以て驀進する。世態人情の趨向は余に此の決意を一層鞏固ならしめたり。」

 政治家として活躍するのはこの後だが、「文人」ならぬ軍人の文章としてはなかなか格調が高い。彼の日記は、昭和史の前半でよく引用されるが、武田がこの章の題にしたような、「政党政派を超越したる偉人」の文章、という評価にはとても従えない。

 それより、日本が大陸侵略の野心を隠さなくなったこの時期の軍人に、「光輝ある三千年の歴史を有する帝国の運命盛衰」という万世一系、皇国史観が根付いていたことである。「記念碑の流浪」で書いた、昭和8年の「狂気のような皇民化教育のはじまり」は、10年前、すでに軍指導者の信念として芽生えていたのだ。

 宇垣は明治23年、陸軍士官学校の第1期卒業生である。前年に帝国憲法が発布され、その年に教育勅語が生まれて、天皇は「神聖にして侵すべからざる」統帥者の地位に君臨した。さらに日露戦争を経た明治末期には、天皇暗殺を嫌疑とする大逆事件、南北朝正閏問題論争が起きたりする。

 いずれも、天皇絶対化への布石として作用する。南北朝正閏問題というのは、後醍醐天皇の時代(1336)から半世紀以上にわたり天皇家が南北の2系統に分裂していた史実を教科書がどう扱うか、またどちらを正統とするかについて、マスコミや国会まで巻き込んだ論争である。

 結局、徳川光圀が編纂させた『大日本史』、つまり勤王・水戸学の解釈で、南朝を正統とする天皇の決裁を得た。そこで当時南朝に与した楠木正成、徳川家が先祖と称する新田義貞などが賞賛すべき勤王の忠臣としてもてはやされ、北朝についた足利尊氏は賊臣の巨魁としてさげすまされることになった。

 私たちもそういう教育を受けたわけである。天皇絶対視が明治憲法発布、日露戦争・第1次大戦、満州事変後の3段階に分けて考えられるような気がするのだが、まだそれを論証するような材料は持ち合わせていない。
 

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2009年9月23日 (水)

国語力

 麻生内閣が消滅してまだ1週間もたっていないのに、遠い過去のような気がする。気のよいマスコミは「去る者を追わず」で、自民党の敗因、総理、総裁の責任追及もそこそこに新政権に関心を移してしまった。

 自民党がここまで惨めな負け方をした最大の理由は何か、政策や政権運営などでなく、私は麻生総理の「漢字読み違い癖」をあげたい。もろもろの原因が重なっていることは事実だが、踏襲を「ふしゅう」などといってしまうような幼稚語の連発だ。

 ネットで検索すれば「読み違い一覧表」のようなものがいくらでもでてくる。庶民は親近感を通り越して、「なんだ、知識や教養のレベルは俺より下じゃないか」と思わせてしまったことである。

 カリスマ性とまではいかなくても「やはり総理大臣になるような人は違う」というところがなければ、支持率が上がるわけがない。庶民に「この程度の総理」と思われては、どんな立派な采配をふるっても、すべて底が浅く失政のもとのように見えてしまうのだ。

 オバマ大統領は、言葉を大切にすることで支持に深みを増した。政治は言葉であるといっても過言ではない。このブログにとって、戦時中の政治はもっぱら批判の対象であるが、こんなこともあった。橋田邦彦文相が「科学する」とやってしまったのだ。

 ゴウゴウたる非難の輪がひろがった(金田一晴彦『日本語』岩波新書)。今では「何が問題?」と言われてしまいそうな話だ。「そんな動詞はない」というのが理由で、大臣が語る日本語に対してこれだけ厳しい評価を受ける。うっかり「メールする」などとは言えないことになる。

 しかし、麻生氏の読み違いは日本語の乱れ以前の次元の低い問題だ。見過ごせる範囲を超えているということだろう。鳩山総理の英語による国連演説(地球温暖化対策としての排出ガス25%削減など)に万雷の拍手が起きた(産経新聞)という。鳩山首相の英語力評価をする能力はないが、これからは日本語に加え、英語力も身に付いていなければならない。たいへんなことだ。

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2009年9月21日 (月)

試される鳩山外交

 今日21日、鳩山由紀夫首相がアメリカに向けて出発、鳩山新外交の第一歩を踏み出す。23日、オバマ米大統領との初会談を皮切りに、主要20カ国・地域(G20)金融サミットに出席し、中国、ロシア等の首脳にも個別に会う。

 海外からのニュースは、地球温暖化問題に対し、公約として温室効果ガス25%削減を打ち出したことが、ヨーロッパのみにとどまらず、アメリカ国内からも歓迎と期待をもって迎えられていることを伝えている。鳩山首相は、この問題について22日の国連気候変動ハイレベル会議で、詳細を提言する。

 このような、米政権のカーボンコピーではない、しかも具体的な提案をすることで、一挙に日本の存在感を増したことは間違いない。このさき、打ち上げ花火ではなく成果を上げられるかどうか、岡田外相以下のスタッフの手腕、国民(議会)の支持如何にかかわってくる。

 安全保障問題では、北朝鮮問題やアフガン問題で具体策が示せるかどうか。拉致問題で日本の制裁強化策、インド洋の給油問題処理などは事務レベルの話だ。根本的解決に向けた具体案を示すには、それなりの慎重さや時間がかかるだろう。

 直ちに発足早々の政府に、無理な注文はつけられない。しかし、個別首脳会談でそれだけの意気込みを伝え協力を要請することはできる。このブログも取るに足りないことを承知の上で奔放な意見を言ってきた。

アフガンの出口を作れ
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-1de4.html
オバマに提案してください
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-2b1a.html

 明治、大正の先祖のように、政治家だけにまかせず外交についても大いに素人意見をたたかわすべきだと思う。そういった意味も含め、サミット以後に予定されるこういったニュースも大いに注目したいものだ。

 政府はアフガニスタン和平に向けた関係各国の高級事務レベル協議を11月下旬に東京で開催する方針を固め、最終調整に入った。複数の政府、与党関係者が19日、明らかにした。アフガン和平に主導的な役割を果たすことで、来年1月に期限を迎えるインド洋での海上自衛隊による給油活動撤収の環境整備も狙う。アフガン、パキスタン、イラン、米国、欧州連合(EU)などが参加する方向だ。【2009年9月19日(土)17時48分配信 共同通信=niftyニュース】

