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2009年3月

2009年3月31日 (火)

双六の上手

 以前、「友とするに悪きもの」という『徒然草』の一段を、麻生総理のお友達、中川昭一前外相についての警句としてエントリーした。最近でもときどき検索でそこへお見えになる方があるので、その続編という意味からこの一段をつけ加える。

 今度は別に麻生総理に限っていない。もう一人の対抗馬・野党の大物の方にも当てはまりそうだ。とはいうものの牽強付会、我田引水にならないよう、このへんでやめておこう。

 双六(すごろく)の上手と言ひし人に、その手立てを問ひはべりしかば、『勝たんとうつべからず、負けじとうつべきなり。いずれの手か、とく負けぬべきと案じて、その手を使わずして、一目なりとも遅く負くべき手につくべし』と言ふ。道を知れる教へ、身を修め国を保たん道も亦しかなり

 『徒然草』第百十段。なお、碁の方にも「勝とう勝とうは負けるのもと」という教訓がある。

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2009年3月30日 (月)

攻撃的な日本

 「日本の攻撃的な外相」というニューヨークタイムスの論評が掲載されたのは、2006年2月13日である。その外相とは麻生太郎・現首相である。当時の背景は、小泉首相の靖国参拝や、大戦の歴史認識をめぐって外相の反撃発言があり、国際的に議論が広がり始めた頃であった。

 同紙の表現は、遠回しながら歴史を直視できない人は正直でなく、またそれを教訓にできない人は賢明でないと説き、具体的脅威にさらされているのでもないのに「麻生氏の外交の感覚は、歴史の彼の感覚と同じくらい奇妙です」としめくくっている。

 さて、このところの北朝鮮ミサイル破壊命令をめぐる、異状とも思えるキャンペーンである。自衛隊の移動・設営などがトップの映像として連日報道される。際だっているのがNHKと産経系のように思える。「冷静に対応しましょう」というコメントと裏腹に、「だれがあおっているの?」と言いたくなる。

 共同電によると、韓国の李明博大統領が、英紙フィナンシャル・タイムズとのインタビューに対し、北朝鮮の長距離弾道ミサイル発射に備えた自衛隊への破壊措置命令と関連し、軍事的対応には反対だが「日本領土への落下に備えた自国民保護のためで、反対はできない」と述べ、北朝鮮が核開発をせず、純粋な宇宙開発をしているだけなら「誰も文句を言わなかった」と語っていたことが今日30日にわかった。

 niftyニュースはこれに「破壊命令に反対せず」という標題をつけたが、中味は反対である。「攻撃的な日本の<軍事的対応>」を皮肉っているのである。アメリカもすでにミサイルへの攻撃はしないと言っていおり、明らかにはしゃぎ過ぎのことがわかる。

 つまり、6カ国協議の参加国の中で、ひとり日本が大騒ぎしている格好になっているのだ。発信元は麻生内閣であり防衛省である。自衛隊個々の装備・艦艇の移動や設営の映像を、なぜこれほどまでにマスコミに流さなければならないのだろう。決して、開かれた自衛隊に変身したわけではあるまい。

 こういったことは、政権与党の延命強化策によく使われる伝統的な手だ。角度は違うが、西松建設と小沢代表秘書をめぐる検察筋とみられるリークの垂れ流しも、いかにも底が見えていて目に余る。まさに「正直ではなく賢明でもない」。やっていることは「彼らの感覚と同じぐらい奇妙」なのだ。

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2009年3月28日 (土)

千葉県知事選挙

 明29日は、千葉県知事選挙の投票日です。みんなで投票に行きましょう。

2009_03280001_3  候補者は5人。全部無所属で、共産党推薦と民主・社民・国民新などの推薦が各1人。あとは保守系だ。中央の政治閉塞感を受けて、与野党激突の印象がなくなった。

 ことに、直近のできごとは、支持政党なしを圧倒的にふやしたのではないか。そこで各候補の政策を見て選ぼうということになる。ところがポスターを見ていただきたい。

 政策をことこまかく入れたのは、新聞から有力から遠いとされている候補一人で、ほかは具体性のないキャッチフレーズだけで味気なく、政策判断がつかない。これはどういうことなのだろうか。

 政策は、選挙公報で見よということなのかも知れないが、思いつき的プランをパラパラとまく程度で似たり寄ったり、都市衛星県の特性や国政との接点に鋭く切り込むようなものもなかった。要するにポスターと同じ傾向なのだ。

 どうやら、政策より東国原効果に期待しているようだが、時と所をまちがえているのではないか。政治の貧困は地方にも波及している。残念ながら千葉県知事選の結果は、中央に大きく影響することはないだろう。

 

 

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2009年3月27日 (金)

今日の公園

ソメイヨシノは開花したかな?。遠くの赤い桜は満開。 2009_03270004_4   

 その名は……、はてな「《?桜》」でした。2009_03270005画面をクリック、拡大してください。2009_03270003 

 もうずぐお別れ。カメ、カモ。一字違いの仲です。

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2009年3月26日 (木)

北朝鮮挑発の愚

 北朝鮮が人工衛星と称するものの発射がほぼ1週間後に迫っている。政府が相手側に自制をうながすのも、万一にそなえてMD(ミサイル防衛システム)の点検や配備を準備するのはいいだろう。しかし、それを「破壊命令」などという刺激的な言葉で、国民に伝達しようとすることに政府の不純な意図がうかがえる。

 それが、「日本は国際的に認められている人工衛星発射を妨害し破壊を計っている」という北朝鮮の国内体制強化に格好な宣伝材料を与えることになる。そしてさらに、日本の北朝鮮脅威感情をあおるという形ではねかえり、総選挙を前にして政府自民党支持にプラスするというものだ。

 国民の不安を解消するため、というが、その不安はこれまでむしろ政府が助長してきたのではないか。万一故障で軌道が狂い日本に落下したら、というケースを想定しているが、正常に機能しているミサイルでさえ破壊できる確率が限られているのに、不測のコースをたどる落下物を捕捉するすることなど、政府高官が言うように不可能である。

 秘密好きの防衛当局や官邸が、なぜ攻撃命令の手続きを公表しなければならないのか。本来は最高の軍事機密であってしかるべきであり、公表する義務はない。しかし、この際MDシステムをPRすることと、文民統制を印象づけたいということのようである。

