« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

2009年8月

2009年8月31日 (月)

安保政策で「チェンジ」を

 今日から変わる。反権力が権力になり権力が反権力になる。仮にそうであれば、敗戦で体験したときのことと同じだ。当時は「茫然自失」という言葉がよく使われたが、なにも「頭が真っ白」という意味ではない。

 庶民の暮らし、日々の営みが終戦の詔勅を境に突然変わったわけではない。アメリカ敵視や戦時体制は半月ほどくすぶり続け、ようやく最後の煙が消えたのは翌年正月の「天皇人間宣言」があった頃だ。

戦時教育に励んだ学校の先生も、ゆっくりと気づかれないように方向転換をはかり、校長などの指導者がいつの間にか替わっていった。

 選挙後のマスメディアも急には変われない。これまでワイドショウで使い慣れている自民党議員がそのままゲスト出演している。いつかは自民離れする日があるのかも知れないが、長年の惰性をそう急には変えられないのだろう。

 怒濤の勢いを見せた民主にも、ポッカリ穴があいたような所があった。それが明治維新、海外事情に通じて鎖国の惰眠に風穴をあけた開明の士、高杉晋作と坂本龍馬を産んだ長州と土佐である。いつの頃から頑迷固陋の保守の気風に変わったのだろう。

 山口4区で安倍晋三候補に果敢に立ち向かわれた戸倉さんは、ブログの縁がありひそかに応援していた。残念な落選ではあるが、仮に次の参院選で再挑戦されることがあるにしろ、当面はすべてを忘れ、ゆっくり心身ともに休養をとっていただきたい。

 さて、その民主党。社民・国民新党を加え318議席というのは、立派に「チェンジ」を果たせる数である。当選議員の69%が「憲法9条を守る」立場を表明しており、その中の79%は「集団的自衛権の解釈を変える必要なし」と考えている。

 以上は複数のアンケートをもとにしているが、アンケート結果は時と場合で違う答えをしているものなどもあり、カウント自体正確を期すことが困難である。しかし、これまでの因習にとらわれない回答が新人議員の増加にともなって現れたもので、新民主党の大勢を表していると見ていいだろう。

 また、自民党右翼ばりの意識にとらわれ抵抗勢力になりうる議員は、解散前とかわらない20人前後であると見られるが、大勝で分派行動はしにくくなった。残りは判断不能の回答や無回答者で、党首の指導力次第で態度を決めるか、大勢順応型といっていいだろう。
 
 民主党のマニフェストに関連して半月ほど前「鳩山代表の本気度」という記事を書いた。それは、「東アジア共同体」構想についてである。本塾はEUのような共同体構想こそ究極の平和・安全保障体制だと考えている。

 鳩山代表の「友愛」の精神は、祖父一郎元首相が、第2次大戦後現在あるEU誕生のきっかけを作ったといわれるオーストリアの政治家リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーの『自由と人生』を読んで感動。52年の政界復帰後、訳書を出し、友愛に満ちた社会を実現する「友愛革命」を唱えたことがはじめといわれる。

 一般でいわれているような、ふんわかムードの仲良しクラブとは違う。手始めに考えられる「東アジア非核地域」は、日本、南北朝鮮が対象となる。麻生首相の背広でおなじみのブルーリボンバッジ組には、とんでもない話かも知れないが決して夢物語ではない。

 ここでの詳細は避けるが、同党当選議員のうたち「アジア重視」と共に「北朝鮮制裁強化より話し合いを」という意見の持ち主が54人もいる。この意見は、共産党議員に多いが、決して共産党の回し者ではない。亀井静香氏をはじめ、9条改憲論者の中にもいるからだ。

 鳩山首相が掲げる理想が多くの人の共感を得るまでまだまだ時間がかかるだろう。しかし決して少なくない応援者がいることを信じて、日本の「チェンジ」に突き進んでいただきたい。

| | コメント (2) | トラックバック (3)

2009年8月29日 (土)

選挙後株価は?

 国民が待ちこがれた衆院選もあと1日となった。麻生総理がこの日を決めた頃、真夏選挙はともかく、二百十日2日前で「台風はだいじょうぶかいな」と思った。もし台風が東京12区を直撃すれば、公明党にとって神風になるはずだった。

 幸か不幸か、台風は1日おくれで関東へ、翌日はこよみ通り東北を襲うという予報だ。すでに伊豆諸島は影響をうけているだろうが、選挙当日もまだ油断ができない。荒れたら選挙に行けない高齢者もいる。普通なら避けなくてはならない日程だったのだ。

 荒れる予定の選挙翌日、兜町はどう反応するだろう。大方のアナリストは政権交代折り込みずみ、という予測を立てている。しかし、ちょっと違うような気がする。経済や相場は当塾の正課ではないが、民主党圧勝ならご祝儀相場、つまり絶好の売り場になると見る。

 ロングレンジで日経平均を見てみよう。最低の7000円すれすれに落ち込んだのは、年度内解散が遠のき、民主党小沢代表の選挙事務所が西松建設の政治献金にからんで摘発された頃である。以後上向きはじめ、麻生総理が解散を決意したあと、7月27日頃からは1万円の大台にのせた。

 その後、波動はあるもののわずかに上向きで今日に至っている。ただ、このところ報道されている民主圧勝が反映しているかどうかには疑問がある。株価にとって結果伯仲なら政局不安で売り材料だ。これまでの株価の推移や一部アナリストの意見では、民主党政権必ずしもマイナスとは見ていない。

 竹中平蔵理論で行けば、民主圧勝は大暴落を意味する。ちょうちん持ちアナリストが多い中、自説をまげない竹中さんは立派だ。しかし、多分その竹中さんを兜町は裏切るだろう。長い間閉塞感を味わったのは一般国民だけではない。投資家もまたそうなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2009年8月28日 (金)

ここまで来れば

政権交代まちがいないだろう。2009_08280006_2

 しばらく前までは当然視されていた政権再編も遠のいた。あるとすれば、自民総裁選のあとに来る小党分裂と公明の是々非々野党化だろう。「みんなの党」の政権入りも無理だ。

 民主党の左派で同党参院会長の輿石さんは、衆院の鼻息にのまれて影が薄くなると思うのは逆だ。参院の過半数は社民党・国民新党の協力ですれすれクリヤーしているに過ぎない。

 民主党は、やはり輿石さんの意向を尊重せざるを得ない。来年は参院選がある。ここで議席を減らすようなことになれば、たちまち逆のねじれ国会再現となる。

 そうなると、国民は今回の政変劇を裏返しにしたような政権交代を望むかも知れない。国民生活の行方や国際的地位はどこへいってしまうんだろう。明後日の投票は、党だけではなく個々の政治家の資質を充分調べて望まなくてはならない所以だ。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2009年8月27日 (木)

独裁政権にならないか

 民主党のマニフェストの政権構想に、5原則、5策というのがあり、それぞれの項目と説明が掲げられていた。政治主導型の政府組織構想である。公約実現に向けてはりきっているな、という印象しか持たなかったが、このほどその詳細が明らかになった。毎日新聞(8/27)によると、その中核となる「国家戦略局」は次のようなものである。

① 初閣議で任意の首相直属組織とする。
② トップの議長には専任の閣僚を充て、重要閣僚の上の「副総理格」で検討。議長は党の政調会長を兼務する方向。
③ 構成メンバー 国会議員、民間の有識者、各政策を担当する官僚、計30人。
④ 経済財政諮問会議を含めた各種政策に関する首相の諮問機関(教育再生懇談会、安全保障と防衛力に関する懇談会など)は休眠、廃止も検討する。

 長年自民党が築き上げてきた政・官癒着の悪弊を打破するため、強力な行政組織を作ろうという意気込みはわかる。同日付けの読売新聞では、構成メンバーを首相秘書官に登用するとか、100人の国会議員を政府に投入するとも言われている。

 「国家戦略」という大げさな表現は何なんだろう。憲法は、国権の最高機関が国会であることを定めている。つまり、国民が選んだ国会議員にゆだねられている。それを、行政府の首相が任命権を持ち、その配下におく組織で、国運を左右する「国家戦略」が(おそらく)非公開で検討されるというのは、三権分立の精神をゆがめることにならないか。

 しかも選挙で圧勝し、絶対的な権勢を振るえそうな党の政策決定にもあずかるというのである。これでは、強力な行政機構というより、独裁政治の温床にもなりかねない。あまり強大すぎて首相のコントロールが利かなければ、今度は責任の所在をあいまいにする。

 行政機構が強力になり過ぎるという現象は、本来の民主主義と相容れない。ぶれたり、どじを踏んだり、後戻りしてみたり、それでも破滅には向かわない、それが民主主義のいいところであることも忘れないでほしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月26日 (水)

遠くて近きもの

2009_08260002 遠くて近きもの
     極楽。

    舟の道。

   人のなか。

(枕草子167段)

遠くて近きもの
   政権交代。

  無料高速道。

  日米のなか。

(反戦塾無理算段)
           

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年8月25日 (火)

