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2008年11月 5日 (水)

反戦・護憲論の行く手3

9条が2章にあるわけ
 今回は、将来のことからはなれて、私の憲法観を話したいと思います。まず、改憲論者がいう現憲法の批判について、それから前回に述べた9条に3項を設けて補強する意味考えてみます。

【占領軍から押しつけられた】
 政府案を作る段階でGHQから相当厳しい注文がついたのは間違いありません。できるだけ旧憲法の微調整ですませたい政府から見て、押しつけられてという表現を使っても間違いではないでしょう。

 また、最近大きく取り上げられるようになった、森戸辰男や鈴木安蔵など民間学者による「憲法草案」がGHQ素案に影響を与えたことや、幣原首相の戦争放棄に関する意見とか、国会審議の中での提案が主要な部分で採用されていることなど、日本人が大きくかかわっていることも事実です。

 この憲法はGHQの案を翻訳したもので、日本語の表現になっていないから、それだけでも作り直すことが必要だ、という人もいます。しかし、直訳ではありません。日本の法文に関してはプロ中のプロである当時の法制局第一部長佐藤達夫氏が、GHQと激しいやりとりをしながら草案をつくりあげたものです。

【しかし国民は反対しなかった】
 総選挙で選ばれた議員による第90帝国議会でこれが審議され、一部訂正の上1946年(終戦の翌年)11月3日に公布するに至りました。この日、宮城前で祝賀都民大会が開かれ、約10万人の市民がソフト帽を振る天皇に歓呼の声をあげました。

 当時中学生だった私も、占領軍に押しつけられたものであることは薄々知っていました。しかし戦時中から見ると、言論であろうと市民の日常生活であろうとはるかに自由になったことを体感しています。また、新憲法がそれを保証するものだという感覚でした。

 しかし、私と同年輩の改憲派はけっこういます。そう言った人たちは当時、敗戦でその地位を失った戦争指導者の子弟だったのでしょうか。私の周りにはあまりいませんでした。押しつけられて不満がある憲法なら、5年後に占領終結・講和発効後直ちに改正の声があかってもいいはずなのに、そのような動きはありませんでした。憲法は年を経るごとに国民生活の中に根をはり、いつしか空気のような存在になったのです。

【前文・第1章・第2章は一体】
 現行憲法は、旧帝国憲法の改正手続きにより成立したものです。つまり、土台に明治憲法があり、それを改正したような形になっています。中味はともかく章の順序などはほとんど同じです。明治憲法では、上諭(天皇の名による序文)が最初にあります。そして第一章が天皇、以下「臣民権利義務」にはじまり立法、行政、司法、会計と続きます。

 現行憲法では、前文、第一章天皇の次が第二章戦争放棄となっており、そのあとの順序は旧憲法と同じです。ではなぜここに「戦争放棄」が入ったのでしょう。それは明治憲法が、第一章天皇の中でで天皇の大権として「陸海軍ヲ統帥ス」以下軍隊に対する天皇の特権をうたっており、新憲法ではそれに代えて戦争放棄条項を持ってきたのではないでしょうか。

 前文は、国民主権と国際平和の二本柱をうたっています。第一章では、天皇の地位を「日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴」といっています。その象徴の意味は何でしょうか。制定当時からいろいろ議論がありました。

 私はそれを「平和」の象徴だとみています。というとハトみたいですが、昭和天皇でいうと開戦を阻止できなかった責任は免れないものの、それまで終始交渉による平和路線に誘導しようとしていたことに加え、捨て身で終戦の決断をしたことの平和指向は疑えません。終戦時に軍部の暴走を抑えられる人がいなかったらと思うと、ぞーっとします。

 天皇制の維持と戦争放棄が、日本政府とGHQの間で交換条件のような関係になっていたというようなことがよく言われますが、イラクやアフガンの現状を見ればわかるように、占領がうまくいくかどうかは、報復と反乱を防止し、円滑な武装解除と治安維持ができるかどうかにかかっていました。

 米軍がどんなに兵力を投入しても、天皇一人の力には遠く及ばなかったでしょう。天皇の存在はまさに国内の平和を象徴するものだったのです。卑弥呼が天皇家の先祖だったかどうかわかりませんが、卑弥呼擁立で国内の紛争をおさめるなど、日本の長い歴史の中で天皇が平和の媒介を果たし、また祈願する立場にいたことは大筋で否定できないでしょう。

 それを受けての第二章「戦争放棄」です。したがって自民党改憲案のようにタイトルを「安全保障」に変え、軍の保持をうたったのではこの位置にこの条文を入れる意味が全くなくなるわけです。もし自衛軍の存在や役割をうたうのなら行政組織としてもっとあとの章にこなければおかしいことになりますが、警察や海上保安庁にも憲法上にそんな条項はありません。

【自衛隊に憲法上の地位をあたえるためには】
 前回提案したように、9条強化の条文を加える中で例えば海外派遣の恒久法を作るとか、基本法を作るとかしなければなりません。現行憲法を生かすためにそれは有効に働くはずです。茶化しているように思う人がいるかも知れませんが、私は、憲法を生かすために必要があれば自衛隊を強化することもあり得ると考えているものです。

 それらについては、次回以降にまわしたいと思います。  
 

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