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2009年9月20日 (日)

夕暮れ

2009_0919

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2009年9月19日 (土)

記念碑の流浪

 史跡名勝天然記念物保存法ニ依ル史蹟トシテ昭和九年十一月一日文部大臣指定

2009_09190003 と鮮やかに彫ってある。正面は、「明治天皇行在所」とその地名である。行在(あんざい)所とは、旅行または視察の途中立ち寄ったとか昼食をとったという意味で、都心から遠くないここで泊まったわけではない。
 
 この碑のあるところは、博物館の建物の裏である。本来あるべき位置ではない。建立されて10年余り、戦争に負けて天皇の権威は地に落ちた。多分進駐軍の目に触れてもろくなことはない、ということで現地から解体撤去され、石材屋にしばらくの間ころがっていた。

 それを自治体が引き取り、この場に石造物の一つとして移設、展示?したという説明がある。法律がどうなっているか知らないが、現在にそんな国指定の史跡はない。とり消されたのであろうか。それともうやむやにしたままなのだろうか。碑そのものに歴史上の価値はない。しかし碑の変転・流浪は立派な歴史的記念物である。

 昭和史研究の泰斗・保阪正康は、昭和8年が日本人を皇民化して戦争に駆り立てる運動の始まりだという。軍部と文部省の合作で、国定教科書は全面改定きれた。小学1年は入学するといきなり「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」で、2年生では「テンノウヘイカハ、ワガ大日本テイコクヲ オヲサメニナル、タツトイオンカタデアラセラレマス」などとなる。

 9年になると、10月1日に陸軍省は「国防の本義とその強化の提唱」いわゆる陸軍バンフレットを発行、今でいうマニフェストのようなもので国政全般に間接的な関与を試みる。また10年には議会で美濃部達吉博士の「天皇機関説」攻撃が始まり、政府は「国体明徴声明」を発表する。

 こうして、天皇は世界に君臨すべき神としてまつりあげられる。天孫光臨、万世一系の中でも軍事大国の道を開いた明治天皇は、特別に尊崇すべき天皇だった。その立ち寄り先が神聖視され、たった20数年前に亡くなった天皇なのに、史蹟にするという、狂気にも似た気の入れようだ。

 その時の文部大臣は、鳩山一郎。友愛を旗印に躍り出た鳩山由紀夫総理の祖父であったことも、反省すべき教訓として是非念頭に置いて欲しい。

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2009年9月18日 (金)

問われる「保守」の中味

 アメリカが東欧のポーランドとチェコに配備を予定していたミサイル防衛(MD)システムの計画見直しを発表した。イランからヨーロッパに向かうミサイルを捕捉、撃墜させるためだという。たしかにイギリスをねらうなら通り道になるかもしれない。

 ロシアがこれに猛反発していた。ロシアはMDシステムそのものに反対している。核弾頭や、長距離ミサイルの数を制限する条約を結んでも、片方だけにそれを途中で撃墜するシステムができれば意味をなさなくなるからだ。

 核廃絶を掲げた米オバマ政権がこのシステム開発や配備に慎重になるのは当然だ。イランが核ミサイルでイギリスを攻撃するという想定は、北朝鮮が第7艦隊司令部があるハワイを攻撃するというのと同様、現実味のないゲームの世界の話にすぎない。

 これに対して、米国内の保守派が「同盟国の切り捨て」と反発するのは必至(毎日新聞)だという。MD計画推進は、ブッシュ政権の国防政策の目玉だった。保守派がいう「同盟国」には、ロシアを脅威と感じる東欧の設置国も含まれている。

 自国の防衛ではなく、「同盟国」を理由にするいかがわしさは何なんだろう。日本で同じことが起きたとき、果たして「同盟国のため」というのだろうか。これまでの自民政権は、さかんに「日本の安全に寄与する」と繰り返してきた。何度も念を押すが、日本に落ちてこないテポドンを打ち落としても日本の安全に結びつく保証はない。

 冷戦構造に終止符を打とうというオバマの構想のもと、MD戦略は破綻を来たそうとしている。しかしオバマは非常に慎重である。イラク撤退の代償としてアフガン増派を打ち出さなければならなかったように、ミサイル防衛も別のメニューの用意をほのめかし、国内世論に配慮している。

 それは“保守派”対策である。共和党内のブッシュ残党、ネオコン、宗教原理主義者、反共主義者それに表面化しないユダヤ・シンパ、白人至上主義、産・軍シンジケートなどが、偏狭なナショナリズムと結合してオバマの行く手を阻む議会勢力とならないよう、牽制するためだろう。

 鳩山内閣にも似たような前途が待ちかまえている。それを“保守派”と表現するのはどうもうまくない。落選した中川昭一元外相が結成した真・保守政策研究会などいうものがあるように、保守本流に対する傍系が本家を名乗りたいという動きもあった。

 そういった「望まざる」保守というか右派というか、どうもいい表現がない。このブログで「和製ネオコン」と言ってみたこともるが、やはりピントこない。浅薄な国粋主義者、人種差別・排外主義者、パワー・ポリティクス信奉者、歴史改ざん者そして、偏狭なナショナリズムに訴え政治利用しようとする自称愛国者たち、それらをいう、言い得て妙な言葉、あったら教えてください。

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2009年9月17日 (木)

地獄極楽図

浄玻璃にあらはれにけり脇差を
         差して女をいぢめるところ

飯の中ゆとろとろと上る炎見て
         ほそき炎口のおどろくところ

赤き池にひとりぼつちま真裸の
      をんな亡者の泣きゐるところ

いろいろの色の鬼ども集りて
          蓮の華にゆびさすところ

人の世に嘘をつきけるもろもろの
        亡者の舌を抜き居るところ

罪計に涙ながしてゐる亡者
        つみを計れば巌より重き

にんげんは牛馬となり岩負ひて
     牛頭馬頭どもの負ひ行くところ

をさな児の積みし小石を打くづし
        紺いろの鬼見てゐるところ

もろもろは裸になれと衣剥ぐ
        ひとりの婆の口赤きところ

白き華しろくかがやき赤き華
       あかき光りを放ちゐるところ

ゐるものは皆ありがたき顔をして
        雲ゆらゆらと下り来るところ

【明治三十九年作『斎藤茂吉歌集』】

 2009_09170002 地獄図は小学生の頃、大阪の四天王寺の庭で見た。息子は幼稚園卒園式の日、経営するお寺の庫裏から本堂に行く渡り廊下で見たという。30年、70年の昔のことである。強烈な印象がいつまでも抜けない。しかし、最近はとんとお目にかかることがない。

