« 朝鮮・韓国① | トップページ | ホームレスの生活 »

2008年10月 4日 (土)

朝鮮・韓国②

呼称の問題
 すでにお気づきのように、前の記事では朝鮮半島とか朝鮮南部といった使い方をしている。韓国は北朝鮮を「北韓」と言ったりしているので、韓国・朝鮮を公平に使い分けなければならないとすれば、半島の地理的概念や民族を表すのに英語のコリアとでもするしかない。

 「朝鮮」は非常に古く、神話伝説の時代から西暦紀元前にかけて使われていた言葉である。ただし中国の一部まで含めた半島北部のイメージが強く、全体の呼称として使ったのは、1392年から1987年の李王朝による595年間で、歴史上最も長く続いた。

 ちなみにその前の統一国家としての名称は、「新羅」が267年間「高麗」が457年間であり、その前がいわゆる百済、新羅、高麗の三国時代だ。これで見ると韓国というのがないようだが、日韓併合直前のわずか13年間、もはや国家の体をなさぬ状態になってから、李王朝は突如国名を大韓帝国と改め、国王は自ら光武皇帝と称した。

 それが併合前の最後の国名であったため、独立を回復したとき旧国名を継承して今の大韓民国ができたものと思う。朝鮮が北の方に由来する国名であるのに対し、韓は、『魏志』に書かれているように馬韓、辰韓、弁韓(以上を三韓という)といった南の方に根拠を持つ民族名である。

 日本の古代では、三国時代の国名を使う場合以外は「韓」を総称として使っていたらしい。読みは「から」であり、「あや」「かや」「あら」などいろいろな読み方で、南朝鮮の特定の場所を指す場合もあったようだ。

 大化の改新は、中大兄や藤原鎌足らの蘇我入鹿暗殺で幕を開けたが、『書記』では、この事件の目撃者である古人皇子が「韓人(からひと)が殺した」といい、その注釈として「韓政(からひとのまつりごと)」が原因と書いている。

 蘇我家がそもそもが渡来系の子孫ではないかといわれることがあるが、周辺の人材は渡来系氏族で固めていた。その代表として漢(あや)氏がある。字は違うが三韓の出身であろう。また中大兄の方にも蘇我の一派である石川麻呂が加担しており、新政権の組閣には渡来系の学者などを顧問に迎えている。事件が渡来人同士の権力争い、ととれないことはない。

 日本では、統一に成功した新羅・高麗のあとの呼称が、ずっと「朝鮮」である。最後に「日韓併合」とは言ったけれど、併合後の統治機関は「朝鮮総督府」であり「朝鮮銀行」も設立した。日本人にとっては韓より長くなじんできた朝鮮の方が使いやすかったのだろう。歴史的に見ても、また韓国内でも「朝鮮日報」などと使われており、全体を朝鮮で表すのに特段の不都合はない、という結論にしている。

|

« 朝鮮・韓国① | トップページ | ホームレスの生活 »

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/24250878

この記事へのトラックバック一覧です: 朝鮮・韓国②:

« 朝鮮・韓国① | トップページ | ホームレスの生活 »