« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月

2008年8月30日 (土)

毒入り餃子ほか

 30日正午のNHKニュースによると、「中国当局は、日本政府に、6月発生した中国国内の毒入り餃子について、製造会社の関係者が個人的理由で毒物を混入させた疑いがある、と伝えてきた。これにより真相解明に大きく近づく」との報道(この時点でHPにないので正確ではありません)。

 オリンピックを終え、閉鎖国家がいい方に向かう第一歩でしょうか。開放度で日本がいつのまにか追い越された、など決してないようにいたしましょう。

    ----集会のPR----

「九条の会市川」結成3周年記念集会

日本国憲法制定史研究の第一人者が語る
     対米従属から自立の国へ

記念講演 古関彰一さん
         憲法九条の歴史と現実

9月7日(日)参加費無料
        午後2時~5時(1時半開場)
市川市民会館大ホール
    市川市八幡4-2-1 TEL 335-1542
講演 古関彰一さん
      (獨協大学法学部教授)
憲法対談 古関彰一さんVS高橋勲さん
ミニ・コンサート:
       ユニオンニューフィル千葉

………………………………………………

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2008年8月29日 (金)

農相ポスト

 農相ポストはこのところ政権の「鬼門」だといわれています。安倍前内閣では、昨年5月の松岡利勝元農相の自殺を皮切りに、農相の途中交代が相次ぎました。松岡氏の後は、臨時代理などを挟んで赤城徳彦氏、ばんそうこう会見で知名度を上げましたが、父君は農相を何度もつとめ実績をあげた人格者です。

 しばらくなかったと思ったら、ここにきて福田改造内閣で就任した太田誠一農相です。いずれも政治事務所と政治資金使途の問題で、分かり切っているのにどうして繰り返すのだろうと、神経というかオツムの方もどうかしているのではないか、というのが世間のさがない評判です。

 安倍さんも福田さんも農相ポストを「でも・しかポスト」と考えているのでしょうか。そうじゃないでしょう。お父様の安倍晋太郎さんも、福田赳夫さんも、最初の大臣が農相だったことをご存じなかったはずはないですよね。「しまった」じゃ困ります。

 もう忘れられた政治家ですが、第5次吉田内閣の農相に内田信也という人がいました。東条内閣でも農商相、その前は岡田内閣で鉄道相です。戦前戦後にわたり閣僚の座につき、終戦工作にもかかわったといいますから、立派な人だったのでしょう。その人にこんなエピソードがあります。

 第一次世界大戦では、好景気に日本中が沸きました。その最たる物が造船で「船成金」という言葉を生みました。その代表が内田信也で、巨富を手にしました。その内田さん、あるとき山陽線で列車転覆事故に遭遇しました。

 倒れた寝台車の中から首を出し「おーい、神戸の内田だ、金はいくらでも出すから一番先に助けてくれ」と叫んだといいます。真偽のほどは別として、いかにも時勢を反映した「船成金」らしい逸話です。太田さんも内田さんのように思うことをずばっと言って、辞任するしないは別として後腐れのないようにしていただきたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2008年8月28日 (木)

美しい誤解に安住するな

 アフガニスタンでNGO「ペシャワール会」のスタッフの伊藤和也さんが拉致殺害された。美しく高い志がこのような結末を生んだことは、まことに心が痛む。衷心よりお悔やみを申し上げたい。「美しい誤解」、以前何回か取り上げたことがあるが、もう一度この事について考えてみたい。

 そこで強調したいのは日本の役割です。これまでアフガニスタンの「治安分野改革」で成功したのは、日本の武装解除だけです。なぜか。現場の私たちは「美しい誤解」という言葉を使いました。アフガン人はテロ特措法など知りません。日本は軍事行動をしていないという「美しい誤解」が、疑心暗鬼の武将たちに信頼醸成させた。

 これは、アフガニスタンで武装解除日本政府特別代表を務めた、伊勢崎賢治氏の発言である。私はこれにも「美しい誤解」があると思う。アフガン人は善意の第三者なら誰でも喜んで受け容れると考える「美しい誤解」である。

 これは、現地をよく知る伊勢崎氏だからこそ言える言葉であって、人道支援とか貧困解消、あるいは国際貢献といった美名のもとでおこなう活動なら必ず誠意が通ずる、というある種の“お人好し”信念とは意味が違うということである。

 犯人の組織や目的はわからない。そこにいわゆるイスラム原理主義というものが存在するとすれば、神はひとつ、ユダヤ教徒やキリスト教徒はその共通の神をいただく「経典の民」で、条件次第で融和や結婚も許されるが、その他の宗教は「異教徒」で戦争をする相手である。現地の言葉を話すだけでは駄目でなのである。

 タリバンが復活、優勢となるなかで大麻栽培が盛んになり、それがゲリラ活動の資金源になっているという。現地の人が喜んでいるにしろ、農地に稲やサツマイモの栽培を普及、定着させることは、タリバンにとって、カルザイ政権やアメリカなど駐留外国軍を支援することにつながる。

 ムスリムは客人をよろこんでもてなす。しかし、女性が肌を見せることに平気な欧米や、異教徒にながく居座ってもらいたくないないのだ。これはサウジアラビアでもイラクでも、厳格なイスラム信仰を保とうとする国なら当然なことだ。

 イスラム教国に限らない。ロシアがグルジアの国境を越えて、戦車を繰り込み軍艦で小国を脅迫する。ロシアの言う「民族自決」「治安維持」「邦人保護」「独裁排除」それに「自衛」、これまでの歴史でさんざん使われてきた戦争合法化の口実である。

 日本の大陸侵攻はすべてこの伝であった。そして、それらの国民は、日本の善意を理解しようとせず反抗ばかりする、と言って、早く親日政権を作り安定させようとする。それが失敗を許されない大国意識で、占領を長引かせる。今、イラクで、アフガンで、そしてグルジアでも繰り返されようとしている。これを「侵略」という。

 国、あるいは国連という組織が現存する限り、軍隊に国境を越えさせなくてはならないという事態はありうるだろう。かりにそうだとしても、その国を他国の影響下や支配下に置こうとして居座ることは許されないし、問題解決を遠のかせ、はるかに多くの犠牲者を生むだけだ。

 あとに問題を残しても、内戦が起きても仕方がない。国連では解決しないからといって他国が介入すれば、紛争は世界にひろがる。軍隊を緊急避難的に入れることがあっても、何年にもわたってはならない。NGOは性格が違うが、一応の目的を果たしたらあとは現地にまかせて引きあげるよう心がけるべきだろう。

 

| | コメント (10) | トラックバック (5)

2008年8月27日 (水)

子供のための戦争の本

最新版はこちらへどうぞ

http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-874c.html

 毎日新聞の記事をもとにご紹介します。

 「日本児童文学者協会」には「新しい戦争児童文学委員会」があって、さまざまな角度から、小学生・子供向けの戦争に関連する作品をとりまとめています。

 「おはなしのピースウオーク」は、公募作品と、あさのあつこさん・那須正幹さん・川北亮司さんら作家による短編や詩など40編6巻として本年1月に完結しました。また、女優の中嶋朋子さんらが朗読した8作品のCD(3枚組み)もあります。

 また、自治体によっては「こども図書館」などにそういった「特設コーナー」を設けているところがあると思いますので、照会されるといいと思います。

 本とCDの申し込み・問い合わせ先
  日本児童文学者協会電話番号
    03-3268-0691

 それからコメントいただいた方の推薦がありますので下にある<コメント>をご覧ください。

《更新版》があります、↓をクリックしてください。 

http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-874c.html

| | コメント (3) | トラックバック (3)

2008年8月26日 (火)

農本主義と政治家

 星亨(ほしとおる)は、明治時代の政治家である。長州・薩摩による藩閥政治を批判し、舌禍事件などで2回入獄、衆院議長となるが不信任案で除名された。それでもはい上がって政党政治を足場に逓信大臣の地位につく。その後、東京市議会議員を汚職容疑で辞任、最後は剣客・伊庭惣太郎のテロで命を落とした。

 どちらかというと、歴史上は悪役的な存在として描かれ、知名度もそんなに高くない。しかし他の明治の元勲たちのように貴族や武士の出ではなく、職人(左官)の息子で、権力闘争に非凡な才能を発揮した星の数奇な政治生活を、鈴木武史著『星亨』(中公新書)がまとめている。

 その終章で、政治家を儒教的農本主義型と商業資本利権活用型の二つに分け、その後者に平氏、織田・豊臣政権、そして徳川政権下の田沼意次をあげ、星もその類型の政治家だとしている。ただし日本の政治の流は、伝統的稲作文明を基本とした農本主義であり、商業資本型政治はいずれも短期間で挫折していると説く。

 さらに、明治維新のいちじるしい特徴は、欧米列強の外圧のなかで行われた「横からの革命」であったとし、狭い国土と連作可能な稲作による自給自足体制は、「単純な農作業を続ける勤勉性と、集団の行動に従う協調性」で、「一個人の飛び抜けて優秀な能力は必要でないばかりか、有害ですらある」という指摘もしている。その中で星をこう評価する。

 田沼が悪玉とされたように、星の利権型政治も国民の非難を浴びた。彼のように傑出した能力をもち、謙譲の美徳を兼ね備えない人物は、伝統的稲作文化の長老支配社会のなかでは受け容れられにくい。政治的利権とからむ場合はなおさらである。

 しかし日本の近代化のなかでの農業から商工業へという産業構造の転換を考えると、中小商工業者を含めた新興の実業者層と結びつけき、その庇護者となった星の役割は、必ずしも否定的に評価されるべきではない。

 これを現代に引きなおして、はたと思い当たるのが小泉首相時代の竹中平蔵大臣である。農業の代わりに製造業、商業資本の代わりに金融資本に置きかえてみると、農本主義主流の政治のなかで際だった施策であり、新自由主義という横からの強い外圧をともなっている点も似ている。

 ほかにどんな政治家がいるかと思って考えてみたが、すぐには思い当たらない。「貧乏人は麦を食えばいい」といい、トランジスタ・ラジオのセールスマンといわれた池田勇人首相でさえ、基本的には農本主義型政治家を踏み越えていないように思える。

 イメージからすると、福田総理も農本主義型、小沢代表はもっと農本主義型の政治家だろう。また小泉首相の政治手法は商業資本型に見えるが、郵政だけでやはり徹しきれていなかった。その点、去就が注目される麻生幹事長は、商業資本型を目指すタイプになるのかどうか、先が見えてこない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月25日 (月)

漂流する安保12

 このシリーズの締めくくりを、と思って書き始め、前回で現在の福田政権にまで到達したが、やはり不十分な点があるので書き足したい。前々回、日米安保条約には、①吉田安保、②岸安保、③橋本安保、④小泉安保の4種類があり、吉田安保をのぞき②、③、④は同じ条文ながら中味が、日米合意文書などですっかりすり替えられている、ということを言った。

 橋本安保は小泉安保の準備期間という面がなきにしもあらずだが、トンビがタカを生んだような変化があったといわざるを得ない。いつの頃からか「日米同盟」という言葉がさかんに使われだした。かつては、左派陣営が「安保は憲法違反の軍事同盟である」と攻撃する際にその言葉を使い、政府は事実上タブー扱いにしてきた。

 現に、鈴木善幸元首相が不用意に「同盟」と言う言葉を使って、弁明に大わらわになったこともある。同じ疑問を漫画家・小林よしのり氏も指摘しており、安保条約と諸協定、合意文書その他をひっくるめたものという解釈があるようだが、国民の理解から遠いところにあってフェアーではない。どうやら私が感じているように、小泉首相時代から意図的に使われだしたようだ。

 そして、前々回指摘した「アメリカ依存(従属)体制こそ正常であり、それにそぐわない憲法が存在することが異常である」という発想が、このころから一人歩きしはじめた。その中心にいるのが右派系政治家、それをとりまく旧外交官、学者、評論家などのブレーンである。

 また、国が国防を中心に公権力強化の方針を掲げてきたため、現場の自衛官や警察官などの中に、この逆転の発想をそのまま受け入れてしまう人がでてきた。そのこと自体が公務員の遵法義務に反する憲法違反なのだが、国政の向かう方向に従っただけで、憲法を否定する彼らに何の痛痒もない。

 そこに、社会的風潮としての中国・朝鮮に対する激しい反感・嫌悪が加わった。アジア諸国に対する度重なる公式謝罪の繰り返しへのいらだち、自虐史観の追求、教科書問題や日教組攻撃などは、それ以前から右傾化傾向として根付いていた。そこへ、在日外国人による一家殺人事件、麻薬や偽造通貨の使用、新手を使った空き巣の増大などが報じられ、さらに隣邦の印象悪化に輪をかけた。

 また、消費財や食品の多くが中国で生産され、商品への不信感と産業空洞化を招いたことも潜在的な脅威となった。拉致問題、ミサイル・核実験、領土問題をはしめ靖国参拝問題、反日デモといったことが、一般国民や若者を巻き込んで対立主義をあおる結果となったのは当然の成り行きである。

 これが日米同盟強化の促進剤的役割を演じたことは、否定しがたい。政府の志向がこれに一致する証拠がもう一つある。それは小泉安保の最後の段階で安倍元首相や麻生元外相が盛んに発言した「(アメリカなどと)価値観を共有する」と言う言葉だ。

 これは明らかに中国や北朝鮮を区別した言葉としてとられ、骨董的反共右翼を元気づけた。このところグルジア情勢をめぐって「冷戦の復活か」という声もちらほらするが、ロシアなどむしろアメリカと価値観がそっくりになり過ぎて国際共産主義など成り立つ余地がなく、中国も独自の道を歩んでいる。

 価値観は、民主主義とか法の支配だというだろう。しかしそのいずれもそれぞれの長い民族の歴史や国民の総意に基づいて各国各様の文化や態様があるのだ。日本とアメリカの間でも決して同一の価値観が存在するわけではない。

 それを押しつけようとするアメリカの勝手はわかるが、それで世界の各国から嫌われ始めているのが現状だ。それをあえて強調してみせるのは、日米同盟を一体化したものにする、つまりそこから見た新たな「排外主義」「ナショナリズム」を構築しようとするものである。米英の2国間のことならともかく、平和を志向する世界の共感を得られるものではない。

 「過ぎたるは及ばざるがごとし」、アメリカや世界に東アジアの緊張など望んでいない。周辺国敵視は、むしろあらぬ野望さえ疑われるというおまけまでつき、ジャパン・パッシングを警戒して北朝鮮の制裁解除延期をお願いしなければならないというチグハグな結果を生んだ。

 こうして、安倍首相に引き継がれた小泉安保の幕切れは、まことに他愛のないものになってしまった。しかし、一旦しみついた隣邦との対立主義・排外主義は簡単に解消するものではない。北京オリンピック閉幕にあたりその評価は真っ二つに分かれている。対立主義の火を燃え立たそうとする国内の動きは依然として活発だ。これに水をかけるのは、良識ある市民の善隣友好の意思表示と行動でマスコミを引き込むことである。

 粘り強く長い時間をかけて相互理解を深める運動を続けるとともに、かりに隣国の政権がこれに反し、偏狭なナショナリズムを利用して自らの地位を強化するような動きがあれば、いたずらに対抗意識を燃やすのではなく、理をもって冷静に説得することが真の安全保障への道である。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2008年8月23日 (土)

漂流する安保11

 前回、ソ連崩壊により全く背景が変わったにもかかわらず、冷戦の落とし子である岸安保の条文をそのままにして、アメリカ主導のナイ・リポートの線で「新・ガイドライン」に安保体制をすりかえてしまった橋本安保の話をした。

