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2008年12月24日 (水)

朝鮮・韓国 19

閔妃暗殺
 前回、日清戦争は失敗だったということを書きました。なぜならば、朝鮮を清の属国から救って自主独立の国とするどころか、歯車が全く逆の方に回転し始めたからです。その最たるものが「閔妃暗殺」です。私は、日本人としてどうしても朝鮮の方に頭が上がず、謝罪しなければならないと思うのがこの一件です。

 日本は日清開戦を前にして、1万の軍隊で京城を占領状態におきました。そして、志士とか浪人と呼ばれる民間人を使って隠とん中の大院君かつぎだし、閔政権を倒して親日政権を作らせました(1894.7.23)。さらに、内政改革の要求と戦争遂行を前提とした「日朝攻守同盟」を結ばせたのです。

 しかし改革は日本の思惑通りに進まず、再蜂起した東学党と内通しているという口実をもって大院君をしりぞけ、国王を表にだして親日政権をてこ入れしました。ところが、清に大勝はしたものの三国干渉に屈してしまった日本を見た閔妃がロシアに接近、国王を操って親日派を強引に追放しました。そこでまた大院君の登場です。日本は公使館が中心になって巻き返しをはかります。閔妃暗殺の陰謀にも進んで加担しました。

 こうして95年10月8日、閔妃暗殺事件が起きます。時の公使は三浦梧楼でした。外相経験のある大物公使・井上馨が、脅迫や懐柔、それに札びらまでみせびらかせての工作が失敗したあとを受けての就任です。角田房子著『閔妃暗殺』によると、三浦は陸軍予備中将で、自ら「外交や政治は素人」だといい、陸奥なども反対したが「剛気果断の人物」ということで任命されたようです。

 犯行の黒幕は、公使自身と公使館員、領事警察に民間人が加わわっています。実行犯は軍人、警官を含む民間人計40人ほどです。民間人は志士、浪人、壮士、暴徒などと呼ばれた日本人で、その狼藉、残虐ぶりから「ごろつき」とも呼ばれました。

 犯人たちは、顔を知らない閔妃を判別できないため宮女をかたっぱしから斬殺、死体を庭にに運び石油をかけて焼却しました。報告書には「誠にこれを筆にするに忍びない」行為まであったと書かれています。まさにごろつき以下の破廉恥行為です。この事件は多くの外国人に目撃されており、政府はあわてて公使以下を召還、逮捕の上裁判にかけることにしました。

 しかし、処刑されたのは参加していたという3人の朝鮮人だけで、ほかの日本人は全員無罪か免訴とされました。後、伊藤博文がハルピン駅頭で安重根に暗殺されますが、動機は「国母虐殺の恨」をはらすためだったと安が供述しています。

 日本の政権は、外国からの批判をかわすため、手続きを経て国家の犯罪ではないことにしました。また、それが曲がりなりにも通ったのは、列強各国それぞれの思惑があつたり、ロシアに対する警戒心があったのかも知れません。

 仮に、当時の国際標準をクリアーできたにしろ、朝鮮宮廷の行動が日清戦争の結果を台無しにするものであったにしろ、実権をにぎる王母を、官憲を含む外国人が首都の中心で暴力を振るって虐殺することが正しいことだ、などとはどうして言えるでしょうか。

 後の日韓併合を、法的な手続きを経て行った妥当なもの、などという右派の主張は、私はこの一事をもってすべて帖消しになると考えます。歴史に「もし」は許されませんが、このような行動を事前に防止することが不可能だったとは思えません。「痛恨事」とはこのことをいうのだと思います。

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コメント

あのーロシア帝国は朝鮮を領土化するつもりだったということを忘れないでください。
現に朝鮮領内に日露戦争の原因となった軍事基地を造ってます。日本を悪者に仕立て上げて、歴史を捏造するのはやめてください。そんなことしてもなんにもなりませんし、マルクスっぽい論理で歴史を自分のシナリオに沿う形で強引に解釈するのはやめてください。

日清戦争の原因というのは、朝鮮に兵を入れるのは互いにやめようという日清間の国際的約束を清国が無視して兵をいれたのが原因です。
中立地帯に兵を入れるのは、当時も今も戦争行為です。
また、朝鮮では歴史の節目で、外国人を利用して国内の権力を強化しようとする人物が現れます。戦後にも李承晩、金日成という人間が現れていますよね。当時も同じです。
安はただのテロリストです。

