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2008年11月

2008年11月29日 (土)

ペルリ来航の裏側

 日本が受けた最初の直接的な外圧であるペルリの来航、これをアメリカ側から見るとどうだったのでしょうか。シリーズ「朝鮮・韓国」とも関連するので、ここで見ておきましょう。最初に星条旗をつけた船が日本にやってきたのは1790年で、ペルリより63年も前になります。

 しかしその頃は、北からのロシアを追い払うことに手一杯のほか、長崎で公認されていたオランダ船以外に、イギリス船、フランス船なども頻繁に接近してくるようになります。幕府がアメリカを意識せざるを得なくなったのは、さらにそのあと、アメリカ商船・モリソン号がやってきた1837年(天保8)になってからです。

 モリソン号は民間の船ですが、浦賀に寄港しようとしたところ浦賀奉行の命により砲撃を受けました。次いで鹿児島湾に入ろうとしたが、ここでも砲撃を受け追い返されました。それは、鎖国政策と攘夷論に根ざした文政の打払令に基づく行為です。モリソン号がやってきたのは、交易もさることながら日本の漂流民(音吉ら7人、入国断念)を送り届ける意図があったのです。

 幕府は後になってオランダ領事からこれを聞き、大いに驚きます。これまでの強硬政策だけでは通用しなくなり、道義に反する行為で次ぎに何を強要されるかわからなかったからです。現にそのすぐ後の1840年、清はアヘン戦争でイギリスから侵略を受けています。

 アメリカでもこのモリソン号事件が報道され、大きな反響を呼びました。米国政府は、日本の排他主義を「人道的な善意の行動をさえ許さぬ態度」と激しく攻撃(アメリカ史)し、日本の開国を強く迫る動機となりました。

 モリソン号がやってきたのは、勝海舟14歳、西郷隆盛10歳、篤姫はまだ満1歳になっていない頃です。
ペルリが来航したのはそれから13年後になります。その頃、アメリカは、太平洋横断航路開拓を切望していました。

 目当ては中国における綿製品市場です。日本を寄港地にできれば、イギリスと十分競争できるとみていました。もう一つの大きな目的が捕鯨です。ランプの発明で植物油に代わる燃料として鯨油の需要が急速に伸びたのです。

 大西洋のクジラを捕りすぎ、広く豊かな太平洋に回った捕鯨船は500隻にものぼりました。アメリカの開拓魂は、「神の造り給いし最も大いなる生き物」を追って大洋を旅する勇壮ななりわい「捕鯨」を高く評価していました(『白鯨』)。

 日本の太平洋沿岸近くでも多くの捕鯨船が目撃されるようになります。日本に寄港できないばかりか遭難漂着しても満足な待遇は受けられず、犯罪者扱いされていると思われていたわけです。ペルリの開国要求は、このように必要に迫られていた面があります。

 ところが、開国後まもなく捕鯨業はみるみるうちに廃れました。アメリカで鯨油より安く光も強い鉱物油、すなわち石油が発見され、急速に取って代わったからです。すでに太平洋の鯨も数が減りつつあり、それがなければ絶滅していたかも知れませんね。欧米人の「反捕鯨キャンペーン」は、とても言えた義理ではないと思うのですが。

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2008年11月28日 (金)

インド同時テロ

 なんともまた残忍なテロが起きたものだ。商業都市ムンバイのホテルなど10カ所での攻防は、犯人グループが全員で2~30人ほどだというから遠からず鎮圧され、犯人の背景や目的もある程度判明するだろう。しかし、事件が与える影響は大きく、5大紙はいずれも社説をかかげている。

 事件をどう判断すればいいのか、それらを通読してみた結果は得るところが少なかった。各紙の表題は次の通りである。
朝日=ムンバイ・テロ 新興大国を襲った恐怖
読売=インド同時テロ 経済の中枢都市が狙われた
日経=9・11連想させるインド商都へのテロ
産経=インド同時テロ、国際社会の結束で撲滅へ
毎日=インド同時テロ 不気味な「点と線」を追え

 これを見てわかるように、中味はそのまま報道記事をなぞっているだけで、日本経済への影響に触れたり、インド政府の対策強化期待や、国際協力の必要性をそれぞれの結論としている。読売、産経、日経は単にそれだけ、朝日がインド、パキスタン両政府の協力関係など解説めいた内容を加えているものの、基本的には同じである。

 その点、毎日はひと味違っていた。「点と線」をインド、パキスタン、アフガンに求め、インド以外でもイスラマバードの高級ホテルやカブールの米大使館付近の自爆テロがあったことなど、南アジアにおける最近の不穏な情勢をあげている。

 加えて、アメリカがインドの核兵器保有にお墨付きを与える「インド重視政策」などで、印パ等距離外交が崩れることによる地域安定悪化を問題にしている。私はもう一つ、それにわが自衛隊給油艦が活躍するインド洋をはさんだソマリア周辺の海賊跋扈を加えたい。

 ソマリアもイスラム過激派がからみ、無政府状態の混乱の中にあるが、過去の長い間、アメリカとエチオピアが背後でかかわってきたことは周知の事実である。その点と線は、さらにその先パレスチナまで伸びるかも知れない。

 南アジア各国の政権や国際社会を言う前に、これらがきわめて「アメリカの問題」であることを、あらためて痛感せざるを得ないのだ。

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2008年11月26日 (水)

「鬼が笑う」政局予測

 今の臨時国会が新年早々まで続き、その後通常国会に引き継いで、例のバラマキと評判の良くない定額給付金の第2次補正予算を提案するという。100年に1度の経済危機に「政局より政策だ」という麻生首相の理屈も、このごたごた騒ぎの連続で全く意味を失った。無事に年が越せるかどうかに精一杯の国民にとっては、何度聞いてもサッパリわけがわからない事態が続いている。

 新聞・マスコミもこれまで解散予想を何度変えたことか。いまのところ、今国会での海上給油法案、第1次補正予算などの成立を見た上の1月解散、来年度予算成立が見込める春季解散、さらに任期いっぱいまで最善の時期を選ぶ夏解散など、間延びした3予想がでているようだ。

 アメリカは新春20日に、オバマ大統領の就任式がある。アメリカ国民はこれに新しい夢をかけ、おそらく空前の盛り上がりの中で活気をとりもどすであろう。ブッシュの覇権主義に泣き、オバマ新政策に期待を寄せる世界各国も開放感を味わうだろう。

 日本の新年は、まれに見る閉塞感の中で始まる。政府がくれるお小遣いは、たとえ実現したにしてもお年玉ではなくずいぶん先の話だ。政党で最大の閉塞感を味わっているのは公明党だろう。福田の不人気を麻生で立て直し、早期解散をねらった思惑は、ものの見事に失敗、面目まるつぶれになった。

 「何でも言える間柄になった」はずの太田代表だが、最近は何を言っても聞いてもらえない。だまされたのか、人がよすぎたのか、いずれにしても創価学会のフラストレーションは、爆発寸前なのではないか。自民と連立を解消しないまま選挙に入り、自民が敗北すれば野党となって是々非々でいくしかない。また、公明にとってもそれが一番いいだろう。

 自民の現状は自壊寸前である。来年になってこれが修復され、内閣支持率も発足当時の線までもどる可能性はまずない。それどころか、選挙を民主有利と見れば、選挙を前に分裂する危険さえかかえている。加藤・山崎といったベテラン新党30名か、小泉応援団だった若手・中堅4~50名の新党である。

 民主に接近するのはベテラン新党の方だろう。これに前福田総理まで加わって大連立構想の復活を画策するかも知れない。選挙にわずかでも勝てば民主に選択権があり、いろいろ火種をかかえていそうな若手を選ぶことはまずなさそうだ。

 自民の方も必至の多数派工作をする。国民新党や前原前民主党代表を取り巻く一派をターゲットにするだろう。しかし選挙の終わったあとでは選挙民を裏切ることになり、まして民主が政権を取れるようならわざわざ野党に走るような馬鹿はいない。

 結局民主は分裂することなく、小沢内閣が実現するだろう。一応衆参の多数を確保し安定する。しかし最初から国民の人気がなく、支持率も麻生内閣発足時以下であろう。また、気の緩みからいずれは激しい内部抗争も起きる。そうなると長くは続かず小沢辞任、代表選となる。

 そこで初めて、敗れた方が脱党・新党結成、政界再編第2幕となる。それが1年先か2年先か。日本人の閉塞感は来年中ずーと続きそうだ。世界の動きから何十歩おくれることやら。それが景気の足を引っ張る最大の原因になるかも知れない。心配しても始まらない。来年のことをいうと鬼が笑う。

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2008年11月25日 (火)