今週の言葉

 衆院選まであと5日。惨敗が予想されている自民党候補者から「民主党が政権を取ると社会主義になる!」という絶叫まで聞こえてきたそうだ。

 カナダの政治学者C.Bマクファーソンは、その著書『自由民主主義は生き残れるか』(田口富久治訳・岩波新書)の中で、「もうその生涯と時代をあえて描写してもさしつかえないほどその終焉に近づいていると考えてよいのだろうか」と問いかけた。自由主義と民主主義、民主主義がどう機能するかによってよって回答は一様ではないと見ている。

 不幸なことには、自由民主主義は、そのどちらをも意味しうる。というのは、「自由主義的(リベラル)」という言葉は、強者が弱者を打ち負かす自由をも意味しうるし、あるいは自らの能力を行使し発展させる万人の平等な実効的自由をも意味しうるからである。後者の自由は前者の自由と矛盾している。

 原題は、1977年に発表されている。これからの新たなモデルが求められているがその姿はまだ見えてこない。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009年8月24日 (月)

中国は脅威か

 前回の「仮想敵国」で、北朝鮮は思われているほど脅威ではない、と言いました。それはわが国が海で囲まれた島国だから言えることで、国境を接している韓国、中国にとってはやはり厄介な存在です。というのは、陸上兵力がずば抜けて強いからです。

 北朝鮮にとっての脅威はアメリカです。韓国、日本に基地を持ち、ハイテク兵器でピンポイント攻撃をかけられたらひとたまりもありません。しかし総人口の5%近く、約100万人の訓練を積んだ陸上兵力があります。本土決戦になればアフガンのタリバン以上の能力を発揮するでしょう。

 人口倍以上の韓国は兵力56万人、そのまた倍以上の日本の13.8万人と比べたらわかります。山間部や民衆にまぎれて徹底抗戦すれば勝てると考えているはずです。兵役適齢者だけをみれば文字通り国民皆兵の態勢です。現在も150日戦争とかいって、国民総動員の号令をかけています。韓国やアメリカはそのことをよく知っているのです。

 さて、中国の方です。最近は台湾との関係が雪解けムードで、米中間も日本が気をもむほど親密になったせいか、以前ほど脅威を言わなくなりました。領土問題も武力が解決するような問題ではありません。一方、軍事費の伸びが連続2桁だとか航空母艦を持とうとしているとかを問題視しています。

 しかし、最近は「中華人民共和国国防部ウェブサイト」が20日から試験運用を開始するなど、徐々に透明度をましています(アドレスはwww.mod.gov.cnで英文か華文)。そして旧式の装備を国力にそった近代化更新をするとか、台湾への他国介入を防止するとかの意図も理解され始めました。

 こういうと中国の代弁者のようですが、ミリタリー・バランスの分析については専門家の領域で、文民はそれが正しいかどうかを判断する能力を持たなければなりません。そうでないと、前回も述べていますが軍事費予算獲得の材料に使われるだけです。

 中国は公認された核兵器保有国で、すでに大陸間弾道ミサイルなど完成した運搬手段を持っています。日本も対抗上核武装したいと考えている人がいます。あり得ないことですが、仮に核戦争になっても日本に勝ち目はありません。

 なぜならば、どう考えても国土が広く人口の多い方が有利なのです。なにしろ中国は日本の25、6倍の面積があり、日本の10倍で世界の5分の1にあた13億の人がいるのですから日本の方がはるかに早く滅亡します。しかし実際には今や核兵器は持っても使えない厄介な存在になっています。 

 ここで、全く違う角度から中国を眺めてみましょう。私が中国を訪問したのはオリンピック前でしたが、街角で見かける人々、都市の喧噪や大破汚染、交通ルールなどの無政府状態など、日本のオリンピック前の1960年代そのもののように感じました。

 本年中にGDPが日本をこえ世界第2位になるといって、それまで脅威の材料にしようという幼児以下(某マスコミを含め)の人がいますが、中国もようやく日本の40年前に近づいたといえましょう。中国はこれまで経済を中心にさまざまな開放改革をし、また現在もしています。その中で最も遅れているのが党改革である、と別の記事で書いたことがあります。 

 最後にこんなエピソードをつけ加えておきましょう。これは「DAIAMONDonlin」08/20、姫田小夏氏のレポート要約したものです。

 「姿が見えないと思ったら、ソファに座って寝ているんです。ちょっと暇になるといつもこれで……」

 上海の日系企業経営者の話で、何度注意しても改善されないので彼女をクビにした。これは珍しいことではなく、どんな職場でも職務遂行に熱意を持たない一定の階層がいる。これは「80后(パーシーホウ)」つまり80年代生まれ、と称されるらしい。日曜・祭日でもない真っ昼間から四川料理店の鍋を囲む彼らから、こんな会話が聞こえてきたという。

 「俺、こないだ面接したんだ。『月5000元はくれ』って言ったんだけど」
 「お前の学歴で5000元かよ」

 名門大学卒の初任給がおよそ3000元、却下承知でふっかけているのだ。いよいよ「一人っ子政策」のつけが回ってきたらしい。都市における高齢化社会の進行、労働力の不足とともにモラルの崩壊にまでつながっている。

 一人っ子は、兄弟の面倒見や家事の手伝いから解放され、親は、その子に狂気に近い程の期待をかける。有名校への受験や点数稼ぎのために必要なのは、何をおいてもまずカネ、カネ、それに隣近所とのステータス競争だ。

 自然、子どもは鍵っ子か老人に預けっぱなし。子どもへのご褒美もまたカネとなる。これでは健全な徳育が育つはずがない。昨年北京オリンピックブームにあやかって結婚したカップルの離婚は、この1年の離婚件数の9割を占めるという。理由はやはり自己チュウということらしい。

 なにか、日本のことのように思えませんか。まさかこんな共通な悩みもかかえているとは知りませんでした。日本と中国は対立するより協力し合わなければならない案件の方がはるかに多いと思えます。日本の安全を考えるという選挙の議論も、最後の一週間でようやく現・与党の方からでてきました。

 これが、票目当てでプラスになるかは大いに疑問ですが、隣国、中国・朝鮮について脅威、反日、嫌韓などというレベルを抜けた新時代の議論を巻き起こすよう、秋には誕生する新政権に期待したいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年8月22日 (土)

仮想敵国

 どこの国でも、軍事組織(自衛隊を含め)を持てば、仮想敵国を設けいろいろ研究をしたり図上作戦を立てたりします。戦前の日本も、アメリカはすでに昭和の初めに仮想敵国になっていました。このこと自体はある意味で当然なことで、一概に非難できません。

 しかし、これを根拠として装備や兵員に膨大な予算を要求したり、それを実現させるために危機感をあおり敵愾心を高めたりすればどうなるでしょう。そして、「せっかく手にした新兵器は、どうしても実戦で試してみたくなる」という軍人の気持ちがあることも、元軍人が告白しています。

 それを押さえ込むためには、憲法66条にある「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」というシビリアン・コントロールが徹底していなければなりません。「文民」とは、何を指すのでしょう。

 民意を受けたもの、という解釈が普通のようですが、私は素朴に、軍服などユニフォームを着て特殊な公権力、暴力装置を持ったことのない人を想定します。それでも過激な思想を持った制服組とあまり変わらない総理大臣がでる危険性がありますから、国民はよほど選挙を通じてきっぱりした意思を示すべきです。

 さて、話が仮想敵国から遠くなりましたが、現在最大の仮想敵国は北朝鮮で、中国がそれに次ぎます。北朝鮮が長距離ミサイルを発射し、2回目の核実験を強行、その裏に金総書記の健康悪化説が流れた時、「これは悪い方に向くな」と感じました。

 それは、金総書記の権力が維持されている限り、日本で喧伝されるような危機はあり得ないと思っていました。もし危機があるとすれば、金総書記の威令がおこなわれず、内乱で思慮のないものによる暴発のおそれが生ずることです。

 しかし、このところ健康に自信をとりもどしたようで、様子が180度変わってきてました。このこと一つをとってみても「悪の枢軸」「ならずもの国家」「テロ支援国」などといわれるほど強力な敵国ではなさそうです。

 仮想敵国として、研究にはげんでいる軍事専門家も、その辺りのことはよく承知していると思います。ただ、予算がほしいことには変わりありません。それならば、アメリカ向けミサイルの撃墜など非現実的なものではなく、日本が射程内にあるノドン対策を考えた方がいいと思います。

 中国のことを書く余裕がなくなりましたが、改めてアメリカの世界戦略を問い直し、東アジア政策についても新しい情勢分析を加え、あるべき仮想敵国の姿を描いてほしいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月21日 (金)

集団的自衛権

 今度の選挙で、日本の安全にとって非常に重要な問題なのに、キチンと議論がされていない問題が、「集団的自衛権」です。「日本に権利としての集団的自衛権はあるが、憲法の規定上その行使は制限される」というのがこれまでの政府の考えでした。

 「集団的自衛権」とは簡単にいうと、アメリカは日本を守る、かわりにアメリカが攻撃されたら日本が加勢する、という関係をいいます。この言葉はもともと国連憲章にでてくる言葉です。だからどうしても国連憲章から調べてみる必要があります。

 国連憲章は、“戦争”一切禁止です。この点は、日本国憲法9条と同じ趣旨で、昭和3年、日、米、英、仏など15カ国が結んだパリ不戦条約が元になっています。それでも「自衛」戦争ならいいという解釈で、第2次大戦なども防げませんでした。