日本は朝鮮半島を併合したくてしたわけじゃありません。朝鮮がロシアとの緩衝地帯になりえないことが、朝鮮人が中国の兵隊を招きいれたこと(自国を自国民で防衛する意思をもたない)ではっきりしたからです。航空機のない時代、朝鮮半島をロシアに取られることは日本にとって致命的でした。

当時の併合は合法です。現在を基準に考えてはいけません。それは事後立法と似たような思考であって、非常に危険です。


朝鮮ロシア国境近くの沿海州にいた当時の朝鮮人は現在、そこにはいません。大半が殺されたか、中央アジアのどこかにスターリンによって移送されました。
日本人にはこのようなことはできませんでした日本人にはドイツ人やロシア人のようには振舞うことはできなかったのです。日本にヒトラーやスターリンのような独裁者がいたら、朝鮮人は全て満州に追放されたか、これを拒否したものは殺害されたでしょう。在日朝鮮人問題も生じなかったと思います。
日本の植民地統治は決して民主的なものではありまんでしたが、当時の朝鮮の置かれた状況(彼ら自身が撒いた種)を考えればにベターであったと思います。
もし、日本が何もせずロシアに朝鮮が併合されていれば、朝鮮は現在ロシア領となっていたでしょう。もちろん住民の大半はロシア系で朝鮮系は少数派となっていたことでしょう。沿海州朝鮮人と同じ運命となったことは間違いありません。日本も同じようなっていたかもしれません。
これは、史実より不幸なことなんじゃないでしょうか。

投稿: ツーラ | 2008年12月25日 (木) 04時43分

ツーラ さま
あちこち見ていただきありがとうございます。
シリーズにしたものを全部見ていただくことは困難だと思いますが、他にいただいたコメントを含めあなたと意見が合う部分もあります。
以下はこのシリーズ17に書いたことですが、これが記述の基本姿勢です。なお「捏造」などという言葉もいただきましたが、その部分と理由を後学のため教えていただければ幸せです。

 <近代はいろいろな史料・文献も増え、人によって考えも違ってきます。評価に問題のある特定史料を使ったトンデモ史観や、あらかじめ敷かれたレールの上でしか解釈をしない硬直史観はとりたくない、というのはなかなかしんどいことで、イラクじゃないけど出口をさがすのになかなか時間がかかりそうです。

投稿: ましま | 2008年12月25日 (木) 13時20分

管理人様

私が言いたいのは、当時朝鮮が混乱していたのは、日本が干渉したためではないということです。あなたは、まるで、当時の日本政府が必死に工作活動を行い、朝鮮を混乱に陥れ、閔妃一派が正義の抵抗をしたごとくに記述しているが、それは間違いです。少なくとも、中立な歴史解釈を行おうとする姿勢ではないということです。
閔妃派の朝鮮国内の権力は清国人の軍事力に基づいていました。日清戦争後は、清がだめになったので、ロシアに乗り換えています。
一方、反閔妃派の開化党は、日本に支援を求めました。
決して、反閔妃派も日本が作った傀儡ではなく、当時の朝鮮に危機感をもつ朝鮮人の政治勢力です。この件については満州国とは違います。
いずれの側も、中国、ロシア、日本を利用して、朝鮮内の権力奪取を目指していた点では同じです。
閔妃がまるで、日本の対する抵抗末、殺され、日本側が惨殺したごとく、あなたは言っていますが、閔妃側も同じです。反閔妃派をロシア人などの外国人を使って除去することを考えていたでしょう。実際に閔妃は李範晋・元農商工部大臣に金弘集首相暗殺を命じ、春生門事件を引き起こしています。

本来、真の独立国というのは、たとえ小国であっても、内政について、外国人を利用してはいけないのです。そんなことをすれば、国内政治、国民とも分裂し、内紛を始めてしまいます。今の朝鮮や当時の朝鮮のようになってしまうのです。
ベルギー、ポーランド、スイスなどは、小国で一国では、ドイツなど大国に対抗することはできませんが、朝鮮史で起こるような混乱は起きません。それらの国の国民は普段は対立していても、周辺の大国が違法な干渉をしてくれば、国民が結束して踏みとどまりまし、実際そうしています。
朝鮮人は、このようなとき、外敵よりも、国内の政敵を倒す好機到来と、外国人に擦り寄ってくるのが歴史的なパターンです。
朝鮮が今、南北分裂しているのは、半分は日本の責任ではありますが、もう半分は彼ら自身の問題で、その背景は朝鮮併合前から、彼らの行動に現れているのです。