朝鮮・韓国10

 昨夕、1968年に静岡県寸又峡温泉で起きた、在日朝鮮人金嬉老による人質監禁事件について、TV特集番組がありました。朝鮮人差別について改めて考えさせられる内容です。その頃から見て差別は改善されているでしょうか。

 私はネットの世界などでは、より悪化しているように思えます。これには、北朝鮮による拉致問題の影響もあると思います。北朝鮮の一般の人に対して、蔑視する気持ちを持たない人が一体何人いるでしょうか。それを持ったままでは、いつまでたっても何も解決しませんし、将来の平和も期待できません。このシリーズを始めた理由がそこにあるという気持ちを、より強くしたドキュメンタリーでした。

変化の兆しを明治維新に見る

 慶応元年(1865)というと、幕府が長州征伐をしかけ、国内各地では打ち壊し続発など、内政でも外交でも幕府の弱体ぶりが露呈する時期です。そんなとき、香港の新聞が、「日本はすでに蒸気軍艦を80余艘ももち、近く朝鮮を征伐しようとしている」という趣旨の情報をのせ、朝鮮にも伝えられました。

 前回、吉田松陰の話をのせましたが、朝鮮の対日疑惑は高まるばかりです。幕府は翌慶応2年5月、朝鮮に対してその流説を公式に否定し、かつ朝鮮の幸福のために使節を近日派遣すると通告しました。朝鮮では、幕府がなぜにわかに使節を派遣するのかその真意を疑い、使節接待の用意ができないとの口実で、幕府の特使来航を拒絶しました。

 当時、朝鮮は侵入してきたアメリカ船を焼き払うなど、攘夷・徹底抗戦のかまえでした。幕府が間に立って仲介、実績づくりをしようとしたのかもしれませんが、大政奉還を目前にしている幕府では、その効果もたかが知れています。朝鮮にとっても迷惑でしかなかったでしょう。

 幕府の使者派遣を朝鮮から断られたまま、慶応3年(1867)12月、王政復古の号令が発せられました。摂政・関白・将軍らの官は、総裁・議定・参与にとって変わりました。微妙な立場にいるのが対馬の大名・宗家です。中世以来日本と朝鮮の間で双方の利益や体面を調整することで、特殊な地位を保ってきた家柄です。

 宗家の役柄は、朝鮮王朝に臣従することで釜山近くに「倭館」をもうけ、許可された範囲の貿易や日本との事務連絡に当たるというものでした。新政府も政治体制変更を伝えたいが、ルートはここしかなく、対馬藩にその任務を課したのです。

 その時の日本の文書に「皇」とか「勅」の字があり、朝鮮側が「この字を使えるのは清の皇帝だけだ」といって受け取らなかった話は有名です。対馬藩の使節は1年近く文書を受け取るようねばったが、応じてもらえませんでした。日本を宗主国・清と同列におく気はさらさらないということです。

 日本にしてみれば、長年にわたって将軍交替の折に朝鮮通信使が来朝、幕府に挨拶したではないか、それが天皇に変わったからストップするというのは、無礼千万と考えたのです。いわばどっちもどっちなのですが、この文書問題がなくても「征韓」の意思が日本国内にあったことは、木戸孝允日記などで明らかになっています。

 文書問題で国交が硬直状態になったため、政府は改めて朝鮮政策を確立する必要を感じました。そこで、明治2年(1869)12月、対馬と朝鮮へ4名の調査員を派遣することにしました。その調査項目は、従来の交際様式、独立の程度、ロシアとの関係、港湾や軍備の状況、内治や経済の状況などがあり、もちろん征韓論の可否をさぐるためでもあります。

 その調査項目の中に「竹島・松島が朝鮮付属になった理由」という注目すべき1項があります。松島というのが、いま領有権問題でもめている竹島のことです。ある人は、「日本側資料で現・竹島が朝鮮領であることを認めているではないか」と言いますが、「以前は日本付属だった」という裏があればこその話で、どちらが有利とはいえない資料です。

  調査報告は、即刻攻略すべしという過激なものと、順序をふんで正常な国交を結ぶよう説得し、それでもだめなら国際公法の権利を行使して攻撃するという2通りのものとなりましたが、どっちにしても征韓論を否定するものではありませんでした。

 このあと、明治政府の政策に反対の立場をとった西郷隆盛などのいわゆる「征韓論」がでるわけですが、一つ付け加えておきたいのは、米英当局や両国の商人は、日本が朝鮮や台湾を支配することは別として、日本の軍事攻撃により朝鮮を開国させることには賛成で、さかんにけしかけていた傾向が見られることです。日本兵を使って死の商人の利益を確保しようというハゲタカぶりは、許せるものではありませんね。

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2008年11月24日 (月)

朝鮮・韓国 9

 徳川時代は日朝関係のもっとも安定していた時期といえます。徳川家に慶弔ごとがあれば「通信使」がにぎやかな行列を連ねて江戸にやってきたことは、歴史でも習いました。そして、日本の知識層を代表する儒学者が一行をたずね、先を争って儒学の先端知識を吸収しようとしたといいます。

 鎖国時代の対外窓口は、西欧の長崎とともに非常に貴重な知識供給ルートだったと思います。今でもそうですが朝鮮の教育熱や国家の入れ込みようは、日本をはるかに上回っていたのではないでしょうか。銅活字普及による諸文献の普及、各種学校の整備、その中には、漢語、蒙古語、女真語、日本語を教科とする司訳院もありました。

 ただ、あくまでも中国に目が向いた官製機構に重きが置かれたため、どうしても権威主義、保守主義の殻が厚くなり、近現代への飛躍に悲劇的な遅れをとったように思います。西欧の帝国主義の脅威と日本におとらない攘夷思想、宗主国・清への過信、王朝の外国依存体質、民衆運動の挫折など、日本の明治維新以降と見比べて見ましょう。

 これまでそうしてきたように、前身「反戦老年委員会」より、出典、資料をそのまま載録する事を許しください。まず、幕末の東亜情勢を年表にしました。

・1840 清国、アヘン戦争でイギリスに敗れ、南京条約締結。これに続いてアメリカ、フランス、ロシアも中国侵犯。
・1844 フランス船、琉球に来て通商を要求。以降毎年のように上記各国船がわが国に近づく。
・1854 幕府ペリーと和親条約締結。ロシアと和親条約、エトロフ、ウルップ島間を国境とする。
・1863 薩英戦争
・1864 英仏米蘭、下関砲撃
・1858 幕府、日米通商条約、蘭、露、英、仏各国と条約締結。
・1860 桜田門外の変。ロシア沿海州を領有、ウラジオストック港を築く。
・1861 ロシア軍艦対馬に上陸、一部を占拠。
・1866 朝鮮、大同江を遡行したアメリカ船を焼払い、江華島占領軍を撃退。
・1867 幕府、朝鮮に使節を送ろうとして失敗。
・1868 江戸開城。天皇、東京遷都。
・1876 日韓修好条約締結(江華条約)。

 日・中・朝鮮ともに、大変なことになっていたわけです。この中で、一日本人の指導者が中国・朝鮮をどう見ていたか、特異な例ですが吉田松陰の例を見ておきましょう。嘉永6年(1853)といえば、ペリーの黒船が浦賀にやってきた年です。小泉・安倍元首相が信奉する松陰が『獄是帳』でこういっています。

「魯・墨(ロシア・アメリカ)講和一定、決然として我より是を破り信を夷狄に失うべからざる。但し、章程を厳にし、信義を厚うし、其間を以て国力を養い、取り易き朝鮮、満州、支那を切り随え、交易にて魯・墨に失う所は又土地に鮮満にて償うべし」

 なんとも強国にはしっぽを振って、貯えた力で弱者に襲いかかろうという豺狼そこのけの露骨な盗賊精神です。もっとも安政6年(1859)刑死する直前になって、「西欧列強に対抗するためには朝鮮、満州、支那およびジャバ、ボルネオ、オーストラリアを訪ね、航海通市以外にない」と力づくの表現は訂正しています。

 松蔭の過激発言が、朝鮮に直接伝わったとは思えませんが、同国から見れば、この頃すでに日本は警戒すべき国のひとつになっていたでしょう。あるいはその後、松蔭が当初予言したとおりになったではないか、という人もいるかも知れません。次回は、幕府が実際にはどういう対朝鮮政策をとったか、に触れる予定です。

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2008年11月22日 (土)

やればできる<クラスター爆弾>

 <クラスター爆弾>「最新型」も導入せず、という政府方針を、毎日新聞は21日付夕刊のトップにかかげた。それによると、現有同型爆弾を全廃したうえで、欧州諸国が維持する「最新型」のクラスター爆弾も今後、導入しない方針を固めたという。

