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2009年8月11日 (火)

「由来」の危うさ

 関西出身の考古学の大家、森浩一先生は、私の最も敬愛する考古学者の一人である。史伝・考古学に関連する自著を持つだけに、先生の著書から受けた影響はすくなくない。その一方自著には、00年に発覚した東北地方の旧石器発見捏造事件に関連して、次ぎのようにも書いている。

 〇三年五月に発表された日本考古学協会の最終報告によると「旧石器は旧石器、縄文は縄文という時代割り、東北は東北、関東は関東という地域割りの細分化された専門領域の谷間に落ちている研究者の現状を反映」しているのだという。

 これほどだとは思わなかったが、考古学に限らず、他の学会や官僚の世界に巣くう積年の病弊の現れで、もって他山の石とするべきことがらであろう。(拙著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』)

 しかし森先生のは違う。地域割り、時代割りはおろか、学問としてはとかく対立しがちな文献史学から民俗学の分野まで、奔放に名文を駆使される。しろうとにも取っつきやすく、探偵小説のように先へ先きへと読み進んでしまう。

 ことに文庫本は寝床の友とすることが多く、読みやすいだけに軽く読み飛ばしてしまう部分がでてくる。何度も見ているのに、今回「えっ?」と思うことに気がついた。それは、越洲(『日本書紀』でいうコシのシマ)と、中国南部の古代国家越(エツ)との関係である。

 先生の『古代史の窓』(新潮文庫)に「倭人と呉越文化」という項目があり、おいしいコメといえば「こしひかり」という書き出しで、中国江南の稲作起源や発掘される木胎漆器などの例をあげ、両者に「早くから交流があったのではないか」という予想を書いておられる。

 先生が、日本海側が今日考えられているような後進性を持った地域でなく、大陸から見て海運が高度に生かせる点で太平洋岸より重視されていたという結論は、拙著でも強調した点で同意見である。しかしその先、同様なこととして江南の「越=エツ」と伊予の有力氏族越智氏の交流を結びつけた話を展開されている。

 先生は、別に漢字「越」をコシとエツの共通点としてあげられたわけではない。しかし、越智は「越」の2文字化(呉音ではヲチ)で、由来を江南の「越」と推定されている。そのため、越洲もイメージとしては同じようににとられてしまう。拙著では「畿内からは険しい山にはばまれ、舟で海を越して(渡って)ゆく国」を越の国のイメージとして描いた。

 エツとコシは漢字の音読みと訓読みでである。コシは古志とも当て字されるれっきとした日本語に違いない。「越」はその日本語の意味をあてはめたものだろう。呉越の越には関係ないと思う。また、越智氏については、「小市国造小致」が越智氏の始まりとか、「小千」「小市」「乎千」などとも記され国造家に端を発するという説もあるので、直ちに中国の「越」に結びつかないのではないか。

 音が先なのか訓が先なのかの判定は、なかなかむつかいしい。ただ、漢字の音読が普及したのは奈良時代以降で、それまでは日本語を万葉がな風に表記するのが主流だったのではないか、というのが私流の勝手解釈である。

 『日本書紀』を通読された方はおわかりだろうが、地名由来説話が非常に多い。しかしいずれも後世にこじつけた民間説話や社寺縁起などの我田引水の類であてにならない、というのが常識になっている。いずれにしても「由来」話はあくまでも刺身のつまか、それ以下に考えておけばいいということになりそうだ。 

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