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2008年8月26日 (火)

農本主義と政治家

 星亨(ほしとおる)は、明治時代の政治家である。長州・薩摩による藩閥政治を批判し、舌禍事件などで2回入獄、衆院議長となるが不信任案で除名された。それでもはい上がって政党政治を足場に逓信大臣の地位につく。その後、東京市議会議員を汚職容疑で辞任、最後は剣客・伊庭惣太郎のテロで命を落とした。

 どちらかというと、歴史上は悪役的な存在として描かれ、知名度もそんなに高くない。しかし他の明治の元勲たちのように貴族や武士の出ではなく、職人(左官)の息子で、権力闘争に非凡な才能を発揮した星の数奇な政治生活を、鈴木武史著『星亨』(中公新書)がまとめている。

 その終章で、政治家を儒教的農本主義型と商業資本利権活用型の二つに分け、その後者に平氏、織田・豊臣政権、そして徳川政権下の田沼意次をあげ、星もその類型の政治家だとしている。ただし日本の政治の流は、伝統的稲作文明を基本とした農本主義であり、商業資本型政治はいずれも短期間で挫折していると説く。

 さらに、明治維新のいちじるしい特徴は、欧米列強の外圧のなかで行われた「横からの革命」であったとし、狭い国土と連作可能な稲作による自給自足体制は、「単純な農作業を続ける勤勉性と、集団の行動に従う協調性」で、「一個人の飛び抜けて優秀な能力は必要でないばかりか、有害ですらある」という指摘もしている。その中で星をこう評価する。

 田沼が悪玉とされたように、星の利権型政治も国民の非難を浴びた。彼のように傑出した能力をもち、謙譲の美徳を兼ね備えない人物は、伝統的稲作文化の長老支配社会のなかでは受け容れられにくい。政治的利権とからむ場合はなおさらである。

 しかし日本の近代化のなかでの農業から商工業へという産業構造の転換を考えると、中小商工業者を含めた新興の実業者層と結びつけき、その庇護者となった星の役割は、必ずしも否定的に評価されるべきではない。

 これを現代に引きなおして、はたと思い当たるのが小泉首相時代の竹中平蔵大臣である。農業の代わりに製造業、商業資本の代わりに金融資本に置きかえてみると、農本主義主流の政治のなかで際だった施策であり、新自由主義という横からの強い外圧をともなっている点も似ている。

 ほかにどんな政治家がいるかと思って考えてみたが、すぐには思い当たらない。「貧乏人は麦を食えばいい」といい、トランジスタ・ラジオのセールスマンといわれた池田勇人首相でさえ、基本的には農本主義型政治家を踏み越えていないように思える。

 イメージからすると、福田総理も農本主義型、小沢代表はもっと農本主義型の政治家だろう。また小泉首相の政治手法は商業資本型に見えるが、郵政だけでやはり徹しきれていなかった。その点、去就が注目される麻生幹事長は、商業資本型を目指すタイプになるのかどうか、先が見えてこない。

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