 麻生内閣独特の戦略目標を欠いたご都合主義以外の何ものでもない。MDシステムはまだ開発途中にありこの先も見通せないほど高額な開発費が必要とされる。そういったことを含め克明に国民に説明するのは、為政者の当然の義務である。また文民統制は田母神発言などが再発しないよう徹底が必要である。

 一般的に防衛政策の周知を計り、安保を含めた防衛体制をよりガラス張りにすることは必要である。当然アメリカからの大きな妨害はあるであろう。軍事同盟を組むからには、守らなければならない秘密があるのは当然である。それには、日本国憲法に抵触する内容を含まないという前提が必要だ。

 話が横道にそれたが、軍事行動上の手続きであろうと、装備の開発内容や配置のあり方であろうと、日頃国民に対する懇切な説明と公開が必要である。それは繰り返しになるが、憲法第2章のもとでの防衛体制であることがその根拠であり、他国の軍隊との相違点である。

 以上の公開は、かりそめにも他国との緊張関係に便乗して行うべき性格の話ではない。悲しいかな、国民の大多数はマンガやゲームの戦争しか知らない世代になりつつある。政治家は国会論議を通じて、マスメディアはそれぞれの機能を生かして、良識ある論議を日常くり広げてほしいものだ。

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2009年3月25日 (水)

猪、鼠に変身(小沢代表)

 昨日(25日)小沢代表は、秘書の起訴を受けて記者会見した。自らの進退について「国民の皆様のご意向によって……」と言い、自ら判断しないことの言い訳とした。涙までにじませ、これまで国民に印象づけられてきた豪腕、壊しやぶりはどこえやら、濡れネズミのようなみじめな姿を見せてしまった。

 これではとても自公から政権を奪取し、明るい前途をになう総理大臣の力強さを感じさせる顔ではない。民主党に進んで投票しようという意欲も半減してしまう。小沢代表に元気がないのは「国民の皆様」の意向ではなく、党内の事なかれ主義に支えられているからだ。

 今日の各新聞の社説は、次の見出しのように珍しく一致して続投に疑問を呈した。

日経:小沢氏続投は有権者の理解得られるか
産経:公設秘書起訴 小沢氏続投は通らない
毎日:小沢氏秘書起訴 代表続投は説得力に欠ける
読売:公設秘書起訴 小沢代表続投後のイバラの道
朝日:西松献金事件―小沢代表は身を引くべきだ
中日:小沢民主党 けじめのつけ時誤るな

 その中で、はっきりと辞任を迫っているのは朝日と中日、それになぜか産経である。産経は自民を擁護するなら、自民党内にある「小沢留任の方が戦いやすい」という声に従うべきであった。各新聞が歩調を揃えているのは、すでに世論調査で小沢不信の結論が出ているからである。

 国民は、検察の強引さや不公平なやりくちの方にも目を向けている。民主党はそういった反応をもって、同党へのダメージが緩和されていると判断したのではないか。もしそうなら政治のプロとして甚だ甘いと言わざるを得ない。

 当塾は、事件報道直後から小沢辞任を主張した。検察が手出ししたからにはあくまでも然るべき成果を得るまで手をゆるめない。今後も、ゼネコンや小沢周辺から出る情報を操作し、民主党をじり貧に追い込むことも不可能ではない。

 民主党には有力な後継候補がいない、というプロの見立てがある。しかし、一般国民にその責任はない。あくまでも党内で「国民に納得が得られる」党の顔を選ぶべきだ。国民が納得する人材とは、自民の亜流でなく、違いをはっきり出せる人、党内結束が図れる人、バランスある国際感覚の持ち主ということであろうか。

 それが難しいようなら、小泉・安倍路線への回帰がない条件での大連立でも仕方がない。いずれにしても国民は現在の閉塞状態にはあきあきしているのだ。

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2009年3月23日 (月)

その名を九郎判官

2009_03230002_2  「その名を九郎判官義経(くろうほうがんよしつね)と申す」というのは、落語に出てくる大家の妻女のせりふである。筋は、偶然大家を訪れた長屋の八(だったかな?)に到来物の酒をふるまうのだが、つまみがない。そこで大家が「香の物があっただろう、あれをだしなさい」と言ったことに対する細君の返事である。

 細君は「その菜は喰ろうてしまった、よしときなさい」をしゃれ込んだつもりである。八はすっかりそのやりとりに感心して家に帰り、早速仲間を呼び込んで、かみさんにそのせりふを言わせようとする話である。もとは、勧進帳かなにかの芝居のせりふなのであろう。

 われわれが学生の頃、こんなのがあった。
「上越線の熊谷駅は、クマガイが本当なのに《くまがや》と書いてある。なぜ訂正しないか」。その答えは、「熊谷の次郎直実」。「クマガイ直さねえ、だから」。

 同じ乗り物関連で、「薩摩守平忠度」というのもあった。これは無賃乗車のことで「薩摩守」だけでも通じた。「薩摩守・ただ乗り」というわけだ。いずれも『平家物語』に登場する名将である。こういったギャグやジョークは、ものは付けにも生かされ、日本人の教養でもあり得意とするところだった。

 ところが最近、アメリカで恥をかくことが多いと聞く。多分無理な追従をしようとするからであろう。ライス前国務長官に対して、「これから私をマダムすしと呼んで」と言ったとか言わなかったとか。おやじギャグ顔負け、こちらが聞いても顔が赤くなる。

 外交にたずさわる大臣には、すくなくとも大家の奥さん程度の機知と教養がほしい。小池元・防衛大臣の「すし」では酒がまずくなる。 

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2009年3月21日 (土)

政治の閉塞感

 日本の政治は完全に行き詰まった。日々ブログの政治テーマを探すが、なにもかも中途半端で方向感が定まらず、取りあげる意欲も湧いてこない。こんなことって過去にあっただろうか。また、その理由は何によるものだろうか。

 今日21日の毎日新聞コラムに、岩見隆夫が「無力で、矮小な政治」という題をつけた。実は本稿でも似たような題を考えていたが、短い方が好みなので上記に落ち着いた。岩見は、最後を「異常が極まった。来週、どんな区切りがつくのだろうか」で締めくくっている。

 来週というのは、24日火曜日のことで、小沢民主党代表の大久保秘書拘置期限が切れ、起訴されるか再逮捕されるか、あるいは不起訴になるかによって、小沢代表がどういう決断をするかを注目しようということだ。