 当ブログでは、クラスター爆弾禁止問題を追い続けてきた。その中で、日本政府は次のように変容していることをのべた。「禁止反対で禁止国際会議に招待されていなかったが、とりあえず参加に転換」→「米軍との共同作戦や米・中・ロなどの参加がなく効果に疑問という理由で反対」→「共同宣言にいやいや参加」→「国会議員の禁止賛成議員団(全体の1割ほどの約50名)などができ、福田首相も禁止条約調印方針に転換」などである。

 しかし、今回の所持爆弾を全廃、今後改良型でも採用しないというのは、日本の国際的立場、外交・安保方針の大転換である。とりあえず下記の年表だけでも見ていただきたい。アメリカの圧力を排除し、防衛庁サイドの「着上陸侵攻」に使うなどという詭弁や、アメリカとしか接触のない近視眼的主張をしりぞけ、ここに至って、イギリス・ドイツ・フランスなど欧州勢より一歩先んじた軍縮実行の先鞭をつけたのだ。

 やればできるではないか。これから先、米・中・ロ・イスラエルなどに忠言する立場に立てるのだ。毎日のキャンペーンだったせいか、各紙の扱いは小さい。購読紙の身びいきは抜きにしても、毎日の功績を大きく評価したい。さらに注文をつけるなら、この政府方針が誰の主導で動いたのか、一連の安倍色払拭なのか、防衛庁があっさり主張を撤回したのは、田母神論文騒動と何か関係があるのかどうか。そこらの背景説明は是非お願いしたい。調印式は来月3日にオスロで行われ、中曽根弘文外務大臣が出席する。

【参考】
 ・クラスター年表
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_1411.html
 ・クラスターと民主党
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_13ee.html
 ・クラスターと民主党2
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_7ded.html
 ・軍縮立国へ
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_e0c0.html
 ・アフガンへは丸腰で
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_a55d.html
 ・自衛隊機キャンセル
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_2eda.html
 ・福田首相を支持する
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_edff.html
 ・公明党の存在
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_694a.html

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2008年11月21日 (金)

MD迎撃実験失敗

 去年の12月18日、「MD迎撃実験成功」というエントリーをあげた。自衛隊の不祥事、効果の薄い金食い虫、イラン等世界情勢の変化、対米従属など、1年たった今でも書こうとすることはほとんどそのまま通用する。今度は失敗である。(毎日新聞11/20)

 防衛省は19日午後4時21分(日本時間20日午前11時21分)、米ハワイ沖で、ミサイル防衛(MD)の一翼を担う海上自衛隊のイージス艦「ちょうかい」(佐世保基地所属)搭載の海上配備型迎撃ミサイル(SM3)の発射試験を実施したが、着弾数秒前に標的の模擬弾道ミサイルを見失い、迎撃に失敗した。 

 これまで16回行った実験のうち、失敗は4度目である。あらかじめ模擬弾発射は予告なしだったというが、しめしあわせての実験であることに相違ない。弾頭の自動誘導機能が米国製で、それに問題があったなど、防衛省は責任回避するようなことを言う。

 そもそも地上100キロ以上の大気圏外を超音速で飛ぶミサイルを、空気摩擦で生ずる赤外線を頼りに追跡するなど、素人考えでも無理なような気がする。よほど好条件のもとでも5発撃てば1発は命中する勘定だ。

 成功率100%のめどがついているのなら、攻撃用兵器ではないということで、共同研究・共同開発もいいだろう。しかし専門家でも疑問視しているのではないか。アメリカ国内にも消極的な意見があるという。そもそも1実験で62億円もかける価値がどこにあるのだろうか。

 三菱重工業が開発しようとしている新型ジェット旅客機2機を、1実験ごとに惜しげもなく海に捨ててるようなものだ。民間企業ならたちまち倒産してしまう。どうせ捨てるなら宇宙・大気・海洋汚染の負荷がすくない札束のままの方がいい。日本は「もうそろそろやめにして、ミサイル軍縮の話に切りかえましょうよ」と、どうしてアメリカに言えないのだろうか。

 だまっていれば、金融危機で財政負担に四苦八苦しているアメリカから、「日本の負担をふやして」といってくるのが目に見えてくる。日本は、国ごと「振りこめ詐欺」にあっているようなものではないか。

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2008年11月20日 (木)

池田内閣

 今日20日は、48年前第29回総選挙が行われた日である。結果は自民296、社会145、民社17、共産3、無所属・諸派6。次の第30回選挙は、3年後1963年の明日にあたる11月21日である。その結果、自民283、社会144,民社23、共産5、無所属12で、いずれも池田勇人内閣のもとで行われた。

 池田首相は、就任後3年4か月たっているにもかかわらず、それほど支持率を低下させていない。悠々と絶対過半数である。いずれも解散の時期をあやまたず絶妙のタイミングだったのだろう。たしかに、安保反対闘争で憤死した岸内閣のあとを受け、左派陣営の虚脱感をしりめに「所得倍増」を打ち出し、高度成長の基礎作りにいそしんだ幸運の総理である。

 そして、最後を東京オリンピックでしめくくっている。いま考えると自民党にとって古き良き時代にうつるだろう。麻生内閣も当初の予定では今頃選挙を終えていたはずである。池田内閣にあやかれるような好結果は望むべくもないが、もうこれからでは無理であろう。

 なにしろ、こんどはお医者さんの神経を逆なでするなど、日替わりで放言が飛び出すようでは、「貧乏人は麦を……」の迷文句の池田さんもさすがに匙をなげるに違いない。

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2008年11月19日 (水)

小春日和の終焉

2008_11130001
[お詫び]前記事で、反戦・護憲論の行く手シリーズを最終回としましたが、振り返ってみるとNo6が抜けていました。バックナンバーはテキストで下書きしていましたが、一度まちがって消去したことがあります。その中に書きかけの原稿があったのか、タイトルに2・26をつけた別原稿の6を見て、次を7としてしまったのか、どうも記憶がないのです。
 
 妄想(もうぞう=劣化した日本語では「認知症」という)になったのでしょうか。あらためて「反戦・護憲論の行く手6・日米同盟の終焉」をバックナンバーに加えましたので、サイドバーで閲覧願えれば幸いです。

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2008年11月18日 (火)

反戦・護憲論の行く手10

しめくくりにかえて
 このシリーズも遂に10回を数えました。仮に1回から辛抱強く読んでいただいた方があるとすれば心から感謝します。と言うのは、護憲というと、自衛隊を肯定的に書くだけで反発される方が多いからです。地球上からあらゆる紛争がなくなり、戦争をする国がなくなれば、当然自衛隊はいりません。

 だからといって、それを夢見てるだけでは憲法を守れません。改憲の国民投票は、国会議員の3分の2で決まります。したがって3分の1を大きく上回る味方が必要です。現状で民主党を100%あてにできないとすれば、公明党はもとより自民党の一部まで味方に引き込む必要があります。

 そのためには現実を認め、そこから一歩ずつ歩を進めていかなければなりません。現実というのは世界そして日本のおかれている現実です。高い障害をもうけてそれを一挙に飛び越えろといっても無理です。私は護憲論者の結集も大事ですが、改憲論者に本当にそれが必要なのか、疑問を抱かせることが大事だと思います。

 2008_11090001 最近刊行された本で、フォーラム平和・人権・環境=編『平和基本法』というのがあります。執筆者は軍事専門家の前田哲男・平和学の児玉克哉・ピースボートの吉岡達也・憲法学の飯島滋明の各氏です。その前置きは私と全く同意見で、そのまま書き写しておきたいほどです。

 ところが後半は、そのために「平和基本法」作ろうという構成になっています。法案の内容は前置きとややちぐはぐな点があり、にわかに賛成できません。巻末に触れられていますが、構想が最初に生まれたのが1993年で、05年から執筆者4人で本格的な討論を始めたとあります。

 そのせいか、基本法に盛り込む原則としてはやや古すぎるのではないか、という点と、4人それぞれの立場を反映した主張がこなれないまま残っているように見えるからです。この「基本法」では、改憲派にとってやはり高いハードルになりはしないかと思うのです。「基本法」に盛り込む基本政策として次の8項目があげられています。

1.非核3原則 1967年 佐藤内閣
2.武器輸出3原則 1967年 佐藤内閣
3.宇宙の平和利用限定原則 1969年 国会決議
4.集団的自衛権の禁止 1972年 内閣法制局
5.攻撃的兵器と軍事戦略の不保持
6.文民統制および市民監視の徹底
7.非軍事的国際貢献の積極的推進
8.「人間の安全保障」の具体的展開

 以上、過去にとりあげられ現在につながっている護憲の精神を、これからも確固として維持・継続していくことは論を待ちません。私の立場は、自民党などの改憲提案に対しこちらも、9条補強改憲案を提案して対抗し、武器使用等の制限は別の法律で定めるというものです。