 教育上好ましくないとされているのだろうか?。もっと好ましくない画像が携帯の中まで入ってきている。昨今、親殺し、子殺し、放火、詐欺。地獄志願者が多いのはこれを見ていないからではないか。    

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2009年9月16日 (水)

4年前の種

 2009_09160002 ブログは、日記のようなものというのが最初の知識だった。だからできるだけ毎日更新するようにしている。題名にこだわっているわけではないが、マンネリ打開のため、たまには反戦ネタや政治ネタに無関係な内容にしたいと思っている。

 今日がその日である。写真の芽を出した大根の苗をご覧いただきたい。本葉をだした大きなものと双葉だけの小さなのが混在している。実は大きいのは4年ほど前に買った残り物の種。去年それでも育ったので、今年も、と思ったら芽をだしたのは3、4本だけ。

 あわてて去年買った種をその上に筋まきし、芽が出てきたのが小さい方。もう3、40年家庭菜園をやっているが、近所でも名高い惰農である。それでもそこそこ収穫があるというところが、素人農夫の醍醐味なのだ。

 4年前の種、といったところで……いけない!、政治に連想が行ってしまった。ブログを始めた年である。またその年小泉首相の靖国参拝がクローズアップされ、中国で反日デモが吹き荒れた。今日は、歴史的と言われる鳩山内閣が誕生する日である。

 ことさらの感想はないが、報道される閣僚候補に原口一博氏がいることが気になる。彼は民主党の中の数少ない「靖国神社に参拝する議員の会」メンバーである。私は4年前の考えがいつまでも残るのがいいとは考えていない。

 小沢さんではないが「変わらずに生きようと思えば人は変わらなければならない」でいいと思う。彼は、参拝をやめた安倍から福田首相になった去年も参拝しているようだから、まだまだ芽のでる種だと思われる。

 それでもなおかつ、一介の国会議員として、あるいは私人として参拝するのなら、歴史認識の浅さはともかく、その行為自体は拘束されるべきではない。しかし、北東アジアでの親善関係に力点を置く鳩山・岡田外交を支える内閣の一員になるのだ。

 組閣後の記者会見でそれを聞かれたら何と答えるのだろう。あるいは、そんな質問もでないほど、この問題は風化した問題だろうか。中国では風化していない。なぜ風化しないのか、しつこいのか、その疑問を解明する努力が日本ではまだ不十分だ。

 あーあ、また政治ブログになってしまった。

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2009年9月15日 (火)

アフガンの出口を作れ

 オバマはアフガンで岐路に立っている。国内問題でも国民皆保険や景気回復をめぐり、反対勢力からの猛攻を受けると、70%近くあった支持率も50%に限りなく近づく可能性がある。オバマの公約は、イラクからの撤兵を急ぎ、アフガンへは治安回復優先のため増派するというものだった。

 日本では大きな記事になっていないが、ウサマビンラディンが9月か10月になると恒例的に出すとされる「声明」が報道されている。アメリカのいわゆる「テロとの戦い」の本質を突くものであるが、軍事的解決しか頭にない各国からは無視されている。

 アフガンに世界一の軍事力をつぎ込み、NATOからも協力を得、さらにCIAという優秀な?諜報機関がありながら、8年経ってもまだビンラディン1人を確保できずに戦い続けている。彼の指揮下にあるアルカイダが敵だという。しかしその正体はつかみきれていない。

 また、当初アフガン国内で彼をかばって引き渡さなかったという理由でアフガンに侵攻、その当時の政権タリバンを倒しカルザイ政権を擁立した。だからタリバンも敵だというが、宗教的指導者のオマルもまだどこかで生きており、隠然とした勢力を保っている。

 タリバンはアフガン国内でも健在で、《戦闘が止まなければ、「かつてソビエト連邦を崩壊に追い込んだように、あらゆる手段を用いて、あなた方(米国民)に対し消耗戦を続ける」ということになるだろう》という、ビンラディンの警告は真実味を帯びている。

 ビンラディンの声明は、米国民に呼びかける形になっている。そして、一般にオバマに対する挑戦のようにとられているが、これまでのブッシュ政策やネオコンの存在と対比して批判する形をとっており、政策の変更こそ解決への道であることを示唆している。

 当初の米軍増派の理由とされたアフガンの大統領選挙は終わった。皮肉なことに国内の7、8割を実質支配しているタリバンとの融和を説き、外国軍隊の撤退を主張するカルザイ氏が留任することは、ほぼ確実だ。

 アフガンに駐留する外国軍の立場はますます苦境に立つことになる。駐留を続ける理由は、撤退すると治安が悪化するということである。それはあり得るだろう。イラクがまさにそこから抜け出せない。

  それでもアメリカはオバマの方針を貫いた。 その分をアフガンに増派、ということになったのは、「アメリカはテロとの戦いに負けた」ということには絶対したくないからだ。アメリカ国民がそれを許さないし、オバマもそれでは選挙に勝てない。 ヨーロッパ諸国もそれは同じだが、現実の厳しさからだんだん撤退論に傾いている。

 さて日本だが、選挙に勝った民主党は、「テロの温床を除去するために、アフガニスタンの実態を踏まえた支援策を検討し“貧困の根絶”と“国家の再建”に主体的役割を果たす(3党連立合意)」としている。

 「インド洋の給油活動の延長はせず」の代替として、国際治安支援部隊(ISAF)への協力などを安易に持ち出す前に日本にはすることがある。それは、カルザイ政権、タリバン良識派、パキスタンなどと話し合い、アフガン戦争の出口をさぐることである。

 オバマの苦境を救い、ECから感謝され、日本が国際社会に外交で存在感をしめすのにはこれしかない。海上給油は別として派兵当事国でなく、過去アフガンに覇権を競った歴史もなく、タリバンと戦ったソ連や国内にイスラムの火種をかかえる中国にはできず、宗教上の確執もない。