 キャリアを積んだジャーナリストすらわからないことに、素人が予断できるはずがない。しかしここに来て検察リークと思われる情報が湯水のように流され続けている。しかも、小沢代表に事情聴取すだけの証拠が揃わないとか、西松建設が受注を妨害されるのを防ぐためといった、検察側にとって不利な内容ばかりである。

 これはどう見ても不可解極まることで、仮にここで検察が矛を収めるようなことがあれば政策捜査を証明するようなことになり、前代未聞の汚点を残してしまう。検察は中味に問題があるにしても、建前はあくまでも正義の味方でなくてはならないのだ。

 逮捕しておきながら、証拠のないまま捜査終結という結末はあり得ない、という観点から、秘書逮捕のあと当塾は、直ちに代表を辞任するよう主張した。理由は3つある。まず、たとえ法に触れることがないにしろ田中派以来の金権体質を温存していたこと、それがもろもろの政策にも反映し、最近聞かされていた独自の外交政策なども打ち上げ花火以上のものではなく、変わり映えしないという不信感を招いたことである。

 そして、検察のねらいどおりに捜査が進めば、民主有利の状況が再逆転し自民に機会を与えかねないからである。したがって秘書逮捕を奇禍とし、間髪を入れずに自民党がなしえない新党首を選ぶことであった。それで、国民に清新かつ国政の閉塞感を打破する希望を持たせられれば、解散追い込みに一挙に拍車がかかったと見たからである。

 最近、自民の中枢から民主党の政策について「現実離れしている」とか「とても政権を担える党でない」などの中傷が盛んにおこなわれている。現実に妥協し、従来方針の継続だけをするなら官僚に任せておけばいいのである。政治家は不要だ。

 このまま、小沢代表が辞任せず(辞任すると検察の捜査がしやすくなるという一面もある)、検察も口をとざし、自民も任期いっぱいの方針を固め、マスコミも日和ってしまうというのが最悪のケースである。任期いっぱいは、自民に不利になるとだけ言われてきたが民主にとっても不利なのである。

 今日は国際問題に触れなかったが、この間も世界のチェンジはめまぐるしく進み、日本はどこからも注目されない、カネだけをせびられ続けるひきこもり国家になってしまうだろう。

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2009年3月19日 (木)

『丼』

 「親子丼」「かつ丼」「天丼」。丼noodle=どんぶり→どん。井の中の「ヽ」は石を表します。井戸の中に石を投げると何と音がします?。「ドブーンtyphoon」だから「ドンブリ」。昔は井の中に「石」と書きました。そんなの知ってるゥー。

 それでは、井の中に「木」と書くと……??。「ザンブリwave」と読みます。ウッソー!!wobbly。本当です。幕末に日本にやってきて日本語辞典やヘボン式ローマ字を作ったヘボンさん(本当は、大女優ヘップバーンと同じ名字だが、日本人の耳にはヘボンと聞こえる)が、どこまで本気なのか困ってしまいましたdespair

 少し前に「日本人の素養」という記事を書き、「経済」「政策」「投資」moneybagなどの漢字熟語は日本人の造語で、それがそのまま中国で使われている、ということを書きました。丼と同様な日本製漢字にはほかに「辻」「凪」「峠」「裃」「袴」「畠」「躾」など80以上にのぼります。

 幕末から明治にかけて漢字の読み方も目まぐるしく変化recycleしたようです。例えば図書=ヅショ→トショ、書籍=ショジャク→ショセキ、男子=ナンシ→ダンシ、女子=ニョシ→ジョシ、尊敬=ソンキョウ→ソンケイ、助言=ジョゴン→ジョゲンといったあんばい。

 当時の年寄りの嘆きが聞こえてきますね。「若いもんの、言葉の乱れは聞くにたえない!annoy」。いずれも仏教用語に多い呉音が「古くさい」といって嫌われたからのようです。こうして見ると文字も言葉も世につれ人につれ変化するのが当たり前。無粋な漢字検定協会などに頼らず、古い言葉はCDに採っておきましょう。

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2009年3月18日 (水)

目が離せない北朝鮮

 北朝鮮がアメリカの食料援助を断ったという報道があった。あの国は全く何を考えているのかわからない。弾道ミサイル(人工衛星)発射との関連を取りざたされているが、これも、これまでのやり方とと全く違う。ひもじさを知る世代としては、ただごとではないような気がする。

 打ち上げの時期や方向、そして通信衛星であることまで内外に明らかにした。ここまですれば失敗は許されない。当然衛星であることの証明が必要になる。成功すれば食料などの特配があり、金正日将軍礼賛一色になるのがこれまでのパターンだった。

 食料配給には軍がかかわる。国民に明言した以上、打ち上げに失敗したらどうするのだろう。成功しても外国の援助がなければ特配物資に限りが生ずるだろうし、失敗すれば将軍や軍の面目まるつぶれになる。どうやら、一発勝負でなにか大きな賭にでているような気がする。

 後継者選びの権力闘争がからんでいるかも知れないし、金正日の健康問題もあるかも知れない。日本が一番恐れなくてはならないのはテポドン打ち上げではない。北朝鮮の政治的混乱である。日本人の中には、金正日など早く死ねばいい、北朝鮮が内乱になればいいなどと思っている人がいると思う。

 とんでもないことである。核兵器やミサイルの管理がどうなるかわからない。はねあがり分子が手にしてそれを利用するかもしれない。また、拉致された人の安全が脅かされる危険もある。今でも充分危険であるが、それでも最低限度体制維持の至上命令のもとにある。

 やはり、諸外国のようにねばり強く交渉の場に引き出し、改革開放政策の進展を促しながら、軍事力依存や大量の難民発生で周辺国を危険にさらすようなことをさけるしかない。遠回りのようだが、そうしないと特定の国の介入を招いたり、東アジアに不毛の摩擦の種を残すことになりかねない。

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2009年3月17日 (火)

高いおもちゃ、国会質問

 去年2月に、「怒!高いおもちゃ」というエントリーをあげた。その一部分である。

   防衛省が公開した新型戦車。開発費用が約484億円、1両の値段は約7億円。世界最高レベルだと鼻高だかの由。

 じょうだんじゃないぜ。いまどきこんな無限軌道つき戦車などイラク、アフガンでさえ大げさすぎて、写真ではお目にかかったことがない。憲法があるから日本国内で使うしかないが、砲身は何に向けるのだ。警察が手に負えないような武装勢力のゲリラやテロどこから来るというのだ。