 したがってその反省でできた国連憲章は、「戦争」という言葉を一切避け「武力行使」という表現にしています。最初に大原則をかかげ、第1章第2条で、加盟国はいかなる国の領土や政治的独立を侵す武力による威嚇または武力の行使を慎まなければならない、としています。

 そして、ずーとあとの方、第51条になってはじめて[自衛権]という条がでてきます。それは、加盟国が武力攻撃を受けた場合、国連安保理が必要な措置をとるまでの間、緊急措置として自衛のための行動はとれるが、それはすぐ国連に報告しなければならないということです。

 ここに「固有又は集団的自衛の固有の権利」という言葉が出てくるのです。この文言は最初の案にはなかった概念ですが、中南米、ラテンアメリカの国々が、大国の安保理における拒否権のため固有の権利が発揮できないので複数の国が共同して自衛をしたい、というところから出たようです。 

 これに乗ったのが、当時米大陸の盟主を任じていたアメリカ合衆国です。憲章全体の原則があいまいになるという反対意見も出ましたが、結局アメリカの強硬意見と他の有力国とのかけひきの中で決定をみました。したがって日米同盟のような2国間、あるいはかつての「攻守同盟」のようなものを意識していたとは思えません。 

 日米安保条約は1960年に締結され、一度も改正されていません。当時は冷戦さなかで、日米間の経済的・軍事的格差もとても対等な間柄とは言えませんでした。したがって当時の環境に従った内容で、日本が守る範囲は日本の領域内、アメリカが行動する範囲も「極東」という狭い範囲にしています。

 また、条文の中で双方の憲法の規定を尊重することも書かれています。安保条約の見直しというと「反米的」にとられかねない雰囲気がありますが、アメリカにとっても古くさいものになっているのです。両国間が現在どうあれば最も前向きな関係になれるか、また平和に貢献できるか、国内でももっと議論しあい、日米新時代を築く時代に来ているのではないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月20日 (木)

選挙用安保政策の古さ

 選挙戦のさなかでも、世界情勢は刻々と変化をしています。去年の考えそのままの人はもう時代遅れです。とてもそんな人に国政をまかせられません。選挙記事にかくれて小さな扱いですが今日の新聞、ラジオから拾って見ましょう。

(アジア)
 北朝鮮 米ニューメキシコ州のリチャードソン知事が19日、北朝鮮国連代表部の外交官2人と会談し、知事は米朝関係が修復に向かいつつあるとの見方を示した。知事は北朝鮮との接点を持つ。ミャンマー ウェッブ米上院議員のミャンマー訪問で、同国国営3紙は「訪問が両国関係改善の第一歩となる」と指摘した。

(中近東)
 イラク 19日、バグダッドの官庁街で連続爆破テロが発生し75人が死亡、米軍撤退後最大規模となった。アフガン 今日、大統領選挙が行われるが19日にもカブールでタリバンによる銃撃戦で選挙妨害が行われ犯人の3人が死亡。この1週間の死傷者は同市だけで100数十人にのぼる。以下関連事項の引用。

 何世紀にもわたり外国の侵略を排除してきたアフガンの人々は、超大国の米国でさえタリバンに「勝てない」ことを納得して見ている。対話への期待は、いずれ去っていく外国人と違い、タリバンとの共存を模索せざるをえない現実を見据え始めたからだ。

 「米国型民主主義の押しつけである大統領選は認めない」
 タリバン最高指導者のオマル師の肉声テープが6月、影の州政府として同師が指名した全国34州の「タリバン知事」に届いた(以下略)。(毎日新聞・カブール・栗田慎一)

 アメリカのABCテレビとワシントンポストが、全米の1000人を対象に行った世論調査によると、オバマ大統領のアフガニスタン問題全般をめぐる対応について、アメリカ国民の6割が支持しているものの、アフガニスタンで続くテロに対する戦いについては、「価値がない」と考えている人が、5か月前より10ポイント増えて51%と半数を超え、「価値がある」と答えた人は、47%にとどまった。

 また、大統領選挙によって、アフガニスタンに統治能力のある政権が生まれると感じていない人が64%に上り、アメリカ国民の3分の2が、新政権の統治能力に懐疑的であることがわかった。駐留兵力増強の軍事作戦を続けることに、アメリカ国民の視線が日増しに厳しくなっていることを示している。(以上NHKラジオ正午ニュース要旨)

 ほかにも、オバマ大統領の演説を受けて、イスラム圏の人々から「イスラムを最も理解する人」として一気に人気が高まり、イスラエルとの仲介工作がかえってやりにくくなって困っているとか、ロシアのチェチェンに隣接するイングーシ共和国で爆弾テロがあり、100数十人が死傷するというニュースが飛び込んだりしています。

 これらを見ていると、冷戦時代の発想から抜けきれない国防政策がいかに古くさいかがわかります。日本の安全保障、強みは憲法9条です。今だからこそものをいいます。外国に行って武力行使をしないから世界に対して発言力があると思いませんか。それとも核武装した方がいいと思いますか。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月19日 (水)

葉はしげり

夏枯れに 手入れせずとも 葉はしげり                      

2009_08190004_2 「不況対策」「ばらまき」、なんとなく空しくひびく選挙戦もあと10日。210日寸前、台風はこないんでしょうか。

 2009_08190005 今日は俳句(8ハ1イ9ク)の日だそうです。 塾頭

| | コメント (4) | トラックバック (2)

2009年8月18日 (火)

森田健作知事の馬脚

 自民党支部を残したまま「完全無所属」を名乗って千葉県知事に当選した森田健作、八っ場ダム建設の賛否をぼやかしておきながら、当選すると即賛成に変身、剣道2段の免状は架空。模擬子ども議会で子どもから「知事はウソをつかないで下さい」といわれた元タレント。

 選挙民がしまった、と思ってももう遅い。せめて4年間、実害のない政治をしてくれれば、という希望もどうやらあやしくなった。自・公議員の賛成のもと、県教育委員会にとんでもない人を持ってきたのだ。さきほど電撃辞任した中田前市長の、横浜でも同じようなことが起きていたようだ。

 その人の名は、野口芳弘。「日本教育再生機構」の代表委員だという。この団体の理事長は、天皇男系皇嗣論者でY染色体を論拠に持ってきて失笑を買った八木秀次教授である。構成員は「新しい教科書の会」出身メンバー、日本会議メンバーなどが主になっている。

 共産党後援会のチラシによると、野口氏は「特攻隊賛美」「愛国心教育」を進めてきた人で、その著書に「教育とはそもそも強制」「(過ちをおかした子どもが謝らなければ)ひっぱたく、叩きのめすのである、『体罰』を断行するのである」などと公言しているという。

 森田知事は、6月議会で「戦前の軍国主義教育は必ずしも一面的な教育だったとは認識していない」と野口氏を弁護する答弁をした。森田氏も上記団体に参画しており、自民党以上に始末の悪い組織にいた馬脚を現したものだろう。

 子ども議会で質問したお子さま、どうかひっぱたかれたり、叩きのめされないよう、これからくれぐれもご用心ください。大人も、安倍失脚以来、このような戦前回帰路線が組織的に、そして静かに潜行していることに、とくとご用心願いたい。

| | コメント (4) | トラックバック (3)

2009年8月17日 (月)

鳩山代表の「本気度」

 前回のエントリーで、外交・平和政策について、社民・共産の「本気度」がためされている、と書いた。当塾では、これまで究極の平和構築手段として、EUをモデルとする「共同体」への道を示唆してきた。

 民主党や社民党のマニフェストでも「東アジア共同体」とか「東アジア非核化」などという言葉が項目として掲げられている。しかし、それに至る道筋は示されておらず、記事にした「民主党・マニフェスト」でも北朝鮮への強硬対策と同居していることから「不安な方向感覚」という批判を書いた。

 これについて、毎日新聞(8/16)が鳩山氏の構想の輪郭を示す記事を書いているので紹介したい。わかりやすいのが電子版にない右の図だ。四角で囲った3項目のトライアングル(■安全保障・■歴史認識・■経済)でそれぞれを短期行動から長期目標へ向かう手順を示している。

 2009_08170001それで、これまできバラバラに表明されていた政策や発想が結びついてくる。またその実現のためには、「各国との相互依存、信頼関係の構築」が必要としている。その中の「北朝鮮への貨物検査」は一見相反するように見えるが、外交にとって強い意志、「梃子」としての力を持つことは必要だろう。

 
 おそらく、日本では突飛なことと考えられるに違いない。いかし意外に機は熟しているのである。先月21日の、ロシア・韓国の国防相会議で示されたロシアの朝鮮半島非核化促進支持発言、同23日の「中国は、対話を堅持し、6カ国協議を堅持することが、朝鮮半島の非核化を実現する最良の道だと考える」という同国外交部の表明が続いた。

 北朝鮮は、かつてアメリカに半島の非核化を公約している。現在では核実験強行でホゴになっているが、故・金日成将軍の遺言でもある。しかしせっかく手にした核を、北が無条件に放棄することは考えられない。

 今、北の最大の国家目標はアメリカとの対等な対話である。それには核武装からの撤退が必要なことは百も承知している。それを名誉ある形で実現させ、朝鮮民族の先祖崇拝観念を満足させるには、日本を含めた「非核化」は有力な材料である。核不攻撃を米・中・ロがそれをギャランティーすることになる。