 それがあれば、安倍、小泉元首相が画策したような解釈改憲は、最小限度この先へ進めないようになり、憲法の規定に基づいて自衛隊の活動が別の立法で合法化されることになります。また、上の諸原則も時代や状況の変化にもとずき、柔軟に解釈することが許されるでしょう。

 これまでのエントリーで「武器輸出3原則」や「宇宙の平和利用」などについての私見を述べてきました。時代の変化により言葉の定義に変化が出たり、技術革新で予想外のことが起きたりすることは往々にしてあります。「基本法」にするということは、それを硬直化し、あれも駄目、これも駄目という自衛隊がもっとも嫌う法律になりがちです。

 さらに、基本法などの恒久立法を持ち出すと、改憲論者はこれを利用して解釈改憲にお墨付きを与えるような対抗案を考えるかも知れません。これならば過半数の賛成でいいことになります。また、非核3原則の「持ち込ませず」など、日米間の密約があるとかないとかで、事実上空文化している既成事実まで合法化してしまうおそれがあります。

 これからの問題として、専守防衛の範囲や国際貢献のありかたなど、個別法に関するアイディアがないわけではありません。しかし、カンボジアやチモール、イラク、アフガンなど、あまりにも事情が違いすぎます。基本法や恒久法でひとつにくくるというのは無理があります。またこれからどんな事態が起きるかも知れません。よほど叡知を絞って考える必要があります。

 護憲・反戦論の行く手を決めるためには、強い意志と柔軟性、そしてチャンスを生かす順応性が必要だということを結論に、ひとまずこのシリーズを終わらせたいと思います。最後まで見ていただきありがとうございました。また、ご意見は、明日の飼料として大いに歓迎いたします。

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2008年11月17日 (月)

反戦・護憲論の行く手9

自衛隊員が元気になる専守防衛(その3)
 金融サミット(G20)が終わり、各新聞は、アメリカが軍事だけではなく経済・金融の面でも一極支配の転換期にきていることを大きく掲げています。もっとはっきり言うと、ネオコンといわれイラク戦争などを演出してきた新保守主義者や、市場原理主義者を取りまきにしていたブッシュの「敗北」といえるでしょう。

 このさき、たとえビンラディンが死んだとしても、アルカイダが解散しても、もはやテロとの戦いでアメリカが勝利したとはいえない状態になっています。アメリカ人の中にはそう思いたくない人もたくさんいるでしょう。日本も敗戦直後は(いや、今でもかな?)、そうでした。

 最近はあまり聞かなくなりましたが、LIC(Low-Intensity Confict)という言葉があります。「低強度紛争」と訳されていますが、テロ、ゲリラ、民族・宗教紛争などをいい、冷戦時代にもありました。これは、第2次世界大戦、東西冷戦で、国家または同盟国間の覇権争を原因とする大量破壊兵器・科学兵器を駆使した近代戦が想定されていたあとの課題として、提起されていたものです。

 ブッシュの父親の時代、すでにこういった研究はある程度進んでいました。湾岸戦争でもクエートからイラク軍を駆逐したものの、さらに攻め込んで独裁者フセインまで打倒すると、この地域が混乱して手に負えなくなるという理由から自制されたといいます(加藤朗『現代戦争論』)。

 ブッシュ息子の失敗で、こういった研究はますます厚みを増すでしょうが、ポストモダンを否定し、東西冷戦で想定した、戦車・軍艦・ミサイルなどでドンドンパチパチやる近代戦争にこだわっている軍当事者や若者か多いようです。マンガの読み過ぎでしょうか。若者ならともかく、空幕長までそうだというのでは困ります。ブッシュ息子もそのけがなかったとはいえないでしょう。

 これからの戦争は、人類の生き残りをかけた、環境・自然災害・貧困・差別との戦いになるのではないでしょうか。自衛隊の国際貢献の場は、無限に広がります。ただし、そこに人民支配または紛争助長のための武器を持ち込むことは、逆効果になるでしょう。LICを含め、日本もまっとうな軍事研究は大いに進めてもらいたいものです。

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2008年11月15日 (土)

反戦・護憲論の行く手8

自衛隊員が元気になる専守防衛(その2)

 毎回繰り返すようですが、自衛隊は海外で軍事行動をしない、という「9条補強憲法」を作っておき専守防衛のルールを作っておけば、日本の安全保障に対してあまり窮屈に考えることはないと思います。日米同盟、つまりもとになる安保条約は、憲法の尊重をうたっているので変えなくても大丈夫です。

 ただ、自衛隊が国際貢献(実はアメリカ貢献)のために、違憲状態になったり、解釈改憲が進んだりするので、2国間の「指針」とか「協定」をしっかり見直してもらえばいいということも言いました。相当大幅な方針転換ですが、日本もこの際「Change」の機会です。吉田・岸元首相のような覚悟があればできるはずです。

 アメリカの一国支配の終焉、ポスト・ブッシュ時代の日米同盟はどうあるべきでしょうか。米軍再編でも一部取り入れられていますが、米軍基地はもっと劇的に減らしてもらいます。司令部も海軍・空軍基地も当然見直しの対象になるでしょう。

 日米の合同訓練というのがよく行われます。これも国民に迷惑がかからず他国の脅威にならないような訓練なら、大いにやるべきでしょう。なにしろ米軍は装備も経験も依然世界一です。自衛隊も大いに勉強になります。それ以外の多数国が参加する訓練など、信頼増進に役立ち大いに賛成です。

 次ぎに、兵器の共同研究・共同開発の問題があります。これは、共同開発したものをアメリカが第三国に輸出したら、武器輸出3原則に触れるという問題がありました。ちなみに、武器輸出3原則とは、佐藤首相の時代(1967年)に決めた、1、共産圏諸国向けの場合、2、国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合、3、国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合 、には武器を輸出しないというものです。

 どんな場合でも、武器を輸出することは「死の商人」のやることですからしない方がいいに決まっていますが、共同開発や技術供与などは、そう気にすることはないと思います。ただし、陸戦隊の代わりに、侵略用人間ロボットの開発となると問題ですね。それより、ライフルや弾薬など小型武器の輸出が、日本は世界で第9位(Wikipedia)だそうで、その方が気になります。この問題は、武器の定義が難しく、結局はケースバイケースにせざるを得ないのでしょうか。

 クラスター爆弾禁止条約の署名式がいよいよ来月3日に行われます。これは、過去当ブログで連続してとりあげたように、爆弾の使途、使用場所でさんざん物議をかもしました。防衛庁を中心に、最初は、米軍との共同作戦に支障を来すといい、後になると、これを専守防衛の爆弾とするため、沿岸線の長い日本で敵の上陸部隊を殲滅するのに効果的という理由で、廃止に反対していました。

 さらに、そうすると、多くの日本国民にも犠牲が避けられないというと、あらかじめ予告して避難してもらってから使うなど、保有の口実も支離滅裂になりました。結局福田首相の決断で、アメリカなどの廃止反対姿勢にもかかわらず、廃止決議賛成に態度を変えて、世界を驚かせました。これからの日本はこうありたいものです。

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2008年11月14日 (金)

朝鮮・韓国 8

 この回は徳川幕府とのつきあいです。以下は、田中健夫編『善隣国宝記・新訂続善隣国宝記』(集英社)所載の、徳川家康あて朝鮮国書を原文から読み下し文にしたものですが、味わいのある文なのでできるだけ原文を生かすようにしました。ただし、実際は対馬の大名・宗義智が改竄したものだといいます。宗家は両国をとりもつため、幕府の体面をたてるながら、朝鮮王朝に独自の朝貢をして対話の道を残すなど、命がけで仲介役を果たすのを常としていました。

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 朝鮮国王李 えん(日へんに八の下口)
 日本国王殿下に書を奉る
 交隣は道有り、古よりして然り、
 二百年来海波揚らざる(平和が続く)は何ぞ
天朝のたまものに非ざるはなからんや、
 しかして敝邦(我国)またいずくんぞ
 貴国にそむかんや、壬辰の変(秀吉の出兵)、
 故なくして兵を動かし、禍を構え惨を極む、
 しかも先王の丘墓に及ぶ、敝邦の君臣、痛心
 切骨す、義
 貴国と共に一天を戴かず、六、七年来馬島
 (対馬)和事を以て請をなすといえども、
 実に敝邦の恥ずる所なり、承り聞く、今は
 貴国、前代の非を改め、旧交の道を行うと、
 いやしくも斯の如くなれば、すなわちあに
 両国生霊の福にあらずや、故に使价を馳せ
 以て和好のしるしとなす。不腆の土宜は、
 つぶさに別幅(土産品目録)に載す、盛亮
 をこいねがう。
 万歴三十五年(1607)正月  日
 
