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2008年10月15日 (水)

朝鮮・韓国④

 前回、菅原道真が遣唐使打ち切りを提案したことを書いた。しかしそれまですでに60年も中断しており、明らかに海外に対する関心は低下している。その頃の新羅王朝は、わが律令国家と同様、衰退期にはいって久しく、百姓は疲弊し、内乱が続き、民情はきわめて険悪になっていた。

 新羅南部の沿岸の流民あるいは海賊と思われるものが、八世紀以来、かなり頻繁に対馬さらに北九州を襲い、財物の略奪を行うという事件があった。さらに、893年5月には、新羅人の武装した小集団が肥後国飽田郡に侵入して民家に放火し、肥前国松浦の方面にむかって姿を消した。その翌年にも対馬がおそわれている。

 それに対して政府は、対馬への防人の配置・博多警固所の増員、さらに越前・能登・越中・越後の諸国で弩師(大弓に長じたもの)強化しているが、新羅と直接外交を通じて解決しようとした形跡は見られない。

 なぜこのことを取り上げるかというと、このブログで中国・朝鮮への侵略に言及すると、このあとに述べる刀伊の乱や元寇で日本も被害を受けている、あいこではないかなどという、どうやら国粋学者の受け売りらしい書き込みがあったので、ふれておくことにした。

 ただそのような主張は、13世紀から14世紀にかけてほとんど朝鮮の全地域で400件近く和冦が猛威をふるい、ついに高麗王朝崩壊の一因を作ったり、中国の広域にわたる沿岸への和冦は16世紀まで続き、明帝国がいわゆる「北虜南倭」という難局に立たされたこととは、量質ともに比較にならずヤブヘビになるのでやめた方がいい。

 以下は刀伊の乱の模様で、拙著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』に『小右記』と『朝野群載』を参考にして書いた記事を引用する。これで見るように賊は朝鮮人ではなく、最後は高麗王朝が摘発して日本に友好的な対応をしていることがわかる。

-----以下引用
 寛仁三年(1019)四月七日、太宰府に対馬守遠晴が駆け込んできた。そして「対馬に刀伊国の者が五十艘あまりの船でやってきて殺人・放火をはじめました。彼らは隼のように迅速で数が多くとても対抗できません。壱岐では壱岐守理忠が殺害されほとんど全滅状態です。彼らは博多警固所と目と鼻のさきの能古島まできています」と報告した。京都へは、即刻緊急事態を伝える飛駅便を飛ばした。

 しかしその時すでに賊は怡土郡(福岡県西部)に上陸し、志摩、早良郡などをへて博多の方まで来襲、人や物を奪い民家を焼くなど被害が拡大していた。賊の船の全長は十二尋と八、九尋(一尋は両手をひろげた長さ)。一船の櫂は三、四十ばかり。五、六十人または二、三十人が乗る。

 彼らは白刃をかざし、次ぎに弓矢を帯びた者が続き、楯を負う者など七、八人で行動する。これらの十から二十隊が山野を制圧し、牛馬や犬を殺して食ったり、老人や子供は皆殺しにする。さらにおびえる男女は追いかけてゆき、四、五百人を捕らえて船にのせた。また、かず知れない米穀類も略奪された。不意をつかれて急遽遣わした兵士と戦闘になり、双方に負傷者を出したが、八日に賊は海へ逃れ能古島に去った。

 九日朝、賊船は官軍の本拠である警固所を焼こうとして来襲した。奮戦した結果前に進めず、生き残った者はまた能古島に帰還した。その後二日間は波風強く、攻撃できなかった。十一日酉時(午前六時)に上陸してきたので応戦、賊徒四十余人に矢があたり、生き残った者二人、一人は傷つき一人は女だった。

 十三日、賊徒は肥前国松浦郡に至り、村里に攻めてきた。ここには前肥前介・源知がいて。郡内兵士を率いて合戦、数十人に矢をあて、生存者は一人だった。賊船は進攻不能となり遂に帰った。(中略)

 刀伊は帰路朝鮮沿岸を襲ったが、警戒していた高麗(九一八年建国の統一王朝)軍に撃破され、その時救助された日本人二百七十人が九月になって送還されてきた。拉致された人数との差は、体が弱っているといった理由で海に投げ込まれた人が大多数という拉致被害者の証言を裏づけており、結局約千五百人が殺害されたことになる。

 なお、刀伊とは高麗語で蛮夷の意味で、女真すなわち、かつて粛慎、靺鞨などと呼ばれた沿海州方面のツングース系民族ではないかといわれているが、真相は不明である。

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