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2009年3月11日 (水)

進駐軍

 昭和20年○月○日、朝礼で「今日学校に進駐軍がやってくるので、校舎から一歩も外にでてはいけない。また、彼らを刺激するような行動は厳に慎むように」という訓辞があった。この町にあった陸軍歩兵連隊と通信学校の兵舎あとに、米軍が進駐してきたのは2、3日前だ。

 この田舎の町へは、国鉄から私鉄線にはじめて小型機関車に引かせた専用列車を乗り入れ、やってきた。なにしろアメリカ人など見るが初めてだ。日本軍とどう違うか、学生たちは興味津々で授業はそっちのけだった。「来たぞー」と独りが叫んだ。

 正門に面した通りをマッチ箱に車をつけた(これがジープだったのだ)ような自動車4台ほどで、校門を通り過ぎ生け垣に沿って並んで駐車した。パラパラと降り立った彼らは、日本の軍服と違ったずいぶんラフな格好で、顔はくしゃくしゃの赤ら顔に見えた。そして玄関に近づきすぐ視界から消えた。

 しばらくして、先生から教室の隅にある木刀を集めて校庭の国旗掲揚柱の元に置いてくるよう指示された。軍事教練用の38式歩兵銃や村田銃などとともに武装解除の一環ということだろう。だけど、この木刀は親に買ってもらった私物だ。

 米兵がやってきて軍靴で踏んで折ろうとしたが、そんな簡単に折れるものではない。木とはいえ刀は日本人の魂だ。学生は、口々に校舎の窓から「バカ野郎」などとののしった。先生があわてて制止にはいった。「こういう日本語は奴ら知っている、止めんか」と必死の形相。

 その後、例の格好の米兵はごく自然に町にとけ込んだ。国鉄には米軍専用車両があったが通学の電車では一緒。急な雨にあったら相合い傘を奨めるのはこの田舎では当然の行為だ。お礼にチョコレートをさし出すがことわりきれず頂戴する。学校では英語クラブが大人気、本屋では豆英語会話集が飛ぶように売れた。

 日本人の節操のなさではない。鬼畜米英のはずが、日本軍が民間を「地方人」と呼んだような、軍・民の距離感を感じさせないアメリカ人気質が受け入れられたのだ。もちろん、そういう気持ちになれなかった人はいる。やがて公職追放対象となる校長や、既に姿を消した配属将校、精神教育を得意とした武道の先生たちだった。

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