 朝鮮国王李 えん(日へんに八の下口)
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 書式に注意して見ましょう。「日本国王」とか「貴国」という場合は、行を変え上に持ってきて敬意を払っています。「天朝」だけがそこからひとつ飛び出していますが、まちがいではありません。明の王朝のことです。「事大主義のおかげで」といっているのです。日本に敬意は払うが、明の方が上だよ、という意思表示です。

 さらに中味を見ると、「共に天を戴かず」とか「非を改めれば」という強い言葉も残しています。しかし、家康はこれを喜んで迎え国交正常化を進めました。そして徳川時代を通じて鎖国の例外としました。

 上の文書には、外交交渉の機微が実によく出ています。「貴国、前代の非を改め」という、今で言えば村山談話を認めるような態度ですが、家康が「自虐史観だ」などという話は聞いたことがありません。

 肩肘をはって強がりをいうことがだけが愛国心ではありません。国と国民の本当の利益のため、平和を維持する外交がいかに大変かが実感できる文書です。

 投稿日 2006-07-20 「反戦老年委員会」記事を加筆再録|

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2008年11月13日 (木)

統幕学校講師、表面化

 本日(11/13)午前、参議院外交防衛委員会が開催された。この前の田母神参考人招致のこともあり、あまり期待していなかったが、テレビ中継であまり見聞きしたことのない光景を目にした。それは共産党の井上哲士委員と防衛大臣・総理大臣とのやりとりの中で生まれた。

 議事録ではないので正確ではないが、質問の要旨はおよそこんな事である。

 質問:(書類資料を示しながら)統合幕僚学校のカリキュラムに「大東亜戦争史観」や「東京裁判史観」などずあるが、その講師の欄が黒塗りされているがなぜか。
 答弁:講師本人の了解を得ないで公表するのはいかがなものか、という配慮をした。
 質問:黒塗りして公表しないということは、よほどやましいことがあるからか。問題の重大性からみても国民の前に明らかにすべきではないか。委員長には、当委員会に名簿を提出するよう要求する。

 びっくりしたのはこの後である。委員長はたいてい事務的に「ただいまの件は理事会に諮り善処致します」などというのが通例だが、民主党の北澤俊美委員長は一段と声を張り上げ、やや怒気をこめた口調で井上委員の主張を肯定し、本人の了解などの口実は当たらないという発言をした。

 いずれ「新しい教科書を作る会」などのメンバーの名が上がってくるだろう。麻生首相の集団的自衛権行使の憲法違反発言を引き出したり、文民統制の徹底化と田母神前空幕長の発想に否定的な見解を示すなど、安倍右傾化路線がアバグループ・・・じゃない、アバかれ、クサビをさせたのは、田母神前空幕長の思わぬ功績である。

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2008年11月12日 (水)

反戦・護憲論の行く手7

自衛隊員が元気になる専守防衛(その1)
 「日本の国は良い国だった、と言ったら解任されてびっくりした」、その通りです田母神さん。ただ、「日本は滅亡寸前の国になるような失敗を反省し、戦争放棄の憲法を持ってこんな立派な経済大国になった良い国です」と言えば良かったのです。

 憲法を改正しないと、自衛隊員が元気になれない、外国に出ていってそこの人を「膺懲(ようちょう=こらしめる=昭和12年8月政府声明)」してもいいように改正すると元気になる、そんな馬鹿な自衛隊員はいませんよねえ。

 これまでに、憲法9条に「法律で決めない限り、外国に行って武力行使をしたり、それで脅迫してはいけない」という、第3項を付け加える提案をしました。これを仮に「補強憲法」としておきましょう。その上で、皆さんのように北朝鮮と中国を敵と考えて「専守防衛とは」を想像します。

 あらかじめおことわりしておきますが、私は軍事問題に弱く、系統的、専門的な話はできません。もし間違っていたら教えてください。最初はミサイル防衛問題です。ご存じのように、簡単に言うと偵察衛星やイージス艦や国内にある監視基地などで、敵のミサイル発射を探知します。

 それを、別のミサイルで、打ち上げ直後、途中の大気圏外、着弾段階などで撃破するという、日米の共同作戦があります。偵察衛星はこれまでアメリカに頼っていましたが、日本独自のものが現在4基宇宙を飛んでいます。

 これは、厳密に言うと1969年の国会決議「宇宙の平和利用限定原則」に反するおそれがありますが、2003年、この打ち上げを閣議決定で実施に移しました。私は、これを専守防衛・平和衛星だと思います。なぜならば、宇宙を飛んで写真をとっているだけなら、その国民に何の危害も与えないからです。

 そう言えるのも、専守防衛の「補強憲法」があればこそです。その国の軍部にとっては面白くないことでしょうが、攻めてくるはずのない国のものなら仕方ありません。打ち落としたいところでしょうが、日本に監視されていると思えば、むやみにミサイルを配備したり照準を合わせるのを遠慮するでしょう。

 一方、日本に現在配備されている弾道ミサイル防衛システムのことですが、これも日本の領域内で迎撃するなら専守防衛の範囲内と解釈できそうです。ただ問題は日本のミサイル攻撃能力です。たくさん作れば当然相手もそれだけの軍備を拡張するはずです。

 ミサイルによる先制攻撃は、論外としても、打ち込まれたあとその発射基地を反撃爆破することすらできないのか、というと悩ましいことになります。日本が長距離ミサイルを作る必要はなく、作るべきではないと思いますが、当然作る能力はあります。わざわざ「将来にわたって絶対作らない」などという必要はないでしょう。これは核兵器についても言えます。その方が専守防衛や軍縮交渉に役立つと思うからです。

 このほか、核弾頭をつけないが化学兵器などをつけた、中・短距離ミサイルなどは防ぎようがないとか、中国からアメリカへ飛んでいく大陸間弾道ミサイルを日本が打ち落とせるか、などの問題がありますが、ミサイルに限らず、兵器を通じて先端技術の研究・開発に当たることは必要で、日米同盟改定の大きな宿題となるでしょう。

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2008年11月11日 (火)

李明博大統領に注目

 オバマ次期米大統領に世界の耳目が集まっている時、韓国の李明博(イミョンバク)韓国大統領は、毎日新聞・朝鮮日報・英国のタイムズの記者と会見し、記者の質問に答えて次のように答えた。(毎日新聞11/11)

 アジア通貨問題については、ドルの世界的な地位が低下したので、ユーロのような単一通貨が必要だ。欧州連合(EU)をみると難しい危機を乗り越えて単一通貨が実現した。韓中日が単一通貨に合意すれば、アジアに広げるのは難しくないだろう。これから時間はかかるだろうが、日本の役割が大きいと考える。

 これまで、ASEAN+3などで話に出たことはあるだろうが、福田前総理が東アジア共同体に言及して以来、共通通貨にまで踏み込んだ発言を聞いたのは、私の知る限りこれが始めてである。当ブログではかねて、究極の平和・安全保障対策として日中韓の共同体指向がどうしても必要であると主張してきた。

 李氏は1941年、大阪に生まれ戦後もの心のついた頃韓国に帰国、苦学して高麗大を卒業、現代グループの建設会社社長を経て政界進出を果たした。ソウル市長時代は高速道路をもとの河川に復活させたことで有名だ。大統領に当選して来月で1年目を迎える。

 この間、北朝鮮との関係冷却、アメリカのBSE牛肉輸入問題などで揺さぶられ、竹島問題に火がつきそうなこともあったが、いずれもバランスのとれた冷静な対応で切り抜けてきた。それらは、いずれも問題をないがしろにするのではなく、卓越した経営感覚と将来を見据えた国際認識から来るものであろうか。

 ひるがえってわが日本であるが、このところわがブログはすっかり「自虐ブログ」になってしまった。今日の毎日新聞から拾ってみよう。ジャパンパッシングはこんな調子だ。

 「米海軍の攻撃型原子力潜水艦、事前通報義務をうっかり忘れて沖縄うるま市沖に寄港」。「海上自衛隊の特別警備隊(北朝鮮の不審船問題で創設され、最近格闘訓練というイジメがあって隊員が死亡した)が、当初同盟国の米海軍に協力を求めていたが断られ、英軍の講師を招いた」。 

 今週末ワシントンで開かれる金融サミットG20で、世界各国の責任ある提言が求められている中、同紙の社説は、その結論をこう締めくくっている。

 世界第2の経済大国、日本は、国内の政治日程や定額給付金をめぐるどたばたに明け暮れている。主要な国際協調の場が「G8」から「G20」にシフトしようとしている中、この体たらくでは、ますます存在感が薄れてしまうだろう。

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2008年11月10日 (月)

田母神と2・26連想

 最初は「なんと軽率な」という程度にしか感じなかった。しかし、その後続報が入るにつけ、「これは2・26事件に似ているな」と思える点がいくつもでてきた。それは、田母神前空幕長が02年12月から04年8月まで、統合幕僚学校長を務めていたという報道がヒントである。