 オバマ大統領に変わったアメリカに反対する理由はない。もしあるとすれば、同盟国の日本が「核の傘」を強く望んでいるから、ぐらいだろう。鳩山代表にも大きな難関が待ちかまえている。自民党はもとより、民主党内にも存在する排外主義者、軍国主義者、ネット右翼まがいの反中、嫌韓、反朝鮮議員の猛烈な反駁である。

 朝鮮側にも一抹の不安がなきにしもあらず、「日本帝国」復活ではないかという対日不信だ。これには、憲法9条厳守で答えるしかない。鳩山代表は、代表としての初の外遊先を韓国に選び、李明博大統領に「一番大なのはナショナリズムのとりこにならないことだ」と訴えた。

 また、11日の記者会見で「過去の日本の行為を見つめる勇気を持ちながら未来志向で望む意思は、他の政党に負けない」とも言っている。自民党に向けたものであると同時に、社民・共産など野党にも向けたものであろう。

 鳩山氏の構想をどうすれば瓦解させず一歩でも前進させられるのか、鳩山氏の指導力とともに、社民・共産の一糸乱れぬ協力態勢こそ、両党の「本気度」バロメーターになる。共同体問題は、今回の選挙の大きな争点、そしてその後にあり得る政界再編の機軸として大いに注目したい。

| | コメント (0) | トラックバック (5)

2009年8月15日 (土)

節目の終戦記念日

 64回目の終戦記念日である。昭和16年12月8日午前7時、いつものようにつけっぱなしのラジオが叫んだ。

「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申上げます。大本営陸海軍部午前6時発表。帝国陸海軍部隊は本八日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」。

 それから終戦の玉音放送を聞くまで、3年9カ月余り、1096日間。わが人生でその後の64年にくらべると長いようで短い。しかしその前、満州事変からの連続を考えると15年戦時下にあったわけだから、やはりとんでもない戦争を起こしたわけだ。

 さて、今年の終戦記念日を迎えるに当たって、なにかこれまでと違うような感じがする。テレビでは、NHKはもとより、これまで消極的だったように思える民放まで、戦時体験などの関連特番が多くなったように見える。明らかにトレンドの変化である。そのきっかけは何だったのだろう。

 ① 米オバマ大統領の出現で、対立・抗争から和平・協調路線に世界の風向きが変わった。
 ②  麻生失政もあり、小泉靖国参拝、安倍改憲路線が急に色あせた。
 ③ 寡黙だった戦時体験者が、ここのところ急に口を開くようになった(当ブログは4年以上もやっているが《笑》)。
 ④ 選挙の月で、64年のほとんどを支配してきた政権が変わろうとしている。

 以上のうち④は、メディアが自民の圧力を気にしなくてもよくなるという解釈もできるが、政界自体を見わたすとどうも怪しくなる。ちなみに、去年の今日付のエントリー「終戦記念日と各党」に書いた声明などと、今回各党が発表したマニフェストとの比較では、ほとんど進歩のあとがない。むしろ自民党の方に変化があった。集団的自衛権の解釈変更である。

 「同盟国である米国に向かうミサイルの迎撃をや弾道ミサイル防衛で連携する米国艦艇の防護などが可能となるよう、必要な安全保障上の手当をする」という部分で、北朝鮮を敵国に見立てたこの筋書きが笑止千万であることは、すでにこのブログで言及した。

 11日の各党首討論会で、社民党の福島党首が集団的自衛権の問題を取り上げ、麻生首相にただした。麻生は、同盟国の艦船が攻撃を受けた場合、そばにいる日本の自衛官が防護するのは当然、といった趣旨の答えをしたように思うが、これはまさに、「日本国海上自衛隊は、本○日○時、日本海において北朝鮮軍と戦闘状態に入れり」ということにならないか。こっちでそう思わなくても相手はそう思う。

 福島党首は、どうして「では自衛隊はアメリカと一緒に戦争するんですね」と突っ込んでくれなかったのか。マスメディアが小政党の発言を封ずることは承知しているが、言いっぱなし聞きっぱなしでは物足りない。それは自民党側から、「では、どうして日本の安全を守っていくのか」という反論に、具体的にかみ合う答えの用意がないからではないか。

 世界は大きく変化を遂げようとしている。また、日本もかすかながら新しい時代を模索しつつある。野党各党にとって、今年こそ平和・安全保障問題の新しい旗を掲げる絶好のチャンスだったはずである。特に社民・共産は、これまでの日米同盟解消、自衛隊縮小などの55年体制以来の教条主義を精算し、民主・自民の外交・防衛族と同じ舞台で渡りあえる具体策を用意、「憲法擁護・軍縮先導」の党是に命を吹き込むようにしてほしかった。まさに両党の「本気度」がためされているのである。

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2009年8月14日 (金)

2009_08140019  題がお題です。何と読む?。お父さん「……」、お母さん「??」。おばあさん「フルイ」。息子「古い?」。お父さん「辞書を引いてごらん」。

 ふるい【篩】粉または粒状のものを、その大きさによって選り分ける道具。普通、まげ物の底に、馬尾・銅線・絹・竹などを張ったもの(広辞苑)。

 「さすがは、おばあさん!。フルイことよく知っている(笑)」。「近頃あまり見かけなくなったわね」。
 
 ありました!!。100円ショップに。ついでにパワーショベルの先っちょのようなものも。

 下に敷いたファイル・ホルダーも、この型のものが百貨店にはなかった。百貨店は百[円硬]貨の店に名を譲った方がいい。売上げ低下に歯止めがかからないというのもむべなるかな。

 ちなみに、篩は、庭先の砂利が土とまじり、洗って敷き直したかったもの。ミニだがこれで充分間に合う。泥まみれにする前にビカビカのところを写真に撮っておきました。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009年8月13日 (木)

憲法・外交・安保政策と選挙

 衆院選公示まであと5日と迫った。党首討論が終わったものの、長丁場の選挙戦は、地震、台風、タレントスキャンダルのニュースが先行し、お盆休みがあけても「政権交代」への盛り上がりに欠けるものになるのではないかと懸念される。

 マニフェストに対する議論は盛んだが、国民が政策論争にどれだけ引き込まれているか、はっきりいってそれに甲乙をつけるだけの能力がないのが実態ではないか。また8月15日を迎え、「戦争はいやだ」、「戦争は避けるべきだ」という、素朴で共通の願いにも政治は正面から答えていない。

 毎日新聞のホームページで、衆議院「毎日ボートマッチ」“えらぼーと”というのが昨日から始まった。このメリットは、全立候補予定者に向けたアンケート結果が見られることだ。当ブログでも以前「立候補者メモ」を作ったことがあるが、途中でやめた。

 本当の理由は(今日、全面撤退を決めたようだが。その後それを撤回?)「幸福実現党」なるカルトまがいの候補者まで面倒見きれなくなったからだ。共産党の立候補制限と同様、撤退に「ホッ」としている党があるに違いない。それはともかく、早速「えらぼーと」を訪ねてみた。

 いきなりアンケート結果は出てこないが「トライしてみる▼」を追っていけば、選挙区別に出てくるし、比例区も見られる。まだ回答を得ていないものもあり、追加更新も予定されている。そこで、政権交代を目指す民主党候補(比例区はのぞく)を、とりあえず「反戦塾」流に分析してみた。

 「憲法9条改正に反対」および「集団的自衛権の憲法解釈を見直す必要はない」という意見を併せ持つ候補者は約54%にのぼる。これは双方のことがらをマニフェストに明記することを避けたにしては、多いと見てよい。

 現に、以前の調査時は改憲派だったのに、小沢政策や安倍首相当時の改憲思潮が後退したためか、態度を改めている候補もいる。残りの46%はなぜか東京・大阪とその近辺に多い。態度を明らかにすることが選挙に不利を招くということもあるのか。

その内訳は、次のようになる。
①政治信条が自民党最右派に近い候補 6~7%、20人前後
②上記項目の双方ではなく片方だけに賛成している候補で、政治信条が不明。
③無回答か、二者選択ではない別の回答をしている候補。

 上記①は、「靖国神社に参拝する国会議員の会」とか「在日外国人参政権に慎重な国会議員の会」などというリストをたぐってみれば、おおよその見当がつく。これらの候補は、民主党が過半数を大きく割った場合、平沼新党などの呼びかけで脱党、自民と組む可能性がある。

 したがって慎重な投票姿勢が必要だ。それ以外は自民に近い政治信条を持っていても、それが理由で党を割るような存在にはならないだろう。右派グループは民放テレビなどへの出演が多く、優位に立っている。

 自分の選挙区の候補をよく見ていただき、比例区は社民か共産に票を集中させるなど、確実に反戦議員をふやすよう、「えらぽーと」の有効利用をおすすめしたい。 

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2009年8月12日 (水)

「イクサ」の意味

 前回、《「由来」の危うさ》を書いたら、テーマの連鎖反応が起きてしまった。書棚の中に大野晋著『日本語をさかのぼる』という岩波新書が見つかったのだ。原稿を書き、公表してしまってから参考になる資料が見つかるということはよくあることだ。