 昨日16日の参院予算委員会で、民主党の前川清成議員がこれに関連する質問をおこなった。正確には参院のホームページの録画を見ていただきたいが概ね次のような要旨である。

 平成16年12月10日の閣議決定により、防衛大綱などでわが国の防衛は、本格的侵略の危険が低下し、冷戦型体制を転換する方針が示されている。にもかかわらず、陸自には約800両の戦車が主に北海道を中心に配備されている。

 ところが、防衛予算の推移を見ると、ベルリンの壁崩壊当時から最近まで陸自が約36%、海自、空自が23%前後と一貫として配分に変化がない。予算配分は「あれもこれも」ではなく「あれかこれか」という重点配分をすべきだ。

 これに対し、浜田防衛大臣は、①予算の8割がたが人件費などの義務的経費である、②装備など積み上げ方式で計画的に行う、などと短時間では変えられないという答弁をし、「今後考えていきたい」などと逃げの答弁を行った。前川議員の「技あり」である。

 続いて、一台8億円もかかる新型戦車にふれ「戦車を使うというのはすでに敵が上陸しているという前提ではないか、これは、制海権、制空権がすでに奪われてるということになりおかしい」という追求ををした。同様な主張を、当ブログはクラスター爆弾禁止に消極的な防衛政策の批判などで、上記以外でもたびたひ取り上げてきた。

 その先を――、と期待したのだが、「これ以上戦車のことをいう気はない」と矛をおさめ、「このことだけを指摘しておきます」で質疑を終えた。せっかくテーマにあげたのに、「一本」がとれなかった。防衛委員会でないからか、民主党の防衛政策にまとまりがないせいか、あるいは委員会審議を早く切り上げたいからかわからない。

 この件を新聞が大きくとりあげることもなく、国会審議も波乱なく進んでいく。国会が開かれているものの、言いようのないなれ合いの政治空白が続く。この責任はやはり国民が負わなければならないのか。
 

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2009年3月16日 (月)

倭、やまと、日本

 倭、やまと、ニホン、いずれも日本の呼称である。卑弥呼の時代、中国人は日本人種を「倭=わ」とよんでいた。なぜ「わ」なのかはわからない。多分「ここはどこか」「お前はだれか」と聞かれたて「我(わ)である」、と答えたのであろう。

 これは全く根拠のない俗説だが、台湾近傍の小さな島の土語の「I=アイ」がその島の名になったという例があるという。卑弥呼たちは、自らの国を邪馬台(やまと)と称していた。だから後の時代に漢字が普及して「倭」と書いても「やまと」という訓をつけた。

 ただ漢字「倭」は、矮小とかしなびたといった意味を想像させ好字ではないということで、倭=わ→和→大和に転化した。今使っている和服、和食、和菓子などの「和」は「倭」の名残である。さらに、聖徳太子が遣隋使に「日いずる国」という国書を持たせた頃から、「日没する国」の中国から見て「日のもと」の方角だという発想が出てきた。

 8世紀のはじめ、遣唐使を通じて国号を「日本」としたいという要望を出し、唐もこれに異議をとなえず認めた。しかし『万葉集』では「日本」と書いても、よみは依然として「やまと」のままであった。いつから「ニホン」が普及したのかはわからない。多分仏教典など音よみになれた平安末期から鎌倉時代であろうか。

 だから「ニホン」も「ニッポン」もやまとことばではなく、中国風音読みである。時代はずっと下って1934年(昭和9)、前年国際連盟を脱退して意気さかんな頃のことである。文部省の国語審議会が「ニホン」をやめて「ニッポン」に統一しようと政府に提案した。

 それを決定しないまま、昭和11年、2.26事件のあった2か月あと、外交文書の「日本国皇帝」を「大日本国天皇」とする旨の閣議決定をした。「大日本帝国」とくればやはり「ダイニッポンテイコク」となる。これを念押しするように「ニッポン」に統一すると決定したのが1970年、安保更新期を迎え、改憲の気運がではじめた頃の佐藤栄作内閣である。

 国威発揚やスポーツの応援には「ニッポン」がよさそうに思える。しかし、やまとことばには本来(っ)とか(ぽ)のような促音や撥音はなじまない。漢音の「日本」をやまとことば読みすれば、耳に優しい「ニホン」となる。戦前からうたわれている小学唱歌でも「♪ああうつくしい ニホンの旗は」「♪富士はニッポン一の山」などと両方ある。

 なにも国民精神統一をはかって、無理に統一することはない。両方あっても何ら不自由なことはないし日本文化の両面をあらわしている。政府決定が、言いならわした「ニホン国憲法」を「ニッポン国憲法」にしようなどというような下心からであれば、大いに警戒しておかなくてはならない。

(以上は、前々回のエントリー「日本人の素養」に関連しするものとして書きました)

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2009年3月14日 (土)

楽天論と悲観論

 三月十八日
 風邪がなおらぬ。
 毎日警報だ。今日は九州が襲われた。敵の本土上陸について、もうすぐやつてくるだろう、五月頃だろうという説と、敵は今までの例をもってしても、充分慎重に準備して確算がなければ行動を起こさないから、まだまだだ、今年の秋か、暮れだろう、そういう説と二つある。
 楽天論と、悲観論と二つある。前者は地方、後者は東京において有力である。
(高見順『敗戦日記』、昭和20年)

 64年前の今頃、東京大空襲の余燼が消えやらぬ間も各地で焦土作戦が続く。私は田舎にいたから「楽天論」だったかも知れないが、おぼろげながら「敵がここまで来れば竹槍であろうと石つぶてであろうと戦わなければならない」と考えていた。また一方、天皇がどこにいるのかわからない、軍隊は全く機能しないというもとでは、どうやって戦うのだろうとも思った。

 母たちのうわさ話は、これまでと違ってやや公然と「負ける」方に傾いていた。しかし、その前に降伏するということは思いつかなかった。軍国少年の中学生にとって、まだ「負ける」は論外だったのだ。夫を軍に採られ留守を守る伯母は、この頃絶望と復員の希望が交錯する複雑な心境にあっただろう。

