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2009年6月27日 (土)

ヒトラーとユダヤ人

  なんとなく踏み込んでしまったヒトラー・シリーズであるが、これまで「ヒトラーと歴史教育」「ヒトラーと民主主義」「ヒトラーと優生学」「ヒトラーの戦争礼賛」の4編(カテゴリ=歴史)になってしまった。その内容は主にヒトラーの自著『わが闘争』に準拠しているが、ここまでは、彼が志願してドイツ軍兵士になる前のこととして記述している。

 軍に身を投ずる動機について、前回の続きになるが彼自身、生まれながらの「好戦嗜好」をまず上げておかなくてはならない。

 一体、なぜ百年前に生まれていなかったのだろう。解放戦争(対ナポレオン戦争)のころであったら、男は「商売」しなくとも実際に何かしら価値があったのではないか。
 そこでわたしのあまりにも遅く始まったこの世の旅――わたしにはそう思えた――について、しばしば立腹を感じ、そしてわたしに近づいている「安寧と秩序」の時代を運命の不当な下劣さと見なしていた。私は若い頃からすでに、まさしく「平和主義者」ではなく、この方向へどんなに教育しようと試みてもムダだった。

 その精神分析に立ち入ることはできないが、彼はその頃無名画家として糊口をしのいでおり、なかば失業の状態が長く続いていたと思われる。それが、赤木智則氏の『希望は戦争』につながってしまうのは、筋違いとはいえ振り払うことができないものがある。またそこに起きた戦争に対し、日露戦争への支持をまっ先に掲げている。

 日露戦争は、すでにわたしが大きくなっていたし、また注意深く見たのである。わたしはそこではほとんど種々の国家的理由から一方にくみし、当時われわれの意見を決定するさいには、ただちに日本人の側に立ったのである。ロシア人の敗北はまた、オーストラリアのスラブ主義の敗北と考えていたからだ。

 このように、スラブ人=ロシアという彼の人種差別、排外主義が露骨にでているが、彼が生まれ育ったオーストラリア内部の人種間確執をそのまま反映したものである。しかしここでは、ユダヤという言葉は一切出てこない。ユダヤは排除すべき相手だとしても、まだ戦うべき相手として強く意識されているわけではなかった。

 彼にとって敗戦は最大の屈辱だった。しかも除隊して戻ったミユンヘンを支配するのは、王政をくつがえし、バイエルン共和国を作ったユダヤ人社会民主主義者クールト・アイスナーであり、フランスとの休戦条約に署名し、ベルサイユ条約の受諾をうながしたM・エルツベルガーもまたユダヤ人であった。

 さらに意識していたかどうかはわからないが、戦勝国として講和を取り仕切ったアメリカ大統領・ウイルソンまでユダヤ人である。ドイツ国民が高額な賠償金を背負って塗炭の苦しみを味わうことになっるこの時期、ヒトラーは得意の弁舌をもってユダヤ人を糾弾する政党政治家に転身するのである。

 

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