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2009年6月30日 (火)

ヒトラーと「B層」

 「B層」という言葉は、小泉元首相が構造改革の名のもとに辣腕を振るった時期、ブレーンをつとめた竹中平蔵氏ご推薦の広告代理店が、宣伝戦略のターゲットとして使ったことで有名になった。その層は、IQの低い層として説明されており、まさに当時の「小泉劇場」を成功に導いた裏方であるかのように揶揄されていた。

 この「B層」の考え方は、90年近くも前にヒトラーがよりくわしく端的に指摘していたのだ。広告代理店ではなくヒトラーが権力を獲得し、運用した方針なのである。これが日本の政府、自民党が考えるメディア対策がこれとどれだけ違うか。やや長い引用となるが『わが闘争』の第10章から見ておきたい。

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(前略)新聞の読者はその際、一般に三つのグループに分類されうる。
 つまり、第一は読んだものを全部信じる人々、
 第二はもはや全く信じない人々、
 第三は読んだものを批判的に吟味し、その後で判定する頭脳をもつ人々、である。
 
 第一のグループは数字の上からは、けた外れの最大グループである。かれらは国民の大衆からなっており、したがって国民の中では精神的にもっとも単純な部分を表している。しかしかれらを職業でもって示すことはできず、せいぜい一般的な知能程度で示すことができるだけである。自分で考えるだけの素質もなければ、そのような教育も受けない人々は、みなこのグループに入る。

 そしてかれらの一部は無能から、一部は無知から白地に黒く印刷されて提供されたものを全部信じるのである。(中略)

 第二のグループは数ではまったく決定的に少なくなる。かれらの一部は、最初は第一のグループに入っていたが、長い間の苦い幻滅を経験した後いまや反対側に移って、ただ印刷されて目に映るものならばなんでも、全然信じなくなってしまった分子から構成されている。

 かれらは新聞という新聞を憎み、およそ読まないか、あるいは、その内容がかれらの意見からすれば、全く嘘と、事実でないことだけで構成されているにすぎないのだから、例外なしに、そうした内容に憤慨するかである。なにしろ真実に対してもつねに疑ってかかるだろうから、これらの人々はきわめて取り扱いがむずかしい。(中略)

 最後に第三のグループはけたはずれて最少のグループである。かれらは生まれつきの素質と、教育によって自分で考えることを教えられ、あらゆることにつていかれ自身の判断を形成することに努力し、また読んだものはすべてきわめて根本的にもう一度自己の吟味にかけて、その先の結論を引き出すような、精神的にじつに洗練された頭脳をもった人々からなり立つ。

 かれらはいつでも、自分の頭をたえず働かせながらでなければ新聞を読まないだろう。だから、編集者の立場は容易でない。ジャーナリストがこのような読者を愛するのには努力が必要なのである。(後略)
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 その上で、こう結論づける(太字:管理人)。

 大衆の投票用紙があらゆることに判決を下す今日では、決定的な価値はまったく最大多数グループにある。そしてこれこそ第一のグループ、つまり愚鈍な人々、あるいは軽信者の群衆なのである。

 そのうえでヒトラーは、

 これらの人々がより低劣な、より無知な、あるいはまったく悪意のある教育者の手に落ちるのを妨げることは、もっとも重要な国家、および国民の利益である。国家はしたがって彼らの教育を監視し、あらゆる不正を阻止する義務をもつ。

 といい、国家による言論監視、情報操作の必要性を強調するのである。

 

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コメント

今の日本の現状について見ると、これを基に下記の様に分類出来るのでは無いでしょうか。

第一グループに属するのは、大震災への復興や原発事故による危険性を感じ、復興のために自粛しろと言われれば、ただ自粛するだけであり、何らかの不安により買い溜めや復興直後のガソリンスタンドへの給油を急いで渋滞させたり、放射能に対する風評被害や避難者への差別したりすることしか出来ない様な人達と、それを煽ってばかりいる報道関係者あたりでは無いでしょうか。
第二グループに属するのは、これまでの既得権益やしがらみ等から自己保身のために、自分達の責任や政策の誤りを棚にあげて、今の管総理だけを批判し、政局争いしている政治家や、官僚機構等に群がっている連中あたりでは無いでしょうか。
第三グループに属するのは、被災状況や原発事故とそれの対処に関する情報を見て、ただ管総理ばかりを批判するのでは無く、自ら考え、時には節約したり節電したり、時には募金に協力したり、時には被災地の商品を購入したりして、被災地の復興や、被災者へのボランティア活動への参加や、福島原発事故による避難者の受け容れと生活支援等を通じて、出来る範囲のことだけをして支え合い、復興に協力することだけを考えている人達では無いでしょうか。

日本は、もう経済成長は期待することは出来ません。
だとすれば、原発そのものを段階的に廃止していくことは必要ですが、放射性廃棄物の処理も含め、安全対策も含めて暫く動かせる原発は動かして行きながら、再生可能な自然エネルギーによる電力供給を増やしながら、無理に消費を増やして経済成長させることで発生する廃棄物を減らすために、敢えて節約や節電することで、資源や原材料の輸入を大幅に削減し、清貧な小規模な国にとなって、社会が幾らでも良いものに改善することが出来ればもう、それで十分だと思います。
外国人には、日本から逃げたければどうぞご自由にと同時に、日本に来たければ、それもどうぞご自由にと申し上げます。
逆に、日本人にも、日本ばかりでなく海外でも活躍なさりたければ、どうぞご自由にと申し上げます。
但し、日本を見捨てて勝手に勝負したい日本人や大企業につきましては、どうぞご勝手にということで、幾らでも出て行かれて結構でございます。
その代わり、もう二度と日本に帰ってこなくても結構でございますので。
日本は経済成長することで、変な戦争に巻き込まれてしまい崩壊するくらいなら、敢えて、国際競争力は衰退し、地位は低下することにより、反面教師となっていないふりでもするのが、遥かに賢明なことでは無いかと考えられるからです。
恐らく、中国もこのまま経済成長は続くわけでは無いのは間違いありませんし、アメリカも急成長することは出来ないことも間違いなければ、対米従属のふりをしながら、そっと静かにアジアを中心とした多極型外交に変更しつつ、アメリカに対する国益の半分を中国に譲ると同時に、中国に対する国益の半分をアメリカに譲ってあげる形で、国益を分け合うことが出来れば、もうこれに越したことは無いと思います。


投稿: asa | 2011年6月 8日 (水) 15時34分

大災害があり原発事故があり、今は異常でありいずれ以前のような経済成長路線があり、電力は使い放題、うまくて安いものはどこにでもあるという社会に戻るということを、なんとなく信じている人の方が多いのではないでしょうか。

自分の幸せは自分でつかむ、身の丈に合った行動をする。そのために受ける不利は甘んじて受ける、というごく当たり前のことが通じなくなった、これまでの方が異常だったような気もします。

投稿: ましま | 2011年6月 8日 (水) 17時37分

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