 この日記の翌日からは、国民学校初等科(小学校)を除き、授業が全部停止された。晴れていれば松の根っこ掘り(乾留してバイオ燃料に)、農家の手伝い、緊急滑走路建設などの勤労奉仕、雨降りだと国語の先生による歌唱指導、体育館で鬼ごっこなどをしていた。各教室は、軍需物資の倉庫にあてられており使用不能になっていた。

 それから終戦をはさんでの激動の1年、天皇をふくめ政府も国会も、そして国民もよく国を滅亡の淵から救って頑張ったものだと思う。ことに昨今の政治や議会をみていると、その緊張のなさに隔世の感を深くする。今年の秋か暮れまでによくなるだろうか、なかなか楽天論にはなれない日々が続く。

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2009年3月13日 (金)

日本人の素養

 すこし前のことだが「大軍の後 必ず凶年あり」という老子の言葉をとりあげ、ブッシュたちは老子を読んでいなかった、と書いた。これにあるコメントがつき、中国の古典などアメリカでは、特別の研究者以外に読む人はいない、とか、中国に対する幻想は棄てるべきだという内容だった。

 どうやら「媚中派をやめなさい」ということのようだが、ご忠告にしてはちょっと料簡が狭すぎる。ブッシュが『孫子』を愛読しているという記事をどっかで見たことがあるし、中国の古典文明は、地中海文明などと共に世界共有の財産になっているのだ。

 また、コメント氏は、「古代中国と現代中国は哲学的に断絶している」と指摘した。表現はともかく、この方は当たっている。むしろ日本に古代中国の文化が色濃く残っていて、現代中国から失われているものもすくなくない。これはむしろ「日本文化」といってもいい。

 次ぎに日本人なら誰でも知っている(と思うのだが最近は違うのかな?)歌詞、土井晩翠の「荒城の月」と島崎藤村の「千曲川旅情のうた」をあげよう。これは和歌系でなく立派な漢詩系である。まさに、杜甫・李白の世界だが、現代中国からは生まれそうにないという。

春高楼(こうろう)の花の宴(えん)
巡る盃(さかづき)影さして
千代の松が枝(え)分け出(い) でし
昔の光今いづこ

小諸なる古城のほとり
雲白く遊子(ゆうし)悲しむ
緑なすはこべは萌え
若草も籍(し)くによしなし
しろがねの衾(ふすま)の岡辺
日に溶けて淡雪流る

 われわれの若い頃は、ロマンチックな漢詩にあこがれたものである。明治の頃、四書五経の素読から学問に親しんだ武士社会出身者は、特別な人でなくても漢詩をあやつることができた。また、近代化に遅れをとった中国は、日本留学生を通じて日本製熟語を持ち帰り中国語とした。

 それは、「幹部」「政策」「経済」「投資」「社会」「経営」「自由」など1000を越すといわれる。「荒城の月」は、中国のカラオケの定番になっているそうだ。その中国語歌詞を紹介しておこう(王敏『日本と中国』中央新書、所載)。やはり、いいものには国境がない。

 春風吹来桜花弁 高楼的花宴
 挙杯激酒人影畳 笑声催人酔
 千年古松不寂寞 添枝湿芳華
 注日輝煌好時光 如今何処訪

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2009年3月12日 (木)

どこまで続く政治不在

 政治不信は通りこした。もう、政治不在と言っていい時代が続く。これで社会が崩壊しないのが不思議なくらいだ。漆間官房副長官の、小沢民主党代表秘書逮捕に対する指揮権発動的な発言に関する報道も、水が引くように沈静化した。

 メモもない。録音もない。だからそのように言った記憶はない。……これに対して、公的立場にある人(新聞記者)の一致する証言(記事)が多くある。それを証拠に起訴に持ち込める。普通なら、これは検察が考える筋道である。

 ところが、国民にとって正義の味方の象徴であるべき検察庁のトップを勤めた人が全く逆の立場にいる。つまり、明白なウソの発言を国会などで公言し、それをぶざま詭弁で取り繕っている。野党から、証人喚問の声があがっていたようだが、それを実現させる迫力は果たしてあるのか。

 ここ連日、マスコミをにぎわしているのは、拉致被害者家族と元・北朝鮮スパイ金賢姫の釜山における会見である。確かに涙をさそう感激の場面をメディアに提供した。韓国政府に実現を働きかけてきた政府・自民党は、これで人気回復がはかれるとはしゃいでいるそうだ。

 しかし、そうはならないだろう。ひっそりと謹慎生活を送っている金賢姫にこんなことまで言われている。「日本政府のこれまでの取り組みをみていて、北の自尊心を傷つけないようにしながら、心を動かす方法を考えるべきではないかと感じた。努力すれば奇跡も起きる」(共同)。

 それに対する麻生首相の反応は、「留守家族の高齢化は進んでいる。ゆっくり取り組んでいる余裕はない」である。青い短冊形バッジをつけることと、他国にお願いしまくることで、自分で糸口をつかむ努力をしなければ結果が出るわけがない。そんなことで人気を高めるほど国民は愚かだと思わない。

 金賢姫の日本政府に対する忠告はもっともで、当塾のエントリー「北朝鮮敵視社説に異議」でも指摘していたことた。毎回のことで恐縮だが、最近の日本に、どんな主体的な外交があるのだろうか。つまり慢性的な外交不在、政治不在である。慨嘆の日々はいつまで続くのだろうか。

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2009年3月11日 (水)

進駐軍

 昭和20年○月○日、朝礼で「今日学校に進駐軍がやってくるので、校舎から一歩も外にでてはいけない。また、彼らを刺激するような行動は厳に慎むように」という訓辞があった。この町にあった陸軍歩兵連隊と通信学校の兵舎あとに、米軍が進駐してきたのは2、3日前だ。

 この田舎の町へは、国鉄から私鉄線にはじめて小型機関車に引かせた専用列車を乗り入れ、やってきた。なにしろアメリカ人など見るが初めてだ。日本軍とどう違うか、学生たちは興味津々で授業はそっちのけだった。「来たぞー」と独りが叫んだ。

 正門に面した通りをマッチ箱に車をつけた(これがジープだったのだ)ような自動車4台ほどで、校門を通り過ぎ生け垣に沿って並んで駐車した。パラパラと降り立った彼らは、日本の軍服と違ったずいぶんラフな格好で、顔はくしゃくしゃの赤ら顔に見えた。そして玄関に近づきすぐ視界から消えた。

 しばらくして、先生から教室の隅にある木刀を集めて校庭の国旗掲揚柱の元に置いてくるよう指示された。軍事教練用の38式歩兵銃や村田銃などとともに武装解除の一環ということだろう。だけど、この木刀は親に買ってもらった私物だ。

 米兵がやってきて軍靴で踏んで折ろうとしたが、そんな簡単に折れるものではない。木とはいえ刀は日本人の魂だ。学生は、口々に校舎の窓から「バカ野郎」などとののしった。先生があわてて制止にはいった。「こういう日本語は奴ら知っている、止めんか」と必死の形相。

 その後、例の格好の米兵はごく自然に町にとけ込んだ。国鉄には米軍専用車両があったが通学の電車では一緒。急な雨にあったら相合い傘を奨めるのはこの田舎では当然の行為だ。お礼にチョコレートをさし出すがことわりきれず頂戴する。学校では英語クラブが大人気、本屋では豆英語会話集が飛ぶように売れた。

 日本人の節操のなさではない。鬼畜米英のはずが、日本軍が民間を「地方人」と呼んだような、軍・民の距離感を感じさせないアメリカ人気質が受け入れられたのだ。もちろん、そういう気持ちになれなかった人はいる。やがて公職追放対象となる校長や、既に姿を消した配属将校、精神教育を得意とした武道の先生たちだった。

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2009年3月10日 (火)

北朝鮮敵視社説に異議

 「他紙はともかく朝日新聞、毎日新聞までが、北朝鮮嫌悪、バッシングの雰囲気あふれる社説を書いている。中国やロシアが北朝鮮に理解ある態度を取ろうとしているのは、理の当然だ」という批判を、当の毎日新聞に堂々と披瀝した人がいる。

 拉致被害者一部帰国以来、わが国は北朝鮮不信、蔑視、制裁強硬論一色に覆われた。そしてそのような風潮を増幅するような報道はされても、水を差すような論調を新聞紙上に見いだすことはできなかった。それは、「拉致被害者家族の心情をさかなでするもの」という批判をおそれてのことと思われる。

 それをおして勇気ある論陣を張ったのは、元外交官で広島市立大学広島平和研究所長の浅井基文である。問題としているのは、「同国が準備を進めているミサイル発射計画は、同国が主張する通信衛星打ち上げロケットであったにしても認められない」という、強い非難を込めた両紙の社説についてである。

 両紙は根拠として、安保理決議1718が北朝鮮に対して「弾道ミサイル計画に関連するすべての活動」停止を求めていることを上げる。しかし一方には「宇宙条約」があり、「すべての国がいかなる種類の差別もなく・・・自由に探査し及び利用することができる」のである。わが国をはじめ、各国は宇宙利用を当然の権利として享受していると指摘する。

 ロケット打ち上げとその制御がミサイル発射技術に共通するものであることは、否定しようがない。アメリカでも前回、「ごく小型の衛星を打ち上げようとして失敗した」という観測があった。同国が衛星打ち上げだといっているのに、一部の軍事筋が迎撃撃墜するなどといきまき、北朝鮮が、即宣戦布告で反撃すると反応するなど、平和にとって何の実利ももたらさないという考えである。

 ついでに、前にも触れたことがあるように記憶しているが、北朝鮮に関する私見をつけくわえておく。まず、北朝鮮は日本を戦争の重要な相手国と位置づけていた事である。現在、「えっ?戦争などしたことないよ」と思うだろう。

 しかし、金正日の父金日成は、朝鮮が日本の領土だった時代からソ連や国境山岳地帯を根拠とする対日バルチザンとして日本軍を相手に戦闘を続けてきた……(とされているが実は神話・伝説の類らしい)。その後ソ連軍の一員として終戦直前、日本軍掃討作戦に加わったことはあり得る。こういった金日成の生い立ちは同国存立の基礎に位置づけられている。

 したがって、日本との戦争は朝鮮戦争までずーっとつながっているのである。この戦争はアメリカ・韓国を相手に戦ったわけだが、米軍は日本の基地から発進しており、日本は後方支援・軍需物資供給を受け持って特需にわき戦後復興の基礎を築いた。そして、海上保安庁が米軍上陸作戦のため掃海任務を引き受け、戦死者まで出しているのだ。

 だから立派な戦争当事者といわなければならない。それならば、韓国各地に送り出したように工作員を潜入させたりスパイ工作に必要な人を拉致したりすることは、戦争行為として許されることになる。韓国もそのようなことをしていただろうから、日本のような反応は見られない。

 しかし、子供を含む拉致や工作船の不法行為など、国交回復をしていないとはいえ、戦闘行為がなくなってからもそれを続けていたことは合理化できない。その点について金正日は「詫び」を入れたのだ。これは同国のように首脳の権威で団結を維持させる国にとっては、よほどのことと思わなければならない。

 私は、北朝鮮の恫喝外交とか数ある不法行為を弁護する気は全くない。弱い犬ほどよく吠えるの類だ。本当は独裁体制を維持したまま、他国との交易や援助で国民生活の改善をはかりたいはずである。そこを見極めてやたらに制裁強化を叫ぶだけでなく、関係改善の糸口をさぐるべきである。

 その糸口を、米・中・ロは辛抱強くさぐっている。各国は日本の要望に無関心で妥協を急いでいるのではなく、解決に向けた外交テクニックに道を閉ざさないようにしているのである。これまでのようにアメリカに強硬策を頼むだけでは、拉致問題解決の前進をたぐりよせる手がかりにはならない。

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2009年3月 9日 (月)

枯葉一葉

 ではありません。コノハチョウだから1頭とかぞえることは今日知った。この見事な化けようは尾身元沖縄及び北方対策担当大臣さまもかなうまい。2009_03040001 (沖縄県本部町で撮影)

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2009年3月 8日 (日)

タリバンの敵国になるな

 共同電によると、日本のアフガン支援の一環として、日本政府がODAから141億円を拠出し、8月に予定されているアフガン大統領選終了までの約半年間、全警官8万2000人の給与を負担することを、日米の関係筋が明らかにしたと伝えている。

 とんでもないことだと思う。現地市民の感情はどうなのか、日本の関係NGOはどう考えているのか、さらに現在事実上各地で支配権を持つタリバンとはルートがあるのか。アメリカがタリバンの敵であることははっきりしている。