 きっと、書いたことでそこに関心が集中し、関連する事柄が目につきやすくなる、または、より突っ込んでみたいという潜在的意識がそうさせるのだろうか。前回は、コシノクニの「越」と中国古代の国「越」に関係があるかどうかだった。

 今回は、わが反戦塾の「戦」、イクサについてである。例によって『日本書紀』をめくると、神武東征の1、2頁だけで次のように多くの漢字が当てられている。
 兵→イクサ 介冑→イクサ 軍→イクサ
 師→イクサ 卒→イクサ
 
 ところが「戦」は、タタカい、タタカうには使うがイクサは見あたらない。前掲書はこういう。
「イクサという語がある。現代では戦争の意にこれを使う。しかし、イクサという語は、本来戦争の意を表すものではなかった」と。

 続けて、イクサはイクとサに分かれると解説する。イク(生)とは、生命力の盛んなことをたたえる接頭語で、サは朝鮮語のsalを取り入れた「矢」の意味だという。つまり勢いのあるするどい矢をを意味する。今ならミサイルそのものだ。

 それが『書紀』の持統3年になると「射(イクサ)習ふ所を築かしむ」とか、「射(イクサ)を観たまふ」と射→イクサに発展する。つまり、射撃という行動までを意味するのだ。さらに鎌倉時代に入ると、完全に合戦そのものを「イクサ」というようになる。

 現在のイクサは、広辞苑で見ると「軍」「戦」「兵」「射」とあらゆる意味をとりこんだ言葉になっている。さて、ややこしいことになったが、わが反戦塾は、専守防衛の自衛隊とその装備は認めているので、広義の「イクサ反対」ではなく、狭義の「たたき合い=戦い反対」ということになるのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年8月11日 (火)

「由来」の危うさ

 関西出身の考古学の大家、森浩一先生は、私の最も敬愛する考古学者の一人である。史伝・考古学に関連する自著を持つだけに、先生の著書から受けた影響はすくなくない。その一方自著には、00年に発覚した東北地方の旧石器発見捏造事件に関連して、次ぎのようにも書いている。

 〇三年五月に発表された日本考古学協会の最終報告によると「旧石器は旧石器、縄文は縄文という時代割り、東北は東北、関東は関東という地域割りの細分化された専門領域の谷間に落ちている研究者の現状を反映」しているのだという。

 これほどだとは思わなかったが、考古学に限らず、他の学会や官僚の世界に巣くう積年の病弊の現れで、もって他山の石とするべきことがらであろう。(拙著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』)

 しかし森先生のは違う。地域割り、時代割りはおろか、学問としてはとかく対立しがちな文献史学から民俗学の分野まで、奔放に名文を駆使される。しろうとにも取っつきやすく、探偵小説のように先へ先きへと読み進んでしまう。

 ことに文庫本は寝床の友とすることが多く、読みやすいだけに軽く読み飛ばしてしまう部分がでてくる。何度も見ているのに、今回「えっ?」と思うことに気がついた。それは、越洲(『日本書紀』でいうコシのシマ)と、中国南部の古代国家越(エツ)との関係である。

 先生の『古代史の窓』(新潮文庫)に「倭人と呉越文化」という項目があり、おいしいコメといえば「こしひかり」という書き出しで、中国江南の稲作起源や発掘される木胎漆器などの例をあげ、両者に「早くから交流があったのではないか」という予想を書いておられる。

 先生が、日本海側が今日考えられているような後進性を持った地域でなく、大陸から見て海運が高度に生かせる点で太平洋岸より重視されていたという結論は、拙著でも強調した点で同意見である。しかしその先、同様なこととして江南の「越=エツ」と伊予の有力氏族越智氏の交流を結びつけた話を展開されている。

 先生は、別に漢字「越」をコシとエツの共通点としてあげられたわけではない。しかし、越智は「越」の2文字化(呉音ではヲチ)で、由来を江南の「越」と推定されている。そのため、越洲もイメージとしては同じようににとられてしまう。拙著では「畿内からは険しい山にはばまれ、舟で海を越して(渡って)ゆく国」を越の国のイメージとして描いた。

 エツとコシは漢字の音読みと訓読みでである。コシは古志とも当て字されるれっきとした日本語に違いない。「越」はその日本語の意味をあてはめたものだろう。呉越の越には関係ないと思う。また、越智氏については、「小市国造小致」が越智氏の始まりとか、「小千」「小市」「乎千」などとも記され国造家に端を発するという説もあるので、直ちに中国の「越」に結びつかないのではないか。

 音が先なのか訓が先なのかの判定は、なかなかむつかいしい。ただ、漢字の音読が普及したのは奈良時代以降で、それまでは日本語を万葉がな風に表記するのが主流だったのではないか、というのが私流の勝手解釈である。

 『日本書紀』を通読された方はおわかりだろうが、地名由来説話が非常に多い。しかしいずれも後世にこじつけた民間説話や社寺縁起などの我田引水の類であてにならない、というのが常識になっている。いずれにしても「由来」話はあくまでも刺身のつまか、それ以下に考えておけばいいということになりそうだ。 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年8月10日 (月)

リベラルの会と選挙

 前回の「リベラルの会」に続いて今回の衆院選に触れるつもりであったが、その前に前回記事の補足をしておきたい。それは、リベラルの会趣意書と民主党マニフェストの差を述べた中で、前者が北東アジアの安全構築をいっているのに、後者が南北アジアから太平洋まで範囲を広げた経済中心の構想でぼやかされているように言った。

 今朝になって再確認してみたら、マニフェストに一行、「○北東アジア地域の非核化をめざす」とある。前に見ているはずなのだが、失念していた。同党には別に「INDEX2009」という政策集があり、詳細がそこにあるとばかり思っていた。

 一行だけの公約は、南北朝鮮の「非核化宣言」が効果を期待された時代ならばともかく、北が核保有を誇る現在では空文に等しい。北東アジアに対しては、日朝共同宣言に見られるような、総括的解決の糸口をを見いだすことしか方法がないのだ。

 リベラルの会にそれらのすべてを期待することはできない。期待するのは、選挙後に想定される政権再編で、自民党あるいは右翼諸派勢力によるなだれこみの防波堤となりうる勢力に発展してほしいと言うことだけである。以下、同会発足に名をつらねた候補者を見ていく。(遺漏があればお許しいただきたい)

北海道5区 小林千代美(40)元・民主
 この区の対抗馬は町村信孝、町村派の会長だ。森・小泉・安倍・福田と4代続けて総理を出した最大派閥の代表が落選すれば、森の求心力はさらにおとろえ、自民党の瓦解も否定できない。

宮城1区 郡和子(52)前・民主
 仙台市の青葉区・太白区、東北を代表する選挙区で、自民党の土井亨(50)も町村派だ。

秋田1区 寺田 学(32)前・民主
 自民、平沼グループ、諸派の超保守勢力と民主・共産の平和勢力の激突になる。

埼玉12区 本多平直(44)元・民主
 今のところ共産が候補を立てていないので、その票が集まればなお有望である。

千葉6区 生方幸夫(61)元・民主
 生方は「リベラルの会」発足を主導した。6人という県下有数の激戦区になりそうだが、共産党をのぞけば、あとの4人は「みんなの党」新人を含む保守派である。 

新潟1区 西村智奈美(42)前・民主
 2回連続当選を果たしたベテランである。1区現象を起こしてもらいたいところ。

愛知3区 近藤昭一(51)前・民主 
 落選した生方の後を受け、平岡秀夫とともに会の代表世話役をしている。生方は読売新聞記者の経験があるが近藤も中日新聞出身である。

大阪5区 稲見哲男(61)元・民主
 ここでは、自民党ではなく公明党が対抗馬だ。前回の選挙では共産党候補者の票を加えると公明に勝てるという結果になっている。現在、諸派を入れて5党の戦いとなっている。

大阪17区 辻 恵(61)元・民主
 改革クラブの西村真悟がいる選挙区だ。かつて民主党に在籍したが田母神支持の極右だ。弁護士の資格を不正に使用した容疑で逮捕されたことがある。当選させてはならない。

大阪18区 中川 治(58)元・民主
 自民党は中山太郎。外相などの実績を持つ大物だがすでに84歳。ここまで後継者に恵まれないとは、お気の毒に思う。

山口2区 平岡秀夫(55)前・民主
 前回の小泉解散で自民新人に惜敗、比例区に回ったが、昨年2月の補欠選挙で自民候補に大勝、選挙区復活を果たした。小沢民主党を勢いづけた一因になっている。

山口4区 戸倉多香子(50)新・民主
 「リベラルの会」には直接関係はない。前記平岡の選挙区出身で盟友。自民ネオコンの代表格・安倍晋三から1票でも多く支持票をもぎとり、相手勢力に打撃を与えられる候補だ。

福岡3区 藤田一枝(60)元・民主
 農相の経験がある大物の太田誠一が相手だが、集団レイプに肩入れをするような失言癖のある人物だ。十分に勝機はある。

鹿児島1区 川内博史(47)前・民主
 相手は保岡興治、自民党で鹿児島のドンといわれるがすでに70歳、統一協会との関係や複雑な政界遍歴は、もはや実績にならない。昔年のライバル対決に変革の風がどう吹くか。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年8月 9日 (日)