私には、あなたの歴史解釈は、現在の韓国政権、中国政権の意に沿った形で論じているようにしかみえないのです。知的かつ冷静に歴史を読み取ろうしているのではなく、特定のイデオロギー臭を強く感じます。少なくとも、典型的左派的歴史観から一歩も抜け出ていないと思います。ハッとさせられるようなオリジナリティーは感じません。

私は保守右派ですが、元左派であって、左派の主張も理解していると考えています。左派は理論や論理にこだわりすぎ、原理主義に陥りすぎるきらいがあります。演繹的思考に頼りすぎてしまうのです。歴史というのは、イデオロギーではなく、様々な思想をもった個々の人間たちが起こすものです。人間がどのように行動するのかよく観察することを左派は忘れがちです。さもないと、すぐに金だ油だ、戦争だということになって、間違った理解になってしまいます。歴史は戦争の結果が決定的に重要です。戦争とは何かという現象を正しく、深く理解しようとした上で、行動せねば、反戦を目的としているのに、反戦どころか、戦争を招くことになることを歴史は教えています。

長文失礼しました。

投稿: ツーラ | 2008年12月30日 (火) 05時26分

ながながと書いていただいた史的事実は知っているので反論しません。お説教は固辞しますがあとも見てください。
ただ、いかなる口実があろうとも現地で外国軍、公館などが暴力により内政干渉をする妥当性は、いささかも認められません。

投稿: ましま | 2008年12月30日 (火) 10時21分

19世紀の国際法では、予防戦争はOKだったのです。変わるのは第一次大戦の結果を受けた後のことです。
朝鮮の場合は、朝鮮人自身が日本人、中国人、ロシア人、他欧米人などの外国人を招き入れているのです。内政不干渉の原則や日本の干渉などよりも、まず、それを先に問題にせねばなりません。

管理人様は、史実はお詳しいようですが、軍事には疎いようです。緩衝地帯の国家が隣国の兵隊の無害通行権を認めた場合、もう一方の隣国に対する戦争行為となり、攻撃を受けても文句は言えません。具体的なケースでいうとポーランドがロシアの駐兵を受け入れた場合、ドイツに先制攻撃を食らっても、ドイツの行為は国際法上合法になります。
朝鮮半島でも同じです。内政不干渉といっても、中(ロ)、日(米)のいずれかの国が朝鮮に進出した場合、朝鮮が防衛行動を取らない状況では、残りの国も朝鮮に駐兵するという行動を取らざるをえないのです。さもなければ、自らを守れません。この問題は、地政学の問題であり、自国の領土保全がかかっており、朝鮮が抵抗する意思を示さない以上、内政不干渉の原則は成り立ちません。

スイス人は、第二次大戦時、領空侵犯したドイツ軍機も米軍機も撃墜しました。下手をすれば、地上侵攻を両軍から受ける危険があったにも関わらずです。朝鮮人に必要なのは、この姿勢なのです。
朝鮮人がスイスのように独立防衛意識が高ければ、日本は内政干渉も派兵も必要なく、軍事物資の支援だけで済み、中国、ロシアも資源もあまりなく貧乏な朝鮮をうかがうことを諦めたでしょう。併合もまぬがれ、日露戦争も日清戦争も起こらなかったはずです。

日本の干渉の有無に関係なく、確実に朝鮮は消滅していたでしょう。そして、日本は朝鮮半島及びサハリンからロシア軍の二正面作戦をうける体勢となり、日本海の制海権も喪失していたでしょう。
極めて不利な状況に置かれてしまいます。軍事学では包囲の形勢は絶対にさけねばならないことで、防衛側は必敗です。仕官学校などでは今もそのように教えられているはずです。当時の帝国陸軍の兵力では防衛し切れなかった公算が高いです。

あなたが当時の日本の為政者ならば、そのようなことが予想されても、なお朝鮮に対する不干渉を貫くことができるのですか?
日本国民の運命を考えたとき、私ならできないことです。

投稿: ツーラ | 2008年12月31日 (水) 03時15分

日本公館が関与した閔妃暗殺は、その後の日韓関係悪化に決定的なダメージを与え非難されるべきだ、といつているのです。
国際法(強者が便利に使う道具として問題はあるが)でも、そんな手段が予防措置として許されているとは聞いたことがありません。
繰り返しますが、これはシリーズの中の一部分です。前も、これからあとも通して見てください。
お説教には、いちいちお答えしません。

投稿: ましま | 2008年12月31日 (水) 07時31分

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