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2009年1月19日 (月)

日中関係史考3

第一次世界大戦
 第一次世界大戦というのは日本にとって、あるいは中国にとって何なのだろう、こういうことについて、普通はあまり深く考えるということをしません。私は、この戦争が日本の中国侵略への第一歩であり、世界から日本の野心について警戒をされ始めた最初だと感じています。

 というのは、ヨーロッパでの勝者も敗者もない悲惨な結末に、各国が弱肉強食の帝国主義戦争を反省するようになり、お互いにその方途をさぐる動きになっているにもかかわらず、日本はそれに乗り切れず逆の方向へ走り始めたからです。日露戦争のトラウマが残っていたとすれば、何と根強いことでしょう。

 始まったのが1914年、大正3年ですがなんとも不思議な戦争です。まず、日本の敵は、ドイツ・オーストラリア-ハンガリー・イタリアの三国ですが、戦ったのはドイツだけ。味方はイギリス・フランス・ロシアということになります。そして日・独双方の戦場となったのが中国です。

 ヨーロッパで起きたこの戦争は、遠く離れた日本にかかわりのないことで、大隈内閣はまず中立宣言をしました。中国も同様です。ところが、中国の青島を基地にして英国商船を脅かすドイツ軍艦を追い払って欲しいという英国の要請がありました。

 しめた!、と思ったのは、明治の元老・井上馨です。山東半島にあるドイツの膠州湾租借地をあわよくば横取りし、辛亥革命後孫文から実権を奪ってダーティーな独裁政治で安定を欠く袁世凱政権に満蒙支配のくさびを打ち込みたいと思ったのです。イギリスには同盟国の義理があるということで、政府は早速ドイツに宣戦布告をしました。

 中国もそれを察し、ドイツに宣戦布告して租借契約を即刻破棄して日本が進軍する口実をなくし、ドイツも問題をあとに引くことをおそれて返還に応ずることにしたのです。頼んだイギリスの方もびっくりしました。なにも、日本にそこまで頼んだ覚えはないといって、取り消してきたのです。

 ところが、イギリスとの情義と青島を取り返して中国に返す、の一本槍で、ほかは一切聞こえないことにします。そのまま秋から冬にかけ、青島やドイツの支配下にある南洋諸島の占領を終わらせてしまいました。これで、第一次世界大戦の戦勝国になれたわけです。

 国民もよく知らないアッという間のできごとでした。また、ヨーロッパでは戦乱が続いていたので貿易の競争相手がいなくなり、重工業の発展も緒について大戦ブームが起きて明治以来の債務国が一転、債権国になりました。

 戦勝国といえば、中国だって同じ立場です。その中国にドイツを追っ払ってやったのだから、といって日本政府は対華21ヵ条要求を北京政府につきつけました。それには、返すはずだった山東省のドイツ権益は日独両国で決めたことを中国側が受け入れる、日露戦争で日本がロシアから接収した旅順・大連などの租借権や鉄道の管理権は、さらに99年延長する、満州や内蒙古での日本人の資産獲得などに便宜を与える、政治、経済、軍事などに日本顧問を招くなどが含まれ、属国扱いに近い内容です。

 火事場泥棒とか、漁夫の利という声が聞こえます。これは外国からではなく国内から起きています。なにも自虐史観ではありません。最終的には山東省の返還や顧問の問題など、譲歩も見せていますが、国民の間からは大きな疑問は起きませんでした。しかし、中国では要求に屈した1915年5月9日を「国恥の日」とし、日貨排斥など反日意識を固定化させることになったのです。

 最後に、日本のこういった拡張政策がすでに世界列強の間でも時代遅れになっていることを、パリの講和会議に広報官として出席した松岡洋右が、日本に対する各国の記者たちがどう見ているかという報告をしており、その一部を紹介します。なお、この引用は以前にもした覚えがありますが、加藤陽子『戦争の日本近現代史』によるものです。

 所詮我に於いて之を弁疏せんとすることすら実は野暮なり。我言う所多くは special pleading にして、他人も強盗を働けることありとて、自己の所為の必ずしも咎むべからざるを主張せんとするは、畢竟窮余の弁なり。真に人をして首肯せしむるや疑問。

 また加藤は、松岡が政府の方針をヤボと言って批判したもので、special pleading 「特別訴答」という法律用語を持ち出して、自己に有利なことだけを一方的にいう議論ではとても理解されるものではなく、日本の国際的信用がレベルに達していないということを訴えたと解釈しています。 

 余談ですが、こういった国際感覚を持っていた松岡に対し、昭和天皇が第二次大戦で日独伊三国同盟を推進したことについて「松岡はヒトラーに買収されたのではないか」という極端な言葉で難詰したのは、まだ一縷の望みを松岡につないでいたのに裏切られた、という気持からなのでしょうか。

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