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2009年6月15日 (月)

ヒトラーと歴史教育

 この題は、当ブログの前身「反戦老年委員会」が05年8月に取り上げたものである。当時、小泉政権のファッショ化や、急速な右傾化が警戒されはじめた頃で、続けて掲載した「ヒトラーの宣伝術」とともに、ご好評をいただいた記憶がある。それを見直して一部を補強し、ヒトラー・シリーズとしてみたい。なお、引用に用いたヒトラーの自著『わが闘争』は、平野一郎・高柳茂訳(黎明書房)によるものである。

 ヒトラーに関する研究・解説書は、内外を問わず多数あるようである。しかし『わが闘争』こそ、同書の訳者が序言で言うように、「極端な国家主義、なかんずくプロイセン=ドイツ的軍国主義という大前提に支えられた、単純でしかもしばしば飛躍はあるが、大衆説得をもつ論理」を見抜く、格好の資料であることは間違いない。

 彼は、歴史が大好きであった。『わが闘争』に、彼が後年立ち至った業績にとって、2つのすぐれた事実が特に重要であると言っている。すなわち、
 第一に、わたしが国家主義者になったこと。
 第二に、わたしは歴史を、国家主義的意味で理解し、解釈することを学んだこと。
のふたつで、歴史については、中等学校の15歳の頃「わたしはこの教師のおかげで歴史が大好きな学科になった」と回顧している。その歴史について彼はこう言う。

 わたしが幸いにも歴史についてひとりの教師を得たことは、その後のわたしの全生涯に対して決定的な影響を与えた。(中略)この教師は現代から過去を解明し、また過去から現代に対する因果関係をひきだすことを知っていたので、幸福もそれだけ大きかった。
 
 さらにまたかれは、他の教師以上に当時われわれを夢中にさせていた時事問題のすべてについて説明してくれた。われわれの小さい国家主義的熱狂が、かれにはわれわれを教育する手段となった。つまりかれは、一度ならず国家主義的名誉感に訴え、それだけで他の手段を用いるよりはるかに早く、われわれ悪童どもを手なずけることができたのだった。 

 しかし、学校での成績は、図画と体操、歴史を除いてはよくなく、無断欠席などもあって途中退学を余儀なくしている。また、24歳になってミュンヘンにやってきた頃、図書館に通い詰めて読書に熱中していたことが知られているが、その内容についての評価は至って低い(大澤武男『ヒトラーとユダヤ人』)。

 それは、「マルクシズムとユダヤ人との関係をいっそう徹底的に吟味するようにした」という彼自身の発言が物語っている。もちろんヒトラーの独学がきわめて偏見と独断に満ちていたことは明らかで、その読書方法も自分の思考や考え方に合うものを選択し、そうでないものは無視していたようである。

 反面、かれは、前述の歴史教師と同様、大衆を把握し組織する抜きんじた才能の持ち主であったことは多くの研究者が共通して認めるところである。

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