 アメリカが9.11テロの首謀者としてビンラディンを指名手配し、潜伏先のアフガンに容疑者引き渡しを要求したのがアフガン戦争の動機だ。そして当時のタリバン政権が熟慮の末、宗教指導者オマルが下した決断で「客人をもてなすムスリムの伝統に反する」ということからこれを拒否した。

 一方アフガンの人々は、ソ連が同国に侵入した際、サウジアラビア出身のゲリラ戦指導者・ビンラディンとその配下アルカイダをアメリカが支援したことを知っている。それでようやく独立国としての体面を保つことができたのに、こんどはアメリカの言うことを聞かないとボコボコにするぞと脅してきた。

 ビンラディンやアルカイダを逮捕しなければ、というアメリカの気持ちはわかるが、両方とも現在はパキスタンの国境地帯に潜伏しているという。それならタリバンを敵とする理由が失なわれたと同様だ。しかし、すでに大勢の米兵をタリバンとの戦闘で失っており、タリバンの存在すら認めたくないという気持ちだろう。

 そこに、アフガンの大統領選がやってくる。もし、伝えられる通りの実勢なら、タリバン出身の候補者が当選するかもしれない。アメリカご推薦の民主的選挙で、イラクでもパレスチナでも気に入らない勢力の方が選挙に勝ってしまった。その愚を犯さないためにはあらゆる手を考えるだろう。

 選挙前の警官の給料を持つなど、最も露骨な選挙介入である。その汚れ役を日本に負わせようという魂胆だろう。どっちが勝つにしろ「あの選挙は日本に雇われた警官が妨害した」と言われる。アフガンの駐日大使は、日本にアフガン派兵は求めないと言っていた。

 その一方で民政援助資金の拠出を望んでいるが、警官の給与負担は民生援助ではない。タリバンは日本に好意的な心情をもっているといわれるが、この一事でアメリカと同一視され、まだ「手の汚れていない」とみなされる日本の平和外交の手をしばることになるだろう。アメリカの言いなりになるのは、いいかげんにしてほしい。

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2009年3月 6日 (金)

“しきたり”と小沢代表

 「しきたり」は、2字熟語にすると「慣例」である。漢字では「仕来たり」とか、「為来たり」と書くようだ。しかしこの言葉の語感は、「それが賭場のしきたり」とか「やくざのしきたり」というふうに使うとピッタリくる。

 西松建設の迂回献金にかかわる民主党・小沢代表の記者会見の発言を聞いていてそんな言葉を思い出した。お断りして置くが、小沢代表がやくざなどという気はもうとうない。世間では、ばくちはよくないことという常識があるのに、「お上のお定め(しきたり)どおりでやっている。ちっとも悪くない」と言っているように聞こえるということだ。

 「今までおとがめがなかったのに、お代官のお調べは怪しからん」と息巻いても、庶民は喝采してみようがない。もう一つある。憲法の前文にある「平和を愛する諸国民」というのは、国連のことで、自衛隊を国連の親衛隊として海外派兵するのなら合憲、とするものである。

 そんな「しきたり」はないが、小沢氏は「学説がある」と言う。つまり都合のいい「しきたり」を採用して、これが正道だと主張する。一見、論理的に説明しているようだが、世間の常識にそぐわなくても気にしない。

 訥々とした語り口にかかわらず、こういった点が「豪腕」とか「強引」という小沢評を定着させたのではないか。彼が政治家になったのは40年も前、佐藤栄作首相の時代である。外交・安保政策であろうと、政治倫理のことであろうと、解釈基準が変化するのは当然である。

 民主党代表就任の際「ボクは変わる」と言ったそうだ。また、自著『小沢主義』では、「変わらずに生き残るには、みずから変わらねばならない」としている。しかし、そう言い続けることも彼の「しきたり」のひとつで、民主党が生き残るためために、彼自身が変る必要を認めていない。

 記者会見での説明や受け答えは、地元紙を含めて小沢代表に味方をしていない。このさき、ますます防戦一方の長丁場になるだろう。民主党にとって不幸なことは、変わるべき小沢代表が、モットーや期待に反して変わらないことと、党に対する不信感を増幅したことである。

 そうして、日本人に対して不幸なことは、政治不信を払拭するには、手垢のついた自公政権から野党に政権を交替させるしかないという期待感を裏切ったことと、民主主義に大きな後退をもたらす危険性があるということである。これからでも遅くない。直ちに仕切直しをしてほしい。

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2009年3月 5日 (木)

中小企業

 昭和はじめの金融恐慌でまず最初にその荒波をかぶったのは今も同じ、中小企業であった。ところその当時は「中小企業」という言葉がまだなかつた。

 昭和3年1月「中小工業者運転資金特別融資」と名づけた大蔵省預金部資金5000万円が勧業銀行などを通じて融通されることになった。これは、担保条件などがうまく機能せず失敗だったらしい。

 その「中小工業者」が「中小企業」に変わったのは、お上の権威が地に落ちた終戦直後のことである。そのきっかけは漫談家・徳川無声の次のひとこ。

 「私はしゃべるのが商売ですが、チューショーショーコーギョーというのは舌かもつれますな」

 これを聞いた豊田雅孝氏は、新たに作る団体の名称を「日本中小企業団体連盟」とした。「中小企業」が一般化したのはそれからである。(『昭和経済史上』日経新書より)

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2009年3月 4日 (水)

小沢辞任しかない

 西松建設関連の政治献金問題で、小沢民主党代表の政治団体が摘発された。今日これから小沢代表の会見が予定されているが、それをチェックする時間がないことと、前回、前々回と民主党関連の記事だったことから、急遽この記事をあげる。

 「なぜこの時期に」という疑問は、当然起きる。民主党およびその支持者を中心に「政策捜査」という小さな声も聞こえてくる。それほどピッタリ、「今しかない」というタイミングなのだ。伝えられているところによると、小沢代表は相当強気でいるようだが、闘争は、代表辞任のあとにしていただきたいと申し上げたい。

 仮に、政策捜査であり陰謀だったとしよう。また、小沢代表に罪の意識がなかったとしよう。しかし違法である企業の政治献金が小沢陣営に渡ったという事実は否定しようがない。こういった例は過去にいくつもある。

 要するに政権をねらう野党党首として、脇が甘かったということである。「秘書が……」では通用しないことも知っているはずである。そして、田中金脈以来のDNAを精算しきれなかった惰性が問われているのである。

