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2009年2月10日 (火)

日中関係史考9

 昭和6年9月18日の満州事変勃発から、同7年3月1日満州国建国までの約半年、短い間ですが日本の大陸侵略を見る上で大切な期間です。本当は気が進まず飛ばしてしまいたいところです。まず、清最後の皇帝・溥儀(フギ)を天津の隠れ家から連れ出す工作から見ましょう。

 それを担当したのは、戦後A級戦犯で絞首刑になった土肥原大佐と、関東大震災のどさくさで社会主義者・大杉栄を殺した当時の甘粕大尉です。これもあらかじめ皇帝の側近だった旧臣たちに手をまわし、準備してありました。

 日本政府は、当時中国を代表する蒋介石政権のもと、満州に親日的な地方政権を樹立する程度の考えで、諸外国の反発を受けるようなことを避ける方針でした。一方、関東軍は満州領有まで意図していたので、傀儡政権を独立させるというのは、次善の策だったといえます。

 土肥原はまず、天津の日本総領事館の目をあざむくことから始めました。11月8日、中国人街でニセの暴動を起こさせます。それをきっかけに邦人保護(いつもこの手です)といって軍を出動させます(ここは外国ですよ)。そのどさくさで、溥儀を乗用車のトランクに入れまた変装もさせ、海岸に待たせたランチに乗せて拉致しました。溥儀がどれだけ乗り気だったかはわかりません。こうしてまた政府は、既成事実を認めてしまうことになるのです。

 次は翌7年1月に起きた上海事変です。これは紛争というより立派な戦争です。以前、前身のブログ「反戦老年委員会」でとりあげたことがあるので、そのスタイルを利用します。
 
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 当時の新聞紙上いっぱいにおどる主な見出しと記事を見てみよう。これは上海で軍同士の衝突が起きて8日目の模様である。また、破線以下は別の地域で、満州の奥地、ハルビンを侵攻し、満州事変の軍事行動に終止符をうつニュースである。

●我軍を悩ました猛烈な市街戦・我軍の死傷七十三名・上海五日の総攻撃・夕刻警備境界線まで後退(以上4段抜き。見出しと小見出し)
●敵機飛来し我軍に爆弾投下・けふ根拠地爆撃に決す(同上)
●敵陣地爆撃の艦上機墜落・搭乗三将士惨死す(2段抜き。見出しと小見出し)

●邦人殴打さる(2段抜き見だし。以下はその記事)
 上海東方製氷社員岡田昂氏(三五)、熊本県出身結城健士氏(三七)は北京路を通行中支那人約二千名の群衆に包囲殴打され顔面、頭部等に瀕死の重傷を受けやつと馳せつけた英国軍隊により群衆を追つ払い折柄通りかヽつた邦人のトラックに救はれて篠原病院にかつぎ込まれたなほ同地方の民衆はいきりたち形勢不穏である

●邦人行方不明
●豊田紡保護の陸戦隊引揚
●十数名の敵を倒す・内藤一等水兵の殊勲(以上一段見出し)

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●多門師団司令部 堂々ハルビンに入る・各機関、歓迎に忙殺・我軍死傷八十余名(4段抜き。見出しと小見出し)
●各戸に翻る日章旗・邦人婦女子の歓喜
●爆撃また爆撃 輝かしい空の殊勲(以上3段抜き見出し)
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 上海事変の発端は、中国人群衆が、日本山妙法寺の僧侶と信者3名を襲い、うち1名を死亡させた事件です。これは時々テレビドラマなどで取り上げるので、ご存じの方も多いと思います。関東軍が騒ぎを起こす工作費として2万円を上海駐在武官に渡し、男装の麗人スパイ・川島芳子を使って中国人を買収したものです。

 関東軍の目的は、世界の目を上海に釘付けにし、満州の戦線拡大と全域支配に対する抗議をそらすことでした。人口密度が高い上海は、それでなくても治安が悪化しており、各国が陸戦隊を上陸させるなど緊張状態にありました。

 そして、最後は満州国皇帝即位式の模様を、アメリカ人ジャーナリスト、エドガー・スノーが描く『極東戦線』(梶谷善久・訳)からご紹介します。

 張りつめたような緊張感と、暗殺への病的な恐怖感の中で、ヘンリー溥儀はその朝早く起床し、真紅と黒の王衣をまとい、天命に従う準備を整えた。

 いま新京で溥儀は三回目の王座につき、天子として運命づけられた役割を果たそうとしている。また新たに神に代わる統治者になろうとしているのだ。

 着剣した銃をもつ日本部隊が、銃剣をつけていない満州国軍のうしろに立つ。それが皇帝を迎える歓迎陣である。皇帝の行進に対して民衆の拍手もなく、歓呼もない。

 玉座に張り巡らした黄色い絹のカーテンが三月の寒風にはためき、数分間ですべての儀式は終わった。溥儀は防弾装置つきのリンカーンで急いで市内へ戻った。彼の演技は終わり、幕となった。

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