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2008年10月20日 (月)

朝鮮・韓国 5

 新羅国から高麗国に変った朝鮮が、刀伊の乱の始末で日本に好意的な対応をしたことを前回は書いた。しかし、この先同国は苦難の道をたどる。まず和冦のはじまりである。歌人・能筆家で有名な藤原定家の日記、『明月記』から嘉禄2年(1226)10月17日の項を見よう。

 朝天に片雲無し。宰相吉田事の次いでに参る。(中略)。高麗と合戦一定と。鎮西の凶党等[松浦党と号す。]数十艘の兵船を構へ、彼の国の別島に行きて合戦し、民家を滅亡し資材を掠め取る。[行き向ふ所、半分ばかり殺害さる。其の残り、銀器などを盗み取り帰り来たると。朝廷のため太(はなは)だ奇怪なる事か。]

 朝廷のため、というのは、中国(宋)との交易は朝鮮を経由するケースが多く、高麗と事を起こせば朝廷で奢侈品を入手できなくなるということのようだ。現地出先の大宰府は素早く行動を起こし、2か月もたたないうちに犯人90人を捕縛、高麗の抗議使節の前で首をはねて見せた。

 抗議文はその後中央に届けられたが、わび証文はすでに大宰府の名で相手にわたっている。これは、多分大宰府の権限を高麗国に過大に印象づけようとする工作で、貿易をめぐる利権がらみだろう。斬首された悪党もあて馬に相違ない。なぜならば、あとで真犯人らしいグループが検挙された記録があるからだ。

 その頃から、和冦の規模は漸次増えはじめ、前回言ったように、最後は高麗政権を転覆させる原因のひとつにもなる。日本は南北朝時代に入っており、九州における権力構造もめまぐるしく変わり、大宰府も機能不全となる。和冦の犯人もその装備・戦術からみて、南朝の最後を支えた、いわゆる「悪党」ではないかという見方がある。

 もうひとつ、触れなくてはならないのが「元寇」である。これを朝鮮と蒙古の連合軍が二度にわたり九州に大軍を向けて侵略してきた「国難」である、との解釈が一般的で、戦中は、神国日本の「神風」が吹いてこれを追い払ったという教育がなされた。

 いろいろな要素があり、また解釈があってもいいのだが、侵攻失敗の理由としてあまり知られていないのが攻撃側の致命的な弱点である。それは、大陸を馬を駆って征服する術に長けている蒙古も、海や船には全く弱いことと、高麗や宋の人民を奴隷のように扱ったため、連合軍を組織しても意思疎通や戦意に欠けており、長期戦に不利だったことがあげられる。

 蒙古が高麗を襲ってきたのは1231年である。他のケース同様、電撃作戦でたちまち開京を落とされ王朝は降伏した。ところが王室と百僚百官は隙を見て目と鼻の先にある江華島(現在は700m近くの橋続き)に逃げ込み、そこで本土人民に徹底抗戦を指示した。  
 
 それに怒った蒙古は、断続的に朝鮮全土を荒らしまわり略奪をほしいままにした。それが30年も続くのだが、蒙古は川ほどの海に隔てられて王室を滅亡させることができなかった。しかし内紛が原因で遂に降伏する。

 この間死をまぬかれた人民20万6800は、蒙古兵の捕虜となり、次ぎに目標とした日本攻略のため兵船900隻の建造を高麗に命じた。この時に動員された兵士・水手などは1万5000人である。それも高麗人の抵抗で7、8年遅れて1274年、いわゆる文永の役となる。

 つづく2度目の弘安の役(1281)にも兵船900隻、兵士・要員など2万5000人、食料20万石の供出を強いられる。収奪は徹底し、百姓は草の実や木の葉で餓えをしのぐしかなかった。また3年前に元(蒙古)に屈した南宋の兵10万を江南軍として加えたものの、総勢14、5万という膨大な兵員は、陸戦のただ荒らせばいいという戦いと違い、船戦としての統率を欠いた。

 そして、約100年後の1388年、和冦を撃退して名声をあげた李成桂が高麗王朝を倒し、李王朝による「朝鮮」国となる。

  

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