 小沢代表の任務は、本人がたびたび披瀝しているように、総選挙に勝つことである。それならば、いさぎよく即辞任して、自民党に遅れをとらず、新代表で総選挙を戦うことである。もしそのまま居座るようなことがあれば、自党の支持率は確実に自民を下回るであろう。

 なにより恐れるのは、昭和初期の昔なら軍事クーデターを起こしかねないような政治不信が蔓延することと、経済を奈落の底に突き落とすことである。その責任を小沢代表が負うような選択だけはしないでほしい。また民主党幹部にはそれを忠言する良識を持って欲しい。 

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2009年3月 3日 (火)

社民党に与う

 先月末開かれた社民党の全国代表者会議で、民主党との連立に反対意見が相次ぎ、「せいぜい閣外協力。下手をすると、今度は党がなくなる」という声(朝日新聞)が続出したという。護憲を重要な柱とする同党からすると、当ブログ(民主党の防衛政策、「小沢安保」を示せ)でも取り上げた小沢発言などとんでもない、ということらしい。

 政権維持に汲々とする自民党の姿は見苦しい。しかし、長期低落に甘んじ日本の政治に影響力を失った現在、なお、党の存続だけを願う党員の方も負けずに見苦しい。すくなくとも自民党には55年体制から脱却しようとする活力があった。

 しかし社民党は、小泉首相が衆院で与党3分の2の勢力を確保し、安倍政権で集団的自衛権や改憲に筋道をつけようとした勢いに対して、なんら有効な手だてを示せなかった。参院選で改憲勢力が3分の2になったら、という危機感も持たなかったのだろうか。

 私は一昨年春、予定されている参院選を前にして、ブログでも有名な同党議員に、同党の候補者がいない選挙区では、護憲を公約する他の議員の推薦か支持をするよう、しかるべき人に取り次いでほしい旨封書でお願いした。

 これに、返事はおろか受け取ったという連絡もなかった。私はかつて労組専従役員の経験があり、党員ではないが同党候補者の選挙活動を手伝い、選挙区内に同党の候補者があれば必ず投票してきた。だが選挙民の期待に応えられない議員や政党には存在価値がない。

 同党には、日米安保を是認し自衛隊の存在に合憲の判断を下した村山元首相が、社会党の衰退をもたらした、という考えが強いらしい。しかし村山談話など彼が残した実績がその後の政府を牽制し、一時極度に悪化した中国・韓国との関係も破綻から守ったということを忘れてはならない。

 社民党が本気で憲法を守ろうとするなら、どうして真剣に民主党とつっこんだ政策論争をしないのか。また、自衛隊や安保条約に対する考え方も、村山首相を否定することだけでどうやって日本の国政を担えるのか。第7艦隊にしろミサイル防衛にしろ核にしろ、口にすることさえけがらわしいという考えを持っていないか。

 社民党に望むのは、3分の1の壁を破れなかった冷戦時代の旧社会党に先祖帰りをすることではない。たとえ議員数がすくなくとも、改憲指向議員を説得できるだけの安保問題の素養を高め、他党の同調者を一人でも多く獲得することではないか。少数で孤独を守るひきこもり党なら、党員が心配するようになくなってしまった方がいい。
 

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2009年3月 2日 (月)

「小沢安保」を示せ

 民主党・小沢代表の安全保障発言が波紋を呼んでいる。それはこれまでの国連中心主義とは違う表現で、アメリカと協力しながらも言いなりになるのではなく、独自の防衛能力を持つべきだとうということである。

 部分的に当塾の考えと符合する点はあるが、茶飲み話のようで詳細や真意はわからない。自民党の若手が、暴論だとか無知だといっているが、議員になって40年、自民党幹事長を務めてから20年、単なる思いつきではないだろう。

 それより、いまだに反共安保から抜け出せない自称「保守政治家」の方が、よほど頑迷固陋といえそうだが、それを指摘した上、より明確な民主党政権としての安保政策を明示すべきだ。その要点は、文末に書いたとおり、やはり憲法と海外派兵の問題だろう。さらに平和構築外交の進め方も知りたい。
 
 当塾では、カテゴリ「安保」を設け、過去12回にわたるシリーズで論じてきた。その中で戦後の安保体制を次のように段階をつけて分類した。その中でブッシュと歩調を合わせた「小泉安保」がいまだに尾をひいたままで総括されていない。自民党と政権を争うなら「小沢安保」をまず国民の前に明らかにすべきだろう。

【安保の変遷】------------
1.吉田安保(旧安保条約)
  講和後の軍事的空白を埋めるため米軍基地を維持することが、日本の共産化をくいとめる日米共通の利益であった。そのため行政協定などは一方的、従属的内容で期限の定めもなかった。

2.岸安保(新安保条約)
 冷戦はエスカレートし、核競争や地域の代理戦争も激化。岸首相は、軍事色を薄め経済条項を加えた条約案を、日米対等という体裁にして締結した。有効期限10年であとは自動更新となる。日本の安全と極東の平和という適用範囲と、憲法手続きに従う旨を明記している。中曽根元首相のいう「浮沈空母」の時代。

3.橋本安保
 ソ連崩壊という事態で安保に対する環境がかわったにもかかわらず、条約はそのまま。アメリカの世界一極支配を目指して軍事同盟を維持する、というナイ・リポートを踏まえたガイド・ラインで、「周辺事態法」など特例法・特措法で条約の性格を変える。

4.小泉安保
 9.11同時多発テロ後のブッシュ路線で橋本安保にはずみをつけ、米軍再編計画(ロード・マップ)の一環として米軍との一体化を進める。国民保護法や防衛省設置など軍創設のための足場を整え、安倍内閣で改憲への道筋をつける。なお、この時代から「日米安保」ということばが消え、「日米同盟」が一般化した。
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 さて、オバマ政権と話し合う「小沢安保」の要点は何になるだろうか。思いつくまま上げてみた。

1.安保条約破棄は過激すぎる。せめて、憲法解釈でからみあった糸をほぐすため、橋本安保、岸安保の線まで戻すか。
2.憲法改正問題にどう対処するか。9条厳守、専守防衛を保証できるか。
3.自衛隊海外派遣にどういう条件・制約をかけるか。
4.日米協力のありかた。(集団的自衛権・基地・共同研究・核・武器輸出など)
5.軍縮・平和外交・アジア共同体方針など。

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