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2008年7月26日 (土)

庶民の戦争責任2

 私は、満州事変とほぼ同時に生まれました。したがって戦中・戦後の時代を小学校から高校までの間に体験したことになります。従軍経験はないので戦地のことは語れません。しかし学校や家庭や地域で起きていたことや、当時の人々の気持なら話せます。

 まず従軍慰安婦で考えてみましょう。私の通った小学校には朝鮮人の級友がたくさんいました。「うちの父さんな、ようジョロカイに行きよんね」というようなことを話題にします。なにかよからぬ特殊な場所だとは思っていましたが、あとで考えると「ジョロカイ」は「女郎買い」だったようです。

 ご承知のように、当局の監視監督下にある売春施設は合法だったし、性的奴隷状態は建前としてありません。また、そこにいる女性もけっこう気位が高かったようです。こういった風俗が文学の題材になり社会を構成していたことは、朝鮮半島でも同様だったと思います。

 したがって、朝鮮で強引にあるいはだまして少女を連れだせば、これは立派な犯罪です。反面、朝鮮人はこの職業から閉め出す、という措置をとれば差別だと言われかねません。朝鮮人に対する差別は、学校でも「同じ天皇陛下の赤子(せきし)として」(実はこれが問題なのですが)してはならぬことと、厳しく指導されていました。

 問題は、①朝鮮で業者等による不法な募集があった可能性があること、②売春施設を戦地(外国)に設けたこと、③特に前線など異様な環境のもとで人権蹂躙があったこと、などではないでしょうか。②、③は進駐地での強姦事件などを防ぐという口実があったようですが、現地に今でいう厚生労働省の出先などないわけですから、設置・監視・監督・移動などすべて軍がその実務に当たらざるを得なくなり、軍の関与は当然といえましょう。

 戦争が激化した頃、当局の厳しい遊興の監視や客筋の応召などで遊郭が暇になり、そこにいた女性(日本人)が「こんなところで毎日ぼやぼやしていてもしょうがない。私たちだってお国のためになるのなら、志願して戦地の兵隊さんのお相手をしようかしら」といったような話をどこかで見たことがあります。これをウソだと思いますか?。

 私は、これまで従軍慰安婦問題にはできるだけ触れないようにしてきました。以上のような書き方をすると、激論に沸いている時なら、右だ左だ肯定派だ否定派だなどときめつけられ、誤解されかねないからです。次回は南京事件もとりあげてみるつもりですが、いずれも一方的な感情論が先行し、個人の内面的心情にまで踏み込んで議論することには反対です。

 

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