 2・26事件の事実上の主導者は、陸軍皇道派で参謀次長から教育総監に転出した真崎甚三郎である。その前にも士官学校に長く、最後は校長を務めて皇国思想・天皇機関説排撃などを、若手にさんざんたたきこんでいた。

 田母神も、空自幹部学校の機関誌に「航空自衛隊を元気にする10の提言」を執筆し、さかんに、日本は戦争で悪いことをしていない、むしろ数々の優れた施策をしてきたなどと、自衛官に国粋的優越感を持たせる提案をし、それに基づき統幕学校に「国家観・歴史観」の講義が開設されたという。

 これは、なんとなく2・26事件の決起趣意書に見る、神権優越・国体発揚という発想と相通ずるものを感じてしまう。毎日新聞によると、田母神は「私の考えは理解されている」と2人の元首相の名を挙げ、防衛省幹部をあわてさせたとある。

 元首相の一人は森喜朗氏で、同氏は幹事長時代「村山談話」のとりまとめにかかわったことがあり、森周辺からは否定的な声があがっていることを同紙は伝えるが、もう一人の首相名は伏せている。まあ、フツーの人なら言われなくてもわかるけどね。

 これも2・26決行の青年将校が、軍の幹部や天皇ならわかってくれているはずだと信じていたことに似ている。結局、田母神は黒幕・真崎と青年将校を兼ねているように存在で、周辺に共鳴するような空気があったり、自らの上部組織を破壊する行為をしておきながら自説を曲げないというのもそっくり、やはり一種のクーデター未遂である。

 明日、国会の防衛委員会で田母神の参考人質問があるようだが、文民統制無視や規律の乱れを議員から徹底追求して欲しい。2・26はこれで国がひっくり返ったのだ。内閣がひっくり返るだけのことは十分にある。

 こういった隊員教育が組織的に行われ、それに何人かの学者やジャーナリストが講師として協力していたそうだが、そういった常連メンバーも大体見当がつく。それに対して公然と過ちを指摘し、論戦を挑む学者が見あたらないのはなぜか。あるいは、いてもマスコミが取り上げないのか。

 2・26で敢然と直言批判を展開した河合栄治郎東大教授、朝日・毎日など大新聞の記事自粛を尻目に最後まで筆鋒鋭く迫った『時事新報』の存在こそ、今日、求められているのである。
 

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2008年11月 9日 (日)

反戦・護憲論の行く手6

日米枢軸の終焉
 日本では、安倍・福田・麻生と元宰相の2世、3世の首相が3代続きました。アメリカでも、ブッシュ・ジュニアが8年間大統領の職にあり、まもなくチェンジを叫ぶオバマ氏に取って代わります。世襲というと北朝鮮を思い出しますが、これとは違った意味で日米に於ける民主主義の劣化を痛感します。

 別に先祖が誰であろうと、政治家になってはいけない、宰相になってはいけないというわけはありませんが、とりまきの影響を受けやすい、空気が読めない、芯が細く挫折するともろい、など、失政の原因に共通点があるように感ずるのです。

 ブッシュの政策の裏には、軍事を優先するネオコンの存在があり、新自由主義という経済支配の世界戦略がありました。こういった気運を生んだのは、私の独断ですが冷戦時代の発想が底流があるからではないでしょうか。

 つまり「悪の帝国ソ連」のかわりに「凶悪なテロリスト」を持ってきて、共産主義、社会主義の対極に市場原理万能の「新自由主義」を置き、それでアメリカ国民の心情をつかまえることに成功したということです。しかしその反面、「愛国者法」などで国民の自由・人権が制限され、金融商品や原油価格対策に手をつけないことで、自国民だけでなく世界の経済を破綻させました。

 日本でも、中国、北朝鮮、ロシアが共産国だと信じ、あるいは信じていなくても異質なものとしてとらえる気運があります。しかし、これはアメリカ政府の考えの中からも消えつつあります。麻生首相が以前から唱える「価値観外交」というのも、上記3国を排除するものだ、と批判的に見る人はすくなくありません。

 ただ、小泉・安倍首相時代から郵政民営化、規制緩和が加速し、教育基本法、有事立法などで国民の権利や自由を制限する方向に向いたのは、憲法軽視のあらわれでありやはり民主主義政治の劣化といえるでしょう。アメリカのブッシュ政治に連動した動きです。

 こんどオバマに変わると、外交政策はどうなるのでしょうか。変わるという人もいれば、結局大きく変えられない、日本にとってはむしろ厳しい姿勢をとるなどという人もいます。私もすぐには変えられないと思いますが、ブッシュとは明らかに違います。

 それは、ブッシュが「テロリスト・テロ支援国家とは交渉しない」としていることに対し、オバマは「話し合いをする」という方向を向いているからです。たとえば、イラクからは早期に撤兵して、アフガンに増派するといっていますが、これは、パキスタン、アフガン政権と話し合えば、すくなくとも、実戦部隊の増強については、考え直すと思うからです。選挙戦中は「弱腰」という批判を避けるためだったのではないでしょうか。

 いずれにしても、ブッシュ以降も日米枢軸が続き、何でもアメリカの言うとおりにしていればいいのだという「楽な」外交の時代はもう終わりです。仮にそれに変わる新方針が立てられないことにれば、日本は経済の面でも途上国以下で甘んじなければならないでしょう。

 日米同盟を洗いなおし、日本の新たな針路を打ち出してそれを実現できる政治家が出現すれば、世襲であろうと自民党であろうとまっさきにその人を応援します。

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2008年11月 8日 (土)

反戦・護憲論の行く手5

 前回、「非武装中立論」を否定しました。非武装の構想は、米ソの厳しい対立という冷戦の二極構造の中で生まれたものです。その後米国の一極支配体制tが世界を覆ったものの、軍事・経済の両面からあっという間に崩れ去って、オバマ民主党政権のもとで「チェンジ」が計られようとしています。

 その間隙を縫って、ロシアは復権をねらい新しい動きをしはじめています。複雑な多極化時代が来そうな気配です。それを過去の冷戦時代から一歩も出ないような神経で、「価値観を共にする」とひとりよがりの旗をかかげ、「日米同盟があるから守ってもらえる」などと、のんきなことを言っていていいんでしょうか。

 私は、日本の安全は、現憲法を厳守・補強することと、専守防衛と国際協力を任務とする自衛隊の存在で守れると主張してきました。もちろん解釈改憲も集団的自衛権もダメです。そして世界の軍縮の先頭に立つことを望みました。そのための第一歩は何か、これが前回の宿題です。

日米同盟見直し、今がチャンス

 そうです。日米同盟です(このブログ右サイドバーのインデックスから「漂流する安保」シリーズや、「日米同盟年表」の記事も参考にしてください)。基本になる安保条約は、1960年以降一度も改定していません。その中には「憲法上の規定に従うことを条件に」というしばりもあります。

 裁判を起こされるほどのきわどい条約ですが、条約そのものはまだ憲法への配慮がありました。それが1997年9月の「日米防衛協力のための指針」による見直し、さらには2005年から2006年にかけて立てられた日米共通戦略目標や基地再編最終合意(ロードマップ)で、条約本体はおいてけぽりにされ、自衛隊と米軍の一体化が進みました。

 それでも今ならまだ間に合います。「日米安保条約解消」などというのではなく、できるところまでバックさせ、指針や協定や目標の見直しから始めてください。しかしこれは、アメリカが築き上げてきた既得権や世界基準をゆるがせたくないということで、困難な交渉となるでしょう。

 たまたま、今日11月8日付毎日新聞で、伊藤智永外信部記者がこういっいいます。

 米国民の多くは、今やブッシュ時代を「間違っていた」と考え、オバマ氏を選んだ。日本以外の同盟国も、それぞれブッシュ路線と確執を抱え、オバマ氏の「変革」に期待を寄せる。
 同じ時期の日米関係を、外務省は「戦後最良」と自賛してきた。(略)今、日本だけ反省もなく「誰が大統領でも同盟は不変」なわけはなかろう。(略)

 保守合同で自民党を結成した岸信介は、自ら政権を担うや、及び腰の外務官僚を尻目に敢然とこれに挑む。米側が一転して交渉に応じたのは、岸を指導者として高く評価していたのが理由の一つだ。

 第一次安保条約の締結交渉に当たった吉田茂首相も、折から起こった朝鮮戦争と東西対決が深刻さを増す中で、アメリカからの再軍備要請を警察予備隊新設などで巧にかわし、また、憲法改正の要求も当時の情勢を逆手にとって拒みつづけました。

