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2008年10月28日 (火)

宝篋印塔

2008_10280003  近くの寺にある宝篋印塔(ほうきょういんとう=写真右)は、有名な守護大名千葉常胤の5男の墓という伝承がある。1基は明徳2年(1391)、もう1基が応永5年(1398)のものと判読されている。しかし「墓」というのは正確ではない。そもそもは、中国南部・呉越国から伝わってきたもので、『宝篋印陀羅尼』を納めて先祖をまつり、百病・貧窮から逃れられるという呪文の塔である。

 だから、個人の名をかぶせてもその人の寄進によるものか、供養の目的で建てられたもので「墓」とはすこし違う。しかし誰々の、というと「墓」になってしまう。各地でも宝篋印塔を「昔この地方を治めた誰々の墓」と伝えられているものが少なくない。反面、注目されることもなく墓地の片隅にころがっているようなものもあるだろう。

 2008_10280002 やはり近くの小さい寺に、もっと古い室町時代初期の作ではないかと思われる宝篋印塔を発見したという記録を目にした。しかし現物が確認できないので、市の歴史博物館に問い合わせたら係員から「石造物は担当しているが墓石は所管外なので」という応答が帰ってきた。

 民俗学専攻出身の方かも知れないが、俗人にはそんな専攻の区切りなどない。故事来歴や歴史を知りたいだけなのだ。こういうのをセクショナリズムというのだろう。文化行政に変なところで線を引かないでもらいたいものだ。

 最初に書いた寺にもう一基、堂々とした宝篋印塔(左)があった。この方は元文3年(1738)とある。ずーとくだって8代将軍吉宗の時代である。かつては、ご家人、地頭、守護といった身分ある人しか作れなかった石塔であるが、この頃は地域の有力者が有志連名で建造できたのかも知れない。調べてないのでわからない。

 この塔は、本州の端から端まで存在しており、それぞれの時代や関西型・関東型など地域によるデザインの変化が観察できる。また石材の原産地を調べることで建造にいたる流れを知ることもできる。そんな意味で五輪塔、無縫塔、板碑などと共に文献におとらぬ歴史の証人になることも可能になる。日本の伝統と文化を守るのはこんなところから始めたいものだ。

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