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2008年10月10日 (金)

朝鮮・韓国③

 ここで、古代についてのしめくくりをしておきたい。先住者縄文人に水耕稲作ををもたらした弥生人の先祖が中国大陸や朝鮮から海を渡って渡来した、という説にトラックバックいただいた方から異論が出た。

 たしかに、中国から遼東省や北朝鮮の寒冷地を経て水耕稲作が伝播したとは考えにくい。しかし、長江沿岸から山東省あたりまでこの方法が盛行していたことと、弥生人の形質が山東省あたりの人骨に似ているという研究結果もあるので、そこから伝播したと見るべきであろう。

 そうすると、海路では山東半島から最短距離の朝鮮中部を経て日本、または直接日本ということになる。(琉球列島経由の痕跡はない)。後者の場合ならそのまま秦始皇帝が命じた徐福コースということになり、単なる伝説とはいいきれないことになる。

 研究はこのさきまだ続きそうだが、先を急ごう。古代における朝鮮と日本の関係に大きな転機は3度ある。最初が4世紀末の倭国による朝鮮大侵攻である。日本では『日本書紀』の神功皇后による伝説的記録しかないが、中国に現存する広開土王碑や奈良の石上神宮にある七支刀で、日本が大きな権勢を確保したことは事実だろう。

 ここからいわゆる応神王朝時代で、古墳は超大型化副葬品も豪華な武具・馬具が多くなった。土木技術を駆使し、文字も使われだした。雄略天皇が中国・斉から新羅を含む南朝鮮6カ国鎮東大将軍の称号をせしめるなど、威張っていた時代である。

 これが6世紀後半にあやしくなり、倭の権益はどんどん後退する。推古女帝や聖徳太子の時代の直前、580年頃には、朝鮮海峡に国境を考えざるを得なくなった。それは記事にしたことがある。そして聖徳太子は隋を相手に「日出ずる国」の国書を作成した。

 これが2度目の転機である。スパイや伝染病患者の入国を水際でくい止めたり難民を審査したりする出入国管理は今と同じになり、この時代にナショナリズムや自立国家の意識が高まったようだ。その後も『書記』の新羅、百済、任那などの朝貢記事は続くが、朝鮮3国対立の戦略バランスを意識したためで、日本の権勢が及んだためではない。

 そして古代最後の転機が、663年にやってくる。斉明天皇と中大兄皇子が派遣した倭兵が朝鮮白村江で唐・新羅連合軍に大敗したことである。これは朝鮮にとっても統一国家を作る第一歩となったできごとで、弥生時代から続いた日本と朝鮮の関係は、668年成立の統一新羅との国交関係樹立という新しい環境に変わった。

 その後渤海国との国交も開始されるが、外交は、奈良・平安時代を通じて遣唐使による中国文化導入を中心に進め、菅原道真が遣唐使の停止を建言する894年まで続いた。その後、鎖国ではないが朝鮮との間も次第に没交渉となって中世に向かっていく。

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受信: 2008年10月11日 (土) 04時38分

» 米国は「敵」との対話も必要、次期米中央軍司令官 [逝きし世の面影]
10月9日 AFP 米中央軍司令官就任が決まっているデービッド・ペトレアス(David Petraeus)米陸軍大将は8日、アフガニスタンで旧支配勢力のイスラム原理主義組織タリバン(Taliban)との対話に向けた取り組みが進められていることを明かすとともに、米国は敵と対話することも必要だとの認識を示した。 ペトレアス大将は「最近わたしは地雷原の中で動き回っているが、うっかり入ったわけではない。 敵との対話が必要だと思っているからだ」と述べた。 ペトレアス大将は、アフガニスタンのハミド・カルザイ(... [続きを読む]

受信: 2008年10月11日 (土) 13時48分

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