「リベラルの会」

  「気になる選挙区」の題名で、選挙区ごとに北海道、東北、北関東と取り上げてきた。あと、南関東以下を続けるつもりだったがやめることにした。理由は、連日似たような劇場型選挙区紹介がマスコミで取り上げられ、それと競うようなことはしたくないと感じたからだ。

 そこで、民主党で是非勝利してほしい候補を考えてみることにした。これまで書いてきたように、自民党タカ派以上に危険な意見を持つ候補が松下政経塾出身者や旧民社党出身者などの中にいるわけで、このところ離党や除名などでやや勢力を減じているように見えるが、同党の外交・安保政策をあいまいにする一因となっていることは否めない。

 そこでまず、かつて同党で50名を擁する有力な政策グループと見なされていた「リベラルの会」の結成趣意書と今回の選挙公約(マニフェスト)を、憲法を中心に比較してみることにした。リベラルの会は、前回の小泉選挙で大勢の落選者をだし、一時は存続を危ぶまれていた。

-------------------------
リベラルの会結成にあたって(2004年8月)

私たちは、東西冷戦に象徴されるイデオロギー対立の政治が終焉した21世紀こそ、「真の自由」と「真の民主主義」を実現する世紀にしたいと思います。そして、「真の自由」と「真の民主主義」こそが、世界に平和をもたらし、個々人に光り輝ける人生をもたらすものと考えます。

 以上の基本認識の下、私たちは、次の基本的な考え方を政策実現していくために、「リベラルの会」を結成します。

1、 憲法第9条の精神を世界に広め、活かしていきます。自衛隊は専守防衛に徹し、一部の国を敵国扱いすることとなる集団的自衛権は行使せず、国連を中心とした集団的安全保障の確立を目指します。国連改革を推し進め、新しい国連の下、積極的に世界平和の構築に取組むとともに、北東アジアの平和と安全の為にイニシャティブを執っていきます。

2、 真に自立した市民一人一人が政治に参加することのできる「市民に開かれた政治」を目指します。そして、「市民に開かれた政治」の中で、社会的立場の弱い人を含むあらゆる人が、安心して自由に暮らしていける社会の実現を目指します。

民主党衆院選マニュアル(2009年7月)

「憲法とは公権力の行使を制限するために主権者が定める根本規範である」というのが近代立憲主義における憲法の定義です。決して一時の内閣が、その目指すべき社会像やみずからの重視する伝統・価値をうたったり、国民に道徳や義務を課すための規範ではありません。

民主党は、「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」という現行憲法の原理は国民の確信によりしっかりと支えられていると考えており、これらを大切にしながら、真に立憲主義を確立し「憲法は国民とともにある」という観点から、現行憲法に足らざる点があれば補い、改めるべき点があれば改めることを国民の皆さんに責任を持って提案していきます。

民主党は2005年秋にまとめた「憲法提言」をもとに、今後も国民の皆さんと自由闊達な憲法論議を各地で行い、国民の皆さんが改正を求め、かつ、国会内の広範かつ円満な合意形成ができる事項がるかどうか、慎重かつ積極的に検討していきます。

「民主党政策INDEX2009」

自衛権の行使は専守防衛に限定
 自衛権は、これまでの個別的・集団的といった概念上の論議に拘泥せず、専守防衛の原則に基づき、わが国の平和と安全を直接に脅かす急迫不正の侵害を受けた場合に限って、憲法9条にのっとって行使することとし、それ以外では武力を行使しません。
-----------------------

 双方に共通する点は、9条の精神は守るといいながら、「1、2項を変更しない」と言い切っていないことである。この点は社・共や公明との違いで不安を残す。両者の最大の違いは「集団的自衛権」への姿勢である。

 作成時点の異なるものを比較するのは問題があるが、マニュアルの「個別的・集団的といった概念上の論議に拘泥せず」はいかにも苦しい。たしかに、かつて安倍首相らが一般化できない持論をふりかざし、神学論争のような議論にしたことはある。

 しかし、この問題を棚上げにしたのは、日米同盟の懸案に目をふさぎ解釈改憲に道を開く明らかな「逃げ」である。このような「概念上の論議」を否定しておきながら、「急迫不正の侵害」という、個人の正当防衛にかかわる「概念上」の用語を武力行使に関して使うなど、全く前後の論理が一貫していない。

 また、マニュアルは憲法問題を「慎重かつ積極的に」検討していきますという、これこそ民主党が目玉にしているアンチ官僚公約にそぐわない官僚用語で、何を言っているのかわからない。また、上の比較文からは長くなるのでのぞいたが、アジア政策でも明らかな開きがうかがわれる。

 リベラルの会は、「東西冷戦に象徴されるイデオロギー対立の政治が終焉した21世紀」を冒頭にかかげている。これが「リベラル」理念の根底をなしている。そして北東アジアとという表現で中国、南北朝鮮、あるいはロシアといった日本と隣接した国との安定した関係づくりに目をむけている。

 これに対し、民主党マニュアルは「共同体」といった踏み込んだ用語を使いながら、アジアを台湾、アセアン、太平洋諸国まで自由貿易圏をひろげるとか共通懸案事項で協定する構想にとどまり、北朝鮮に対する「制裁強化」一本槍の論調とあいまって、軍事的対立の緩和、善隣友好より、自民党内に強い反共シフトの流れを引きずっているように見える。

 以上をふまえ、「リベラルの会」を主導した議員が多数当選し、さらに元職・新人を加えて強力な政策集団となれば、小沢・菅・横路など各グループに名を連ねながら活動を発展させ、各グループの意見の調整役となって、民主党の一貫した現実味のある安保・防衛政策を構築できるのではないか。

 是非そのような方向に向かってほしいということで、次回は「気になる選挙区」のしめくくりとして「リベラルの会」世話人を務めた候補を中心に紹介して見ようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009年8月 7日 (金)

強い日本と「核」

 連続して3回「毎日新聞」からの引用をするのはさすがに気がひける。かつては5紙も購読したことがあるが、今は1紙だけ。「毎日」の回し者ではないが成り行き上やむを得ない仕儀と相なる。同紙を特徴づける自慢のコラムに「記者の目」がある。今日(7日)はそこに引きつけられた。30歳になる真野森作記者の目だ。

 核保有論が目指すのは、一義的には日本の3度目の被爆を避けることだろう。「核を持たないと核にやられる」という論理だ。例えば、月刊オピニオン誌「正論」(産経新聞社)8月号には「核脅威ふたたび」と題した特集が載った。西村真悟前衆院議員(改革クラブ)が「現在、我が国家には『核抑止力』が必要である」と持論を訴えている。

 こうした主張に魅了される人が一定数存在するのは現実だ。とりわけ、今30歳である私の同世代や年下の世代は、親にも戦争の記憶が乏しい。強い国家像が好まれがちなインターネットでの言論も一役買っている。

 熱を帯びた核保有論に対しては、封殺や無視をするのではなく、徹底した議論を繰り返し、核に日本がどう向き合っていくのか国民全体で考える機会とすべきだ。

 「核保有論など議論すらすべきではない」という人には暴論と映るかもしれない。だが、タブー視して議論をしないままでは、言いっ放しの雑な主張がはびこり、世論の分断がじわじわと進んでいく。

 この前段に、さして原爆に深い関心を持たなかった記者が、被爆者への取材を通じて核戦争の不毛な実像に強いインパクトを受けた経緯が記されている。被爆者ではないが、当時は中学生だった私が意を強うしたのは、「核タブー視ではない徹底的な議論を」という結論である。

 これは、このブログでもたびたび繰り返してきたことだ。また、中川昭一元外相の「核政策の議論や研究はすべきだ」とか、久間章生元防衛庁長官の「原爆しょうがない」発言に理解を示したところ、冷たい目でみられた覚えもある。

記事リンク「護憲」から「攻憲」へ:
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-c03a.html
「核軍縮を輸出せよ」:
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-de0b.html 

 私の子供よりさらに若い記者が、そういった結論に至ったことに勇気づけられたことを言いたかったわけだが、記者の指摘にある「強い国家像」に関し、若い人に往々にして誤解があるので、久間発言を切り口に付言しておきたい。

 私がすべての人の代弁をするわけにいかないが、特別の階層の人をのぞく意識はこうでなかったかと思う。終戦の詔勅を知ったとき、残念がり、悔しがり現に泣いている人を目のあたりにした。詔勅の「しのびがたきをしのび」とははまさにそのことだある。

 2年先には志願兵になっているはずの私も、内心「これで近く死なずに済みそうだ」と思った。その先の人生など何も考えていなかったので、今の若い人のような悩みは全然ない。中には戦中との生死観の葛藤で自殺する人もいたが、死なないでいいということだけですべてバラ色にできたのだ。

 広島・長崎が強力爆弾で被災したことは、その前に知っていた。しかしその後も秋田などが空爆されて大勢の人が死んでいる。原爆と知ってその残虐ぶりを認識したのはもっと後のことだった。戦争で多くの非戦闘員が犠牲になる、そのこと自体は「しょうがない」ことだと思っていた。

 誰を恨むわけでもない、戦争とはそういうものだ。勝つためには手段を選ばない。日本の敗色が濃くなったとき、起死回生の一手が原爆の開発でそれを夢見ていた。日本がそれに成功していれば必ず使っていたはずである。

