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2008年9月

2008年9月30日 (火)

洋上給油に拒否権を

 麻生首相の所信表明演説(代表質問だという説もあり)が昨日行われた。その中に、民主党のテロ特措法に対する対応を問いつめるくだりがある。明日、小沢代表はこれに答えなければならないが、逆に所信表明演説をぶつけこれに答えないという説もある。

 どうあれ、テロ特措法に触れず、だだ解散に追い込むというだけでは、政権担当能力に疑問を持たれることになり、国民に対する義務を果たしたことにもならない。民主党は、現在の特措法に反対票を投じており、公明党も2/3決議に難色を示しているので、無条件で賛成するわけにはいかないだろう。

 そこで、はっきりうち切るのか、別の方法をとるのか、またぞろ「恒久法」を持ち出して時間稼ぎをするのかを示さなければならない。しかしここまできて突如給油活動を停止してしまうのでは、国際的な信用を失墜させることになるだろう。

 外交方針の変更は主権国家としての権利ではあるが、それには、政権の変化があっても従来方針との連続性を重視し、納得の得られるものでなくてはならない。麻生首相も継続に努力する旨アメリカで言明したばかりである。

 たとえ、小沢内閣ができたとしても、「給油はしません。あとは勝手にどうぞ」というわけにはいかない。恒久法で解釈改憲や海外派兵を固定化する危険を犯すぐらいなら、給油の特措法にしばりを入れて延長した方がまだましだ。

 一方、インド洋周辺の事態は大きく変化している。イラクやパレスチナの情勢は、予断を許さないが小康をえているように見える。またイランをめぐる緊張も一時ほどではない。しかし問題は、アフガンとパキスタンである。

 アメリカの大統領選でも、両陣営の主張からは解決の目途どころか、果てしない次の泥沼に突っ込もうとしているように見える。このブログでも取り上げてきたが、アメリカにとってもはや誰が敵か味方か区別がつかなくなった。
(関連記事)
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-8fba.html
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-7b64.html

 米軍の越境攻撃で、これまでの盟友パキスタンと戦争状態になる可能性もなしとはいえない。また、中東のどこかに新たな火の手があがるかもしれない。そこで、テロ特措法に新たな条件をつけたらどうだろう。

 それは、これから国連の決議なしに新たな戦争を起こした国の艦船には給油しない、または給油を拒否する権利を有する、ということと、各国が協力して一定期限内にこの給油活動を終結させる努力をするという条件をつける、という2項目である。

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2008年9月29日 (月)

舌禍事件

 今は「失言」というらしいけど「口は禍の元」、「舌禍」の方が言い得て妙。大臣の「失言」では、意味が浅く味わいのない言葉になる。本塾では、それがどういった話の流れの中で話されたのか、そして正確であるのかどうかがわからず、これまでも賛否の判断をつけかねる事例がすくなくなかった。

 毎日新聞に「閣僚の主な失言とその内容」という一覧表が出ていたので、今回の中山国交相の件を付け加えて文末に転載し、総論として思いついたことを書いてみたい。これらを見るといずれも閣僚として軽率、無自覚な発言で、追求を受けても仕方あるまい。

 しかしこの中で、事実を無視した勉強不足や、他人からの受け売りで自らの考えのないものがある一方、言い回しや発言の時期・場所がよくなかっただけで、一面の真理をついており、弁護したくなるものもある。それらを1、2上げてみよう。

 まず「日本は単一民族」である。これを民族でなく人種といえば大枠でまちがっていない。アイヌはかつて異人種と見られていた時代もあるが、近世になってからの差別で異民族扱いされただけで、日本人の先祖を構成するというのが学者の多数意見だ。先住民族ではあるが異人種と誤認させるのはよくない。

 次ぎに以前にも触れたが「原子爆弾はしょうがない」である。戦時体験のある者は、当時の日本への原爆投下は、多くの国民が悲惨な犠牲になるという事実を「戦争だからしょうがない」と思っていた。日本が先にこれを発明していれば必ず使っていたはずだ。

 一覧表にはないが、麻生氏もかつて「核兵器についての研究はしてもよい」などといったような記憶がある。私も同感である。日本が核や核兵器の知識がなければ、どうして核軍縮の先頭に立てるのか。核施設の査察や放射能物質処理などという国際的な要請にも応えられない。

 最後に、「植民地政策で日本はよいこともした」は事実に反していない。公共投資や教育制度などである。同一化政策の是非とは別に、韓国や台湾の併合と共に史学者が研究対象とすべきことがらであろう。ただし、中国侵略否定や南京事件不存在など、歴史修正主義者でも疑問視するようなことを口走るのは、知的素養を疑われても仕方がない。超エリートコースを歩んで閣僚にまで登りつめた人の発言とは到底思えない。

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中山成彬国交相 08年9月 辞任
(成田空港の拡張が進まない原因)ごね得
日本は単一民族国家
日本の教育のがんは日教組だ、解体しなければいけない

太田誠一農相 08年9月 辞任
(汚染米問題で)じたばたしていない
同 上 08年8月 謝罪
消費者がやかましい

鳩山邦夫法相 08年2月 謝罪
(鹿児島県の志布志事件について)冤罪と呼ぶべきではない
同 上 07年10月 釈明
友人の友人にアルカイダ

麻生太郎外相 07年7月 謝罪
アルツハイマーの人でもわかる

久間章生防衛相 07年6月
原爆投下しょうがない

柳沢伯夫厚労相 07年1月 謝罪
女性は生む機械

鴻池祥肇防災担当相 03年7月 謝罪
犯罪者の親は打ち首

越智通雄金融再生委員長 00年2月 辞任
金融監督庁の検査がきつかったら言ってください

江藤隆美総務庁長官 95年10月 辞任
(日本の植民地政策に関し)日本はいいこともした

桜井新環境庁長官 94年8月 辞任
侵略戦争の意図はなかった

永野茂門法相 94年5月 辞任
南京事件はでっちあげ

中西啓介防衛庁長官 93年12月 辞任
半世紀前にできた憲法に、後生大事にしがみつくのはまずい

奥野誠亮国土庁長官 88年5月 辞任
(日中戦争について)日本に侵略の意図は無かった

藤尾正行文相 86年9月 罷免
日韓併合は韓国にも責任 

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2008年9月27日 (土)

排外主義と相撲

 秋場所も明日千秋楽を迎える。相撲界では、相次ぐ不祥事にロシア人力士の麻薬事件が追い打ちをかけ、北の湖理事長が辞任した。けいこ中の暴行致死事件は別として、評判になるのは横綱朝青龍をはじめ外国人力士に関係するものが多い。

 マスコミを通じて聞こえてくるのは、マナーが悪いとか日本の伝統を無視するとか、果ては外国人力士を排除すべしと言う極端なものまである。そういった個々の行動は確かなことだろうが、一般の相撲ファンはそれほど不寛容ではないと思う。

 その証拠に、物価高、不景気のさなかにもかかわらず、けっこう人気はおとろえず「満員御礼」の日も多い。しつけが悪いとか教育がなっていないという言いぐさは、最近の新任某大臣の失言のなかにもでてくるが、なにか外国人力士だけを標的にした差別意識のような気がする。

 今場所からしつけを厳しくしましたというあかしを示すためか、仕切の両手つきを徹底して見せ、勝負審判「待った」を続発した。これが逆効果で、立ち合いの気合いをそぎ、力をつくせない稽古場の風景のような取り組みが多くなった。勝負になっとくできなかった力士もすくなくないはずだ。

 かつては、仕切制限時間前でも気合いが合えば立ちあがる人気力士がいた。だから見物人は土俵から目をはなせず力士との一体感を味わえた。そういった気合いの衝突こそ大切にすべき伝統ではないのか。ファンは、お行儀のよいしつけのきいた力士を見たいわけではない。

 国技の伝統を守るということは、力士個人の人格を日本風に矯正することではない。また、横綱や上位陣が外国人で占められることを阻止することでもない。相撲は古代から外国の賓客を接待する際に催されてきたことを忘れてはならない。

 現在でも、表彰式にどれほど多くの外国大使館の人が土俵にあがるかを見てもわかる。また、グルジアとかエストニアなど、知らない国や地方に目が向く効果も大きいし、それらの国民が日本を身近に感じさせる上で、優れた外交官の何人分にもまさる。

 その競技が感動的で外国人に理解されるものであってこその国技なのである。鎖国的な排外主義が日本の伝統であるかのようなかたよった発想はやめてほしい。詳しくは知らないが最近、皇太子夫妻や皇室のありかたについて批判をする向きが増えたようだ。それも、近視眼的な伝統主義や拝外思想から来ているとすれば由々しいことだ。

 

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2008年9月26日 (金)

小泉氏の引退

 久々のサプライズ、小泉純一郎が放つ男の美学。彼の得意満面が見えるようだ。ついでに安倍晋三、福田康夫も見習ったらどうか。そうすれば森喜朗も恥ずかしくて残れなくなるだろう。

 あわれをとどめるのは、彼の蜂起を期待し、嬌態をりまいていた小泉チルドレンたち、そしてすでに地に落ちたネオコンやネオリベの旗頭となることを期待し、失地回復を夢見た連中だ。その中には民主党の前原陣営も加えられるだろう。

 もはや、50人から100人の集団としてまとまる可能性は望むべくもない。小泉発の政界再編はなくなった。「赤城の月も今宵限り。離ればなれになる門出」の酒盛りを、中川昭一の新保守研究会あたりで催したらどうか。

 今時珍しい男・小泉純一郎。ところが画龍点晴を欠くというより、すべてを台無しにするひとことが加わった。秘書で息子の進次郎を後継者にするというのだ。日本の総理でただ一人、握手を交わした金正日にあやかりたいとは、こりゃーまたいかに、開いた口がふさがらない。

 当ブログが最初に小泉手法に危機感をもったのは、旧バージョンの「反戦老年委員会」を始めて間もない05年夏の頃である。「ヒトラーの宣伝術」を『わが闘争』から引用をして、警鐘をならして注目をいただいた。

 その後小泉劇場という言葉で代表されるような政治手法が蔓延し、いまだに続いている。そして、小泉打倒の姿勢を鮮明にしたのは、靖国参拝を彼の意地で押し通し、中国の対日感情を緊迫化させることで日米のネオコンに勇気を与えるようなことが、国益に反するという明確な判断をしたからである。

 「ヒトラーの宣伝術」は、すでにネット上にないので、小泉元首相へのはなむけとして、以下に再録する。

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ヒトラーの宣伝術

 さきに書いた「ヒトラーと歴史教育」に続けて、現在の小泉流宣伝と比較する意味で「ヒトラーの宣伝術」を『わが闘争』から引用する。

宣伝はすべて大衆的であるべきであり、その知的水準は、宣伝が目ざすべきものの中で最低級のものがわかる程度に調整すべきである。(中略)宣伝の学術的な余計なものが少なければ少ないほど、そしてそれがもっぱら大衆の感情をいっそう考慮すればするほど、効果はますます的確になる。しかしこれが、宣伝の正しいか誤りであるかの最良の証左であり、若干の学者や美学青年を満足させたどうかではない。

宣伝の技術はまさしく、それが大衆の感情的観念界をつかんで、心理的に正しい形式で大衆の注意をひき、さらにその心の中に入り込むことにある。これを、われわれの知ったかぶりが理解できないというのは、ただかれらの愚鈍さとうぬぼれの証拠である。

宣伝になにか学術的教授の多様性を与えようとすることは、誤りである。大衆の受容能力は非常に限られており、理解力は小さいが、そのかわりに忘却力は大きい。この事実からすべて効果的な宣伝は、重点をうんと制限して、これをスローガンのように利用し、そのことばによって、目的としたものが最後の一人まで思いうかべることができるように継続的に行わなければならない。人々がこの原則を犠牲にして、あれもこれもとりいれようとするやいなや、効果は散漫になる。

 こういった宣伝術を使ったもう一人の独裁者に、毛沢東がある。いずれも多数の民衆の心をつかむ、という点で民主主義に立脚しているという姿勢がとれる。しかしその宣伝術が多くの犠牲者を生み、ついには破綻に至ったことを、歴史の教訓として心にきざむ必要があると思う。

(2005/8/21)

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2008年9月25日 (木)

うんざり内閣

 マスコミ報道は、新閣僚一色だ。通常ならばそれもいいだろうが、迫る総選挙の結果により2か月持つかどうかとされている内閣だ。メンバーはお友達内閣、タカ派内閣、世襲議員内閣などなどと言われているように、「さすがは」とうなるような人選がなかっただけ野党もほっとしていることだろう。

 「短くてごめんね」といって許してもらえる人だけを集めたような感じで、論評もしたくない「うんざり内閣」だ。新閣僚の生い立ちなどより、今国民が知りたいのは公明党の情報である。これが次の政権・内閣を左右するようになる。

 当塾では、福田首相の政権投げだしの原因を「公明党」と見た。また、池田名誉会長が外国公権力から表彰を受けるためには、与党であることが必要で、「それ、総理にかけあってみます」というポスターが街にあふれていることなども記事にしてきた。

 そして、今では太田代表が自民党に対し「何でもいえる間柄になった」とまで公言するようになった。この意味をもっと真剣にとりあげ、議論していかなければならないのではないか。いまのところ、半身不随の町村派ほどにも関心を持たれていない。

 総選挙で自公が過半数を占めるためには、双方で241議席以上なくてはならない。現在、自民党だけで305あり、公明党の31がそのまま維持されるとして、自民党は210が与党でいられる最低のノルマになる。仮にそれをやや越す程度なら、公明党はますます「何でも言える」権利を行使するだろう。

 反対に野党がかろうじてクリヤーした場合、民主党も安定多数を得るため公明党議席がどうしても欲しくなるだろうが「何でも言ってくる」よう関係なら、あえて求めはしないだろう。参議院の多数がある限り、公明に乗っ取られそうな自民の内部分裂を待った方がいいからだ。勝った民主に分裂の危機はない。

 自民と民主、いずれも210程度で公明党がキャスティング・ボードをにぎる場合が一番むつかしい。普通なら、自民と一丸になって選挙を戦う、ということのようなので、民主との連立の可能性はうすいが、共産党の排除をねらった閣外協力の線ならあり得る。

 いずれにしても、ど素人の皮算用だ。池田先生の胸三寸とはいわないが、やはり公明党の動きや真意を知りたい。

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2008年9月24日 (水)

「見た目」より「見る目」

 逝きし世の面影さんに「ダウインの進化論とアメリカの福音派」という記事がある。多様なアメリカと言うが、報道を見ている限りでは、高度な知的水準から低俗な政治的動向まで幅がありすぎて、どれが本当のアメリカかわからない事が多い。その意味で示唆に富んだ論考だ。

 民族学の権威・祖父江孝男さんの本に『文化人類学入門』(中公新書)というのがある。そこで目を引いた二つのケースをここで紹介しておきたい。

 アメリカの宣教師がはじめてハワイを訪れたのは一八二〇年のことであり、このころ他のポリネシアの島々をもあちこちの国からの宣教師が訪れることになった。ところが彼らの母国の教会への報告書を見ると、いずれもおなじように、ポリネシアというところはまさにこの世の地獄で、人びとは道徳を知らず、動物とおなじ状態にある等々、といったように書かれている。

 ところが一九世紀には大ぜいの画家たちがポリネシアを訪れたのであり、たとえばゴーギャンが一八九一年にタヒチ島へ渡っているのだが、彼らの書いたものをみると、これはまた宣教師とはまったくの正反対で、ポリネシアというところはまさにこの世の天国、人びとは純真無垢で心にけがれもない等々……と口をきわめて賞賛している。

 ここで宣教師の場合はキリスト教の立場だけを基準にして、すべてを判断したから、ポリネシアはまさに地獄だということになったのであり、他方、芸術家たちは、「自然にかえれ」というルソーの考え方の影響もあって、無文字社会こそ、そしてとくにポリネシアこそあこがれの地というロマンチシズムの気持ちに充ち充ちていたがために、すべてがよく見えてしまったのであった。

 宣教師が日本にやってきたのは16世紀半ばだが、フランシス・ザビエルにしろ、その後やってきたルイス・フロイスにしろ、初めて接する日本人を勤勉とか向学心に富むなどと口をきわめて激賞する一方、改宗を受け入れず布教を妨害する者には即座に「悪魔」の烙印を押して憎悪し戦いの相手とする。

 例えば『完訳フロイス日本史』(中公文庫)では、「当日本国における長い経験によれば、キリシタンの布教活動が好都合に発展すると、ただちにそれに逆らって、凶悪な敵(悪魔)、および日本では仏僧といった悪魔の助力者たちの悪意と嫉妬によって惹き起こされた反抗が続く」といった調子だ。

 そして、信者に対し「明らかに凶悪な敵(悪魔)の悪意と、我らの主なるデウスの無限の善意」が強調される。つまり、善良な日本人と悪魔の日本人の対立が、福音書の教義と重ね合わせになっているようにも感じられる。

 前掲書によるもう一つのケースは、宗教や職業には関係のない、専門学者によるフィールド・ワークの結果である。人類学者ルース・ベネディクト女史は、さまざまな文化の型をアポロ型とディオニゾース型とに分けた。

 そして彼女自身の調査により、プエブロ・インディアンは、互いに競争したりすることを嫌い、他人の上に立つことも好まず、つねにゆずり合う傾向の強いところから、これをアポロ型の典型だと結論づけた。しかし、同じ地域に数か月滞在して調査を行った中国の人類学者リー・アンチェの見かたは違った。

 黄色人種ゆえにインディアンから親近感をかちえて、彼らの生活の内面にまでたち入ることができ、別の結論に達したのだった。つまり彼に言わせると、プエブロ・インディアンのあいだでは、ベネディクトのいうように、人に先んじようとする野心、リーダーになろうとする野心がないのでは決してない。

 むしろそれらは強くもっていながら、自分からいいだせば仲間から非難されるので、表面は無関心をよそおって仲間から指名されるのを互いに待ち望んでいる。だからその意味では心のなかにこもった競争心はたいへん強いのであって、むしろプエブロはディオニゾース型の典型だと主張したのであった。

 以後、この調査は繰り返されたが意見は二つに分かれたままで統一されていない。やはり調査者の価値観や先入観念が作用するということはあり得よう。しかし、片一方が正しくて他方がまちがっているという結論を急ぐ必要はあるのだろうか。

 硬貨の裏と表があるように、いずれも正しい姿で、「見た目」より「見る目」をこやすことの方が正解なのであろう。

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2008年9月22日 (月)

お彼岸

 陸軍上等兵何某、明治四十何年などという古い墓石を集めてある。お彼岸を迎え、中央の記名碑の前に真新しいお花と卒塔婆1枚、どなたかが供養されている。旧軍の関係者かも知れないが恐らくは遺族であるまい。

2008_09220006  なぜならば、墓石には鹿児島とか因幡国などという遠国の出身地が彫ってある。当地にはかつて陸軍教導団とか野戦砲兵旅団などというのがあった。多分この地で遺体を火葬に処し、故郷へは分骨して帰還させたものと想像される。

 2008_09220008 往時は、遺体を帰還させるとか遺族の到着を待って火葬にするなどのことは困難であったに違いない。従って墓石はどうしても古く遠いものが多いと言うことになるのかも知れない。

 花台と線香立てが真新しい。脇に趣意書と書いた碑文がある。その要旨は、こういうことである。まず「以前は別の場所に陸軍墓地があり「分骨」を埋葬したが、そこが終戦時に農地にされた」とある。

 つまり、急に管理者がいなくなったのだ。軍用品を山分けにするなどという混乱が当時はあったものだが、ここはどうか。「そこでこの禅寺が引き取ったが30年以上もたって環境が劣化したため、有志一同が再整備、供養することにした」と続けている。

 いずれにしても、お彼岸に供えられた一対の菊の花に落ち着いた暖かみを感じる。私がもし戦死者なら、A級戦犯を合祀するなどと騒がしさがなく、総理大臣が参拝にこなくとも、こっちの方を希望するだろう。ついでに近くで見た石塔のかげに咲く彼岸花の写真を添えてみた。

 

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2008年9月21日 (日)

世論操作

 日曜日午前のTV番組には、先週1週間のニュースを振り返り解説するという趣向が多い。当然、アメリカのリーマン・ブラザーズの破綻とか政府による資金投入などが取り上げられた。その中で、解説する専門家の多くが、やや極端に過ぎるような景気悲観論を振りまいていた。

 そういった論評をするジャーナリストを、非国民扱いにして「財界攪乱罪」で検挙するという噂が飛んだり、株式などで「売り」を得意とする仲介業者が、一斉に所轄の警察に呼び出され事情聴取されるということになったら、どうなるだろう。

 そういった事が、実は昭和4年の金解禁の際に(1929)にあったのだ。『東洋経済新報』の昭和5年1月25日号にこうある。

 聞く所に依れば、解禁実施の前日かに、売屋と目される東西の株式仲買店主は、所轄警察署長に召喚せられ、尋問を受けたといふ。これ、政府が金解禁政策を遂行せる以来、市場の崩落を伴ひ、動揺以外に大なりし為に内心不安に襲はれ、其の実施を機会に、更に動揺なきかを懸念して、売方に官権の圧迫を加えたに外ならぬ。

  また「財界攪乱罪」云々は、当時新平価解禁論で高名を馳せていた高橋亀吉が、新聞記者を通じて忠告されていたというから、その筋からの世論操作が相当露骨に行われていたということだろう。昭和3年に治安維持法を強化し、関東軍による張作霖爆殺を「満州某重大事件」などと真相を伏せて報道させた時期である。

 記事差し止め、発禁などの言論圧迫・弾圧はこの頃から目に余るようになった。そして昭和6年の満州事変の頃にはマスコミの抵抗もかげをひそめる。軍の専横まであとはまっしぐらだ。その結果の敗戦から60余年、政府の世論操作の遺伝子が息を吹き返す、なんて全く気味の悪い話ではないか。

(本稿は有沢広巳『昭和経済史・上』を参考にしました)

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2008年9月20日 (土)

イスラエル関係メモ

 イラクにしろアフガニスタンにしろ、また9.11のテロにしろ、その遠因にパレスチナ問題があることを疑わない人はいない。ユダヤ人はパレスチナ人を排除してイスラエルを建国した。そこに始まる戦争や抗争に、西欧人、中でもアメリカはイスラエルに肩入れしていると見られていた。

 イスラム教徒がこれに強い反感を抱いたのは当然である。「文明の衝突」には出口がない。アメリカの政治をネオコンが籠絡し、ここに武力を用いて地域の覇権を確立しようとしたブッシュのもくろみがもろくも失敗した。彼の任期はあといくらも残っていない。

 パレスチナ問題はどこに行くのか、最近まがりなりにも和平に向いた動きがではじめている。こけれがアメリカ一国支配の退潮に起因していることは確かのようだ。ブッシュは言うだろう。アメリカは動乱の続いた中東に平和と自由をもたらすことに遂に成功した――と。

 おめでたいアメリカ人気質で彼が何を言おうと勝手だ。平和の到来はともかく喜ばしいことに違いない。しかし何千人ものアメリカ兵が死に、その10倍を超える現地人が意味もなく殺されたことを歴史からぬぐい去ることはできない。

 パレスチナ問題は、最近の動向がやや見にくくなっている。そこで以下のようにメモしてみた。複雑になるのを避けるため、イスラエルから見た対外関係ということにしておいた。

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☆対ハマス(ガザ地区支配勢力)
・2007/6、ファタハを武力で追放。イスラエルとは砲撃戦発生
・2008/6/19、エジプトの仲介で停戦。これにアルカイダ系、ファタハ系、イラン系武力組織などの妨害あり

☆対ファタハ(パレスチナ自治政府アッバス議長)
・ヨルダン川西岸地区の返還および東エルサレム所属交渉進まず
・最近はファタハ支配地区での統制力が弱く、ハマス系の方が当事者能力を持つと見ているふしがある また、オルメルト首相の汚職・辞任などで膠着状態がまだ続きそう

☆対ヒズボラ(レバノン国内の武装勢力)
・08/7/16、ドイツの仲介で捕虜交換

☆対シリア
・2007/9/6、北朝鮮支援の核施設空爆
・2008/5/21、オルメルト首相和平交渉開始を発表、焦点はゴラン高原返還
・2008/7/13、パリの地中海サミットで両首脳の接近

☆対レバノン
・依然内戦状態から脱しておらず、有力な勢力であるヒズボラやシリアを相手にしなければならない状態が続いている

☆対イラン
・2008/春、核兵器開発阻止のためイスラエルのミサイル攻撃による実力行使説高まる
・2008/7、イランにアメリカが代表部を置く計画など緊張緩和の兆し

☆対イラク
・1981年6月7日、原子炉を破壊

☆対エジプト
・ガザとの関係で仲介あり

☆対トルコ
・シリアとの間の仲介あり

☆対アメリカ
・2008/1/9、ブッシュ大統領がパレスチナを含め歴訪、年内和平合意を目指すが実現は疑問

【参考】「中東関係粗年表

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2008年9月19日 (金)

政界再編と護憲

おわび:9月5日以降30本以上のトラックバックをいただきながらシステムの不具合で公開できませんでした。目下原因調査中ですが、いただいた方におわび申し上げます。

 自民党総裁選劇を見ていても、世界が音を立てて激動しようとしている瀬戸際に――という雰囲気が一向にしてこない。TVのワイドショウも事故米流通と太田農相辞任、年金標準月額のごまかし、いずれも行政を共犯とする稀代の不祥事には違いなく、福田さんはそれを予知していたのか、ひとあし先に辞意を表明してしまったが、間の抜けた話だ。

 おそらく、自民の期待に反して総選挙もたいして盛り上がらないだろう。そして、自民・民主の双方とも過半数に手が届かないとなると、政界再編という大波乱の幕が上がる可能性がでてくる。その結果次第では、この選挙で選ばれた議員が憲法を変える議案を提出するという動きになるかも知れない。

 したがって有権者は、自公か民主か社・共かといった単純な選択だけですますわけにはいかない。たしかに国民投票を提案するのに必要な3分の2の議員数という壁は高い。しかし衆院議員100名が集まれば原案を提出できるのだ。

 その場合、当然3分の2の賛成を得られるような案をつくるだろう。今、具体案を持っているのは自民党だけだ。その他ははっきり言って検討に値する案を持っていない。また社・共だけでは3分の1を確保できない。そういった中、議員に白紙委任してもいいのだろうか。

 かりに政界再編が憲法の扱いをめぐって起こるとすれば、当然、9条や集団的自衛権の扱いに焦点が当たるだろう。要するに小泉・安倍ラインまで戻ったところからの仕切直しということになる。公明党はどっちにつくのかかわからない。

 今必要なことは、9条に重きを置く、つまり小泉・安倍ラインに一線を画す議員の勢力に力を与えるような選挙結果を実現することである。別冊付録として作った「衆院選候補者メモ」を見るとわかるが、民社党候補者といっても、自民党右派そこのけの改憲派が決してすくなくないのである。

 違いは、自民党は新憲法案を党議決定しているのに対し、民主党は、小沢流の9条尊重、国連決定重視の構想があるというだけで、両党によるガラガラポンの連立がないとは限らない。その際には民主党の平和派を多く当選させて主導権を確保し、政権につけるようにしなければならない。

 共産党は候補者を絞ると言っているが、都会を中心に民主と競合するケースが依然として多い。立候補の理由として、比例区の当選者を増やすためといっているが、わかりにくい説明だ。公明党も候補者のないところでこれまでどおり自民党に投票するのだろうか。

 自民党といっても、岡山3区の阿部俊子のように9条1、2項改正反対、集団的自衛権行使反対の候補がいる。同じ区の平沼赳夫が、たとえ民主党の推薦を受けたとしても、護憲をねがう人なら阿部に投ずるべきなのだ。

 こういったわかりにくさを放置している責任は、やはり政治家とマスコミなどオピニオンリーダーにあるのだろう。前後してアメリカの大統領選挙があるが、そちら次第などというようなことになれば、日本はもはや亡国の道を転げ落ちるしかない。

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2008年9月18日 (木)

アメリカからの距離

 リーマン・ブラザーズ証券破産の報道を発端とする株式市場の大混乱が続いている。経済を論ずる器量は全くないが、私は大地震のあとのように、しばらく余震が続き、いずれはあるべき位置に収斂していくだろうと思っている。

 過去の記事で、上昇を続ける原油価格についても、やがては下落が始まり現在の需給を反映した価格になるだろうということを書いた。この春から夏にかけて、原油はあがり続けると言っていた論者は、100ドルを切った現状をどう見ているのだろうか。

 原油については、考えにそれなりの定量的観測があったが、株式については、日本経済がすでに向米一辺倒を抜け出し、アメリカとのつきあいに一定の距離をおいていたこと、もう一つは急成長の魅力がないと見越した海外投資家の日本離れ現象があり、すでに他国にくらべても割安な水準にきている、という二つの感触からである。

 リーマンに対する日本の金融機関からの投融資額が、損害を内部処理しきれないような額ではなく、不良ファンドの組み入れも1~2%程度ということのようだし、最大の懸念材料だった保険会社AIGの危機も、当局による緊急融資でとりあえず日本への波及は限定的になるようだ。

 日本はすでに土地バブルの崩壊による金融危機の経験を持っており、その教訓もある。各金融機関の政策は知らないが、アメリカの投資金融や信用格付けの不透明性などから、あらかじめなにがしかの距離を置いていたのではないか。

 製造業などではアメリカに片足をかけながらも、中国、東南アジア、EUまた最近はロシアにまで目を向けた展開をしている。日本経済は、すでにアメリカの一極支配から脱出している。また同時に一国依存が危険であり、この先多極化しなければならないことも自明の理として受け入れられている。

 このように、各国との経済的・政治的距離をはかりながら最善を尽くすということこそ、外交・安全保障の真骨頂でなければならないのだ。ところが小泉外交はこの潮流に背を向けたものだった。好んで(としか思えない)中国など隣邦の反感に火をつけ、アメリカのイラク政策や世界軍事戦略にすり寄って歓心を買うことに専念した。

 この流儀は福田内閣で修正が試みられたものの、まだ水面下でその復活を目論むすくなくない政治家がいる。麻生自民党総裁候補は、日・米・中の関係は正三角形でなく、よくても二等辺三角形だ、といった表現をした。

 つまり、最初から距離を決めてかかった柔軟性を欠く外交を目指しているということにつながる。その姿勢は、戦後の日本外交を引き継ぐというより、明らかに後退させているようにも見える。吉田外交、岸外交、田中外交などとくらべてみても明らかに国益を損じているとしか言いようがない。

 総裁選での議論はもとより、各党政治家のホームページなどを見ても、この点はまことにお粗末だ。せめて民間の世界戦略並みに、「各国間の距離をはかりながら」外交・安全保障問題に最善をつくす議論からまずはじめてもらいたい。

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2008年9月16日 (火)

月は無情?

                作者不詳

   月々に月見る月は多けれど
          月見る月はこの月の月

2008_0914  

 

 

            万葉集1074 

   春日山おして照らせるこの月は
          妹が庭にもさやけかりけり

               俗謡

月は無情と言うけれどコリャ主さん月よりまだ無情
     月は夜来て朝帰るコリャ主さん今来て今帰る

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2008年9月15日 (月)

本塾別冊付録について

 右側のサイドバーを見てください。これまであったカレンダーをやめて「別冊付録」にしました。これはココログの新機能で、ブログの本流に関係のない独立したウエブを設けることができるようになったため設けたものです。

 ここに、本文に関連するメモやシリーズ記事、データ・年表のインデックスなどをおくつもりです。手始めにテストもかねて、衆院選候補者メモを作ってみました。不完全なものですが、お暇な方はどうぞクリックしてください。

 去年の参院選や安倍内閣崩壊以来、改憲機運が遠のいたように感ずる向きが多いようですが、近く行われる衆院選、政界再編などで、事態の急展開がないとは限りません。これはアメリカの大統領選の結果にも大いに関連します。衆院選を自公対野党という単純な選択で割り切ることは、将来に禍根を残すことにもなりかねません。

 以上とりあえずご案内まで。

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2008年9月14日 (日)

国産って?

 およそ口にはできない毒入り輸入米が流通し、給食の赤飯になったとかで大騒ぎになっている。三笠フーズの社長は、不正競争防止法なんとやら違反などではなく、詐欺・殺人未遂罪で告発したいぐらいの気持ちだ。    

 昭和20年代まで庶民が口にするのは「外米」が多かった。東南アジア方面のもので、国内産より粒の寸法が長く水気、ねばり気がすくない「まずい」米の代名詞だった。それでも国民はこれで餓えをしのげたのだ。

 今、家電製品をはじめ日用品など“Made in Cina”以外を探すのが困難なほどだ。その一方、自然界では外来種侵入に神経をとがらしている。かつてのザリガニや食用蛙、西洋タンポポ、セイタカアワダチソウなどには、もはやあきらめの境地である。

 現在の闘争の対象はブラックバスとかカミツキガメ、それにペットからの野生化動物、地球温暖化にともなうクマゼミやサンゴ、大型クラゲなど。虹色オリハルコンの金木犀さん宅では今年のゴーヤ大活躍が見られたが、この近所でも栽培がごく普通のことになってきた。これも沖縄特産品の北上?。

 連想で蔬菜類にいくと、健康にいいとされ家庭菜園で増えたモロヘイヤ。これも暑さに強く成長が早いので食用の葉っぱが取りきれない。秋に移植が始まるブロッコリーも、最近はすっかり菜園の定番になった。

 ほかにルッコラーとかバジルなどサラダ向き野菜が、ほうれん草や小松菜類を駆逐する姿も見られる。最近、試みに買った種の袋に書いてある産地を見て驚いた。トウモロコシの種がアメリカから輸入されているのは以前から知っていたが、大根、春菊の類まで軒並みイタリア、オランダ、タイと多国籍化しており、国産はごくわずかになっている。地場の野菜で作付けが限られており、通常他の地方では入手困難な菜の種が「栃木産」から「イタリア産」に代わったのには、正直兜をぬいだ。喜ぶべき現象なのか悲しむべき現象なのか?。

 そういえば、日頃疑っても見なかったサツマイモ(からいも)、ジャガイモ、トウモロコシ、カボチャ、キュウリ(胡瓜)にはそれぞれ原産地の名前がついているし、トマト、ニンジンなども日本になかった作物だ。さて、これから日本はどこまで純粋性(国産)を保てるのか。話は飛ぶが、大相撲初日を迎えて考えこんでしまうことがらだ。

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2008年9月12日 (金)

パキスタン軍反発

 前回の記事「パキスタンとアフガン」で、米軍がアフガンからのパキスタン西部地区へのミサイル攻撃から、ヘリを使った地上作戦にまでエスカレートしていることについて、「アメリカはザルダリ氏(大統領)を棚に上げ、陸軍参謀長との関係強化をはかっている模様」という観測を書いた。

 ところが本日の報道(毎日新聞)によると、下記のように軍が一転して米軍越境に反対声明をだした。これでパキスタンは、大統領から与野党、国民世論すべてがアメリカのパキスタン侵攻にノーの姿勢を明確にしたことになる。昨日、8年目を迎えることになった9.11でテロとの戦いに決意を新たにしたアメリカだが、今度はパキスタンを敵にしてアルカイダ殲滅に乗りだす決意がアメリカにあるだろうか。

【ニューデリー栗田慎一】米軍のマレン統合参謀本部議長が10日、国際テロ組織アルカイダの拠点を掃討するため、アフガニスタン、パキスタン国境地帯に照準を合わせた軍事作戦を強化すると発表したことについて、パキスタンのキヤニ陸軍参謀長は同日、「どの国の軍隊も領内への侵入を絶対認めない」との緊急声明を出した。参謀長自身が米側に真っ向から反発するのは異例。対テロ戦の同盟関係に深刻な亀裂が生まれる恐れがある。

 ブッシュ政権末期になって起きたグルジア紛争は、冷戦後はじめてロシアと正面から対峙する難問題を生んだ。もはやイランや北朝鮮の核の問題などどこかへ吹っ飛んだ感じだ。ライス国務長官が何人いても足りそうにもない。こんな時、渋谷で自民総裁候補が5人うち揃ってマンガ調の茶番をやっている。

 カルザイ・アフガン大統領も「民間人の犠牲を減らすのではなく、完全になくさなければならない」と米軍の空爆を非難している(同紙)。「日本は平和だなあ」と、よろこんでいるだけでいいのだろうか。

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2008年9月11日 (木)

パキスタンとアフガン

パキスタン
☆9月6日投票された大統領選で、下院第1党「パキスタン人民党」のアシフ・ザルダリ氏が当選。ザルダリ氏の妻は07/12/27にテロリストに暗殺されたブット元首相。辞職に追いつめられたムシャラフ大統領同様アメリカから協力を要求されているが、軍を背景にしたクーデターで権力を奪取した前大統領と違って民選大統領のため、対テロ戦には及び腰にならざるを得ない。

☆政治指導者には「3つのA」の支援が不可欠と言われる。軍(アーミー)、神(アッラー)、米国(アメリカ)である。神は国民の9割以上を占めるイスラム教徒の世論だ。野党は、アメリカによるアフガンからの越境攻撃を「主権侵害」だと反発を強めており、アメリカはザルダリ氏を棚に上げ、陸軍参謀長との関係強化をはかっている模様。

☆以上のような米・パ関係の構図は以前からあったが、軍とのヤミ取引は軍出身のムシャラフでは無理。一方、建国の原因でもあるインドとの宿命的な対立に、このところ核保有問題でアメリカがインドに肩入れする政策を採るなど、中立的立場を捨てるような行為がパキスタン国民の反感をより高める(タリバン支持)結果を生みそうだ。

アフガン
☆ブッシュ米大統領は08/9/9に11月から来年1月の退任までに、計4500人の米軍をアフガンに増派する意向を表明した。8月のイラク米兵の死者数22人に対しアフガンの米兵を含む多国籍軍の死者数は43人で過去最悪。

☆これまで、イラク治安維持を理由にNATOの国際治安支援部隊(ISAF)がアフガンでの主軸をになってきたが、アメリカはしぶしぶ増派に応じている欧州各国に見切りをつけたのか。「テロリスト」の出撃基地がパキスタン領内であれば、戦争が目的でないNATO軍では対応できない。

☆カルザイ政権は国土の大半を統治できず、タリバンの勢力拡大は、米軍等の誤爆?等による住民の被害増大をきっかけに勢いを増している。警察組織は極端な人員不足で機能不全状態。何カ月も給料が払われないため、汚職や犯罪の温床になっている。この傀儡政権は、末期の南ベトナム政権以上のひどい状況のようだ。

(以上は08/9/7、08/9/11毎日新聞その他を参考にしました) 
 
  

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2008年9月10日 (水)

ファシズムの兆候?

 最近、正面から政治ネタを題材にする気になれない。自民党の総裁選でこれからまともな政策論争があるとも思えない。というのは本気でイスをねらいに行く人は、争点を巧みにぼかして票が逃げるのをさけるだろうし、最初から売名目的で出馬する人は政策構想をたてる能力がないからだ。

 こんな選挙を論評するのもばかばかしくなる。またその後に予想される総選挙も、マニフェスト対マニフェストの激突にはなりそうにもない。一時喧伝されたマニフェスト選挙も、政局をにらんで思い切った政策が打ち出せず、化粧道具の役にもならないだろう。

 本当に差を出したいなら、憲法そして安全保障問題だろう。しかし、社・共を除く各党内ではこれで激突する意図を持たない。私はマスコミ・アンケートなどを盲信しない方だが、本日付毎日新聞の「首相の資質」という調査には驚いた。

 調査方法は、電話番号を無作為抽出するのではなく、全国300の地点を選んでそこで面接という方法だ。おそらく、よくTVでやっている設問の一覧表にシールを貼らせるのに似たやりかただろう。サンプルは2563人となっている。ここで、

・誰が首相にふさわしいか
 麻生太郎23% 小泉純一郎7% 小沢一郎7%
 小池百合子4% 石原伸晃4% 与謝野馨1%
 石破茂1%
 (国会議員以外)
 石原慎太郎23人 東国原英夫8人 北野武5人
 橋本徹3人

などとなっている。上が%で下が人なので桁が違うが、上位を右翼ごのみの人が独占している。さらに、

・首相に必要な資質は
 政策実行力 36% 決断力33% 先見性9% 

以下、人柄が4%、経験、国際感覚、調整能力が3%で続くが、政策実行力、決断力の10分の1しかない。設問に「民主主義の尊重」というのがないが、政策実行力、決断力だけではヒトラーでも合格ということになる。

  戦後民主主義を勉強した時、選挙、議論、ルールなど結論に手間ひまがかかるが、それでもよりよい結論を出すことが民衆の利益になる、と教わったしそれを固く信じている。

 まさかこのアンケートの結果をもってファシズムの再来とまでは言わないが、戦前とくらべてみても、映像主体の新マスメディアの全盛、ジャーナリズムの退潮は覆うべくもなく、上記の結果がその影響だとすればこれをどう補っていくのか、答えが見いだせない。

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2008年9月 9日 (火)

軍紀の乱れ

 アメリカでは、6月に空軍参謀総長(大将)と空軍長官が揃って辞任した。任期半ばで制服組と背広組のトップが辞めるのは異例で、事実上更迭である。理由は、核管理のずさんさの責任をとったものとされ、二つの事件が指摘されている。

 一つは、2007年の8月30日に、予定にない核の実弾つき巡航ミサイル6発を搭載したB52H爆撃機がノース・ダコタ州の空軍基地からカリフォニア州の空軍基地まで、誰も気がつかないまま飛行したというものである。

 予定では、核弾頭を取り外したものを搭載する予定だったにもかかわらず、操縦者もそれを知らずに運んでしまった。冷戦時代の1960年代には、核爆弾搭載機が空中衝突したり、着陸失敗や落下事故など危険な事故が相次いだ。最後の事故は、安全装置5つのうち4つまで破壊するなど、あわや爆発という危機にさらされ、その他のいずれも放射性物質汚染の被害をまぬかれないものだった。

 もう一つの事件は、2008年3月に台湾から注文のあったUH-1汎用ヘリコプターの部品のバッテリーを、国防省の兵站部門が取り違えて大陸間弾道弾の核弾頭信管4つを輸出してしまったことである。これもユタ州の空軍基地の倉庫内で誰のチェックも受けずに搬出されたのである。

 台湾で気がつき返送されたが、日本向けに禁止されている骨付き牛肉を送ってしまう構図とそっくりだ。物が物だけに「うっかり」ではすまされない。北朝鮮に厳格な核監視プログラムを押しつける前に、まず国内管理をしっかりやってもらわなければならない。

 次が、日本への配備が決まった米原子力空母ジョージ・ワシントンが日本への回航の途中、5月下旬に南米沖で起こした火災の件である。予定では横須賀到着を8月19日と予告していたが、いまだその姿は見えない。

 この火災は日本ではボヤ程度の報道しかなかったが、米海軍報道官がその時点でCNNテレビに「今回の火事は“深刻な火災”に分類される」と語ったことを『赤旗』特派員が伝えた。

 しかし、出火場所や原因などもはっきりさせず、詳細はわからないが、可燃物などのずさんな保管が原因のようで、かつて新宿歌舞伎町の雑居ビルで避難通路を物でふさいでいたケースに似ている。

 火災が抑制された報道になったのは、日本における入港反対運動を気にしてのことで、当初は入港がオリンピック期間中ならば、国民がその方に気を取られているからといったふざけた思惑もあったようだ。それが復旧作業に相当な時間をとられたため、どうかすると日本政変のさなかということになりかねない。

 原子力潜水艦ヒューストンの放射能漏れ事故が最近明るみに出た。自衛隊の不祥事が続いた日本だが軍紀の乱れたアメリカ軍に安全を託すのはもっと危険だ。反核、護憲、平和を唱えるだけでなく、軍隊自身に内蔵される問題への危機管理をどうするかも考えておかなければならない。

 この記事は主に『軍事研究』2008/9 を参考にした。

 

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2008年9月 8日 (月)

