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2009年3月14日 (土)

楽天論と悲観論

 三月十八日
 風邪がなおらぬ。
 毎日警報だ。今日は九州が襲われた。敵の本土上陸について、もうすぐやつてくるだろう、五月頃だろうという説と、敵は今までの例をもってしても、充分慎重に準備して確算がなければ行動を起こさないから、まだまだだ、今年の秋か、暮れだろう、そういう説と二つある。
 楽天論と、悲観論と二つある。前者は地方、後者は東京において有力である。
(高見順『敗戦日記』、昭和20年)

 64年前の今頃、東京大空襲の余燼が消えやらぬ間も各地で焦土作戦が続く。私は田舎にいたから「楽天論」だったかも知れないが、おぼろげながら「敵がここまで来れば竹槍であろうと石つぶてであろうと戦わなければならない」と考えていた。また一方、天皇がどこにいるのかわからない、軍隊は全く機能しないというもとでは、どうやって戦うのだろうとも思った。

 母たちのうわさ話は、これまでと違ってやや公然と「負ける」方に傾いていた。しかし、その前に降伏するということは思いつかなかった。軍国少年の中学生にとって、まだ「負ける」は論外だったのだ。夫を軍に採られ留守を守る伯母は、この頃絶望と復員の希望が交錯する複雑な心境にあっただろう。

 この日記の翌日からは、国民学校初等科(小学校)を除き、授業が全部停止された。晴れていれば松の根っこ掘り(乾留してバイオ燃料に)、農家の手伝い、緊急滑走路建設などの勤労奉仕、雨降りだと国語の先生による歌唱指導、体育館で鬼ごっこなどをしていた。各教室は、軍需物資の倉庫にあてられており使用不能になっていた。

 それから終戦をはさんでの激動の1年、天皇をふくめ政府も国会も、そして国民もよく国を滅亡の淵から救って頑張ったものだと思う。ことに昨今の政治や議会をみていると、その緊張のなさに隔世の感を深くする。今年の秋か暮れまでによくなるだろうか、なかなか楽天論にはなれない日々が続く。

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コメント

(日曜日)晴天。心を亡くしています。
連日ラジオが「真相はこうだ!」という番組が続いていて聴くに耐えず消した覚えがあります。
また極東軍事裁判判決文を読み上げるなかで、「ハンギング(hanging)」という単語が続くのを、呆然と聞き流しました。

ブロ友針尾三郎青年が体調不尽でブログ休載中です。
そんでわ。

投稿: tani | 2009年3月15日 (日) 08時08分

針尾さまのご快癒を祈りつつ。
旧臘書かれたカイヘイノ遺言集、ついに読み切ること不能になりました。
あまりにも、いたましい。あと数年前に生まれていたらと思い身につまされます。
「反戦」は飽きたけど続けます。

投稿: ましま | 2009年3月15日 (日) 18時26分

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