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2008年8月 8日 (金)

庶民の戦争責任8

 前回紹介した保阪正康氏の「日本の<文化革命>は、なぜ起きたか?」という著述の中にある、五・一五事件犯人の助命嘆願や国際連盟脱退に拍手を送った「国民」にも責任がある、という結論に戦中を知る者として異を唱えた。

 ちょうどその頃生を受けた私は、純粋培養された軍国主義者になっていたはずである。もちろん人並みの軍国少年であったし、10歳を過ぎた頃には20歳以上の人生を想像したこともなかった。それは、恐怖でありあきらめでもあったが、使命とか、男子の本懐などという教えられた建前を、自ずからの本心としたことは一度もなかった。

 そうすると、日露戦争後に生まれ大正デモクラシーの中で青春を謳歌したわれわれの親クラスが、保阪氏のいう「される方も悪い」というマインドコントロール受けたことになる。もしそうなら子供がその影響を受けないわけがない。私たちは親から聞いた「赤い靴」、「雨降りお月さん」、「歌を忘れたカナリア」などの童謡で育った。

 五・一五事件があったその年の大ヒット曲は「影を慕いて」、その前の年が「酒は涙かため息か」で、決して元気の出てくる歌ではない。その後、庶民に受けた流行歌を調べていただきたい。政府は、歌にまで厳格な文化統制をおこない、もっぱら軍隊向けの「軍歌」と民間向けの「戦時歌謡」に分けて検閲した。

 したがって、戦時歌謡も歌詞が軍国調であふれているのに、メロディーの方は哀調を帯びたものがもっぱら好まれた。ことに終戦が近づく頃には、悲痛・悲鳴に近いような曲さえある。これは、「ヨ・ナ抜き」(邦楽の6音階)なら純国産でよろしい、という検閲方針が裏目にでたという説もあるが、庶民の非戦メンタルがよく現れているのではないか。

 マインドコントロールや「一億一心」の度合いを測る道具はない。ただ言えることは、当時の新聞・雑誌のルポ記事や「国民の声」などを、そのまま信用してはいけない、ということだ。 五・一五事件や満州事変がその後の日本の進路を決める岐路となったことは認めるが、それは私の親の代の国民世論(庶民感情)でスイッチしたものでは決してない。

 軍人が凶悪な犯罪を犯しても見逃されるとか、軍法会議でおしるし程度の軽い刑ですむというのは、ここに始まったわけではない。遠くは閔妃暗殺で中佐以下の全員無罪(明治29年)、関東大震災のどさくさで社会主義者大杉栄夫妻と子供を殺した甘粕大尉の懲役10年(3年で出所)、張作霖爆殺の河本大佐は退役(昭和4年)だけ。

 しかも最後の事件は、「満州某重大事件」と報道されただけで国民には真相すら知らされていなかった。さすが若い昭和天皇が、田中義一首相の「厳重処分」の内奏をほごにしたことを追求した。田中は退陣に追い込まれたが、もうこの時期には軍首脳の意向に天皇も首相も逆らえなかったのだ。

 軍部が民間人を「地方人」と呼んでいたように、一般国民も軍部を力の及ばない別世界になっていたのだ。これは帝国憲法の統帥権にも関係するが、国民世論があって、選挙があって、内閣が変わって国政が動くという現在の判断基準で考えてはならない。「庶民の戦争責任」を言う人はその辺をどう考えているのだろうか。

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