 いま考えると、アメリカにとって、英国仕込みの外交手腕のある扱いづらい、また土性骨のすわった政治家だと思われたことでしょう。それぞれ昨今の首相のお爺さまがたは、歴史に残る立派な政治家だったと思います。

 新しい日米関係をうち立てるのは、今の時期をおいて当分来ません。それによって日本の将来の世界での地位も定まってくるでしょう。そういったことのできる大政治家は、求める方が無理なのでしょうか。それもこれも、戦後教育が悪かったせいでしょうか。

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2008年11月 7日 (金)

反戦・護憲論の行く手4

 私はこれまで護憲派は、9条に「③公務員は、法律に定めがある場合をのぞき、武器を携行し、または利用して外国または日本国領土以外の地域で行動してはならない」という、改憲案の対案を持つべきではないかと主張してきました。

 こうしておけば、この条項の精神に反する立法が困難となり、恒久法を作るにしても厳しい制限が課せられることになるでしょう。ただ、この改正案で3分の2の議員の賛成を得るというのは困難かも知れません。あくまでも自民党が意図するような改憲案と、二者択一で国民に意見を聞けるというところがミソです。

 自衛隊をどうする

 次ぎに自衛隊の存在についての考えです。自衛隊の現状が違憲的存在であることは肯定できます。田母神前航空幕僚長の懸賞論文が、はしなくも内部からそれを証明しました。政府与党はこのことをよほど深刻に考えなくてはならなくなるでしょう。このような自衛隊ならば即刻解散が必要です。

 社民党は、自衛隊を改編・解消して非武装を目指しています。共産党も3段階に分けていますが最終的には解消です。自衛力は持たなくてもいい、そのような理想郷が近い将来実現するでしょうか。私も昔、社会党の非武装中立論を支持していた時代がありました。

 しかし、アメリカのイラク進攻、北朝鮮の核・ミサイル実験などを見るに及んで考えが変わりました。核や武力を公然と脅迫に用いる国があるからです。また、領海・領空侵犯や工作船などということもあります。憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正」を信頼して自衛の決意をする時代には、まだほど遠いと感じたのです。

 私は、日本が攻撃を受ける危険性を大きくいって二つ考えています。一つは日本にある米軍基地が標的になることです。日本側に攻撃を受ける理由がなくても米軍にあれば、必然的に交戦状態になります。もう一つは、日本に自衛力がなく、日本人にも一致団結して国を守る意思がない時です。

 日本が厳格に憲法を守り、強い専守防衛の自衛隊を持っていれば、なにも犠牲をおかしてまで計算の合わない攻撃をしてくるはずがありません。その場合米軍基地があることは、マイナスにこそなれプラスにはならないと思います。

 昔、防衛力に対して「戸締まり論」というのがありました。自衛隊で戸締まりをし、泥棒を防ぐというわけです。朝鮮や中国の歴史を見ていると、戸締まりのないことが周辺勢力の侵略を奨励する結果になったり、内部分裂で侵略者を導き入れたりするケースがいかに多かったかを知りました。

 前回、自衛隊は必要だ、といったのはこういう事からです。では強い防衛力とは、専守防衛とはとは何かということになりますが、それは別の機会にゆずることにし、この防衛力を梃子に日本は、世界の軍縮の先頭に立てるということを言っておきましょう。その第一歩を何から踏み出すかは、宿題にしておきたいと思います。

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2008年11月 6日 (木)

オバマ時代幕開け

 いよいよオバマの時代が来た。民主党と共和党、たいした差はないというのがこれまでのアメリカの評価だった。しかしオバマはアメリカ初の黒人大統領である。そして、ブッシュの周辺にとぐろを巻いていたネオコン・スタッフは去り、レーガノミクスの延長線で生まれて、世界の経済を危機におとしいれた金融資本主義は見直されようとしている。

 これまで発言を控えていた世界各国の指導者達は、対敵関係にあった国を含め一斉にオバマを歓迎のコメントを発表した。浮かない顔をしていたのは、ロシアとわが麻生総理ぐらいである。アメリカに媚び、ひたすら追随を続けた小泉の時代は終わったのだ。そこから抜け出せない麻生に出る幕はない。

 「アメリカの外交政策を見極めて……」ニュースで繰り返される日本当局者の発言はこれだ。すなわち外交ビジョンがない、「アメリカさまの鼻息をうかがっていから考えます」なのだ。政治課題となるだろうアフガンへの協力、北朝鮮政策もひたすら新政策まちの有様。

 オバマは偉大なる政策ビジョン、外交にはタイムテーブルまで訴えてアメリカ国民の心をとらえた。日本には残念ながら、民主党を含め野党にもその構えがない。日本にはチェンジに無関係なのだろうか。世界やアメリカの高揚から取り残されてしまうのだろうか。

 大統領就任までまだ2か月ある。その間、日本では総選挙をにらんだ国会での攻防がある。そこに、日本の進むべき新外交政策が打ち出されることにかすかな望みをつなぐが多分無理だろう。こうなったら総選挙は当分延期し、政界再編と新しい外交政策を持った指導者の出現を待つしかない。

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2008年11月 5日 (水)

反戦・護憲論の行く手3

9条が2章にあるわけ
 今回は、将来のことからはなれて、私の憲法観を話したいと思います。まず、改憲論者がいう現憲法の批判について、それから前回に述べた9条に3項を設けて補強する意味考えてみます。

【占領軍から押しつけられた】
 政府案を作る段階でGHQから相当厳しい注文がついたのは間違いありません。できるだけ旧憲法の微調整ですませたい政府から見て、押しつけられてという表現を使っても間違いではないでしょう。

 また、最近大きく取り上げられるようになった、森戸辰男や鈴木安蔵など民間学者による「憲法草案」がGHQ素案に影響を与えたことや、幣原首相の戦争放棄に関する意見とか、国会審議の中での提案が主要な部分で採用されていることなど、日本人が大きくかかわっていることも事実です。

 この憲法はGHQの案を翻訳したもので、日本語の表現になっていないから、それだけでも作り直すことが必要だ、という人もいます。しかし、直訳ではありません。日本の法文に関してはプロ中のプロである当時の法制局第一部長佐藤達夫氏が、GHQと激しいやりとりをしながら草案をつくりあげたものです。

【しかし国民は反対しなかった】
 総選挙で選ばれた議員による第90帝国議会でこれが審議され、一部訂正の上1946年(終戦の翌年)11月3日に公布するに至りました。この日、宮城前で祝賀都民大会が開かれ、約10万人の市民がソフト帽を振る天皇に歓呼の声をあげました。

 当時中学生だった私も、占領軍に押しつけられたものであることは薄々知っていました。しかし戦時中から見ると、言論であろうと市民の日常生活であろうとはるかに自由になったことを体感しています。また、新憲法がそれを保証するものだという感覚でした。

 しかし、私と同年輩の改憲派はけっこういます。そう言った人たちは当時、敗戦でその地位を失った戦争指導者の子弟だったのでしょうか。私の周りにはあまりいませんでした。押しつけられて不満がある憲法なら、5年後に占領終結・講和発効後直ちに改正の声があかってもいいはずなのに、そのような動きはありませんでした。憲法は年を経るごとに国民生活の中に根をはり、いつしか空気のような存在になったのです。

【前文・第1章・第2章は一体】
 現行憲法は、旧帝国憲法の改正手続きにより成立したものです。つまり、土台に明治憲法があり、それを改正したような形になっています。中味はともかく章の順序などはほとんど同じです。明治憲法では、上諭(天皇の名による序文)が最初にあります。そして第一章が天皇、以下「臣民権利義務」にはじまり立法、行政、司法、会計と続きます。

 現行憲法では、前文、第一章天皇の次が第二章戦争放棄となっており、そのあとの順序は旧憲法と同じです。ではなぜここに「戦争放棄」が入ったのでしょう。それは明治憲法が、第一章天皇の中でで天皇の大権として「陸海軍ヲ統帥ス」以下軍隊に対する天皇の特権をうたっており、新憲法ではそれに代えて戦争放棄条項を持ってきたのではないでしょうか。

 前文は、国民主権と国際平和の二本柱をうたっています。第一章では、天皇の地位を「日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴」といっています。その象徴の意味は何でしょうか。制定当時からいろいろ議論がありました。

 私はそれを「平和」の象徴だとみています。というとハトみたいですが、昭和天皇でいうと開戦を阻止できなかった責任は免れないものの、それまで終始交渉による平和路線に誘導しようとしていたことに加え、捨て身で終戦の決断をしたことの平和指向は疑えません。終戦時に軍部の暴走を抑えられる人がいなかったらと思うと、ぞーっとします。

 天皇制の維持と戦争放棄が、日本政府とGHQの間で交換条件のような関係になっていたというようなことがよく言われますが、イラクやアフガンの現状を見ればわかるように、占領がうまくいくかどうかは、報復と反乱を防止し、円滑な武装解除と治安維持ができるかどうかにかかっていました。

