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2009年3月13日 (金)

日本人の素養

 すこし前のことだが「大軍の後 必ず凶年あり」という老子の言葉をとりあげ、ブッシュたちは老子を読んでいなかった、と書いた。これにあるコメントがつき、中国の古典などアメリカでは、特別の研究者以外に読む人はいない、とか、中国に対する幻想は棄てるべきだという内容だった。

 どうやら「媚中派をやめなさい」ということのようだが、ご忠告にしてはちょっと料簡が狭すぎる。ブッシュが『孫子』を愛読しているという記事をどっかで見たことがあるし、中国の古典文明は、地中海文明などと共に世界共有の財産になっているのだ。

 また、コメント氏は、「古代中国と現代中国は哲学的に断絶している」と指摘した。表現はともかく、この方は当たっている。むしろ日本に古代中国の文化が色濃く残っていて、現代中国から失われているものもすくなくない。これはむしろ「日本文化」といってもいい。

 次ぎに日本人なら誰でも知っている(と思うのだが最近は違うのかな?)歌詞、土井晩翠の「荒城の月」と島崎藤村の「千曲川旅情のうた」をあげよう。これは和歌系でなく立派な漢詩系である。まさに、杜甫・李白の世界だが、現代中国からは生まれそうにないという。

春高楼(こうろう)の花の宴(えん)
巡る盃(さかづき)影さして
千代の松が枝(え)分け出(い) でし
昔の光今いづこ

小諸なる古城のほとり
雲白く遊子(ゆうし)悲しむ
緑なすはこべは萌え
若草も籍(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺
日に溶けて淡雪流る

 われわれの若い頃は、ロマンチックな漢詩にあこがれたものである。明治の頃、四書五経の素読から学問に親しんだ武士社会出身者は、特別な人でなくても漢詩をあやつることができた。また、近代化に遅れをとった中国は、日本留学生を通じて日本製熟語を持ち帰り中国語とした。

 それは、「幹部」「政策」「経済」「投資」「社会」「経営」「自由」など1000を越すといわれる。「荒城の月」は、中国のカラオケの定番になっているそうだ。その中国語歌詞を紹介しておこう(王敏『日本と中国』中央新書、所載)。やはり、いいものには国境がない。

 春風吹来桜花弁 高楼的花宴
 挙杯激酒人影畳 笑声催人酔
 千年古松不寂寞 添枝湿芳華
 注日輝煌好時光 如今何処訪

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