 「過ちは繰り返しません」という原爆の碑の誓いは、日本人が非戦と核兵器廃絶を目指す覚悟を言うものだと、当時も、今でもそう思っている。さて、「強い国家像」だが、敗戦、占領中などは「弱い国家像」だったのだろうか。

 1990年頃から右派論壇にそのような論調が生まれ始めた。「東京裁判史観」などという一連の歴史修正主義だ。しかしこれはためにする作文にしかすぎない。敗戦の嘆きは長く続かなかった。東条英機の自殺未遂事件の頃から、戦中に鬱積していた軍部に対する批判が一斉に噴きだした。

 「戦争に負けてよかった。勝っていたらどんなに軍部がどんなに威張り散らすかわからない」というのは、私の近辺で大人から聞いた言葉だ。そして、2.1ゼネストを計画し食料デモはするが、《アメリカから押しつけられた》憲法はいやいやながら文句もいえずに受け入れ、東京裁判のA級戦犯断罪に抗議もできなかった、日本人はそんなに卑屈で内向的だったのだろうか。

 そうでない人もいた。鳩山民主党代表たちの父親一郎は総理大臣直前に戦時中の言動によりGHQから公職追放された。公職追放は多くの民間人、学校の先生にまで及んだ。こういった人達は占領軍が憎かっただろう。しかし、鳩山さんにしろ吉田さんにしろ岸さんにしろ、敗戦という現実をふまえたうえ、世界の強豪・米ソ相手に堂々と渡り合った。

 当時、人々は「強い日本」を目指し、今以上に確固とした自説を持っていた。他国に追随し、世界に堂々とものが言える気概に欠ける「弱い日本」ぶりは、現在の方がむしろ心配になる。強硬論を唱え核武装するのが「強い国家像」なら、北朝鮮を見習えばいい。一番弱い国のすることだ。

 これからの日本を背負って立つ若人にお願いしたいことは、真野記者のように、受け売りではなく、自分で調べ自分の頭で考えるようにしていただきたいことだ。そうすれば憲法9条を改正しないでも、核兵器保有国にならなくてもより「強い日本」になれることがわかるはずである。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009年8月 6日 (木)

核先制攻撃希望の日本政府

 問われる「核の傘」
   先制不使用宣言は困る
    ―――日本政府の「本音」

 広島原爆忌の朝、朝刊(毎日新聞)の特集面を開いたらこんな大きな見出しが目に飛び込んだ。間違いではないかと本文を何度も読み返した。唯一の被爆国政府がそんなことを言うはずがない、毎年総理大臣が「過ちを繰り返さない」誓いをあらたにするため、今日は広島を訪れる。

 その政府が……?。しかし読み違いではない。

 米国の軍縮NGO「憂慮する科学者同盟」のグレゴリー・カラキー氏はこう説明した。

 オバマ米大統領は4月のプラハ演説で「米国の安全保障戦略の中での核兵器の役割を減らす」と強調した。先制不使用宣言は「核兵器の役割を減らす」典型的な政策の一つとされるため、将来的に米国が先制不使用を宣言するのではないかという見方が出ている。

 米国が先制不使用を宣言した場合、日本にどう影響するのか。日本政府は「先制不使用宣言は検証困難で安全保障を弱体化させる」という立場だ。核攻撃以外にも核兵器で対抗してほしいという意味だ。

 念頭にあるのは中国の通常戦力と北朝鮮の生物化学兵器だ。中国の軍事費の伸びは毎年10%を超えている。北朝鮮は化学兵器禁止条約に加盟しておらず、実戦配備の可能性も指摘されている。

 アメリカの先制攻撃は、北朝鮮の場合、たとえミサイル発射台のピンポイント攻撃でも日本がノドンによる報復攻撃を受け、防御態勢不十分のため被害が出るという記事を数日前に書いたばかりである。北にアメリカ本土を攻撃する能力はない。

 また、核による先制攻撃もあり得ない。なぜならば北のミサイル発射基地は中国・ロシア国境に近い。両国に死の灰をもたらすようなら中国の反撃も考えなくてはならない。中国は早くから核の先制攻撃を否定しているが、ICBMは開発済みで米本土をねらえる。アメリカに危険が及ぶようなことをするわけがない。

 日本政府は、日本の安全保障のため「先制攻撃だけはやめてください」と言うべきなのだ。いま、済んだばかりの広島の式典で、麻生総理が挨拶でまた読み違いをしたようだ。

 「 ラクイラにおいて、初めて『核兵器のない世界』を宣言し、世界的な核軍縮・不拡散に関する機運の高まりを維持・強化するための力強いメッセージを表明しました」の《宣言》は《言及》のはずだ。TVの字幕にはそうなってる。

 現にラクイラのG8では、核拡散防止に関するの声明のなかで核廃絶に向けた機運に「言及」しているが、「宣言」するまでには至っていない 。気にもないことを原稿で読むとこんな間違いをする。こういった国際レベルの「KY」政権を永久に葬るために国民は何をすればいいのか。

 答えは間もなく出てくる。

| | コメント (2) | トラックバック (6)

2009年8月 4日 (火)

遂に出た平成版7博士

2009_08050005右のイラストは、明治36年9月4日号の「中央新聞」に掲載された政治漫画。対露同志会の外交演説を写すプロジェクターを後ろで操るのは、ズボンに「小ムラ」と書いてある小村寿太郎外相(『日本の歴史』中央文庫より)。

 政府の「安全保障と防衛力に関する懇談会」(座長・勝俣恒久東京電力会長)は4日、年末に改定される「防衛計画の大綱」(防衛大綱)に向けた報告書をまとめ、麻生太郎首相に提出した。日本を飛び越えて米国へ向かう北朝鮮の弾道ミサイルの迎撃などを可能とするため、憲法で禁じられている集団的自衛権の解釈の見直しを提言。海外への武器輸出を禁じた武器輸出三原則の緩和も求めた。報告書を受けて政府は大綱の改定を進めるが、そのまま反映されるかどうかは不透明だ。(後略:8/4毎日新聞夕刊)

 今日午前にエントリーした前記事の続きで、緊急に1日に2度目の投稿をする。報告書はまだ見てないが、報告書の骨子を毎日で次のようにまとめている。

  ・弾道ミサイルに対応するため、集団的自衛権の
   憲法解釈見直し
  ・武器輸出三原則を修正し国際共同開発などを容
   認
  ・敵基地攻撃能力保有を検討
  ・日本の安全保障を確保するため「多層協力的安
   全保障戦略」が必要
  ・「存在による抑止」に加え「運用による抑止」
   を重視

 そして懇談会メンバーは、座長・勝俣恒久東京電力会長、北岡伸一東大大学院教授、田中明彦同教授、中西寛京大公共政策大学院教授ら6委員、加藤良三前駐米大使ら3人の専門委員が務めるとしている。

 これを見てすぐ思い出したのが、日露戦争の前年の明治36年6月に東京帝国大学の富井・戸水・寺尾・高橋・中村・金井・小野塚の7博士がそろって桂首相を訪ね、日露開戦の意見書を出したことである。これは早い段階で政府のヤラセであることがマスコミにもばれていたが、このあたりの事情を「原敬日記」が余すところなく物語る。

  「政府が最初七博士をして露国を威圧し、因て
   以て日露協商を成立せしめんと企てたるも、
  意外に開戦に至らざるを得ざる行掛りを生じた
  るものの如し」

 小泉政権以来、官学大教授を中心にに防衛産業をかかえる財界、そして米国追随を職務としてきた駐米大使を集め「懇談会」と称して権威づけをし、憲法違反すれすれの防衛政策を画策してきた。今度はすれすれではなく、はっきり憲法違反である。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

麻生外交ブレまくり

 前々回、自民党・マニフェストの外交・安保政策に対し、北朝鮮と戦争をする気か、といった趣旨の記事を書きました。それに対し「雷鳥」さまから貴重なご指摘を受けたので、お許しをいただき以下を引用します。

■失礼します。
 マニフェストの「同盟国である米国に向かう弾道ミサイルの迎撃」という点ですが、北朝鮮からアメリカに向かう弾道ミサイルは、地球儀を見ると、中国・ロシア、そして北極の方を飛ぶと思うのです。日本上空を飛ばないミサイルを迎撃するなんて技術的に無理でしょう。
 自民党が「北朝鮮」を言うとき、いつも的外れだと感じています。

投稿: 雷鳥

■雷鳥 さま
コメントありがとうございます。
いいご指摘でした。私も意識の底にはあったことなので、拙シナリオ中の「アメリカ本土」は、ハワイに訂正し、別途補足のエントリーを考えようと思います。

投稿: ましま

 ご指摘の通りです。この前の大騒ぎをしたテポドンの弾道では、軌道修正しない限りハワイに向かい、米本土へは行きません。前の記事で新公約を「アメリカの猟犬・しかも国力の弱い北朝鮮限定」と書きました。

 アメリカのミサイル撃墜要請は、ブッシュ時代のネオコンに端を発しており、そのミサイルは北朝鮮ではなく、中国のものだったはずです。すくなくともアメリカは、最近まで北のミサイルなどにそれほど脅威や関心を示していませんでした。

 アメリカの関心は「不安定な弧」としてインド洋から先、イスラエルなど地中海沿岸に向いていました。当時の麻生外相は、それをまねして太平洋からヨーロッパを結ぶ「自由と繁栄の弧」を唱えましたが、狙いがあいまいで中国封じ込めにしか解釈できず、それこそ「自由と繁栄の(孤)」で終わったわけです。

 アメリカが日本にMD(ミサイル防衛)システム相乗りを迫る本当の狙いは、無限といわれるほど膨大な開発予算を分担させることにあると見ます。中国は既にアメリカに到達するICBMを持っています。中国からでしたら、確かに日本上空を通ってアメリカに向かうコースもあるでしょう。

 しかしアメリカはオバマ大統領にかわり、現政権はその脅威をニクソン以来の友好ムードの中で話し合い解決をしようとしています。こういった中、唯一の被爆国家で憲法9条を持つ日本ならドラスチックな外交戦略転換を打ち出せるのですが、オソマツ政界にはそれも期待できません。

 なかでも、自民・マニフェストは最低です。すでに安倍時代に破綻した「集団的自衛権の解釈改憲」の生き返らせることをねらい、北朝鮮の核・ミサイル脅威と拉致問題であおりたてて、素人でもわかるようなミサイル撃墜話を持ち出すのですから、いかに「自由と繁栄の弧」が受けなかったとはいえあまりにもひどすぎます。

 まさに、漢字が読めない「この首相にしてこのマニフェスト(外交・安保)あり」です。また、想像したとおりマスコミはほとんどこのことを上げません。せめてネットの上で頑張るしかありません。皆様のご協力をお願いします。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2009年8月 3日 (月)

共産党宣言

 不毛な政治家や労働組合のおかげで仕事につけない若者が増えています。そういった人たちの共感を呼ぶのか、最近、小林多喜二の小説『蟹工船』が書店の売れ筋になったそうです。終戦後プロレタリア文学が解禁になった頃読んだ記憶がありますが、それが今日うけていることなど、想像もしてみませんでした。

 また、共産党入党希望者がふえていると聞いています。そういった人たちは、こういったことを勉強しているかもしれません。

 古来の民族的産業は破壊され、なお日々に破壊されている。それらの民族的産業は、その導入がすべての文明国にとって死活問題であるところの新産業によって駆逐される。この新産業というのは、もはや国産原料でなく、遠隔地からの原料に加工し、またその製品も国内だけではなく、同時に世界中いたるところで消費されるものである。
 
 昔の、国産品によって充たされた需要のかわりに、遠い外国の製品によらねば充たされない需要が生じている。昔の地方的・一国的の自足自給と鎖国のかわりに、諸民族相互間の全面的交易と、全面的依存とが生じている。

 そして精神的生産も物質的生産と同様である。個々の民族の精神的産物は、世界の共有財産となる。民族的偏見と狭量とは次第に不可能となり、多くの民族文学や地方文学から、一つの世界文学が形成される。

 今のこと?。いえ、1848年、日本で言えば弘化4年ペリーが浦賀に来て開港を迫る5年前、気の遠くなるほど昔の話です。これは、カール・マルクスの『共産党宣言』(塩田庄兵衛訳・角川文庫)からとった一節です。

 なんとも似た話ではないですか。そこからブルジョアジーが勢いを得て生産と労働者を思いのまま支配し、「これまでの中産階級の下層、すなわち小製造業者、小商人および小金利生活者、手工業者および農民、すべてこれらの諸階層はプロレタリアートに転落する」というのがマルクスの予言でした。

 こんなに長い間、命脈を持ち続けているマルクス・エンゲルスの思想ってすごいですね。残念ながら共産国がなくなっても、そう簡単に古典化してしまいそうにもありません。それをどう生かしていくのか、これからの若い人の力次第です。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009年8月 1日 (土)

自民党・マニフェスト

北朝鮮と戦争をする公約

 これまで、自民党の良識派にかすかな期待もあったが、こんな物騒な公約を出すようでは、自民党を本気でつぶさなければならないと思います。アメリカの可愛い「ポチ」から猟犬に格上げしたのです。それも獲物は弱い北朝鮮限定です。

 安倍晋三首相時代、シーハー駐日大使はミサイルアメリカに向かうミサイルの撃墜など、日本に傲慢な要求を突きつけました。それに応じ安倍は、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(アーミテージ国務副長官から「ショー・ザ・フラッグ」と自衛隊派遣を強要されたとされる当時の駐米大使・柳井俊二が座長)を設け、「集団的自衛権行使」に風穴をあけようとしました。しかし、安倍退陣に従い日の目をみることなく、福田政権下では棚上げになっていました。今回どさくさに紛れて公約化、復活させようとするもので、各野党もマスコミも見逃していいわけありません。

 特に、北朝鮮の弾道ミサイルから日本国民の安全を守るため、同盟国である米国に向かう弾道ミサイルの迎撃や弾道ミサイル防衛で連携する米国艦艇の防護などが可能となるよう、必要な安全保障上の手当を行う。

 これがマニフェストの「9外交・安全保障」に書かれていることがらです。日本語としてもおかしな文章で、日本国民の安全になぜアメリカ向けミサイル撃破が役に立つのかわかりません。自民は具体例を示したつもりかも知れません。それならもっと具体的に当塾のケーススタディーをしてみましょう。

① 北がテポドン4号の発射準備をする。こんどは明らかに前回より大きい。アメリカ本土に到達する可能性は大である。アメリカはスパイ衛星はもとより、情報集めに躍起になる。そこへCIEに複数の筋から、直接対話に応じないアメリカに脅威を与えるためのICBM発射準備である、との情報が入る。

② アメリカは国連安保理に連絡し、北に警告するが、北は例によって「人工衛星」と言い張る。アメリカは発射の時間が迫ったと判断し、日本海上の米空母から艦載機を飛ばし発射台を破壊する(アメリカ流の先制攻撃論)。

③ 北は将軍様親子の面目まるつぶれになるので、当然報復を考える。かねて訓練してきた地対艦ミサイルを米空母とそれを護衛する海上自衛隊護衛艦に向けて発射する。

④ 同時にソウル近郊の米軍基地などに向けスカッドなど打ちまくり、日本本土には200はあるというノドンを数十カ所の秘密かつ移動可能な発射台から無差別に撃つ。そのうち何発かはパトリオット(PAC-3)で撃墜できても完全防御は不可能である。

⑤ 「核の傘発動で、北は壊滅する」ことはあり得ない。通常兵器での空からの攻撃はするだろうが、隣接国、中・ロ・韓国に死の灰が及ぶ壊滅作戦などはあり得ない。

 このうち、①と②は、ブッシュのイラク攻撃からみもてあり得ない話ではありませんね。③、④は最近の金正日の求心力不足から、以前より無謀な行動にでる可能性があり得ます。上のケースだけでなく、日本がミサイルを迎撃したとしても結果は同じです。

 宇宙平和利用の権利はどの国にもあり、宇宙での武力行使は国際法で禁止されています。宇宙というのは、海における公海と同じでそこで米朝の軍艦が衝突し、自衛艦が北の軍艦を砲撃撃沈したらどうなるでしょう。それを考えれば自ずから結論がでます。また、自民党マニフェストでは「北朝鮮へ断固とした対応」の一本槍で、話し合いの「は」の字も出てきません。

 米中蜜月時代がクローズアップされ、米朝直接対話が国連の仲介などで実現すると、自民党マニフェストはたちまちコケにされます。拉致被害者の救出がおくれてもなぜ「断固とした対応」の方がいいのでしょうか。

 上のテストケースのようなことが起きないようにするのが政治家第一の仕事ではありませんか。強がりを言っていれば選挙が有利になると考えるほど落ちぶれた党に、日本の将来をゆだねるわけにはいきません。そんな党が権力を握れば文民統制も絵に描いた餅、戦争にまきこまれます。

公明党は手を切るチャンス

 拝啓 太田昭宏公明党代表さま

 貴党は、憲法9条の1項、2項とも堅持する、とマニフェストで明記されました。社・共はもとより民主党もそうです。しかるに自民党は「自主憲法制定」の名のもと9条2章の名称を変え、2項に軍隊創設をうたう改定案(自民党新憲法草案)の実現を公約しました。

 また、毎日新聞のアンケート調査によると、貴党の衆院立候補予定者の88%は「集団自衛権の解釈を見直す必要がない」としており、参院選前の貴党比例区立候補者は、100%9条改正に反対し、100%が集団的自衛権の行使に反対でした。

 代表ご自身のお考えもそのように拝察しています。これまで、与党であることに実利を見いだしておられたご方針も昨年秋からことごとに裏切られ、もはや連立政権維持にも暗雲がただようようになりました。そのええ平和を愛する創価学会の方々に冷や水をかけるような自民のマニフェスト、もう選挙協力を押しつけるのは酷ではないでしょうか。

 貴党の我慢も限界にきていませんか。明らかに相反するマニフェストを持つ党が連立をめざすのは、創価学会員のみならず国民全体を愚弄することになります。言葉は悪いが振りこめ詐欺のようなものです。これを機に連立を断念し、初心に返って政党のありかたをじっくり検討していただきたいと思います。

| | コメント (3) | トラックバック (6)

« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »