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2008年9月 3日 (水)

大正デモクラシー①

 この前のお腹をこわして退陣した総理大臣も、次の総理・総裁の最有力候補とされる人も、おじいさまが歴史上名高い総理大臣です。前の方は「美しい日本」とかおっしゃって、戦前型の道徳教育を取り入れることに熱心でした。

 次の方も、女性天皇はわが国の伝統からしてまかりならぬ、などと小泉首相でさえお持ちにならない神がかりセンスの持ち主です。今回は、大正9年「大正デモクラシー」のさなかに発行された本をご紹介します。というのは、前の方のおじいさまが大卒、社会人1年生、あとの方のおじいさまは、あぶらがのった働き盛りの頃の本で、そういったことはご存じだったはずです。

 お二人とも、お墓のおじいさまを苦笑いさせないよう、気をつけてください。そして日本にもいろんな歴史や文化があることを是非知ってください。本は谷本富著『現代思潮と教育の改造』です。以下はその第1章で、漢字・かなづかいや表現を一部かえていますが、原文の雰囲気はできるだけ残すようにしました。

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『現代思潮と教育の改造』
       第一章 教育学風の変遷

現代思潮とは何ぞ さてこれから本論に入りまするが、本日はかねて広告文に書いてありました通り、デモクラシーということについて十分にお話をしてみようと思います。それは取りも直さずこの表題にでている現代思潮は、これからはデモクラシーであるということの意味で申すのでございます。

 只今福士君のご挨拶を拝聴して、私はまことに嬉しゅう思うたのであります。即ち教育者諸君の着眼点はごく広く、またごく新しく、ごく自由であることを望まれると言われたのでありますが、いかにもその通りです。

 誰も現代思潮ということの上に立たなかったらば、到底十分教育はやって行けますまい、しからば現代思潮とは何であるかといえば、それはデモクラシーであると、こうお答えをしたいのが私の真意であります。

 しかしその前に一つお話をしますることは、すべて教育の風(ふう)というものが、今も昔も常に同じものであると考えるのは大間違いであるということであります。われわれ同胞日本人が今多く考えているようなこと、即ち国家につけ、あるいは民族について考えていることは神武開闢、いな神代の太古からも同じようであったように言う人がありますけれども、それは、実は間違いであります。

 私の見るところをもってしますれば、いま日本人固有の特別の考えだなどと偉そうに言っているところの思想の大部分は、徳川氏になってから、即ち江戸幕府時代の三百年間にだんだん築きあげてきたことが多いようであります。

 ごく露骨に事を申しますと、「忠孝」というようなことをド偉うやかましく言うのでさえも、それは実は徳川氏三百年間において今のようなかたちに造り上げられられたようであります。無論勅語にもお示しになってありまするように、わが国民民族は開闢建国以来「よく忠によく孝」であったのではござりましょう。

 それはいかにもそうでありましたろう。そうでありましたろうけれども、今日現在多数の人々が口やかましく言うように教育の主眼は「忠孝だ、忠孝だ」と言うのは、実は徳川氏時代の徳育奨励の結果であるということを、私は十数年來やかましく申しているのであります。

 そのために時としては随分地方で議論の起こったこともあります。けれどいくら議論が起こってもそうに違いないのだからやはりそう申します。

聖徳太子の憲法と忠孝 その証拠には、古来日本人の道徳の思想をとりまとめて書かれたもののまず最初のものといえば、ちょうどこの大阪にご縁故の深い天王寺を建てられた、その聖徳太子のご制定あそばされたる憲法十七か条というものの上にでるもののないことは、諸君もご承知でしょう。

 聖徳太子の憲法はまことに結構なものであるには相違ござりませぬけれどあの中をどうご覧になっても、忠孝という熟語は失敬ながらまだかつて見あたらないのでござります。忠孝ということをもって教えのもとにするというように断言する熟語の使用はないようであります。

 なるほど「忠」という文字はあります。けれどもそれは職務に忠実にいそしむということでありまして、忠孝という文字は憲法十七か条の中には無いのでござります。なお、私をして一層進んで言わしめられますと忠という字には日本語の訓がなくて、「チュウ」と呼んでいる。

 孝という字も日本の読み方をせず「コウ」と言うておる。もっとも名前では忠はタダといい、孝はタカというようだから、小学校はもとよりすべての教育は、タダタカが日本の教育の基だと言えばよさそうに考えるが、しかしそんなことを言う人はあるまいと思う。

(つづく)

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