 平和憲法を堅持し、アメリカと役割分担し対等なパートナーシップを築くことをモットーに政権交代をした日本、今こそ絶好の外交一流国へのチャンスである。外交の継続はブッシュ・小泉体制をだらだらと続けることではない。重ねていう。「アフガン戦争の出口を作ること」、民生支援はそのあとでいい。

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2009年9月14日 (月)

号外が出るニュース

 イチローが9年連続200本安打を打ったということで、14日昼頃号外が出た。あと2本、しかも今日はダブルヘッダーで記録達成はほぼ確実とみられていた。実況を見ると観客席はがらがらである。その瞬間を見たい知りたいというのは、日本人だけでアメリカでは号外がでるほどのことではないようだ。

 16日に首班指名、鳩山総理大臣実現。これもあらかじめわかっていることだが、そうなった瞬間に号外が飛ぶ、などということはまずあり得ないだろう。新内閣も、主要な顔ぶれはすでに決まっており、残りが今日明日にでも表沙汰になれば、ニュース価値が低くなりこれも号外ものではない。

 戦後初の選挙による政権交代、といっても、いまひとつ緊張感というか盛り上がりに欠けることは、どうも気にかかることだ。新聞アンケートで、「自民党に立ち直ってほしい」という意見が70%以上あることや、進歩的なブログに多い「民主党は所詮第2自民党だから」という突き放した意見も影響していることだろう。

 「日本の民主主義がここまで成熟している証拠である」などといえば、まっ先に笑い転げるのは日本人自身だ。せめてどうだろう。自民党の総裁選結果で号外がでるなどのことは?。かつて野党の代表者決定で号外などでたてめしはない。

 そのくらいのことがないと日本は活性化しない。イチローの偉業に意外性がなくても、号外の価値があったのは、その意欲と努力の裏づけをたしかめたかったからだ。ただし断って置くが、腰に鈴をつけて走りまわった「南京陥落」「大本営発表」「号外!号外!」だけは二度とごめんだ。

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2009年9月12日 (土)

ECとEUの違い

 まず何の略号かを書きます。

EC→European Community(欧州共同体)。ただしフランス語では(Communauté européene)でCEになります。

EU→European Union(欧州連合)。ただしフランス語では(Union européene)でUEになります。

ついでにEEC→European Economic Community(欧州経済共同体)。上二つと同様、フランス語ではCEEといいます。

 よく知られているように、その始まりは、1958年1月1日誕生のCECA(欧州石炭鉄鋼共同体)です。参加国は、フランス、西ドイツ、イタリア、ベネルックス3国(オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)の6カ国です。イギリスは参加していないので、フランス語式の略号が正式です。

 それがほかの産業にも波及、EECとなり参加国もふえました。またEECは、別に欧州原子力共同体(CEEA)を作りましたが後に両組織を統合(1967年)、EC(欧州連合)と名を変え、現在は当初の4倍以上になっています。

 ECは一段と高い段階に進むため、閣僚理事会のほか同盟各国首脳による定例会議を設けました。それを欧州理事会と呼びます。その理事会の果たす役割として、マーストリヒト条約(1993年11月発効)は「共通外交・安全保障政策」の責任をつけ加えました。

 これでEU(欧州連合)の中味が固まります。したがってECはEUを構成する重要な柱で、消滅したわけではありません。加盟各国は、EUに主権の一部を委譲していますが、EUが外交政策などで発揮できるのは、あくまでも決議を経た共通事項だけです。

 したがって、G8などのサミットにも加盟国の立場を代表して参加はしますが、英・仏・独・伊など主要各国と平行して出席することになります。いずれにしても、EUは「壮大な実験」と言われているとおりまだ完成品ではありません。これからも名を変え、姿を変えていくことが十分に考えられます。

EUシリーズはカテゴリ「東アジア共同体」でご覧下さい。

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2009年9月11日 (金)

アジア主義

 以前、東アジア共同体のことを記事にした際、「そんなのは、昔の大東亜共栄圏と一緒じゃないか、EU各国は同じ宗教で人種も近く通じやすいが、中国、朝鮮は言葉も違うし価値観も違い日本とは水と油。領土問題もあり日本の脅威だ。共産国を含めた共同体などできるはずがない」という趣旨のコメントをもらったことがある。

 さらに、そういった考えは、「共同体など作れば中国の意のままにされ、遂には日本が飲み込まれてしまう。日本を中国に売り渡そうとするものだ」という危機感を持った孤立、排外主義者、またはパワー・ポリティックス信奉者に多いようだ。

 「アジア主義」という言葉がある。そういった考えが出てきたのは、日本で自由民権運動の盛んだった明治10年代、1880年頃からであろう。当初は、アジア各国が対等な立場に立って力を合わせるべきだという意見もあったようだ。

 その後明治憲法が制定され、天皇が絶対視されるにつれ、日本のアジア主義は日本を盟主に位置づけるようになった。それは日清・日露の戦争を経て日本がアジアの軍事大国として突出したことにより、さらに大陸進出に新たな観点をつけ加え、大東塾など多くの右翼の精神的支柱となって受け継がれていく。

 その系譜は軍部にも根をおろし、昭和の終戦時まで続く。欧州列強の植民地主義をはねかえし独自の発展を遂げるために、アジアが一致協力しなければならないという汎アジア主義の考えは、中国建国の父・孫文も一時は持っていた。

 大東亜共栄圏はその決着点のように見えるが、それまでのアジア主義とは全く性格を異にする。「大東亜共栄圏」は、第2次近衛内閣の時、日中戦争打開のため新体制運動と共に突如持ち出されたもので、満・蒙・中華の協和をうたうプロパガンダの一環であった。

 その後、太平洋戦争の広域化にともない松岡外相の談話で東南アジアはもとより、インド、オーストラリアまで範囲を拡大した。これは主義とか理念というものでなく、ちょうどブッシュ政権がいう「不安定の弧」やそれをまねした麻生元外相がいう「自由と繁栄の弧」という戦略目標に似ている。

 アジア主義が反植民地運動を起点にしているように、汎ヨーロッパ主義も当初はトルコの脅威から守るための協調、さらにはソ連の侵攻に備えた団結といったことが動機になっている。これはそのまま「集団的自衛権」の発想と言える。

 しかし、現EUの発端は全くこれらとは違う。長年対立を繰り返し、ヨーロッパを荒廃させたフランスとドイツ双方の調和点をさぐっり、紛争の種を一つずつ取りのぞくことから始まった。

 そして長い時間をかけてヨーロッパを一体とした共同化を計り、恒久平和の理想に近づこうということである。つまり、アジア共同体の発想は、かつてのアジア主義とは何の連続性もないといえよう。

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2009年9月10日 (木)

連立合意に思う

 民主・社民・国民新党の連立協議がようやく合意、調印に達した。ここ数日は社民党の要求である外交・防衛政策をめぐって各段階の協議が不調に終わり、一見、はらはらする場面があった。「一見」というのは、「できレース」とまでは言わないが、党首をはじめ幹部にそれほど深刻な顔は見られず、タイムスケジュールどおり進んだことだ。しかし素人目には、なんでここまで来てもめなくてはいれないのか、あるいはもめて見せなければいけないのか、理解に苦しむところがあった。

 新聞各社の本件に関する社説を見ると、その題名だけでわかるようにはっきり二つに分かれた。朝日が「政権に加わることの責任」、毎日は「民意に沿う政権運営を」で、社民には、「現実的な対応を」(朝日)、「抑制的な対応が必要」(毎日)と注文をつけている。これに対し、読売と産経は、それぞれ「日米同盟の火種とならないか」と「日米同盟維持に疑問を残す」という、政権不安説である。

 産経の右傾宣伝に注文をつける気は毛頭ないが、読売には言いたい。読売の報道姿勢は、産経と違って、いたずらに反権力を標榜せず、それが国民の利益や気持ちにそぐうものであれば、政府与党に進んで協力するということではなかったのか。

 国民は、小泉・安倍の対米一辺倒、まるでアメリカの属国のような同盟関係に持ち込んだことにNOの判断を下したのである。これは、マニフェストで見ても明白な争点になっている。新政権の日米交渉は、長い時間をかけ両国の信頼関係を築いた上で提起されるだろう。

 したがって交渉自体、決して容易な業ではないと覚悟しているはずだ。それを「火種」というなら、国民は火種を作るとを希望したのだ。最大の新聞社として、どうしたらこの国民の願いを叶えられるか、その環境づくりをすることが「読売」らしいのではないか。

 当塾の意見は朝・毎に近い。しかし冒頭に掲げた疑問は残されたままだ。ここまで社民がねばったのは、沖縄の基地問題解決のため、沖縄2区選出の照屋博徳議員が脱党をほのめかしてこだわったからだという情報がある。

 社民党は福島党首が張り切ったにもかかわらず、かろうじて前回の議員数を維持できたばかりである。ここで1人かけて7人が6人になったら福島さんの責任問題にもなりかねない。照屋さんも福島さんも交渉ごとが専門の弁護士出身である。新政権誕生を前に、子どものように駄々をこねていたとは思えない。

 沖縄の問題、基地問題はこのところとかく忘れられがちである。沖縄の与党議員になるに当たり、身を張って問題提起をしたという所だろうか。また受ける側の民主党も、アメリカとの交渉上、政権内に地位協定や基地問題をおろそかにできない強い意見があるということは、決してマイナスにはならない。

 吉田茂、岸信介元首相もアメリカとの交渉の際、国内の革新勢力が強く、このままでは反共のとりでとしての役割が果たせなくなる、といって多くの譲歩を獲得したとされている。まさか、そこまで読んで芝居を打っていたというのは、何がなんでもうがちすぎになるだろう。 

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2009年9月 9日 (水)

EUとNATOの違い

 東アジア共同体は、これまで福田元首相が言及したり新聞社説に取り上げられたりしたことはあるが、民主党の選挙マニフェストに掲載されてから急に注目され始めた。世界で最も先進的に機能しているのはEUで、主にその経済的な一面が日本でも認識されつつある。

 EUとは何ぞや、ということになると、その実態、仕組みは非常複雑でわかりにくく、ヨーロッパ人でさえ一般の人はそれをうまく説明することができないだろう。したがって、EUの憲法を作るなどという提案は、国民投票で否決されることが多い。

 このブログ(反戦塾)では、地域の究極的な平和・発展を追求するにはEUをモデルにした共同体を目指すのが最善であるとして、カテゴリーを設け勉強していきたいと思っているが、複雑・膨大でなかなか思うにまかせない。

 したがって、系統的に取り上げることはあきらめ、ブログの特徴を生かして思いつくまま断片的に取り上げていくことにした。手始めに、膨張し続けてきたEU加盟国と、日本の安保条約に相当する軍事同盟、NATO加盟国の関係を取り上げる。

   |■EUだけに加盟している国
   | アイルランド オーストリア スエーデン 
   E フィンランド キプロス マルタ
| U■EUとNATOの双方に加盟している国
N  27 フランス ドイツ イギリス イタリア 
A  カ オランダ ルクセンブルク デンマーク 
T  国 ハンガリー エストニア ラトビア ベルギー
O  | ポルトガル チェコ ギリシア スペイン 
28 | ボーランド スロバキア リトアニア
カ  | ブルガリア スロベニア ルーマニア
国  ■NATOだけに加盟している国
|  アメリカ カナダ トルコ ノルウェー 
|  アイスランド クロアチア アルバニア

 NATOはもともと、冷戦時のソ連を意識して結成されたもので、軍事力の突出したアメリカ軍が主導する態様は日米安保条約と共通している。しかし、NATO軍としての統一軍事行動はとれるものの、参加のしかたについては、それぞれの国の主権が尊重されるため2国間条約である日米同盟とは様相を異にする。

 イラク戦争には、イギリス、イタリアが参加しているが、フランス、ドイツなどNATOとしての参加はなく、アフガンでは国際治安支援部隊(ISAF)に参加しているが、最近はドイツ、フランスなど国内に撤退論が出てきている。

 NATOとEUは冷戦時、防衛と経済という役割分担がはっきりしていた。その後EUに軍事機関として西欧同盟(WEU)が検討課題となり、ユーゴ紛争の頃(98年)からアメリカ抜きの欧州防衛機能構築が具体化した。

 さらにアメリカ発の世界同時不況か追い打ちをかけ、アメリカ人の自尊心の高さにもかかわらいず、「テロとの戦い」が行方を失うことで、一極支配後退は避けられない現実となるだろう。
 

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2009年9月 8日 (火)

民主・公明・社民

 今日の毎日新聞に、公明党に関連する記事がふたつ出ている。一つは社説でありもう一つは第2社会面のベタ記事(東京14新版)である。題は、社説が「公明新体制、生活・平和の原点に戻れ」で、ベタ記事の方は「池田大作氏が核兵器廃絶へ提言」となっている。

 当塾は、戦争指向政治家を駆逐する上で、それが効果をもたらす政策であり政治力であれば、与野党、右左、政治基盤を問わず支持するという立場である。これは、小泉→安倍と続いた国政の流れに、戦後味わったことのない危機感を抱いたからで、政治信条全般に共鳴しているわけではない。

 さて、新聞記事の方であるが、題名からも想像されるとおり、公明党が惨敗を喫した連立10年にわたる政策面の総括、および自公選挙協力の威力により自信過剰に陥った反省と、野党としての解党的出直しを求めたものである。

 その中で、手前みそになるが、当ブログが周辺情報から憶測してきた公明主導の「福田降ろし」について、

 政策の一致点が多い福田首相の政権末期に「福田降ろし」を主導しようとしたのは、政策より選挙を優先させた結果だった。

 と社説に明記されるほど、覆いようのない事実だったことが証明された。たとえは悪いが、深みにはまりそうな福田に浮き輪を投げればいいものを、かわりに泳ぎがうまそうに見える麻生に交替させ、麻生も危ないと見て救いにいったところを、今度はしがみつかれ、ついにふたりとも溺れるという図だ。

 太田代表が比例重複立候補の道を絶って背水の陣を敷いたという段階で、すでに更迭は決まっていたに違いない。選挙後直ちに新陣容による野党としての建て直しに入り、今後大変貌を遂げるだろう。太田と同じ失敗は許されないからだ。

 もう一つの記事、創価学会の池田大作提言である。聖教新聞はトップ記事から他の面まで使って、なお明日に続けると言うことでまとめきれず、ここではとりあえず毎日の記事を一部引用する。

 被爆国日本が非核三原則を堅持し、「永遠に核兵器を保有しない」と宣言しリーダーシップを発揮するよう求める内容。また、北朝鮮を含めた北東アジアの平和実現のため、6カ国協議の参加国で「核不使用宣言地域」の設置も提言している。

 これもまた、当ブログが5日前に提言した「オバマに提案してください」と同趣旨である。新しく生まれ変わる公明党は、この実現に向けて鳩山内閣を全面的に後押しすることになると思う。そこで、「またか」といわれることを承知で社民党に苦言を呈しておきたい。

 ここまで書いてきたように、これから平和政策のヘゲモニーを握るのは公明党になる。ようやく社民・国民新党の連立協議が整うようだが、社民は連立を前提に選挙協力もし、執行部一任を取り付けているのに、一部党員の顔をたてるために新政権発足の入り口で些事にこだわっているように見える。

 そうやっているうちに、公明党が具体策で一歩も二歩も先を行くことになりそうだ。すると民主党は選挙で停滞・退潮気味の社民党がお荷物になる。次の参院選はもうすぐやってくる。社民党喫緊の課題は選挙で当選者を一人でもふやして発言力を増し、また現実的政策提案をして民主党に力を貸すことではないか。まちがいなく公明党との競争の時代がやってくるのだ。

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2009年9月 7日 (月)

お位牌

 数日前だったか、災害時に家を離れなくてはならないとき、まっ先に持ち出すもの、というアンケートの答えが、たしか1位財布、2位携帯電話だったように覚えている。あるいは違っているかも知れないが、若い人は圧倒的に携帯電話だそうだ。

 昔の常識、何をおいてもまず「ご先祖様の位牌」などどこへ消えたものやら、ランクにも上がってこなかったに違いない。戦時中なら鍋、釜だ。ヘルメットの代わりにもなる。防毒マスクが配給になったが世帯に1個ぐらいでは役に立たないから持ち出しても仕方がない。

 位牌は江戸時代以来だろう。先祖崇拝は東洋共通の文化だ。現代、どこまで残っているものやら。崇拝するなら「お金」ではあまりにも情けない。先祖を崇拝しなくても、自らのルーツに関心がないようでは困る。

 江戸時代なら系図だ。特に武家にとってはこれが命。崇拝しなくてもこれがなくては身分を保てなかった。平民の身分は、お寺の檀家として把握されていなくてはならない。それがないと関所を通過する際のビザがもらえない。過去帳、位牌はそれを支えるかけがえのない物的証拠だ。

 政治家も世襲が軽んじられる世の中になった。家族制度は戦後大幅に改変された。これからも、人権優先で戸籍法・民法などが変わっていく可能性が高い。しかし、先祖に対する関心やうやまいの心が失われるとなると問題だ。

 オバマがアフリカの先祖の地を訪問し、幼時のイスラムとの接点を語ったりして世界に親近感を持たれた。また、岡田外相候補の母方の先祖の家に、中国開放の父孫文が宿をとったなどということが、親中国のあかしとして期待されたり、ご先祖様が今も立派に活躍することはすくなくない。

 まあ、金輪際大統領や外務大臣になることはないけどね……(^^)。

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2009年9月 6日 (日)

小沢一郎という人

 大勝利した民主党の幹事長に小沢一郎が就く。マスコミは大騒ぎだ。民主党はもとより、自民党でも安倍幹事長がサプライズでチョットニュースになったぐらいで、幹事長人事にこれほどスポットが当たったことはない。

 要するに先が読めないのだ。そこで、細川政権前後の政局を知る人から小沢手法を語らせようというような企画が並ぶ。しかしこれからを占うのにそれでは弱い。そこで3年前に書かれた自著、『小沢主義』をもう一度読み直してみた。

 歴史小説が好きだというが、こんなにワイドな時代や人物が出てくるとは思わなかった。

 縄文・弥生・仁徳天皇・聖徳太子・中大兄皇子・中臣鎌足・織田信長・松下村塾・坂本龍馬・西郷隆盛・大久保利通・後藤象二郎・木戸孝允・福沢諭吉・伊藤博文・原敬・山県有朋・田中角栄。

 この中で、田中角栄は直接の政治の師であるが、最も共鳴する人物は、織田信長と大久保利通だとしている。独断専行、積極果敢、冷徹、人に嫌われようも和やコンセンサスより素早い行動で結果を示す点が気に入っているようだ。剛腕と言われる所以である。

 さらに外国人では、孟子・カエサル(古代ローマの将軍)・サリーナ公爵・クラーク(御雇教師)・ゴーン(日産自動車社長)をあげる。サリーナ公爵では、映画「山猫」に出てくる「変わらずに生き残るためにはみずから変わらなければならない」というせりふに感銘、座右の銘としている。

 なお、マスコミは盛んに両雄並び立たず的な、党と政権の二重構造化を警戒する見解を流しているが、本書では「与党と政府の一体化というのが僕の信念だ」と明言している。鳩山内閣が試みようとしている国家戦略局など政治改革の難工事は、二重構造打破が目的であり、そもそも小沢の発想だったのだ。

 さらに小沢は、政治家に求められる資質として欠かせないのがリーダーシップであると説いている。鳩山のリーダーシップを自ら損ずるような行動を仮にとるとすれば、作ってはこわす、それこそただの「こわし屋」に過ぎないということになるだろう。

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2009年9月 5日 (土)

新古今和歌集より

2009_09050001            顕昭法師
萩が花まそでにかけて高圓の
  をのへの宮に領巾ふれるやたれ  

       祐子内親王家紀伊
置く露もしづごころなく秋風に
    みだれて咲ける眞野の萩原

                人麿
秋萩の咲き散る野邊の夕露に
  濡れつつきませ夜は更けぬとも

         前中納言匡房
河水に鹿のしがらみかけてけり
     浮きてながれぬ秋萩のはな

 「あれ?、萩は猪じゃなかったっけ。鹿は紅葉だよ」などと、優雅には縁なき衆生。歩いて10分ほどの公園の崖に、滝のように咲き乱れる萩があったのを思い出し、行ってみたら影も形もない。いつの間にかサツキの植え込みに変わっていた。

 帰りに住宅街を回ってみたが、原色の大きな花が咲く南方系外来種の草木が全盛で、萩など植えている家などない。日本人の生活から秋の七草がなくなるのは時間の問題か。せめて茅屋のか細い萩(写真)だけは守って行くことにしよう。 

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2009年9月 3日 (木)

オバマに提案して下さい

 最初に、やや古いが「毎日jp」からやや古い(8/13)引用をしましょう。

【ワシントン草野和彦】米国人記者釈放交渉のため、クリントン元米大統領の北朝鮮訪問に同行したポデスタ元大統領首席補佐官は12日、ワシントン市内で「我々は金正日(キムジョンイル)総書記に朝鮮半島非核化の約束を守る必要性を強く促した」と記者団に語った。訪朝メンバーが、金総書記との会談で非核化を迫ったことを明らかにしたのは初めて。

 ポデスタ氏は、3時間以上に及ぶ元大統領と金総書記との会談について「興味深い議論をした」と表現。ただ、オバマ政権への訪朝結果の報告は現在も続いているとし、「(報告を)どう受け止めるかは現政権次第だ」と述べ、今後の米朝関係への見通しに関する言及は避けた。

 これを読んだあなたは、「ああ、また北朝鮮の核廃棄をアメリカが迫っているのだ」と思いませんでしたか。よく見てください。「北朝鮮」の「核廃棄」ではなく、「朝鮮半島」の「非核化」なんです。日本のマスコミは、この違いをこれまであまり言っていません。ついでにやや長くなりますが、次の外国のニュースも見て下さい。

 【8月15日 AFP】韓国の李明博(イ・ミョンバク、Lee Myung-Bak)大統領は15日、1945年に日本の植民地支配から解放されたことを祝う記念式典の演説で、北朝鮮に対し、南北間の非核化と通常兵器の削減に向けた交渉に応じるよう呼びかけた。

 李大統領は「朝鮮半島の非核化、南北両国の通常兵器の削減について論議する必要がある」と述べ、両国が武器を削減し軍隊を縮小すれば、軍事費を大幅に削減でき、その分経済発展のために投資できると訴えた。

 さらに韓国政府は対話を再開する用意があることを強調し、「あらゆる問題に関しいつでもあらゆるレベルで協力する」と語った。また、北朝鮮が非核化を決断するなら、韓国政府は朝鮮半島の和平に向けた新しい計画を推進し、北朝鮮の壊滅的な経済状態を回復させて生活水準を向上させる手助けをする国際的計画を実行に移す構えであることを表明した。(AFPBBNEWSより)

 アメリカのフィリップ・ゴールドバーグ対北制裁調整官は東京で25日、日本外務省の斎木昭隆アジア大洋州局長と会談し、朝鮮核問題に関する国連決議について討議した。
 ゴールドバーグ対北制裁調整官は、朝鮮半島の非核化実現の重要性を強調した。
 ゴールドバーグ対北制裁調整官は「アメリカは、6ヵ国協議でのみ朝鮮と話し合う。二ヵ国会談は行わない」と述べた。(「中国国際放送局 日本語部」 2009年8月25日)

 ロシアのアナトリー・セルジュコフ国防相が21日、ロシア訪問中の韓国の李相喜(イ・サンヒ)国防相と会談した。双方は、朝鮮半島の非核化の促進を支持すると示した。

 セルジュコフ国防相は会談後、「両国は、朝鮮核問題における考えが近い。朝鮮は非核化を実行し、再び6カ国協議に戻るべきだ。これは朝鮮問題を解決する唯一の道だ」と述べた。これに対して、李相喜国防相は賛同の意を表し、さらに「朝鮮の核計画と関連活動は、地域の平和と安全に脅威を与えた」と述べた。(「中国国際放送局 日本語版」2009年7月22日)

 外交部の秦剛報道官は23日の定例会見で「中国は、対話を堅持し、6カ国協議を堅持することが、朝鮮半島の非核化を実現する最良の道だと考える」と表明した。秦報道官は、朝鮮半島の非核化について「具体的な問題について他の各国と緊密な意思疎通や協調を継続したい」と述べた。(以下略・「人民網日本語版」2009年6月24日)

 そもそも「朝鮮半島非核化」は1991年12月31日、韓国と北朝鮮が次の内容で合意し共同宣言を発表したものです。

 南と北は朝鮮半島を非核化することで核戦争の危機を除去し、わが国の平和と平和統一に有利な条件と環境をつくり、アジアと世界の平和と安定に貢献するために、次のように宣言する。

 南と北は核兵器の実験・製造・生産・搬入・保有・貯蔵・配備・使用をしない。
 南と北は核エネルギーを平和的目的にだけ使用する。
 南と北は核再処理施設とウラン濃縮施設を保有しない。
(以下略)

 これが、北朝鮮・アメリカの相互不信の高まりから北が核実験を行い、ホゴになったものてす。もともと北は朝鮮半島の非核化は、金正日の父・金日成の遺言とも言われ、北の安全が名誉ある方法で保証されれば核兵器放棄も不可能ではないと考えられるのです。

 そこで浮かび上がるのが、前に記事にした“鳩山代表の「本気度」”です。そこに、日本も参加して「東アジア非核兵器地帯宣言」に格上げするのです。上の6カ国協議参加国のうち、核保有国の米・ロ・中も半島の非核化に賛成で、日本の参加に反対する理由はありません。

 これまで日本は「核の傘」を言い続けました。そして非核3原則も密約などもあって不透明でした。しかし、民主党は「東アジア共同体」をマニフェストにまで入れました。核保有3カ国も、ここに非核地帯ができれば、核攻撃の対象にしないという保証をすればいいのです。

 そして、北も核を放棄する名分が立つはずです(経済的見返りは要求するでしょうが……)。これを鳩山首相はオバマ大統領に提案して欲しいのです。ただし、日米双方とも議会筋などに反対勢力があり一筋縄ではいかないでしょう。

 また、こういった外交折衝は、極秘の根回しから始めなくてはなりません。願わくば、金正日もオバマも胡錦濤も、このブログを目にしないように祈るばかりです(呵々大笑)。

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2009年9月 2日 (水)

鳩山首相はチャーチルになれるか

 前々回の記事《安保政策で「チェンジ」を》で、新政権への期待を述べた。その中で鳩山代表の「友愛」精神と東アジア共同体構想が、オーストリアのクーデンホーフ・カレルギー伯爵の著書に根ざすものであることを書いた。

 戦時中の「われら日本の小国民」のにっくき敵の首魁は、新聞の政治マンガで表現された米・ルーズベルト、英・チャーチル、中・蒋介石だった。そのチャーチルが現役引退後、カレルギー伯の「欧州統合」の理念を受け継いで、チューリッヒ大学で次のような演説をしている。

 われわれが生きているこの時代に、平和を破壊し、人類の全ての未来に暗影を投じることになったあの恐るべき「民族の戦い」を二度も戦ったのは、この欧州においてであった。だが、欧州がこの不幸を癒すひとつの薬を用いるなら局面は一変し、欧州を短時間で今日のスイスのように、自由にして幸せな知に変容せしめ得る、そんな薬が存在する。

 その特効薬とは何か?それは欧州の家族を平和にかつ安全に生活させることができるように、再編成することである。つまり、一種の「欧州合衆国」を建設することである。その欧州一家復活の第一歩は、フランスとドイツの統合でなくてはならない。(小屋修一『欧州連合論』より)

 これが大きな波紋を呼び、欧州各国で「パン・ヨーロッパ運動」が息を吹き返した。そして、議員連盟、期成同盟といった19カ国およそ1000人のNGOが結集し、いわゆる「ハーグ決議」として「統合の系譜」に筋道を作ったのである。

 なお、新聞で鳩山氏の論文が「反米的」などとして、一部海外マスコミで反発を受けているという。これについて、鳩山氏は「全文をよく読んでもらえばわかるはず」と言っているが、「飯大蔵」さまのブログではこれを詳しく分析している。

 また、『Voice』9月号に掲載された原文「私の政治哲学」(日本語・英語)も同氏のHPで見ることができるので、ぜひご一読願いたい。私は、同氏の国連依存の改憲案など賛成しかねる点も多いが、このような政治家が国政の舵をとる限り、小泉・安倍・麻生といった戦争隣り合わせ路線にはならないと信じている。

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2009年9月 1日 (火)

敗戦日記

 前回のエントリーで選挙結果による政権交代のことを書いた。大げさにいえば、民意による政権転覆である。その大変化を日本の終戦になぞらえてみた。

 「庶民の暮らし、日々の営みが終戦の詔勅を境に突然変わったわけではない。アメリカ敵視や戦時体制は半月ほどくすぶり続け……」

 と書いたが、その「半月ほど」あとのできごとが、東京湾に来航していた米艦ミズリー号上で行われた1945年9月3日の降伏文書調印式である。日本側全権は重光葵外相である。当時TVなどないから、あとでニュース映画で見たのだろう。

 朝鮮独立を主張する犯人の爆弾テロで右足を切断した重光が、杖を頼りに舷側から甲板に上がる痛々しい光景が目に浮かぶ。終戦記念日には多くの記念行事があるが、この日が法的に日本が負けた日なのだ。当時の日本人にとって、8月15日とは違ったインパクトを受けた日だった。作家・高見順の日記は、これについての記述をただ1行だけしるしている。

 九月三日
 降伏調印式の写真を新聞で見る。

 ついでに、その前一日、二日に見聞した世相を引用しておこう。ただし、両日の日記にある出版社・鎌倉文庫の創立打ち合わせに関する部分は省略した。(『敗戦日記』文藝春秋新社より)

 九月一日
 在郷軍人会が解散になった。虎の威をかりて「暴力」をふるっていたあの分会……。
 しかし日本人がすっかり懦弱になった時は、今日の感想とはまた別のものが胸にくるだろう。

 九月二日
 横浜に米兵の強姦事件があったという噂。
「負けたんだ。殺されないだけましだ」
「日本兵が支那でやったことを考えれば……」
 こういう日本人の考え方は、ここに書き記しておく「価値」がある。
 

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