 もちろん、そのままでは自衛隊や海上保安庁の行動が憲法違反になりかねない。また、法の不備で実際の安保活動に支障をきたすおそれがある。そこで、苦し紛れの「特例法」や「特措法」を続発させることになった。周辺事態法などというのがそれである。

 リチャード・アーミテージ米国防副長官といえば、イラク開戦の際にパキスタンに「協力しないと石器時代にもどす」とか、日本に「ショウ・ザ・フラッグ」と言ったとか言わなかったかとか問題にされた元軍人であるが、果たせるかな2000年に「アーミテージ・レポート」を作成、日本の有事法制の整備を要求してきている。

 そういった中、「日本は天皇中心の神の国」という問題発言などで人気のなかった森首相のあとを小泉内閣が継いだ。小泉安保橋本安保の延長線上にあるが、明らかな違いがある。それは、アメリカの9.11同時多発テロの発生により、ブッシュ大統領のテロとの戦争にいち早く加担、海外派兵に筋道をつけたことと、改革開放と郵政民営化を旗印に衆院解散を行い、劇場型選挙で3分の2の与党勢力を確保し強力な地歩を手にいれたことである。

 その中で、アメリカの世界戦略である米軍再編計画に基づき、日米共同作戦実現を目指す基地再編計画(ロードマップ)に合意、自衛隊との一体化をより進めることになった。国民保護法など懸案事項の有事法制もそれまでに日の目を見た。

 安倍内閣はさらに最後の仕上げに取りかかろうとした。「美しい国へ」という教育改革を含む復古路線である。長らく違憲とされてきた「集団的自衛権行使」の解禁も画策したが、功を急ぎたかったのか07年参院選の争点に改憲をかかげ、国民投票法案も成立させた。

 ところが、参院選は生活重視を掲げた民主党に惨敗し、与党議席は過半数を割った。さらに閣僚などの不祥事や自身の健康問題で2か月後には辞任に追い込まれた。後を受けたのが福田内閣である。参院のねじれ現象を前に、小泉・安倍路線の見直しを進めたものの、これまでのような強行突破はできなくなった。

 また、外交でもアジア重視で小泉首相時代の靖国参拝による中国との軋轢はほとんど解消するに至った。就任以来1年を経過し、本来なら福田色を鮮明にしなければならない時期である。しかし支持率のあがらないまま、おそくとも来年には衆院を解散しなければならない。

 小泉安保は安倍退陣でブレーキがかかったようには見えるが、「福田安保」といわれるような政策転換ができるだろうか。内閣改造では安倍を支えた麻生を幹事長に起用し、これまで何度も外相を経験して安保の手あかがついた高村を留任させるなど、政局優先の人事しかできない基盤の弱さからほぼ絶望的と言ってもいい。このうえは、憲法9条保持を明言している「小沢安保」に期待をかけざるを得なくなるかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年8月22日 (金)

漂流する安保10

 シリーズとして続けた「漂流する安保」は6月16日まで続け、中断したままになっている。どう締めくくるか知恵が浮かばす放置しておいた感じだ。そこで前回は、以前カテゴリ「データ・年表」で作成しかかった「日米同盟年表」に手を入れながら考えてみた。

 前回記述したように、敗戦後の占領以来63年もの長期にわたり基地を提供し続け、講和後も安保という2国間条約のもと、独立国の憲法さえ侵害しかねない状況で放置されているというのは、世界的に見ても極めて異常なことである。

 最近では、日米安保体制というよりアメリカ依存(従属)体制こそ正常であり、それにそぐわない憲法が存在することが異常である、とい発想が右派政治家や自衛隊員などの中に多いことを知った。まことにうかつといえばうかつだが、そういった人たちに、ただ論理で護憲を訴えても徒労に終わる可能性が強いのである。

 このような変化がどのような経過から生まれてきたか、年表を見ると理解しやすい。仮に時の首相の名をつけて次のような時代区分を試みた。
 1期 吉田安保=1951年から10年(旧安保時代)
 2期 岸安保=1960年から36年(冷戦安保時代) 
 3期 橋本安保=1996年から6年(過渡期移行時代)
 4期 小泉安保=2001年から6年(向米改憲指向時代)

 吉田安保を改正した岸安保は、改定を経ず今もそのまま続いている。ところが実際の運用は、外箱をそのままにして中味そっくり入れ替え、国民生活や国民の利益に関することは、少しづつ目立たないように外堀を埋めてきているのだ。

 その最初のきっかけを作った時代が橋本安保の時代である。それは、冷戦終了により岸安保の役割が終結したことによる。ソ連を「潜在的脅威」とする記述が『防衛白書』から消えたのは、1990年の海部内閣時代であり、以後、宮沢細川村山内閣と続いたが、安保再構築への日本の動きはにぶいままだった。

 これを破ったのが、1995年米国防次官によるいわゆるナイ・リポートで、その要点は、「日本は、日本国憲法の制約に従いながら、もっぱら領土防衛とシーレーン1000海里防衛に当たり、他方アメリカは戦力投入と核抑止の責任を担ってきた。ただし、もっと重要な点は、この分担が地域全体の安全保障に貢献していることにある。日米同盟は、国際共同体すべての平和と安定の維持という広範な利益をもたらしているのである」となってている。

 1996年4月の橋本-クリントン首脳会談で合意した「日米安保共同宣言-21世紀に向けての同盟」は、これを受けたもので、翌年9月に「日米防衛協力のための指針」、いわゆる「新・ガイドライン」の合意を見、日米安保の性格を全く違うものにすることに成功したのである。

 しかし、これを機能させるためには国内法の整備が必要で、周辺事態法などが北朝鮮のテポドン打ち上げや、不審船追跡事件などの緊張を背景に小渕首相時代に特例法として整備を始めた。しかし、この段階ではまだアフガン、イランの問題は起きていない。

 橋本安保で中味がすり変えられた意義と、その後の影響は、極めて大きい。しかし、まだ歯止めとしての平和憲法の存在を軽視するようなことはなかった。この意味から次の小泉安保へのシフトは、それまでの傾向を継承したとしても大きな違いがあり「過渡期移行時代」と位置づけた。

 以下次回。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2008年8月21日 (木)

日米同盟年表

 以下は、未整備のままカテゴリ「データ・年表」に置き、補完しながら当面はメモとして使う。(●はデータ・注釈、赤字は時の首相

☆1950年6月25日朝鮮戦争勃発
☆1950年7月GHQ警察予備隊創設を指示
☆1951年9月8日サンフランシスコ平和条約
       日米安保条約調印吉田
☆1954年7月自衛隊発足

☆1960年6月「日米安保」改定
☆1971年6月沖縄返還協定調印佐藤
☆1971年11月非核3原則の国会決議
☆1978年「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」福田赳夫
☆1989年11月9日「ベルリンの壁」崩壊竹下
☆1989年5月18日天安門事件

☆1990年9月『防衛白書』、ソ連の「潜在的脅威」記述削除海部
☆1991年1月湾岸戦争
☆1991年12月ソ連邦解体宮沢
☆1993年8月非自民6党連立細川内閣

☆1995年2月ナイ・リポート(ジョセフ・ナイ国防次官補「東アジア太平洋戦略報告(EASR)」)村山
●「日本は、日本国憲法の制約に従いながら、もっぱら領土防衛とシーレーン1000海里防衛に当たり、他方アメリカは戦力投入と核抑止の責任を担ってきた。ただし、もっと重要な点は、この分担が地域全体の安全保障に貢献していることにある。日米同盟は、国際共同体すべての平和と安定の維持という広範な利益をもたらしているのである」→日本防衛の自衛隊からアメリカの世界的パートナーとしての自衛隊を意図。
☆1995年11月「防衛計画の大綱」改定
●自衛隊の人員、装備2割程度削減を含む冷戦後の対応

