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2009年4月 8日 (水)

賃金計算書

 昭和26年(1951)年の「賃金計算書」が出てきた。朝鮮戦争で釜山まで迫った北朝鮮が連合軍に押し返され、ソ連とアメリカが休戦を模索し始めた頃である。日本はまだ占領下であった。

2009_04080002_6  「給与明細書」とは書いてなく「賃金計算書」である。「給与」は会社が一方的に社員に与えるというイメージで労使対等の精神に反するという組合の主張によるものだろうか。

    左欄の<支給額>
基本給                 2700-
生計手当(扶養家族  人)               4120-
勤務地手当基本給と生計手当と合計額の15%)   1023-
早出残業手当( 29時間)        1653-

 合計で月収9496円、入社2年目で世間ではよい方だった。ちなみに、1年前の入社時は6千数百円、当時地方の代用教員の月収は3千円台だった。最下欄に「4月分精算額1522円」というのがあるが、春闘のベースアップと昇給による差額が示されている。

 生計手当は、扶養家族がいないのに基本給よりはるかに多い額になっている。これは、右欄の第一・二回仮払額とある月3回分割払いとともに、戦後うち続いたインフレに対処するための名残が残っているせいであろう。

 そのほか、「組合活動による賃金控除額」「欠勤、遅刻、早退等による控除額」などの欄があるが、一般組合員でも組合活動は委員会、大会などの出席に日割り時間割で賃金が差し引かれ、「ヤミ専従」など民間では想像の範囲を超えていた。

 勤務地手当は、東京・大阪などの15%から地方町村部の0%までの生活物価を反映する格差があった。しかし、時代を経るに従って逆の格差が生じるなど、組合内部でも意見対立が大きくなった。これも戦後買い出し経済の名残だろう。

    右欄の<控除額>
第一・二回仮払額      3200-
健康保険料            135-
厚生年金保険料        130-
勤労所得税              0-
社宅料                  12-
労働組合費            320- 
食事代                250-
互助会費                20-

 厚生年金保険料130円――、年金特別便というのが桝添大臣のほうから来るらしいので、またまだ大事にとっておかなければならない。所得税ゼロというのは年間を通じてそうだったかどうか覚えていないが、独身サラリーマンの安月給にはそんなに重税がかけられていなかったようだ。

 控除額の中で労働組合費が一番高いことが目立つ。社宅料は、木造2階建て独身寮6畳1間2人住まいの賃借料負担額。食事代は、社員食堂の日替わり定食1食10円のひと月分である。会社の厚生費補助があって質的水準が低くかったにしろ、現在より相当低レベルの負担で済んだ。

 結論として、高度成長前ではあるが当時のサラリーマンは、貧しくとも精神的に今よりずっと豊かに暮らせていたように思える。

  

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コメント

奇しくも、小生の自動車運転免許証は、
昭和26年11月19日 大自二とある。
??????
ちょっとイメージがずれる。
 貧しかった。惨めだった。
「プライド!は!」
   忘れてしまった!

投稿: tani | 2009年4月 8日 (水) 21時33分

tani 兄
それよりすこしあとですが、日曜日の朝自動車教習所の門前を行ったり来たり、とうとう入らずに独身寮に戻りました。その正月は金欠で帰省できず、寮母も公休外食もお休み。
みじめだったが派遣切りのような目には合いませんでした。

投稿: ましま | 2009年4月 8日 (水) 22時31分

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