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2009年3月16日 (月)

倭、やまと、日本

 倭、やまと、ニホン、いずれも日本の呼称である。卑弥呼の時代、中国人は日本人種を「倭=わ」とよんでいた。なぜ「わ」なのかはわからない。多分「ここはどこか」「お前はだれか」と聞かれたて「我(わ)である」、と答えたのであろう。

 これは全く根拠のない俗説だが、台湾近傍の小さな島の土語の「I=アイ」がその島の名になったという例があるという。卑弥呼たちは、自らの国を邪馬台(やまと)と称していた。だから後の時代に漢字が普及して「倭」と書いても「やまと」という訓をつけた。

 ただ漢字「倭」は、矮小とかしなびたといった意味を想像させ好字ではないということで、倭=わ→和→大和に転化した。今使っている和服、和食、和菓子などの「和」は「倭」の名残である。さらに、聖徳太子が遣隋使に「日いずる国」という国書を持たせた頃から、「日没する国」の中国から見て「日のもと」の方角だという発想が出てきた。

 8世紀のはじめ、遣唐使を通じて国号を「日本」としたいという要望を出し、唐もこれに異議をとなえず認めた。しかし『万葉集』では「日本」と書いても、よみは依然として「やまと」のままであった。いつから「ニホン」が普及したのかはわからない。多分仏教典など音よみになれた平安末期から鎌倉時代であろうか。

 だから「ニホン」も「ニッポン」もやまとことばではなく、中国風音読みである。時代はずっと下って1934年(昭和9)、前年国際連盟を脱退して意気さかんな頃のことである。文部省の国語審議会が「ニホン」をやめて「ニッポン」に統一しようと政府に提案した。

 それを決定しないまま、昭和11年、2.26事件のあった2か月あと、外交文書の「日本国皇帝」を「大日本国天皇」とする旨の閣議決定をした。「大日本帝国」とくればやはり「ダイニッポンテイコク」となる。これを念押しするように「ニッポン」に統一すると決定したのが1970年、安保更新期を迎え、改憲の気運がではじめた頃の佐藤栄作内閣である。

 国威発揚やスポーツの応援には「ニッポン」がよさそうに思える。しかし、やまとことばには本来(っ)とか(ぽ)のような促音や撥音はなじまない。漢音の「日本」をやまとことば読みすれば、耳に優しい「ニホン」となる。戦前からうたわれている小学唱歌でも「♪ああうつくしい ニホンの旗は」「♪富士はニッポン一の山」などと両方ある。

 なにも国民精神統一をはかって、無理に統一することはない。両方あっても何ら不自由なことはないし日本文化の両面をあらわしている。政府決定が、言いならわした「ニホン国憲法」を「ニッポン国憲法」にしようなどというような下心からであれば、大いに警戒しておかなくてはならない。

(以上は、前々回のエントリー「日本人の素養」に関連しするものとして書きました)

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