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2009年2月 9日 (月)

日中関係史考8

柳条湖満鉄爆破
 最初に事件を報ずる東京朝日新聞の号外(昭和6/9/19/7:00)を見てください。

 18日午後十時半奉天郊外北大営の西北側に暴戻なる支那軍が満鉄線を撃破し我鉄道守備兵を襲撃したが我軍側は午後十一時直ちに奉天の全駐在軍に対して出動準備命令を下し十九日朝零時半日本軍は遂に北大営を全部占領した(以下略)。

 また鉄道爆破です。どうしても3年前の張作霖爆殺事件を思い出します。同じ奉天近郊ですが前回とどこが違うのでしょうか。まず今回は線路1本が曲がった程度で死傷者はもとよりほかに被害がなく、線路を取り替えてそのあとすぐ列車が定時に通り抜けています。

 また日本軍のしわざ、と疑われても仕方ありませんが、前回と違うのは個人プレーではなく、関東軍を中心に完璧を期して準備されていたので外から証明できるものがないことです。それに前回と違って国内の参謀本部にもあらかじめ根回しがきいていました。

 そして疑いを差し挟む間もないほど、電光石火の早さで吉林など各地の支那軍を攻撃、武装解除してしまったのです。また、在留民間人にはあらかじめ警戒するよう伝えられており、巻き込まれて犠牲になった人はいませんでした。

 国内にも、幣原外相など謀略を疑った人は少なくありません。それどころか、関東軍の戦線が拡大してしまったので、天皇の命令なしに朝鮮在留軍が越境応援に駆けつけたり、関東軍独断で錦州を爆撃したりする始末です。

 政府は2度にわたって「不拡大方針」の声明をしますが、これがやっとで、軍の独断専行を追認します。この原因は何でしょうか。このシリーズの前2回(6、7)にそのヒントをあげました。さらに、この年の3月に参謀本部の中佐・橋本欣五郎ら軍部中堅と右翼・大川周明らのクーデター未遂事件(3月事件)があり、爆破事件のあと、10月にも橋本らがさらに大がかりなクーデターを計画します。

 これは10月事件といいますが、後の2・26事件並の規模を予定し、これが反軍の口封じの役割を果たします。3月事件の首謀者がまた現れるなど、やりたい放題で真剣な責任追及がありません。この甘さが、そのまま後の日本の敗戦まで影響してゆきます。また関東軍の暴走も「結果よければすべてよし」という日和見がわざわいしていました。  

 さて、もう一度冒頭の号外の記事に戻ってください。「暴戻な支那軍」という言葉があります。これは関東軍から陸軍中央部に届いた電文の中にもあります。「暴戻」が具体的にこの事を指しているとは言えませんが、同じ年の5月に起きた万宝山事件と、6月末から7月に起きた中村大尉事件というのがあります。

 万宝山は、長春の近くで朝鮮人200人ほどが水田開発をしていました。この人達の中には、中朝国境に近い間島に昔から住んでいた朝鮮族もいます。ここで暴動が起き、朝鮮族の裁判権をめぐって日中で争ったことがありました。

 そして、今度は水田の水を引く水路の件で中国人と朝鮮人の間で紛争が起き、中国官憲は朝鮮人を検挙、日本は邦人(朝鮮人=日本人です)保護のため警官を派遣、銃火を交えるに至りました。この問題は朝鮮内部で中国華僑など100人を越す虐殺事件に発展し、日本がなおざりにしておけなかった問題だったのです。

 中村大尉事件とは、参謀本部がソ連国境に近い興安嶺方面に兵要地誌作成、つまりスパイとして予備曹長1名を伴い潜入し、現地軍に殺された事件です。日本側は中国側に真相究明を迫ったが中国側はなかなか事実を認めず、やっと責任者処罰を明らかにしたのが9月18日だったのです。

 これをもって、満州事変勃発の原因に位置づけ、日本軍の行為を正当づけようという考えが今でも限られた人々の間にあります。しかし、もうおわかりですね。9月18日は、満鉄爆破のその日です。関東軍は中国側の責任者処罰、賠償支払いなどで平和解決し、念願の軍事作戦が先送りにならないでほっとしたことでしょう。

 こうして、次は中国から満州を切り離すため関東軍の暗躍がまだ続きます。それは次回としますが、欧米やロシアの侵略から安全を確保する「利益線」が朝鮮だったのに、朝鮮が日本になったため朝鮮人も保護しなくてはならなくなった、だから「利益線」は満・蒙になり、新たに作った満州国の安全を日本軍が保障する条約を作ったため、華北まで「利益線」になるという経過をたどります。

 伊藤博文は、朝鮮併合に反対だったといいますが、もしここまで見越していたならば、文句なしに尊敬したくなります。そうしないいい方法がほかにあったかどうかわかりませんが、日本の歴史はずいぶん違ったものになっていたでしょう。

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