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2009年6月23日 (火)

ヒトラーの戦争礼賛

 そして賢明なドイツ外交が一九〇四年の日本の役割(日露戦争を指す)を引き受けていたと考えてみよう。そうすればその結果がどれほどドイツのためになったか計り知れないのである。
 決して「世界戦争」にまでいたらなかったに違いない。

 一九〇四年の血は、一九一四年から一九一八年にかけて流した血(第一次大戦をいう)を十倍も節約したのだ。
 そうすればドイツは、今日世界でいかなる地位を占めていただろう。

 上記は第一次大戦5年後の1923年、暴動を起こした政治犯としてランツベルク要塞拘置所で執筆したとされるヒトラーの『わが闘争』にある一文(注記は管理人)である。戦勝国でさえ大戦のもたらした悲惨な結果を反省し、永久平和を模索している時期に、志願して兵士に加わった母国が無惨な敗戦の憂き目を見ながら、なお主戦派としての立場を変えることはなかった。

  その日露戦争に海軍軍人として参戦した水野博徳大佐が、第一次大戦後のドイツを視察した。そこで、人骨や散乱した武器がそのまま残る激戦地・ペルダンの要塞や廃墟のようなベルリンを目にし、「鉄槌を以て頭をうち砕かれ、利刀を以て胸を突刺された」ような衝撃を受けた。水野は自伝でこのようにいう。

 ――何が両軍の兵士をしてこのようにしたのか。彼らとて容易に生命を捨てたかったわけではあるまい。ただ、国家の要請の下に、妻子、眷属を捨て、己のいのちまでなげうったのだ<国家は多数国民の為には、少数国民の利益を犠牲とする権力を持って居る。

 彼らが死の戦場にかり出されたのも、多数国民の幸福を擁護せんが為であった。然るにこれ等の国家は多数国民の貧困を救う為に、少数国民の富を犠牲に供することを敢えて為さない。之は国家として正しい行為であろうか>(木村久邇典『帝国軍人の反戦』による)

 水野もまた、国家は最高の道徳なりというドイツ哲学を無条件に信奉していた一人であった。それがヒトラーと正反対に戦争への疑問を強く抱くようになったのだ。しかし日独双方とも、第一次大戦後の民族自決、国際連盟、国際労働法、軍縮、不戦同盟といった世界の潮流に背を向け、第二次大戦に突入して、そのまた十倍ではとてもきかない血をみたび流しすことになった。ヒトラー理論はもともと破綻すべき運命にあったのだ。

 ヒトラーは、ドイツの人口増大に対して、国内開発と出産制限では問題解決にならないとし、

 かくして増加する民族数に労働とパンを確保するには、ただ二つの道しか残っていなかった。
 三、人々は過剰な幾百万人を毎年移住させるための新しい土地を手に入れ、そして自給の原則で更に今後も養っていくか、あるいは、
 四、外国の需要のための商工業を起こし、その売上高によって生活をまかなっていくかであった。

と、二者択一をせまり「両者の中で、より健全な道は、前者であったろう」と結論づける。さらに「過剰人口の移民のために新しい土地や領土を求めることは、現在のみならず、特に将来を注視するならば無限に多くの利益がある」として、ドイツ東方への侵略政策を隠さない。

 日本にヒトラーはいなかったが、日露戦争当時、現在の半分にも達しない人口が昭和のはじめにかけて10年で1千万人も増えるなど「狭い国土に養いきれない人口」という認識は共通していた。そして第一次大戦後、満州での覇権獲得から蒙古、さらに北支へと大陸侵略に露骨さ増幅させた関東軍とそれを支える国内勢力が存在した。

 

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コメント

ドイツの場合、前線の兵士たちにはまだ、敗北感がなく、連合軍よりも背後からの一突き(すなわち味方)がドイツを敗北に追いやったという考え方をしている人が多かったのです。復員兵であるヒトラーもその一人です。

ヒトラーのレーベンスラウムと日本の膨張は、膨張という点で共通していますが、その過程はまったく異なり、人口増大だけを根拠にするのは難しいでしょう。管理人さんの言いたいことはいつもの左翼パターンなんでわかりますけどね。人口増大を根拠にしたりするのは、社会主義者だけです。当然、旧軍陸軍は左翼で一杯ですから、そのようなことをぼざいているやつはいたと思いますがね。軍人=右翼というのは間違いであることは知っていていいと思いますよ。
帝国海軍は政治性は薄いですから、そういうことをいっているやつはあまりいないと思います。

管理人さんが大好きな中国の話です。何年か前に中国人民解放軍の朱成虎少将という人が、地球環境の許容範囲以上増えた人間を減らすため、中国は核攻撃によって中国以外の人口を消滅(特に日本)させるべきであるし、そのために現に中国は全力で核戦力を増強している」といってましたね。
この人、階級が少将!なんですよね。信じられません。ヒトラーのレーベンスラムよりも過激です。しかも、これ、言論が制約されている国家における個人的見解ですからね。

投稿: ツーラ | 2009年6月24日 (水) 03時53分

ツーラ さま
兄の解釈は勝手ですが、中国の断片的データを振りまいて嫌いになれば世の中平和になりますか?。坊主にくければ……はやめましょう。

 人口の問題。大正時代は知りませんが、昭和10年代でも一般庶民の間で常識でした。現実に満蒙開拓団が行っています。その頃は左翼でなく、多分兄より右翼だったでしょう(^-^)。

投稿: ましま | 2009年6月24日 (水) 07時25分

断片的な恣意的なデータではありません。朱成虎という名をググればでてきますよ。この男、一応軽い処分を受けたようですが、免職までにはいたっていないようです。田母神程度の発言で首になった日本から見れば、ありえない内容です。
ともかく、中国軍内部にはそのような思考をしている将官クラスの軍人がいるということです。今の中国人にはナチスのドイツ人のような奴がいるんです。クレージーなんです。あなたには受け入れがたいことでしょうが。ナチスが台頭してきたころ、ナチスを批判しても、世界平和にならないとか言う奴と同じです。

結論から、いいますと領土拡大というの先住民を皆殺しにしない限り、国力増強には結びつきません。その点で五族協和とか言っている日本人はアホなんです。
逆に、核で日本人を皆殺しにした上で、日本を領土化することは合理的です。抵抗する人間はいないわけですから。(空中核爆発であれば、半年後には放射能強度は無視できるほど低くなるため、占領可能)

人口云々というのは、当時の一般庶民の常識ではなく、社会主義的軍人や社会主義的学者、官僚たちの宣伝でしょう。マスメディアや当時の大学教授の一部がそういっていたに過ぎないということです。
人口や領土を結びつけて、これを正当化したり、逆に領土の拡大を人口増に結び付けて理解しようとするのは、思考が唯物論に立脚しているということです。
人口過剰なら、戦争ではなく、南米あたりに行くしか、北海道にでも行けっつーことです。人口過剰が侵略の理由にはなりません。
戦後、満州、朝鮮、台湾、南洋諸島、樺太を失いましたが、むしろ、日本の国力は昭和期よりも増大しています。国民の生活水準も上がりまくりました。

あなたのような輩は右翼にもいます。つまり、日本の右翼というのはドイツ人に影響された国家社会主義的なものであるということです。
国際主義をとる社会主義(ロシア的)か、社会主義的な国家主義(ドイツ的)かの違いしかありません。
あなたと日本の右翼の違いなど、それくらいしかありません。もともとは同根です。

管理人さまの主張には、個人よりも、「社会」を重視している以上、これからも反論させていただきます。

投稿: ツーラ | 2009年6月28日 (日) 05時26分

核攻撃発言ですが、日本国内では殆んど問題になっていないが、そもそも日本を攻撃するとは誰も発言していない。
本当に発言していたら、右翼ネットで大騒ぎになっていますよ。
勿論一般マスコミでも大問題になる。

このツーラ氏が示した朱成虎少将とは、人民解放軍国防大学防務学院院長で、この発言とは、英紙『フィナンシャル・タイムズ』に因れば、
朱成虎少将は、外国人記者との会見で、『もしも米国が台湾に関する紛争に軍事介入し中国を核攻撃した場合には中国も核で報復する』とするものです。
ツーラ発言は2ちゃんねる情報で正確ではない。
核報復等の発言はアメリカ自身が度々発言しているものの焼き直しであり取り立てて目新しいものではないが、アメリカは言っても良いが其れ以外(中国)は駄目という様な自分勝手の極みのような発想です。
アメリカでは大問題となり、中国に対して罷免要求をしたらしいが、中国は厳重通意処分にしている。
これに関連して具体的に核兵器の攻撃目標をロサンゼルスなどと口を滑らした熊光楷副総参謀長は罷免されています。
それにしても、レベルがひどすぎますね。
事実と違うこの様な読者に誤解を与えるデマモドキの不正確なコメントはブログの信用度の為にも削除するべきですね。

投稿: 逝きし世の面影 | 2009年7月 4日 (土) 16時25分

レベルが高ければ、害があるので削除します(笑)。

投稿: ましま | 2009年7月 4日 (土) 16時43分

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» 「慰霊の日」と日本外交の嘘 [雑感]
  昨日23日は、沖縄戦慰霊の日であった。 各新聞社が、形程度にはふれているのだが、何かが違う気がする。特に、右傾化した産経新聞の記事は、なんと虚しい記事内容だろうか。 昨日の琉球新報と47NEWSのコラムを取り上げてみたい。 64年目の慰霊の日 被害と加害の再現許すまじ  「反軍隊」は譲れない一線 (2009年6月23日) http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-146221-storytopic-11.html ....................転記始まり.... [続きを読む]

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