☆1996年4月「日米安保共同宣言-21世紀に向けての同盟」橋本クリントン会談合意、普天間基地返還合意。
●1978年の「ガイドライン」(日米防衛協力のための指針)の見直し開始。変更のポイントは、「日本国の施政の下にある領域」と米軍の駐留目的区域を指す「極東」という対象範囲が「アジア太平洋地域」に変わり、イラクなどもアジアに入る可能性。日米政府は
1997年9月に新ガイドライン合意

☆1998「ACSA(日米物品役務相互援助協定)」改定調印
☆1998年8月北朝鮮テポドン打ち上げ
☆1999年3月能登沖不審船事件
☆1999年5月周辺事態法
☆2000年11月船舶検査活動法、以上安保特例法2件成立小渕

☆2001年「9.11」米国同時多発テロ小泉
☆2001年10月7日米英軍、アフガン空爆開始
☆2001年11月1日「テロ特措法」(インド洋給油活動)
☆2002年12月米軍再編協議開始合意
☆2002年8月アメリカ「国防報告」で先制攻撃を明言

☆2003年3月イラク戦争突入
☆2003年6月「イラク特措法」「武力攻撃事態法」
☆2004年1月 自衛隊、イラク・サマワに派遣(6年7月撤退・空輸活動は継続)
☆2004年12月「防衛計画の大綱」改定
☆2003年6月武力攻撃事態法
☆2004年6月国民保護法、以上有事法制2件成立

☆2005年4月中国反日デモ発生(背景に安保理入りや靖国参拝など?)
☆2005年10月郵政選挙で小泉与党3/2を占める圧勝
☆2005年10月在日米軍基地再編合意
☆2005年11月自民党改憲案党大会で決議

☆2006年5月基地再編最終合意(ロードマップ)、2005年2月日米共通戦略目標、10月中間報告、06年5月最終報告
●米軍との一体化=米陸軍第1軍団司令部前方司令部をキャンプ座間に置き陸自と連携。沖縄キャンプ・ハンセンで陸自が訓練。航空自衛隊の航空総司令部は府中から横田基地内に移転。そこに、有事の際ハワイの作戦司令部との連絡窓口となる「共同統合運用調整所」設置、航空情報の日米共有化。海自はすでに共同運用が進んでいる。
●普天間移転先をキャンプ・シュワブ沿岸部へ。

☆2006年10月北朝鮮核実験安倍
☆2007年1月防衛省発足、参院選で自民総裁が改憲を争点に
☆2007年4月集団的自衛権解禁に向けた柳井(俊二)懇談会発足。9月、安倍辞任により事実上瓦解
☆2007年5月基地再編促進法、国民投票法

☆2007年7月参院選で与党が過半数を割り、9月福田康夫内閣発足

(参考)2007年3月現在在日米軍基地
●13都道府県85施設、総面積約308平方キロ。沖縄県33施設、約229平方キロ
☆2007年5月成立在日米軍再編促進特別措置法。
●民社は日本側負担の根拠や使途が不明ということだけで反対。共産党は「米軍の先制攻撃戦略に組み込まれる」として反対。社民党は辺野古新基地の環境破壊で反対。☆08年4月:日米地位協定、民主、社民、国民新で統一改定案。
●08年度防衛予算のうち米軍のために支払う負担金 ( )は特別協定による負担=思いやり予算 4193億円 うち(1438億円)
1.在日米軍の駐留に関連する経費 3822億円
施設の借料910億円+周辺対策547億円+提供施設整備362億円+(日本人従業員の基本給1158億円)+(光熱水費253億円)+(夜間発着訓練5億円)
2.沖縄の基地縮小のSACO合意関連 180億円
土地返還事業133億円+騒音軽減事業2億円+(射撃訓練などの沖縄から本土への訓練移転13億円)
3.米軍再編 191億円
海兵隊グアム移転4億円+米軍司令部移転3億円+沖縄の再編事業50億円+(戦闘機などの訓練移転9億円)

☆2009年4月 オバマ大統領プラハ演説「核なき世界を目指す」、麻生総理は抑止力維持を要請。
☆2009年9月 民主党政権、普天間返還の日米合意を再検証。
☆2010年1月 インド洋の給油活動から撤収
☆2010年5月 鳩山首相普天間県外移転を断念、移設先を辺野古周辺とする日米共同声明に合意。

☆20010年6月 鳩山辞任、内閣に。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年8月20日 (水)

疑似体験

2008_08190022  孫から届いたプレゼントである。石膏の固まりを砕くと、恐竜の化石が6片ほど現れる。慎重に毛刷毛で付着物を取りのぞき、ボンドで組み立てて標本の完成。

 化石発掘の疑似体験おもちゃ。外箱に完成カラー写真がのっており、手軽すぎてちょっと夢がないのが残念。それでも1時間は楽しめた。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年8月19日 (火)

臨時国会召集日

 報道によると、臨時国会召集日は来月中旬になりそうだという。合理的な根拠は何もない。景気対策や通常国会からの積みのこし法案をしっかり仕上げ、インド洋での給油活動を継続するための新テロ特措法延長に始末をつけるため、できるだけ早く召集したい自民党と、来年の都議選をにらんで特措法の3分の2可決を避けたい公明党の意向を、たして2で割ったような結論になっている。

 先きの予測はつけにくいが、テロ特措法に関連する国際情勢はめまぐるしく変化しており、ことにムシャラフ・パキスタン大統領退陣声明で、同国の内政が混乱に陥ることは避けられない情勢だ。アメリカは北朝鮮での負担を軽減し、最近は宿敵イランでさえ融和の方途をさぐせざるを得ないところに追い込まれている。その上、パキスタンが無政府状態になりアフガンへの足がかりを失うと、インド洋の戦略的位置づけが大きく変わってくる可能性がある。

 テロ特措法の延長は、まったくこれまでの惰性でしか考えられていないが、新事態が起きた場合の対処が極めて困難になる。また、アメリカの大統領も代わり、ブッシュ政権の負の遺産をどう処理していくのか、見極めることが非常に難しい時期にもあたる。

 自民党政権下では、小泉内閣から継続してきたアメリカを中心とする国際関係が惰性として続いているが、これまでの姿勢に変更を加えるには、相応の根拠・動機とエネルギーが必要になることを避けて通れないだろう。

 しかし、現法がそのまま延長されることは、ほぼ絶望的なのではないか。また、前回のように一旦失効させて現地から引きあげ再派遣するというのも、国際的に格好の悪いことこの上もない。かといって、民主党を巻き込んで別途恒久法を作る余裕もないだろう。

 福田首相は、そういった流れを見ながら対処する気かも知れないが、関係国の武力行使を援助するようなことがらに無原則、無作為で対応するのは危険きわまりなく許されることではない。ブッシュ大統領と共に、小泉首相がおかした失敗を再び繰り返すことになりかねない。

 給油活動の即時停止が難しければ、予告期間を設けて随時中止できるようにするとか、わが国の憲法に抵触するおそれ(現にイラク空輸の違憲性を指摘した高裁判決もある)のある事態が生じた場合の撤退を明確にしておくとか、方向性だけでもしっかり国会で定めるべきだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年8月18日 (月)

中国のウソとマコト

 北京オリンピックもここまで順調に日程をこなしている。このまま閉会式まで行けば、中国にとって“まずまず”の成功をおさめたことになり、世界にとって“ほどほどの”成果が得られたということになるだろう。

 中国にとっては、いろいろな難関を乗り越えて、オリンピック開催を先進国並みにこなした成熟度を世界に示せたことになる。また世界には、経済巨大国に向けて止まることのない成長を続ける社会主義国家が、これを機会に徐々にではあるが、その不透明さと閉鎖性から抜け出す期待を抱かせるものがあるからだ。

 毒入り餃子事件の真相解明は、まだ時間がかかりそうだが、もはや中国で被害者がでたことの通報以前に事態を戻すことはできない。オリンピックの成功で胡錦濤政権が自信を深め、より情報開示に積極的になったり、チベット族などとの共存・和解を進展させる機運がでれば、世界的な評価を手にすることになるだろう。

 一方、このオリンピックで中国ならではのいろいろな情報が伝わってくる。その中に、開会式で少数民族の衣装を着せた子供達が出身民族の子ではなく漢民族の子だつたとか、国家を歌う子供の声は実は別の子で映像にでた子は「口パク」だったとか、花火の映像はCGの合成写真だ、というのがある。

 これについて、ネットチルドレンならともかく、一部指導層までが「やはり中国は信用できない」などと嫌中・蔑中論をあおっている。もちろん広い中国だから「これはよくない」という国内意見もある。しかしなにしろ「白髪三千丈」、そして「南京虐殺30万」のお国柄である。いちいち目くじらをたてるときりがない。

 日本では、このところTVのやらせが問題になるが、本当かウソかは視聴者が判断すればいいわけで、「イラクは大量破壊兵器を隠している」などという戦争や殺人を伴うウソならともかく、害のないウソを楽しむ、というのは文化のひとつである。

 前回、『平家物語』の書き出しを紹介したが、中味にこんな話もある。

 平清盛が重病を受けたと聞いた京中、六波羅では、「すわ、しつる事を(そら見たことか)」とささやきあった。清盛はその日から水ものどに通らず、体の中は火をたいているようになり、寝床の周囲4、5間内は暑さに耐えられなかった。清盛はただ、「あた、あた」としか言えない。比叡山から来る冷水を石の舟に入れて冷やそうとしてもすぐ沸き上がり、筧の水をかけると焼け石や熱した鉄板の上のように水がはじけ、それが炎となって黒煙をあげ殿中にうずまいた。

 いくら昔とはいえ、当時の人が琵琶法師の語るこんな話を真実だと思うはずはない。そのオーバーな話を受け入れ楽しんでいたはずだ。この物語そのものが中国伝来の仏教や道徳観をベースに組み立てられているが、翻訳ではない。やはり、日本人の心を完全に取り込んでいる代表的な物語なのだ。

 中国には、「虚実論」というものがあるという。その神髄を説明する自信はないが、ウソとマコトを切り離さず、相対的な概念としてとらえ思考していくということだろうか。こういった平衡感覚と発想は、中国3000年の長い思想遍歴の中から生まれたものである。

 儒教、仏教はいうまでもないが、日本特有と思われている神道でさえ、道教の影響を否定できない。かつての日本の「国体」という天皇中心の発想や教育勅語も、すべて中国の思想の影響を受けている。ところが、それを復活させようと言う人に限って、嫌中・反中に走るのは、どうも解せないことだ。

 日本は、明治維新以来中国・朝鮮の冊封体制をよそに、いち早く欧化を進めた。これが日本人の優越感、ひるがえって周辺国の蔑視につながったようだ。また戦後、冷戦や高度成長の中でアメリカナイズが日本を覆いつくし、ついに日中間には相容れることのないへだたりがあるという「錯覚」に陥ってしまったように見える。

 オリンピック後の両国関係は、相違点ばかりをあげつらうのではなく、共通点を再発見し育てていく習慣をつけていくことが肝要となる。-永遠平和のために-為政者は道を誤らないようにしてほしい。 

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2008年8月16日 (土)

送り盆に捧げる

 今日は送り盆。日本の古典より権力者に捧げる。
『平家物語・巻第一祇園精舎』

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらわす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。520daimonji_2

 遠く異朝をとぶらへば、秦の趙高、漢の王莽、梁の周伊、唐の禄山、是等は皆旧主先皇の政にもしたがわず、楽しみをきはめ、諫をも思ひいれず、天下の乱れむ事をさとらずして、民間の愁ふる所を知らざッしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり。

 近く本朝をうかがふに、承平の将門、天慶の純友、康和の義親、平治の信頼、此等は、おごれる心もたけき事も、皆とりどりにこそありしかども、まぢかくは、六波羅の入道前太政大臣平朝臣清盛公と申しし人の有様、伝へ承るこそ心も詞も及ばれね」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年8月15日 (金)

終戦記念日と各党

 終戦記念日に当たって、各党は党首談話または、党声明を発表している。毎日新聞に掲載されているが、ごく短いものである。そこで他紙に同様な記事掲載がないかと探したが見あたらなかった。オリンピック報道に埋没したとはいえ、世界に戦争の火種が絶えない現在、平和政策がよそ事のような扱いをされるのは残念だ。そこで、毎日紙による発表内容を全文掲載する。

 自民党 世界に目を向けると、無差別テロ、民族・宗教対立による地域紛争などが多発し、多くの犠牲者が生まれている。国際社会の中で、わが国の責任ある立場を自覚し、日米関係を基軸に置きながら、国際貢献を積極的に展開し義務を果たす。国際貢献の象徴である新テロ対策特別措置法の延長問題は積極的に議論を進める。平和構築を目指し次の世代に安心、安全な社会を残せるよう全力で取り組む。

 民主党・小沢一郎代表 わが国自身が「敵を峻別(しゅんべつ)して殲滅(せんめつ)する」という力の論理にはまりつつある状況を見るにつけ、平和への道が見失われるのではないかと危惧(きぐ)する。民主党は歴史と正面から向き合い、教訓と反省を未来の平和につなげる。

 公明党 核兵器の非人道性と残虐性を世界に訴え、核廃絶へリーダーシップを発揮していくべきだ。憲法の恒久平和主義を堅持し、世界がテロ、貧困、飢餓、紛争、感染症などの脅威から解放される「人間の安全保障」確立こそが進むべき道だ。

 共産党・市田忠義書記局長 政府は、米国のイラク侵略などに追随し、海外派兵恒久法の制定まで狙っている。戦後日本の出発点に背き、世界の流れに逆行している。わが国を憲法の平和・民主の原則に沿って世界に貢献する国にするため全力で奮闘する。

 社民党・福島瑞穂党首 平和憲法堅持によって私たちは他国民からの信頼を獲得した。その価値の大きさを改めて認識すべきだ。憲法9条改定をもくろむ憲法審査会の始動やインド洋での給油活動、海外派兵恒久法に反対する。

 国民新党 現在の平和と繁栄は、先の戦争における尊い命の犠牲の上に築かれていることを心に刻み、二度と戦争への道を歩んではならないと決意する。

 新党日本・田中康夫代表 第二次世界大戦の歴史を語り継ぎ、米国のキッシンジャー元国務長官が昨年来提唱する「核兵器のない世界」の実現に向け、その使命を全身全霊で尽くす覚悟を誓う。

 以上の範囲内で単純比較・短評を試みよう。

☆党声明の形をとっいるのは自民・公明・国民新党であり、他は党首などの談話としているが、党声明だから党内の見解が一致しているとは限らない。特に自民党については微妙な変化があるので、後述する。

☆日米同盟(国際貢献)に言及しているのは、自民・共産のみ。ただし両党の立ち位置は、共産が「世界の流れに逆行」とするように、全く逆評価。

☆テロの文言は自民と公明が使っているが、自民は(戦う)対象、公明は(防止すべき)対象のようにとれ、ややニューアンスが違う。

☆核兵器廃絶は公明党・新党日本がうたう。お題目だけならすべての党に共通するはずだが、実現への大きな一歩が踏み出せないのは、政治の怠慢なのか意図的なサボタージュなのか。

☆憲法問題は社民党・共産党だけが堅持をいう。とくに社民にとっては「おはこ」だが、いつもいうように「反対します」だけで、それを具体化するプログラムがないと完全に聞き流されてしまう。

☆歴史に学ぶことは、民社党・新党日本が言及する。その中で民社党は「敵を峻別(しゅんべつ)して殲滅(せんめつ)する」という力の論理」というのは、安倍内閣まで続いたタカ派勢力を暗示しているように見える。前原一派とは違った小沢理論の展開につながるのかどうか注目。

☆最後に自民の内容だが、これは小泉・安倍時代そのままで「安心、安全」のスローガンを付けただけで新味がない。昨年6月、安倍内閣当時に行われた福田氏の講演内容や、今日行われた戦没者追悼式の福田首相式辞ともおもむきを異にする。福田路線は、むしろ小沢代表の論調に近さを感じる。今回の「党声明」は、麻生幹事長の路線を示すものなのだろうか。

福田総理大臣戦没者追悼式式辞(抜粋)

 今日、一部国際社会の情勢が不安定を見せる中、一国だけの利益を追求しようとする風潮がないとはいえません。その中にあって。私たちは、いま一度不戦の誓いを新たにし、平和協力国家として国際社会の先頭に立ち、世界の恒久平和の確率に向けて、積極的に活動していくことを誓います。

| | コメント (0) | トラックバック (11)

2008年8月12日 (火)

高いのか安いのか

★100年前(明治41年)と現在の比較

bread 食パン1斤 10銭
   →190円(スーパー)=1900倍

bullettrain 駅弁 15銭(幕の内)
   →1000円(同名古屋駅)=6667倍

school 府立1中授業料 年30円
   →12万4000円(都立高校)=4133倍

sweat01 日雇人夫の日給 53銭
   →8500円?(土工日給)=1万6038倍

(100年前は『20世紀年表』小学館、参照)

  

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年8月11日 (月)

ロシアとグルジア

以下は今朝のNHKニュース。(太字は本塾)

北京オリンピックで10日行われた射撃女子エアピストルで、南オセチア自治州をめぐって武力衝突したロシアとグルジアの両国の選手が、ともに表彰式のあと互いに抱き合って健闘をたたえ合いました。

この選手たちは、射撃女子エアピストルで銀メダルを獲得したロシアのナタリア・パデリナ選手(32)と銅メダルに輝いたグルジアのニーノ・サルクワゼ選手(39)で、2人は、表彰式でメダルを受けたあと、歩み寄り抱き合って互いの健闘をたたえあい、笑顔で観客の拍手に応えていました。2人は、国際大会で何度もいっしょになる仲のいい友人どうしだということで、記者会見では「どんなことがあってもわたしたちの友情は壊れない」、「戦争を起こすのも止めるのも政治家だ。ちゃんと話し合ってほしい」などと話していました。(NHKオンライン)

 これぞ「庶民感覚」。アメリカが安保理にロシアの非難決議を提案するというが無理、無理。ロシアはいうだろう。「お前にだけは言われたくないよ」と。

 ところで、この方たちはどうなのだろう。
    グルジア黒海・栃ノ心
    ロシア 若ノ鵬・露鵬
 抱き合って健闘をたたえ合う場面はないだろうが、朝青龍だけに目が向くスポーツ記者に国際感覚がないのか、相撲協会が報道規制しているのか、チョットだけ聞いてみたい気がする。

| | コメント (2) | トラックバック (5)

2008年8月 9日 (土)

庶民の戦争責任9

 ややためらいながら始めたこのシリーズも、一気呵成にやらないと中断しそうで、ついに9回を重ねました。終戦記念日や旧盆休みを前に、そろそろここらでケリをつけたいので、また最初の頃のように「です・ます」調に戻します。

 「思想」という言葉を知ったのはやはり中学に入ってからです。勉強ができて文学が好きで物静かな男などに「彼は思想をもっている」と言う場合は、決まって悪い意味でした。なにしろ特高(特別高等警察)を「思想警察」といったり、「思想犯」があげられたりするわけですから、アンタッチャブルに越したことないよ、という含みがあります。

 母達の井戸端会議にも、そういう「はれ物にさわるような」話題があったようです。警察に1日、2日留置され、嫌疑が晴れても「応召されたら危ない戦地に行かされ、帰ってこれない」なんていう話です。「あいつは思想がない」などというのが、さげすみの意味を持つようになったのは、戦後しばらくたってからです。

 特高ができたのは、親たちが生まれた頃までさかのぼります。社会主義者・幸徳秋水らが明治天皇暗殺に関係ありという嫌疑で暗黒裁判にかけられ、死刑にされた1911年からスパイ養成なども任務に加えて活動をはじめました。

 悪名高い治安維持法は1925年成立で、「国体ヲ変革シ、及ビ私有財産制度ヲ否認セントスル」結社および運動の禁止・処罰に根拠を与えました。「国体ヲ変革シ」というのは、あの人気の高い明治天皇を殺し、怨敵だったロシアにつながるソ連のような国にする、ということで、庶民にとってはコワい話だったのです。

 さらに私有財産制度否認、これは共産主義者そのもののことで、「思想」→「反戦」→「天皇の軍隊否定」→「天皇制否定」→「テロ」→「共産主義者」という連想が庶民にはたらき、手のとどかないところ、手をつっこんではいけないところというという意識が働いていたと思います。

 さて、結論を言いましょう。庶民の戦争責任をいうなら祖父母の時代までさかのぼらなければならなりません。だけど「こうしたから」「こうしなかったから」という理由で、さきの戦争責任を特定の世代に問うことはできません。

 日本の過去の政治の仕組みから見て、庶民が政治、ことに戦争といった高度な統治行為に責任を果たせるような場面はなかったし、そのための情報も与えられていなかったということではないでしょうか。繰り返しになりますが、現在の常識・価値判断で過去の評価をすることはできない、また、それで責任の所在を拡散させてはいけないということです。

このシリーズのバックナンバーは、カテゴリ「戦争責任」でご覧下さい。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2008年8月 8日 (金)

庶民の戦争責任8

 前回紹介した保阪正康氏の「日本の<文化革命>は、なぜ起きたか?」という著述の中にある、五・一五事件犯人の助命嘆願や国際連盟脱退に拍手を送った「国民」にも責任がある、という結論に戦中を知る者として異を唱えた。

 ちょうどその頃生を受けた私は、純粋培養された軍国主義者になっていたはずである。もちろん人並みの軍国少年であったし、10歳を過ぎた頃には20歳以上の人生を想像したこともなかった。それは、恐怖でありあきらめでもあったが、使命とか、男子の本懐などという教えられた建前を、自ずからの本心としたことは一度もなかった。

 そうすると、日露戦争後に生まれ大正デモクラシーの中で青春を謳歌したわれわれの親クラスが、保阪氏のいう「される方も悪い」というマインドコントロール受けたことになる。もしそうなら子供がその影響を受けないわけがない。私たちは親から聞いた「赤い靴」、「雨降りお月さん」、「歌を忘れたカナリア」などの童謡で育った。

 五・一五事件があったその年の大ヒット曲は「影を慕いて」、その前の年が「酒は涙かため息か」で、決して元気の出てくる歌ではない。その後、庶民に受けた流行歌を調べていただきたい。政府は、歌にまで厳格な文化統制をおこない、もっぱら軍隊向けの「軍歌」と民間向けの「戦時歌謡」に分けて検閲した。

 したがって、戦時歌謡も歌詞が軍国調であふれているのに、メロディーの方は哀調を帯びたものがもっぱら好まれた。ことに終戦が近づく頃には、悲痛・悲鳴に近いような曲さえある。これは、「ヨ・ナ抜き」(邦楽の6音階)なら純国産でよろしい、という検閲方針が裏目にでたという説もあるが、庶民の非戦メンタルがよく現れているのではないか。

 マインドコントロールや「一億一心」の度合いを測る道具はない。ただ言えることは、当時の新聞・雑誌のルポ記事や「国民の声」などを、そのまま信用してはいけない、ということだ。 五・一五事件や満州事変がその後の日本の進路を決める岐路となったことは認めるが、それは私の親の代の国民世論(庶民感情)でスイッチしたものでは決してない。

 軍人が凶悪な犯罪を犯しても見逃されるとか、軍法会議でおしるし程度の軽い刑ですむというのは、ここに始まったわけではない。遠くは閔妃暗殺で中佐以下の全員無罪(明治29年)、関東大震災のどさくさで社会主義者大杉栄夫妻と子供を殺した甘粕大尉の懲役10年(3年で出所)、張作霖爆殺の河本大佐は退役(昭和4年)だけ。

 しかも最後の事件は、「満州某重大事件」と報道されただけで国民には真相すら知らされていなかった。さすが若い昭和天皇が、田中義一首相の「厳重処分」の内奏をほごにしたことを追求した。田中は退陣に追い込まれたが、もうこの時期には軍首脳の意向に天皇も首相も逆らえなかったのだ。

 軍部が民間人を「地方人」と呼んでいたように、一般国民も軍部を力の及ばない別世界になっていたのだ。これは帝国憲法の統帥権にも関係するが、国民世論があって、選挙があって、内閣が変わって国政が動くという現在の判断基準で考えてはならない。「庶民の戦争責任」を言う人はその辺をどう考えているのだろうか。

バックナンバーはカテゴリ「戦争責任」でご覧ください

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年8月 7日 (木)

庶民の戦争責任7

 前回は「国民の自省」をいう、評論家・保阪正康氏の論拠について、資料の表面をなぞっただけの勝手読み分析だと批判した。同氏の著書に『昭和史七つの謎』(講談社文庫)というのがある。その第一話が「日本の<文化革命>は、なぜ起きたか?」である。

 項立ては、「五・一五事件の減刑嘆願運動」・「国際連盟脱退と日本人の思考」・「国際連盟脱退と日本人の思考」・「中国の<文化大革命>との類似点」と続き、最後を「なぜ日本人は変調したか」でしめている。保阪氏の著述すべてについて知識はないが「国民の責任」論はここを出発点としているのではないかと思う。

 五・一五事件は、ご承知のように陸海軍将兵が犬養首相を襲い「問答無用」とばかり射殺したテロ事件である。氏は関与した陸軍の軍法会議の模様を、『日の出』という雑誌の昭和八年十一月号付録「五・一五事件の人々と獄中の手記」を次のように引用する。

 「公判前までは(減刑嘆願運動は)愛国団体以外にほとんど見るべきものが無かつたが、公判半頃より陸軍の論告求刑を境として、つひに大衆運動と化した。そして判決の九月十九日までに三十五万七千余通の嘆願書と、奇しくも被告人の人数と同数の十一本の指が公判廷へ運び込まれたのである」

 さらに、若い士官候補生が純情無垢で「赤裸々に吐露する態度を見る時、ただわけもなく涙ぐませるものがあった」という記者の感想をつけ加えている。この裁判の判決が禁固四年という予想外に軽いものだったことから、後の2.26事件を誘発するひとつのきっかけだったという分析は、ほぼ通説になっている。

 しかしテロ行為を国民が容認・支持しているということには結びつかない。指を送りつけたというのは、暴力団が脅迫に使う行為だ。庶民に指をつめるなどという風習はない。この事件の黒幕で組織者は、一人一殺を唱えた井上日召傘下の極右である。前述の資料をあげただけでその点についての分析はない。さらに、同氏は昭和8年3月、国際連盟脱退を宣言して帰国する松岡洋右代表について、次の一例を加えた。

 当時は、新聞各紙(十二紙)が「国際連盟諸国中には、東洋平和の随一の方途を認識しないものがある」との共同宣言を発表し、松岡の行動を讃えた。松岡が横浜に戻ってきたとき、埠頭には二千人余もの人びとが駆けつけ、歓声をあげた。松岡も喜色満面で手を振ってこれに応えている。

 この例は、マスコミの世論誘導と埠頭の二千人をあげているが、それをもって国民世論とするのは無理がある。大部分の国民は国際会議のかけひきなど関心外で、日常の生業に励んでいたはずだ。それから2.26事件、同氏はこれこそ日本の<文化大革命>と位置づけ、以後を国民は「錯覚と陶酔のなかに生きた時代」とする。

 そういった浮き上がった人間はたしかにいた。しかし、国民は(すくなくとも私の回りでは)もっと現実的で冷静で常識的な感覚を失わなっていなかった。同氏は、南京陥落を聞いた国民が虐殺・暴行のという蛮行の事実も知らず旗行列をし、「宮城前や陸軍省、参謀本部前に集まっては『万歳、万歳』と老若男女を問わず叫んでいた。まさに東京・三宅坂が天安門広場と化した」と記す。

 子供である私は、行列にこそ参加しなかったが何かのイベントで「万歳」を叫んだような記憶がある。それは、これで戦争が終わってあらゆる抑圧から解放される、子供なら食べたい菓子が自由に食べられる、という希望からである。決して皇軍が支那を征服したからではない。同氏は、国民の「精神文化を歪める奇妙な運動」を始めた張本人を、陸軍省と文部省の官僚たちとする。そして最後をこうしめくくる。

 思えば、五・一五事件の法廷が出発点であり、ついで国際連盟脱退に拍手を送ったのが誤りだったのである。日本に<文化大革命>は、二度と起こさせてはならないとの昭和前期の教訓を、私たちは忘れるわけにはいかない。感情をコントロールされるのは、されるほうもわるいということを肝に銘じておくべきであろう。

 もう一度強調しておこう。日本の庶民の行動はコントロールされても、感情はそう簡単にコントロールされるものではない。日本の敗戦、占領軍の支配、新憲法や東京裁判の受け入れ、それらが想像された混乱もなく平穏に受け入れられていったのは、庶民が新時代に適応できる冷静な判断力を持ち合わせていたからにほかならない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年8月 6日 (水)

庶民の戦争責任6

 前5回のシリーズで、基本的には庶民や一兵士に戦争責任、そして加害者意識というものが存在しないという立場で書いた。今回からやや視点・観点を変えるため「です・ます調」を「である調」に変えてみたい。庶民に戦争責任ありとする人は、どういった点をさしてそう判断するのか、またどうあれば責任をとったことになるのかはっきりしないので、はなはだ反論しにくい。

 さらに、私論をのべて見てもそれが100%正しい意見だとい言い切る自信はない。また、責任を認め加害者意識があるから、こうして「反戦塾」を通じて反戦を発信し続けているのではないか、と言われればそうであるとも、ないとも答えようがないのである。

 ただ、戦後生まれまたは戦争を体感したことのない人にどうしても知ってほしいこと、伝えたいことははまだまだ残っている。現今と全く異なる社会の仕組みと、変わらない人情・感覚があるということである。言いかえると、新聞・雑誌・教科書などに現れる表通りと、記録として残されにくい会話や苦情、嘆きの声などの裏通りがあるということである。

 作家で評論家の保阪正康という人がいる。1939年生まれだから、終戦時は5、6歳である。もちろん戦後初の東久邇内閣が「一億総懺悔」を唱えた時の国民のブーイングを感じるにはまだ幼すぎた。読売新聞の『検証・戦争責任Ⅰ』でまとめの講演で、太平洋戦争突入の目的、3年8か月もの継続、それに続いて国民の責任の3項目の問題点をあげ、次のように言う。

 私たち自身の問題というのは、政治指導者、軍事指導者とは別に、私たち国民の側の問題がやはりあるということです。それをきちんと整理しておくことが必要です。(中略)私は、日本に反戦という思想は育たなかったと思います。その育たなかったことがいいとか悪いとかの問題ではなく、現実に私たちの国が反戦を血肉化するというきっかけは持てなかった。それは、とりもなおさず私たち国民の側の問題です。反戦とは、ある特異な言葉を使って政治運動等を結びつけるという意味ではありません。つまり、戦争に反対するということのきちんとした歴史的な理解ですね、それを構築することができなかった。

 誤解を恐れずに言うのですが、日本の昭和二十年(一九四五年)の段階で、まあ一九年の終わりからでもいいですが、戦争は嫌いだという声は確かに多くありました。それを詳細に分析していくと、どうもこれは誤解を生みかねないので多くの方が不愉快に思うかも知れませんが、生理的な嫌悪感、反発だけじゃないか、むしろ生理的な戦争反対という感じじゃないか。さらにいうと、それは歴史的にはエゴイズムを含んでいるのではないか。もつと言うと、想像力に欠けるのではないか。つまり、戦争というメカニズムを理解するような国民的基盤を持っていなかったということです。このことをきちんと冷静に自省する必要があるというのが、国民に突きつけられている三番目の問題だと思います。

 まあ、ことわりごとを言いながら、志に反して命がけで戦った庶民、無念の思いで死んでいった戦死者・戦没者にこれほどひどい侮辱の言葉を投げかけられたものだ。要するに国民がある時期までは好戦的だったという一方的勝手読みがあり、「詳細に分析」というが資料の表面をなぞっただけで、なにもわかっていない。

 「読売新聞にも過ちがあった、戦争責任も感ずる。しかし読者としての国民にも責任があったのだ」という同新聞社の編集方針に導くための道化役発言であるとすれば、決して許せない。それは、一方的に「政治指導者」「軍事指導者」の責任追及を手加減しようとすることにつながっていくからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年8月 5日 (火)

擬態その後

 先月末、ちょっと骨休みに「擬態」というエントリをあげました。2、3日前、その続編になるような写真がたまたま撮れたもので……。

2008_0804  左下は収穫直前のゴーヤ。そして中央上の矢印にご注目。よくわからないと思うので写真をクリックして拡大してください。雌花にそっくりだった擬態カマキリの赤ちゃんも立派に成長。ただいまアリんこをかかえてお食事中です。

 以前、防鳥ネットにひっかかったツグミを惨殺するカラスの生態を見て写真に撮ったことがありますが、自然の摂理とはいえ厳しい生存競争の世界です。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2008年8月 4日 (月)

公明党に注目

2008_08040005  内閣改造の話題で週を越したが、臨時国会の開催時期、テロ特措法の扱い、解散総選挙などマスコミもブログ論壇も次の政治課題に関心が移った。この中で、台風の目のように公明党の動向に注目が集ま2008_08040006り始めている。

 「反戦塾」は、以前から平和に重きを置く創価学会と自民党タカ派のジレンマに、公明党がどう対処していくかに注目してきた。論調の中には、福田首相の人気の低さをカバーするため、麻生幹事長の就任を支持したとか、福田支持に見切りをつけたというものが多いが、私はこれらの予想をこえた展開になると見ている。

 ひとつ確実と思われるのは、福田首相であろうと、麻生首相であろうと、小沢首相であろうと決して与党の地位からはおりないだろうということである。写真を見ていただきたい。公明党・創価学会の原動力はこれであり、「公明党が与党であればこそ」の話なのだ。『聖教新聞』のSGI会長とは池田大作氏のことで、新聞は昨日付けだが、ほとんど毎号こういった世界各国の表彰記事がトップにくる。

 公明党の支持はしない。しかし不十分で心許ないものながらながら、政府自民党のタカ派の暴走を牽制してきたことは認めざるを得ない。「権力志向」といえばそれまでだが、ゼロより1の実利に向けた執念は、共産、特に社民に見習って欲しいものだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年8月 2日 (土)

福田改造内閣

 「サプライズがない」、これが評価できない理由になるのだろうか。劇場型政治にはろくなことがない。オリンピック映画「民族の祭典」に出演するヒトラー、早朝馬に乗って市民のゴミ箱をチェックする東条英機、自民党をぶっこわすと言って選挙に刺客をはなつ小泉純一郎。まっぴらだ。

 「派閥重視」、津島さんとか山崎さんの顔が見えないぐらいこんなに派閥の長が勢揃いした内閣は過去にあっただろうか。派閥均衡人選が批判されるのは、各派閥から提出される当選回数順の実力不明の名簿に従うことだ。それが派閥維持の源泉になっていたのに、長がなってしまったら意味がない。

 「何をしたいのかわからない」、派閥の長や閣僚経験のある人が多く、うすらぼんやりとでも方向性のわかる人がほとんどだ。ということは、身体検査の必要なしということにも通じ、なんとなく安心できる。かなり「何をしたいのかがわかりやすい内閣」ではないのか。新聞でも見出しと中味の解説がちぐはぐなのには笑ってしまう。

 「官僚重視」、小泉改革以来、不良官僚告発キャンペーンは熾烈を極めた。たしかに、「ここまでひどいのか」というケースも多々あった。しかし、最近は「坊主にくけりゃ袈裟まで」的なものもすくなくない。私の経験では、すくなくとも8割がたの官僚は、能力があり公正で頭がよくて堅実なことで政治家の上を行く。最近は、官僚が「やる気をなくすのではないか」ということの方が心配だ。

 以前、「福田首相を支持する」というエントリーを掲載した。やや、たたためらいがあったが、自民党内から小泉・安倍的な流れを阻止するためにはそれしかない。それが、安倍前首相の地元・山口で参院選に民主党候補として健闘された「とくらBlog」さんのお目にとまった。 

 二大政党による健全で安定的な政権交代はひとつの理想だ。その場合は、福田的な自民党と民主党の交替であって、かりそめにも民主党から安倍的な自民党になるようなことがあっては困る。これはご理解いただけるのではないか。

 去年の今頃、参院選の結果を護憲派の勝利とはいえない、という主張をしたが、すくなくとも福田色による目配りの利いた国際協調路線がここまで定着してきたのだ。「福田さん、もうちょっとがんばって」といいたくなる。 

| | コメント (2) | トラックバック (8)

2008年8月 1日 (金)

エネルギーの将来

 このブログの過去4カ月で最も検索が多いのは「原油暴落の日」など、石油資源の先行きに関することで、全体の17%を占め、もちろんダントツである。戦争と石油は切っても切れない縁があるが、それとは関係なさそうだ。やはり将来の生活や経済への不安からであろう。

 本年4月、伝統ある石油メジャーズの雄であるロイヤル・ダッチ・シェルグループが、2050年のエネルギーシナリオを公開した。その原典は、www.shell.com/scenarios で見ることができるが、日本エネルギー経済研究所に在籍する角和昌浩教授が『石油文化2008Ⅲ』で解説をしている。

 それによると、シナリオは、各国政府の利害調整が困難でドラスチックな展開のもと世界の経済成長が鈍化する「スクランブルシナリオ」と、世界規模での強調が進み、リーズナブルな変化のもと、新たな成長が期待できる「ブループリンツシナリオ」の二つのシナリオに分かれるとしている。

 その前提として、今後確実なトレンドとして、エネルギーの①堅調な需要伸長、②供給能力への不安、そして③地球温暖化問題をあげ、産業・経済活動から生活全般に至るまで「エネルギーシステム革命」が不可避であると説く。

 そしてその変化に影響を与えるのはエネルギー価格や技術革新ではなく、政治的・社会的決断の帰趨によるところが大きいと解釈、それぞれのシナリオから生まれるさまざまな事態を予想している。その中味には、5年ごとにに想定される一利一害・一長一短が示されるが、最後に、グループの最高責任者であるジェロム・ファンデル・フィエールの次の言葉を紹介している。

 シェルグループは、伝統的にシナリオ作品を取り扱う際には、どちらのシナリオが自分自身にとって好ましいか、という見解を持つことを意図的に控えてきた。だが、わたくしは、シェルグループに投資しているひとびとや私たちの子孫たちのことを考えると、ブループリンツシナリオは、経済活動とエネルギーと環境問題のよりよきバランスをもたらすもの、と信ずる。

 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »