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2009年5月 4日 (月)

「護憲」から「攻憲」へ

 「改憲」か「護憲」かの時代は終わった。今、世界の安全保障問題はかつてない蠢動をはじめている。それとは関係なしに自民党の改憲派が動き始めた。安倍元首相とかつての取りまきによる冷戦時代から一歩もでない低レベルのものと、オバマ新体制下の対応をさぐる防衛族の新しい動きだ。

 そのふたつは、ちょうど新型インフルエンザウイルスと似ている。発生の動機や視点・観点もそれぞれ異なるが、中国・北朝鮮脅威論などで一体化し、突然変異して猛毒をふるう可能性がある。その感染を防ぐため護憲派は何をなすべきか。それには菌を利用して予防ワクチンを完備しておくことしかない。

 「決して許せません」党や「断固反対」党だけでは、マスクほどの役にも立たない。やはり、厳重な管理の元でウイルスの科学的分析から始めなくてはならない。抽象論だけではわからないので、例えば、の話をしてみよう。まず、毎日新聞で今日から始まった特集「アメリカよ新ニッポン論・第3部 平和の未来」の中からの抜粋である。

 今年2月末、防衛省・自衛隊の化学防護・情報部門や防衛産業の専門家OBらで作るNPO(非営利組織)「NBCR対策推進機構」(東京、会長・片山虎之助元総務相)は、核問題に関する報告書を参院外交防衛委員会事務局に提出した。

 「保有直前の段階まで核開発を進めておく『寸止め』開発が日本に望ましい」として、核兵器の開発準備から量産化までの手順を具体的に説明した内容も含まれている。

 「核恫喝を受けそうになった場合、1週間程度で核兵器を完成させることができ、同時にそれまで核は保有しない。この状態が国際情勢、国内情勢から現状ではもっとも望ましい」との理由だ。

 同機構の井上忠雄理事長は、元陸上自衛隊化学学校長で核技術の専門家。「日本の核武装は非現実的だが、米国の核の傘に不安を持つ人も多い。核防護検討会のような核兵器に関する米国との対話組織が必要」と言う。

 核軍縮が始まれば、米核戦略が変わり、核の傘も変質する。核軍縮を支持しつつ、核の傘を維持するには、日本も米戦略にもっと参画すべきだ。数少ない核の専門家たちが、そう考え始めている。

 実は、この『寸止め』論に近いことを私は06年10月、すでにブログに書いている(ログに残っていないので文末に再録)。その主張が、核廃絶宣言を公約としたオバマ大統領の出現で、現実味を帯びてきたことをあげておこう。

 ただし私の主張は、自民党の発想と違う。これまでの歴史を振り返って、自衛の備えや準備のない状況は犯罪的ですらあると思う。残念ながら、抑止力を持たない自衛が成り立たないという考えもわかる。ただし、それはアメリカの核の傘を借りることでも、ブッシュが推進した世界戦略に協力することでもない。日本独自の安全保障政策を持つということである。

 話を『寸止め』論に戻すが、わが国はすでに核開発はもとより輸送手段やコントロール技術は、すでに北朝鮮などよりはるか先をいっている。実際にはなくても『寸止め』計画があるというだけで抑止力は充分である。

 しかしこれでは、中国・朝鮮にいたずらな警戒心を持たせることになるだろう。そこで憲法9条に第3項を加えて領域外への武器持ち込み及び使用を禁止し、解釈改憲の余地をなくして、他国での武力行使は一切しないという誓いをあらためて強調しておくことが必要になる。

 自民の悪性改憲ウイルスに対抗するためには、核開発議論やMD計画議論を避けるようでは予防できない。あえてその議論に乗り、アメリカとの思惑の食い違いや自民党内の自己矛盾をつく必要がある。さらに改憲論議があれば9条補強案や日米同盟改定案まで提示する。

 こうして、憲法を「護る」という消極性だけではなく、「攻める」積極性があってこそ、国民多数の支持を得られる強力なワクチンを備えたことになるはずだ。

 2006-10-19[反戦老年委員会]
核アレルギー
 わが委員会は、核兵器やミサイル技術について、研究・検討すべき事柄である、ということを10日の「極論でしょうか」の中で提唱した。これは中川政調会長、麻生外相発言より前のことである。両氏の発言について、野党はもとより与党の中からも批判があがっているという。両氏は非核三原則を否定しているわけでなく、議論すること自体問題はない、としている。

 わが委員会の提唱に表立った批判は寄せられていないが、コメントから「賛成しかねる」といった空気も感じられる。日頃タカ派発言の多い両氏の政治姿勢とは、対極に位置するわが委員会がどうして同じ結論に至ったのか、その説明をしておく必要がある。

 毎年の広島、長崎の原爆記念日には市長の宣言が読み上げられる。その一言一句をかみしめ、誓いを新たにする気持ちになる。今年も小泉首相が参列していたが、果たしてどこまで核兵器廃絶に力を注ごうとしているのか疑問を感じる。

 非人道的大量殺戮兵器、核。核といえば、原発であろうが何であろうが目にするのも耳にするのもけがらわしい。触れてはならない魔の存在である。――そんな感情がなかったわけではない。いわゆる「核アレルギー」である。

 しかし流れは変わった。「北朝鮮がミサイルと核爆発の実験をした。ミサイルが東京の中心に到達し核爆弾を破裂させると何十万人の犠牲者がでる。そうさせないためには、アメリカの核の傘で守ってもらうしかない。そのアメリカとの同盟関係を強固にするには、集団的自衛権行使のじゃまになる憲法9条を改正しなければならない」。この俗論をどう止めるか。

 北が日本に向けてミサイルを発射することはあるのか、その配置状況は、核弾頭を積むことは可能か、そして爆発の規模は、誘導システムと確度は、迎撃体制・報復体制はなどなど、核戦略、核兵器使用戦術および兵器自体の知識があって、はじめて前述の主張に反論することができる。

 核アレルギーの反戦論はもはや捨て去るべきである。日本は時代遅れの「核の傘論」から脱却(アメリカには政治的効果がある)し、核軍縮・核廃絶を真剣にアメリカに進言しなければならない立場にある。核に対する研究も議論も知識もなくて、どうしてそれができようか。

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コメント

>北が日本に向けてミサイルを発射することはあるのか、その配置状況は、核弾頭を積むことは可能か、そして爆発の規模は、誘導システムと確度~
ということですが、これを検討しようとすると、どうしても憲法9条が邪魔になるのではありませんか?
素直に読めば、憲法9条は、自衛すら禁止しているとドイツ法的には解釈すべきでしょうね。
英米法であれば、そうではなくなりますが、制約はかなりあります。

投稿: ツーラ | 2009年5月 6日 (水) 19時31分

アメリカが核軍縮とか言い出すと、むしろ失敗しそうです。
アメリカは無制限の核軍拡競争を行っても、勝ち抜ける大国です。中国やイランなどにはできません。そんな国が核軍縮などとほざくのは偽善な気がしてなりません。
また、アメリカが核兵器を規制するというのであれば、通常兵器の劣勢を核で補っている中ロ印がどのように反応するのでしょうか。

軍縮と称して、艦船保有量を規制したロンドン、ワシントン条約というのがありましたね。帝国海軍軍人は、このときのことを根に持ち、仮想敵国第一をロシアからアメリカへ変更したことを思い出します。

投稿: ツーラ | 2009年5月 6日 (水) 19時44分

自衛隊の行動が違憲という判決はありますが、自衛が違憲という判決はありません。日本の法律は日本が解釈すればいいので、解釈に疑問が出ればそれをなくするように改正すればいいのです。
現9条は安全に寄与することはあっても何ら邪魔にはなりません。仮想敵国を現実敵国に格上げして相手国へ行ったり先制攻撃をしたりしなければいいのですから。
核兵器は持っていても使えないことが国民国家の常識になってきています。ただ無言の脅迫には有効だというだけです。アメリカがおそれるのは、テロリストの手にわたるということだけです。それさえなければテロリストが核兵器を作ることはできません。核廃絶のメリットはどの国でも同じです。
すべての国が核保有国になったら、脅しの効き目がなくなり、核廃絶したと同じになる、というパラドックスを考えたことがありますか?。

投稿: ましま | 2009年5月 6日 (水) 21時55分

国民国家の常識とは、相互確証破壊のことであり、変な良心とかではないと思いますが。たしかに、全ての国が核保有となれば、今よりは安全になるのでないでしょうか。列車に乗っている市民が全員ピストルで武装していれば、痴漢はできませんよね。日本もドンドン核武装すればいいのではないでしょうか。
相互確証破壊が担保されねば、広島・長崎のようなケースになるだけです。
ロンドン、ワシントン条約も平和ために行われた国際会議の結果ですが、戦争を招くことしかしなかったというのが史実です。
昭和期の大日本帝国は官僚に対する文民統制が機能しなくなっており、軍事上の仮想敵国がそのまま外交上の敵国なってしまいました。
社会主義国は、基本的に文民統制ではないので、中国海軍が山本五十六と似た行動を取る可能性は低くないと思います。

憲法9条は、パリ不戦条約に即したものですが、中国や北鮮が同じ条項を国内法規として持たぬ限り、すなわち、現状では中国等からの開戦を誘引しかねない邪悪な条項だと思います。実際、尖閣諸島や西太平洋の制海権を巡って、中国はかなり冒険的な行動に出てますし、憲法9条がネガティブで出ている証拠です。独仏英国民はすばらしいと賞賛しても、中国人にはなめられるのがオチですよ。
日本人が9条のせいで、イギリスのチェンバレン首相にようにならねばいいですが。

投稿: ツーラ | 2009年5月 7日 (木) 20時48分

冷戦前の古典的戦争論は、研究の対象になっても将来がそれで拘束されるわけではありません。
あたらしい流れを的確につかむことが大切だと思います。
魚釣なんとやらの右翼団体や捕鯨船に体当たりするような民間人はともかく、政府がそれで武力行使するなどのことはあり得ません。
ただ、どこの軍部も予算獲得のためオーバーな危機演出をすることはよくあります。

投稿: ましま | 2009年5月 7日 (木) 21時24分

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こんな記事がありました。 「首相ふさわしい人小泉・舛添・麻生の順、小沢メダル圏外」 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090504-00000731-yom-pol 私個人としては、田母神氏を首相にしたいのですが・・・・ さすがに現実味がないので・・・・ 一人一人コメントを書いて見ますね 参考にしてみてください。 小泉純一郎氏 相変わらずの人気ですね 郵政改革の歪などがでてきていて、更に本人が引退するって言ってるんだ... [続きを読む]

受信: 2009年5月 6日 (水) 03時26分

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