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2009年2月24日 (火)

身分制

 100年に1度というのが当たっているのかどうかわからないが、数字の上では相当深刻な不景気である。ことに、昨年来報道されている派遣労働者に降りかかる深刻な状況には心が痛む。「派遣切り」など聞くだけで腹が立つ。こういったことは、日本の労働慣行から即刻追放すべきだ。

 日本が戦争に負けて2、3年あとまで、大企業には身分制というのがあった。社員と工員は身分が違った。工員は通常日給月給制(日割りした金額を月1~3回に分けて払う)で、社員の下位におかれた工長とか職長以上にはなれなかった。

 これは、義務教育の小学校卒と月謝が必要な中卒以上の学歴格差で、事務所勤務でも社員に対して雇員という身分の壁があった。そういった身分の差は、多分明治以前の武士とその従卒から来ているのだろう。同じ武士でも越えられない差があるのだ。

 士・農・工・商の士以外は、原則として自活の道をもっており被雇用者ではない。前述の社員・工員は身分に違いはあっても主に対する忠誠は身についており、主はどんな苦しいことがあっても士の生活を守らなければならない道義的責任を負った。

 この身分制は、封建的であるというので占領軍の意向もあって廃止され、全員が「社員」になるのだがしばらくの間は因習が残り、かえって陰険な労務政策がとられる原因にもなった。しかし日本固有の「企業内組合」や終身雇用に見られる一家意識で、派遣切りのような事態は起きにくかった。

 身分制撤廃の功罪は、功の方が圧倒的に多いだろう。日本の高度成長にすくなからぬ貢献をしているはずだ。また、高学歴化によりそれに基ずく差別をつけにくくなった。そこで生まれてきたのが正社員とパートなどの差である。

 成長期には、労働力の流動性を高め機会均等に寄与するメリットがあったかも知れない。しかし、世界同時不況ではたちまちその欠陥を露呈した。モノ・カネ・ヒトを同列に置いた資本の過ちである。かつての身分制以上の差別を労働者に強いることになった。

 グローバル化にひた走ることに専念してきた日本は、こういう時こそヒトにとって何が一番大切かを、スタートに立って考えなおすいい機会だと思う。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

身分制度の社会では階層で言葉も違ってくる。
江戸時代では其々の身分で喋っている言葉が違っていたし、各地方でも其々違っていた。
日本ではそれが明治維新後の『標準語』の創設で中央集権的な一つの言葉で統一される。
しかし夏目漱石が訪英したときに彼の英語がロンドン下町言葉とは全く違っていて通じなかったように、欧米では、今でも身分や階層や出身で言葉が微妙に違うようです。
英会話が得意な麻生さん。
オバマとの日米首脳会談で通訳を介さず「さし」で話をしたそうですが速記で『聴取不能』の箇所が何度も出てきたとか。
どんな種類の英語を喋っていたのでしょう。?
今の若い英語の得意な学生さんの中には公式の場所とか年長者、識者などが使ってはいけないとされるスラングを平気で使って顰蹙をかう人もいるとか。
使ってはいけない言葉を使うと馬鹿にされるか、軽く見られるか、どちらにしても良い事はない。
『ノブレス・オブリージュ』
身分には違いが有り、高い身分には高い責任が伴う。
最高責任者にはそれに相応しい態度とか言葉使いがある。
麻生さん。公式の発言でも自分の事を『俺』と言っているが、そんな言葉遣いの首相は今まではいなかった。
ノブレス・オブリージュとは程遠い態度ですね。

投稿: 逝きし世の面影 | 2009年2月26日 (木) 12時36分

われわれの頃と違って最近は政治家にも英会話ができると思っている人が多いようです。現役の頃、外国人との交渉ごとで、誤解のもとになるから英語がわかっても絶対直接答えず通訳を通せ、と上司に言われたものです。

麻生さんや中川さんでは、この点不安ですね。マダム・スシも同様です。

投稿: ましま | 2009年2月26日 (木) 16時31分

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