 米軍がどんなに兵力を投入しても、天皇一人の力には遠く及ばなかったでしょう。天皇の存在はまさに国内の平和を象徴するものだったのです。卑弥呼が天皇家の先祖だったかどうかわかりませんが、卑弥呼擁立で国内の紛争をおさめるなど、日本の長い歴史の中で天皇が平和の媒介を果たし、また祈願する立場にいたことは大筋で否定できないでしょう。

 それを受けての第二章「戦争放棄」です。したがって自民党改憲案のようにタイトルを「安全保障」に変え、軍の保持をうたったのではこの位置にこの条文を入れる意味が全くなくなるわけです。もし自衛軍の存在や役割をうたうのなら行政組織としてもっとあとの章にこなければおかしいことになりますが、警察や海上保安庁にも憲法上にそんな条項はありません。

【自衛隊に憲法上の地位をあたえるためには】
 前回提案したように、9条強化の条文を加える中で例えば海外派遣の恒久法を作るとか、基本法を作るとかしなければなりません。現行憲法を生かすためにそれは有効に働くはずです。茶化しているように思う人がいるかも知れませんが、私は、憲法を生かすために必要があれば自衛隊を強化することもあり得ると考えているものです。

 それらについては、次回以降にまわしたいと思います。  
 

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2008年11月 3日 (月)

反戦・護憲論の行く手2

対案のない護憲のひ弱さ
 「護憲」とは、憲法の改正をさせず守っていこうということです。いわゆる「護憲勢力」というのは、ずーとこの考えできました。自民党はすでに改憲案を持っており、改憲勢力は力を蓄えてきました。このところ、9条の会を標的にしながら草の根レベルでの勢力拡大をねらって攻勢をかけてきています。

 スポーツでもそうですが、「守る」だけで「攻め」の決め手を持たなければ決して勝てません。残念ながら、現在「護憲」を標榜している政党も、安全保障に関する政府の提案に反対するだけで、具体的な対案など見たことがありません。

 「平和基本法」などという構想を聞いたことがありますが、これに関してはいずれ触れる機会があるでしょう。しかし基本的には「自衛隊の段階的に縮小」などというだけで、政党の伝統的な政策を変更する気配が感じられません。社民党などは、手紙やメールで何度政策提言や問い合わせをしても、これまで一度も返事がいただけませんでした。

 かりに、そのような官僚的な体質で市民を無視し続けるようなら、政策への影響力はおろか、改憲阻止にどこまで本気なのかを疑われてもやむを得ないのではないでしょうか。「絶対に許せません!」といっても「許してくれなくてもいいよ」と言われるだけのことです。

 ただし、最近「平和憲法を生かす」といった傾向が定着してきたことは、最近の世界の動向を先取りするものとして大賛成です。政府の解釈改憲や集団的自衛権行使(米軍と一体になった軍事行動)を阻止する意味で「平和基本法」や「恒久法」を考えるのも一つの方法でしょう。

 しかし、その内容が現状を否認する内容となれば過半数獲得がむつかしく、また時の政権が簡単に内容を改正できるようなものでは、解釈改憲にお墨付きを与えたようなものになるので不安が解消されません。そこで、当塾がすでに提案してきた事ですが、憲法第2章「戦争放棄」に第3項をもうけ、次の文言を入れたらどうでしょうか。これは解釈改憲を封ずるための大前提で、自衛隊の任務や行動はこれをもとに必要な法整備すればいいのです。

  ③公務員は、法律に定めがある場合をのぞき、武器を携行し、または利用して外国または日本国領土以外の地域で行動してはならない。

 これで、改憲提案への“対抗軸”ができます。ただ「守る」だけではなく、「攻め」の道具として国民にもかりやすい説明ができます。日米同盟も両国の憲法を尊重するという取りきめが最初からあり、変な方向に曲がりかけた協定を粘り強く是正すればいいのです。

 前回とりあげた、田母神航空幕僚長が懸賞論文でいった「侵略戦争は濡れ衣だ」といった弁解も、外国の地に軍隊が長く居座り(たとえ合法的で経済的にプラスがあったとしても)、現地人が侵略だといっているのだから侵略でしょう。こんなはっきりしたことはありません。

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2008年11月 1日 (土)

反戦・護憲論の行く手 1

 「反戦老年委員会」の名で2年半、それを閉鎖してこの名で約1年、「反戦」を標榜したブログを既に3年半続けてきました。終りを決めたわけではないので、これからも続けようと思いますが、この間新たな見聞も増え、自分の考えも微妙に変化してきています。

 ここらで、一旦考えを整理しておくことも必要なのではないかという気がして、新シリーズをスタートさせました。しかし日々書き下ろすことになるのであくまでも結論ではなく、留め書きということにしておきたいと思います。

 最初のテーマは、
愛国心なくして反戦・護憲をいう資格なし

です。戦争論でよく見るのですが、国家があるから戦争が起きるという考え方があります。つまり国の体裁として軍隊があるのが当たり前(普通の国)で、それが動きやすいように(緊急事態を想定した)特別の法律を作り予算もつける、いわば公認の暴力装置を持つことから話は始まります。

 軍隊は、常に仮想敵国を決めておき、それに負けないよう人員や装備を調えます。そして新兵器(究極は核兵器)を開発し、日々訓練につとめます。こういった仕組みを作ると、その存在を無駄にすることはできません。機会があればいつか試してみたい、という気持ちがおきることは、かつて内部にいた人も告白しています。

 原爆やミサイルといった物騒なものは、国家がなければ作ることができません。国や国境がなくても小競り合いや殺し合いはあるでしょう。だけと非戦闘員が大量に意味もなく殺される近代戦のようなことは、文明が発達するにつれなくなるはずです。

 だから国をなくしてしまえ、というのが、戦前徹底的に取り締まられた無政府主義です。だけど人間は集団を作らないと生きていけません。村があり都市がありお互いに協力し合える単位としてやはり国は必要です。改憲派は「国民を守るために軍隊は必要だ」といいます。

 だから「自衛隊は違憲」などというと、「売国奴」呼ばわりする人がでてきます。美しい日本の伝統や文化を敵国に売り渡すつもりか、というわけです。日本の文化や伝統は長い歴史につちかわれてきたものです。これを守る上で、歴史を知り日本の良さに誇りを持つ、つまり改憲派以上の愛国心が必要なのではないでしょうか。

 改憲の自民党政権やアメリカべったりの政府は認めたくないという人はいるでしょう。しかしそれは誤りです。世界の中では誰がトップにいようと国は国です。また、国連決議があれば(どっかで聞いたことがありますね)という人がいます。国連だって国家の集まりで、決して公正無比の神様ではありません。

 最近は、NGOの活躍が目立つようになりました。その役割は高まりつつありますが、まだ補助的な役割が与えられているだけで、権限はあくまでも国単位です。しかし、国の枠組みを少しずつはずす試みは進められています。国境の壁をなくし、同じ通貨を使い、お互いの争いの種をなくしようという努力、そうですEUのような共同体です。

 昔は互いに憎しみ会ったフランスとドイツが戦争になることなど考えられなくなりました。なぜならば戦争の原因になるようなことを少しずつ取りのぞいていったからです。これを見て東南アジア(ASEAN諸国)。南米大陸、アフリカ、湾岸諸国などこれを見習おうという地域がどんどん増えています。

 しかし、それらの共同体も国家を解消しようということにはなってません。むしろそれぞれの国の特徴を守り抜こうという方向に行っているように見えます。愛国心ですね。英語でいうとパトリオティズム、つまり愛郷心に近く、ナショナリズム=国家主義という感じとチョット違うように思います。

 昨日(10/31)、田母神航空幕僚長が懸賞論文で「侵略戦争はなかった」などという見解を公表し、現職から更迭されるようです。今の憲法では自衛隊の身動きがとれないなど、上の観察そのままの発想です。しかも、その審査委員長が右翼雑誌の花形、渡部昇一上智大名誉教授、勧進元が安倍元総理との怪しい関係が取り沙汰された、安晋会の黒幕・アパグループだというから何をかいわんやです。

 新聞では同幕僚長が特殊であるような書き方をしていますが、そうは思いません。現場自衛官、警察官それに街角ネット右翼など、耳当たりのいい新国粋主義を支持する人は少なくありません。また、軍事評論家などの肩書きで、軍事雑誌にそういった意見を投稿している人も、多くは元自衛官でしょう。

 田母神論文の要旨は今までもよく聞く内容が繰り返され、驚くようなものはありません。しかし、そういったトレンド(小泉・安倍路線のような)を復活させないために、まっとうな歴史認識と愛国心は大いに磨こうではありませんか。

 

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