「目線」の乱用

 前から気になっていたことがある。「目線」という言葉が誤用されたまま市民権というかマスメディア権を得ていることである。私が「目線」という言葉を初めて聞いたのは、昭和30年代後半の頃だつたように思う。その頃は映画・演劇、テレビカメラマンなどが使う業界用語だった。

 「目線を取る」などと使う。カメラの位置や役者の配置などによく使っていたようだ。辞書には「視線」と同義に扱っているものがあるが違う。「視線を投げかける」とか「視線を感じる」というふうに、視線の主体はそれを発する個々の人間の目の作用で、位置は関係ない。斜視でも視線は視線である。

 それを、マスコミは「福田首相は国民の目線に立っていない」とか、「指導力がない」などという。その二つには矛盾があるが、同時に使って一向に気にする様子もない。国民の目線に立って指導力を発揮したら、それはポピュリズム、衆愚政治になるだろう。

 多分、「国民の視点・観点に留意し、それを反映した政策を強力な政治力で実現する」という意味に違いない。そう言わずに、「目線」に立って目の高さを合わせたまま、高い位置に立って指導することは、同時にできな相談だ。私は、元来ポピュリズムの方が独裁政治よりはいいと考えている人間である。

 しかし、外交、安全保障問題や財政、金融問題の扱いはむつかしい。具体的に言えば拉致問題や消費税の問題などで、為政者は「国民の目線」を超えたところで、つまり評判の悪いことでも、それが究極的な国民の利益に叶うと信ずれば、果断に決意・実行する必要がある。

 なにが言いたいかというと、ジャーナリストを自認するような人たちが、こなれていない流行語(目線はもう流行語ではないが)を吟味せずにまき散らし、政治の議論をイメージ競争にすりかえて政治報道の質を落とし、日本語の深みをないがしろにする日頃の行為を嘆くのである。

            柿本朝臣人麻呂  
 しきしまの やまとの国は ことだまの
     さきはふ国ぞ まさきくありこそ

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2008年9月 6日 (土)

戦国時代の様相

★グルジア 「米軍艦がポチ港外に停泊、露との緊張増大も」米海軍第6艦隊の旗艦マウント・ホイットニーが5日、グルジアのポチ沖に停泊した。ポチにはロシア軍が進駐しており、これまで同港への寄港を避けていた。

「南オセチア自治州は既に事実上、ロシア経済圏に編入され、最悪の場合ロシア量への併合に踏み切るかも知れない」=仏国際関係研究所研究員ディディエ・シムヤウデ氏。「旧ソ連の親ロ6カ国軍事同盟首脳会議、ロシアの軍事介入を支持する共同宣言を採択する見込み」

★中国 「中国・湖南省で数万人暴動、軍・武装警察5000人出動」理由は、土地開発会社が市民投資者への高利を止めたため。「淅江商寧波市の衣料品工場で1万人の群衆と5000人以上の警官隊が衝突、少なくとも20人負傷」理由は、少年労働者の労災事故の取り扱いについて。

★パキスタン 「アフガニスタン駐留の特殊部隊兵士がパキスタン北西部に侵入、地上戦を行う」これまで越境空爆はあったが地上部隊の越境ははじめて。パキスタン政府は、民家15棟にいた民間人20人が殺害されたとし、他国軍の越境は断じて認めないと宣言。米軍は続ける意向を示唆。

★アメリカ マケイン氏大統領候補受諾演説「戦争で負けるぐらいなら、大統領選で負ける方がいい……ベトナム戦争時に他国で捕虜となり、祖国を愛するようになった……立ち上がって戦おう」ベトナムで勝ったつもりでいる。

★北朝鮮 「拉致再調査延期で日本外交大きく後退、テロ支援国家指定解除も行き詰まり」以前の状態にあともどり。

★その他 「タイ・バンコクで、サマック首相の退陣を求め、首相宅に向かったデモ隊に発砲さわぎ」。「東証終値345円安、アジアをはじめ世界同時不況深刻化」。

▼以上、いずれも今日の朝刊から。こういった中、国連潘(パン)総長の記事は見あたらない。世界平和を声高く叫ぶ国家指導者もいない。まるで群雄割拠の日本の戦国時代以前に帰ったようだ。その日本、外交に腕を上げようとしたはずの福田氏、今はどぶネズミのように逃げ回っている。

 おあとは、自民で小学校のクラス委員選挙みたいなことをやっている。これが総選挙になっても、生徒会長に匹敵するほどの総理が選べるかどうか。わが塾では、このところまことに悲観的になっている。

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2008年9月 5日 (金)

大正デモクラシー③

 前回に続き、安倍元首相と麻生総裁候補におじいさま若かりし頃(大正9年)の本を紹介します。

谷本富著『現代思潮と教育の改造』
       第一章 教育学風の変遷

前回のつづき~~~~~~~~~~~~

 かくの如くにして更に明治維新となったのであります。明治の維新になってはどうかと言いますると、これはまことに一言のもとに言うことはできがたい。というのは明治維新は本当は二つの異なった潮流からできているのであります。

 一はなるほど明治維新です。西洋風、即ち万国の新しい事をご採用あそばされるというご趣意です。その一方には王政復古で、しかも神武天皇の昔に帰ろうというような有様でありますから、維新主義と復古主義、いわば進歩主義と保守主義とが常にあい戦っておったのであります。

 それがために佐賀の乱もありました。それが為に熊本神風連の乱もありました。遂に西南戦争もありました。ひいてはイヤ国粋主義じゃの何じゃのというものが追々出てきました。

第七発展式 これは明治維新のはじめに二種の潮流があったのじゃという事を申せばわかると思いますが、明治二十二年に畏くも帝国憲法がご発布に相成り、また引き続きまして教育勅語が煥発せられましてからは、万事明らかに決まりましたので、私はこれに発展式という名をつけております。

 発展家といった俗な意味での発展ではない、つまり日本の国威が発展するということの意味でであって、それは何で申すかというと明治の始めに明治の国是を定められて、開国進取を以て国是とするということを仰せられたのに基づきます。

 そのご趣意が徹底して、いつも申しまするように日清戦争、日露戦争、なお引き続いて今回の大戦というようなものに至るまで、常に国威がズンズンと発展伸長したのだから、開国進取であり大発展であり、ついに今度は世界五大国の仲間入りとまでなったのです。

 もっとも肝心の評議をするときには、日本だけのけ者にせられていたそうじゃが、とにかく日本国は発展をして今回のベルサイユの講和会議でも重きを置かれるようになったことは明瞭な事実です。

 しかし開国進取などと言うとどうも支那人の如きは、ソレ見たことか、言わないことじゃない、日本が国を奪(と)りにくるなどと言うかも知れぬ。だから私は進取ということを隠して発展主義とやったところは、さすがに用意周到なるものがありましょう。

将来の新学風如何 けれどもじゃネ、発展主義もいいが、大正の新時代にはそれではいかぬと思うのであります。いま大正になり、いま二十世紀になっては、それではいかぬと思うのであります。デ私は新たに教育風の起こるべきものとして、それを何と言うかといえば即ちデモクラシー式と言おうとするのであります。

 もっとも他の時代は神習式といい、文華式といったようにみな二字にしてあるのだから、デモクラシー主義も二字にして、何かいい訳字はないかと思うて考えても見ましたが、この訳字にはまことに困るので、民本主義などと訳をつけますけれどもそれは誤解のもとであります。

 民本主義というのはとかく官僚主義の人のいうことであって、われわれのいうデモクラシーではないようだからそれは避けます。さればといって民主主義と言えば官僚からドエラウにらまれることになる。あるいは、平民主義と言ってもいいけども、平民というのもすこしく具合が悪い。

 しばらくデモクラシー主義ということにしておきますが、それでは困るという人もあろうけれども、私はよく言うのであります。人は日常生活でも原語のままで言うておることが沢山あるのです。あるいはガスであるとか、ランプであるとかいうのも日本語ではない。

 これは西洋の言葉がそのまま日本語になったのである。昔から仏教の方で、南無阿弥陀仏というが、これは日本の言葉でもなければ支那の語でもない、実はインドの語であります。しかし日本人の十中八九までは、誰でも何か悲しい事があったり、仮に心中でもするときには南無阿弥陀仏と言うでしょう。

 お俊伝兵衛でもそうです。彼らは日蓮宗じゃというけれども、芝居では情死のときにはまさか南無妙法蓮華経とは言うまい、やはり南無阿弥陀仏と言っている。何はともあれこの南無阿弥陀仏という語は最早日本の言葉となって広く行われているというようなことで、外国語にしても日本語になっているものも沢山あるから、デモクラシーでも私はやはりそのままデモクラシー結構だと思う。

 つまり私は今後新時代の教育主義は皆デモクラシーになるということのお話をしたのであります。

(以下参考図書等の研究資料の紹介等を省略、第一章完結)

~~~~文献紹介者・塾頭のコメント

 大正デモクラシーは、富国強兵から軍国日本の間のつかの間に咲いたあだ花のようなものです。この時代の理論的指導者として、「民本主義」を唱えた吉野作造が有名です。「民主主義」というと、天皇が「主」であると規定した明治憲法と対立するので使えなかったのでしょう。

 当時これだけの近代的感覚が受け容れられながら、デモクラシーを根付かせる事ができなかったのは何故でしょう。この文章を見ても明治時代の「発展式」の批判が無く、一歩腰が引けた感じがなきにしもあらずですが、これらを論じた本格的な議論はあまり見かけません。

 「一歩腰が引けた」というのは、自由闊達な発言の中で、皮肉めいた表現がところどころに出てくることに注意してください。それが、デモクラシーと相容れない旧憲法の天皇制であり、隠然とした権力を民衆にふるう官憲の存在であり、潜在する中国侵略志向の動きなどです。

 また、論旨に関係のないやや冗長な部分が多く、一部省略してしまった所もあります。しかしそういった語り口が、かえって明治から昭和の間の転換期を生きた人の息吹をじかに感じさせる、貴重な資料となっています。

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2008年9月 4日 (木)

大正デモクラシー②

 前回に続き、安倍元首相と麻生総裁候補におじいさま若かりし頃(大正9年)の本を紹介します。

『現代思潮と教育の改造』
       第一章 教育学風の変遷

前回のつづき~~~~~~~~~~~~

菊花御紋章の事 もっともそれは忠孝ばかりではありませぬ。諸君が皆もって非常に立派な花とし、また殊に貴い花だと敬われるのは菊の花でしょう。しかしこのキクという言葉は日本の言葉でありませぬ。

 日本の語では「オキナグサ」(翁草)とか、「モモヨグサ」(百夜草)とか「チヨミグサ」(千代見草)と言うのじゃそうですけれども、さればとて誰も畏くもわが皇室のご紋章は、翁草であるとかあるいは十六弁の百夜草であるとか言う者は無かろうと思う、やはりキクというのが普通一般であります。

 これなども訳のわからぬ人たちは、神代のはじまりから菊は皇室のご紋章であったかのように思うているでしょうけれども、そもそも菊が皇室のご紋章になったのは比較的新しいことであって、従来国学者連中の調査したところによれば、後鳥羽天皇の前後を出ないのであるということであります。

 こういう事を考えてみると、日本人は何でも今現にある事は昔から変わらなくあった事のように思うているが、それは大間違いであって、教育の風なども昔から非常に変わってきている。即ち今日わが国固有の古風の教育、即ち私の言う古めかしい教育は、全く徳川氏三百年の教育の風であるのだと言う事を、最初に掲げておきまする。

学風七変論の発表 そのことにつきましては、ちょうど明治三十年頃と思います。私はオーストリアのオット・ウイルマンという人の教授論に述べられていることを参考に、教育学風変遷論を立てたことがあります。

 すなわちオット・ウイルマン氏がヨーロッパの教育はギリシャ、ローマの昔から今までに七たび変わっていると言われておりますので、それを非常におもしろく思い、それと同じ事を日本で見たらどうなるかと思い調べて見たところが、やはり日本のも七たび変わっていると言うことがわかったのであります。(発表の経緯などの記述を省略)

第一神習式 わが国において開闢より大化の頃まで……つまり聖徳太子ご出世の前後までの教育主義は神習式というものである。それは今の言葉に直すと伝統主義であります。くわしく申しますると、つまり昔からあるしきたりをただそのまま随神(かんながら)に習えといったのである。

 別にむつかしいことはない、ごく質素で、文字も何も無くして、ただ随神に習ったのが神習式であったのである。そういったところがおいおいと朝鮮、支那というような順序で、大陸の文明が輸入してきましてからは、万事非常に立派になり、遂にかの絢爛たる奈良の文明を作り上げたのであります。

第二文華式 それは、ただいまでもあるいは春日神社あるいは大仏といって、国宝に指定していますが、これを名付けて文華絢爛でありますから文華式ということにする。そのうち日本の経済事情が変わり、国情が変わって、遂に外国との往来が途絶えたのであります。

 菅原道真公は教育史の上においても非常に立派で、重要な地位を占めたお方ではありまするけれども、実は日本と海外の交通を杜絶したことについては、この菅原道真公の建白が非常に力があったので、遣唐使は止めになったのであります。これはわれわれの今なお非常に遺憾に思うことであります。

第三情操式 右のようにして外国文明の輸入が杜絶してしまうとなると、今まで追々発達してきておった文華的文明はたちまち爛熟して、自ら大変に感情に走りまするようで、平安朝末期の文明、即ち最も感情に走った情操式の文明ができたのでござりまする。その一例は『平家物語』によく表現されています。

 ところがそれでは余り女々しい、すこぶる婦人的である、すこぶる女性的であるということで、鎌倉幕府が興ってからは昔のように京都や奈良を中心とはせず、もっとも依然京都に都は置かれましたが、幕府は置かれなかった。

第四質実式 即ち幕府は遠く辺鄙な鎌倉の方に持っていって、そこに勢いよく興ったのがいわゆる武士道の教育であります。私は妙な字ですけどこれを質実式の教育と申します。つまり奢侈を嫌い、倹約を奨め、無礼尾籠の振る舞いを禁じて、なるべく実意あるようにという質実式の教育が行われました。

 それはまことに結構であります。したがって引き続いて南北朝の時には楠公父子のような大忠臣をだすようになったのじゃが、その流れのあとが戦国時代であります。

第五意気式 戦国時代というてもまた非常に面白いことがあって、およそ人が意気を貴ぶというような日本男子の特色は、実は戦国時代にことに培養され、ことに発揮されたものであると思います。意気という意味は非常に説明しにくく、ドイツ語にしても英語にしてもフランス語にしても適当な訳ができない。

 それぐらい意気というようなことは日本人固有のものでありますが、それは実は戦国時代に培養されたものでありまして、いわゆる男伊達、侠気であります。日本人にはこの侠気が非常に強い。それは戦国時代の結果だと思う。

 しかし意気とか侠気とかいうことは非常に結構なことではあるけれど、まかり間違えれば花火線香のように怒ってすぐけんかをする。まことに剣呑でありまするから、一旦天下を取った人はなるだけこれをなだめようとするのが当然でしょう。

 即ちまず最初に豊臣秀吉公が彼の桃山文明を以て、あるいは茶の湯の会とか連歌とかいうようなものを盛んに挙行されたが、不幸にして浪花の春は長う続かなんだのであります。

第六道徳式 代わって徳川家康公はごく隠忍で、しかも深く考えられて、馬上で取った天下を文を以て治め、徳を以て治めるということからして、遂に徳川氏三百年間は道徳式の教育となったのであります。即ち最初に藤原惶窩先生、引き続いて林家の人たちをはじめとして種々学者を優遇せられ、主として孔孟の教え、それも朱氏派の孔孟の教えを以て、道徳によって五倫五常で以て治めようとしたのが、江戸幕府の教育主義であります。

 そのことは何によってわかるかというと、江戸幕府時代にはしばしば法度というものがでております。武家や士人に対するいろいろの掟書です、心得です。その武家の法度というものを読んでみると、年月を経るごとにだんだん道徳主義を鼓吹することが盛んになっています。

 ことに忠孝ということを劈頭第一に掲げることも、その回を重ねる毎に盛んになったようなのです。例えば慶長の時に出ました法度と元禄の時に出ました法度とをくらべてみますと、元禄の時の法度には一層盛んに忠孝と言うことが述べられてあります。

 その反応として赤穂四十七士の浪人なども出ているのであります。これは実は全くその時の時代思潮に投じたものであります。ただそれは役所から定めたもの、お上から決めたものであるということと、今日の現代思潮の世界の大勢だというちがいはありますけれども、道徳主義、忠孝主義ということが慶長の頃より発達して元禄の頃は非常に盛んになった思潮であったのだということは、諸君に申して差しつかえござりますまい。

(蜀山人の話略、以下次回へ続く)

 
 

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2008年9月 3日 (水)

大正デモクラシー①

 この前のお腹をこわして退陣した総理大臣も、次の総理・総裁の最有力候補とされる人も、おじいさまが歴史上名高い総理大臣です。前の方は「美しい日本」とかおっしゃって、戦前型の道徳教育を取り入れることに熱心でした。

 次の方も、女性天皇はわが国の伝統からしてまかりならぬ、などと小泉首相でさえお持ちにならない神がかりセンスの持ち主です。今回は、大正9年「大正デモクラシー」のさなかに発行された本をご紹介します。というのは、前の方のおじいさまが大卒、社会人1年生、あとの方のおじいさまは、あぶらがのった働き盛りの頃の本で、そういったことはご存じだったはずです。

 お二人とも、お墓のおじいさまを苦笑いさせないよう、気をつけてください。そして日本にもいろんな歴史や文化があることを是非知ってください。本は谷本富著『現代思潮と教育の改造』です。以下はその第1章で、漢字・かなづかいや表現を一部かえていますが、原文の雰囲気はできるだけ残すようにしました。

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『現代思潮と教育の改造』
       第一章 教育学風の変遷

現代思潮とは何ぞ さてこれから本論に入りまするが、本日はかねて広告文に書いてありました通り、デモクラシーということについて十分にお話をしてみようと思います。それは取りも直さずこの表題にでている現代思潮は、これからはデモクラシーであるということの意味で申すのでございます。

 只今福士君のご挨拶を拝聴して、私はまことに嬉しゅう思うたのであります。即ち教育者諸君の着眼点はごく広く、またごく新しく、ごく自由であることを望まれると言われたのでありますが、いかにもその通りです。

 誰も現代思潮ということの上に立たなかったらば、到底十分教育はやって行けますまい、しからば現代思潮とは何であるかといえば、それはデモクラシーであると、こうお答えをしたいのが私の真意であります。

 しかしその前に一つお話をしますることは、すべて教育の風(ふう)というものが、今も昔も常に同じものであると考えるのは大間違いであるということであります。われわれ同胞日本人が今多く考えているようなこと、即ち国家につけ、あるいは民族について考えていることは神武開闢、いな神代の太古からも同じようであったように言う人がありますけれども、それは、実は間違いであります。

 私の見るところをもってしますれば、いま日本人固有の特別の考えだなどと偉そうに言っているところの思想の大部分は、徳川氏になってから、即ち江戸幕府時代の三百年間にだんだん築きあげてきたことが多いようであります。

 ごく露骨に事を申しますと、「忠孝」というようなことをド偉うやかましく言うのでさえも、それは実は徳川氏三百年間において今のようなかたちに造り上げられられたようであります。無論勅語にもお示しになってありまするように、わが国民民族は開闢建国以来「よく忠によく孝」であったのではござりましょう。

 それはいかにもそうでありましたろう。そうでありましたろうけれども、今日現在多数の人々が口やかましく言うように教育の主眼は「忠孝だ、忠孝だ」と言うのは、実は徳川氏時代の徳育奨励の結果であるということを、私は十数年來やかましく申しているのであります。

 そのために時としては随分地方で議論の起こったこともあります。けれどいくら議論が起こってもそうに違いないのだからやはりそう申します。

聖徳太子の憲法と忠孝 その証拠には、古来日本人の道徳の思想をとりまとめて書かれたもののまず最初のものといえば、ちょうどこの大阪にご縁故の深い天王寺を建てられた、その聖徳太子のご制定あそばされたる憲法十七か条というものの上にでるもののないことは、諸君もご承知でしょう。

 聖徳太子の憲法はまことに結構なものであるには相違ござりませぬけれどあの中をどうご覧になっても、忠孝という熟語は失敬ながらまだかつて見あたらないのでござります。忠孝ということをもって教えのもとにするというように断言する熟語の使用はないようであります。

 なるほど「忠」という文字はあります。けれどもそれは職務に忠実にいそしむということでありまして、忠孝という文字は憲法十七か条の中には無いのでござります。なお、私をして一層進んで言わしめられますと忠という字には日本語の訓がなくて、「チュウ」と呼んでいる。

 孝という字も日本の読み方をせず「コウ」と言うておる。もっとも名前では忠はタダといい、孝はタカというようだから、小学校はもとよりすべての教育は、タダタカが日本の教育の基だと言えばよさそうに考えるが、しかしそんなことを言う人はあるまいと思う。

(つづく)

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2008年9月 1日 (月)

敵前逃亡辞任

晩節を汚した。----------------

一夜あけて記事を継続する。

 首相・福田康夫の淡々とした(ように見える)辞任会見、そして公明党を含む与党幹部の、「いま聞いたばかり、驚いた」という発言。私はその中に、この辞任を仕掛け、詰め腹を切らせた張本人がとぼけた顔でコメントしているのを見たような気がする。

 市民は、みんなこのタイミングで「自発的」に辞任したことを不審に思っている。いずれ真相がわかるかどうかはわからないが、ある強制力が働いたことだけは想像にかたくない。

 あるとすれば、急にわがままなだだっ子ぶりをあらわにしている公明党である。テロ特措法、これは自公で大幅に修正を加え洋上給油法案として野党に提示するなどの妥協が可能だろう。

 問題は、定額減税実施の要求である。福田総理が政策理念を明確にしないという点がここでは裏目にでた。これが選挙目当てのバラマキであり、赤字国債などとんでもない、というのが政権を担当する総理の真意ではないか。

 実は、公明党も窮地に立たされている。自民党に妥協しすぎる、という創価学会からの声はあるものの、あくまでも与党の地位を捨てるな、という至上命令もある。

 すると、総選挙の成り行きによっては、民主党との連立の余地も残しておかなければならない。仮に参院のねじれ現象のまま、自民との連立を継続させるとすれば、今まで以上の発言力・影響力が行使できるような地位を築くことが求められている。

 総理は、この先の要求がエスカレートしていくことを恐れたのではないか。次期総理・総裁を目指す麻生幹事長にとっては、だだっ子のいうままなだめるしか手がなく、総理の意中の政策が通らない。

 「次の人にやってもらうしかない」という総理の告白は本音だろう。総理の辞任が公明にとってプラスなのかマイナスなのか、結論はまださだかではない。しかし、公明が自・民を両天秤にかけるのなら、与党じり貧のまま解散を迎えるよりメリハリの利いた変化があった方がやりやすいことだけはたしかだろう。

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アフガン妄想

 9.11からあと10日で7年、犯人の首魁とされたビンラディンはいま、どこで何をしているのだろうか。犯人を引き渡さないとして最新兵器を繰り出し、アフガンに攻め込んだ米英。いまだに捕まるどころか死んだとも聞かない。

 最初の頃は、潜伏しているといわれる山岳地帯の洞窟をしらみつぶしに捜索している占領軍の姿が、連日のように茶の間のテレビに写し出された。最近はそんな映像がでてこない。いつの間にかビンラディン逮捕から、テロリストにされたタリバンや武装勢力の掃討に変わった。

 ビンラディンは、もうアフガンにいないのだ。7年もかけてまだ発見できないということは、首謀者と断定し攻撃を開始したアメリカの負けということになる。アメリカ人は負けず嫌いである。「マケイン」という候補者を立ててブッシュの跡継ぎにしたい気持ちはわかるが、ベトナムと同じだ。負けても「勝った」といいはる。空しい。

 タリバンは9.11に関係ない。ビンラディンをかくまったとされる時、アフガンの政権を担っていただけだ。厳しい戒律に忠実だったが腐敗はなく国民の支持を受けていた。宗教指導者オマル師が熟慮のすえアメリカにNOと言ったのだ。

 壊滅させられたはずのタリバンがこのところ復活している。ただし伊藤さん殺害事件のように、どこからどこまでがタリバンなのかは、はっきりしていない。アメリカが探す指名手配者は、パキスタンにいる可能性が強く、苦労して作ったカルザイ政権を支えるためにだけアフガンに軍隊を置く。

 本当ならパキスタンに猛攻を加え、しらみつぶしに洞窟を調べたいところだが、開戦当時にやっとムシャラフ軍事政権の支持を取り付けたパキスタンには、その手が使えない。アフガンにしろパキスタンにしろ民衆は、イスラム第一で協力が得られない。それを理解しない外国軍隊にはいて欲しくないのだ。

 この八方ふさがりの迷路に、集団的自衛権で出動したNATO諸国を含め強気な発言を繰り返す首脳はいるが、本心は一刻も早く手を引きたがっているのではないか。そこへわざわざ新しい「恒久法」をつくって、自衛隊をノコノコ出かけさせよういう日本の政治家がいる。

 オマル師の死亡説が飛んでいるようだ。そのうちにきっとビンラディンの戦闘による死亡説がでてくる。それをくつがえすビデオがあっても、替え玉説やねつ造説をばらまけばいい。アメリカは「目的終了」宣言をしてアフガン撤退に踏み切る。これが、わが塾頭の「妄想」である。

 以上で本題は終わるが「妄想」という言葉について。
 
大辞林 第二版より

〔古くは「もうぞう」とも〕
(1)〔仏〕 精神が対象の形態にとらわれて行う誤った思惟・判断。妄想分別。
(2)根拠のない誤った判断に基づいて作られた主観的な信念。分裂病・進行麻痺などで特徴的に見られ、その内容があり得ないものであっても経験や他人の説得によっては容易に訂正されない。
「被害―」「誇大―」「あらぬことを―する」「―にふける」

  かつて、故人となった義母が方言で笑いながらよく言った。「いやだねー、モーゾなったんかやあ~」。「モーゾ」、今は死語になりかかっている「耄碌」のこととは理解はしていた。これと「妄想=もうそう」が同義とは今回辞書を引くまで知らなかった。

 それが官の介入で、新聞も電波もすべて「認知症」一色。言葉としてのこなれもなければ、受ける印象も最悪だ。『徒然草』にも使われた美しい的を射た言葉「もうぞう」は、残していくべきではありませんか、皆さん。

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