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2008年6月10日 (火)

漂流する「安保」8

 遅々として進まないこのシリーズではあるが、その理由はある。半世紀前の諸条件下で締結した骨董品条約なのに、見直されたことがない。旧安保から引き継いでいる、憲法9条との相性の悪さ、米軍基地存在による負担の問題、さらに国権を侵害されかねない地位協定や行動範囲の不安を内在させたままで、アメリカの方針に盲従せざるを得ない日本の国際感覚の貧弱さである。

 さらに、それを複雑にし増幅させているのがアメリカ外交の二面性、プラグマチズム、あるいは変わり身の早さと、逆にアメリカの価値観、自由主義や宗教、原理・原則に固執し、妥協を拒む頑固さを共有させていることである。

 したがって、条約の中味、場合によっては双方で交わした交換公文でさえ意味を為さないような部分があるからだ。文書の解釈は、最終的に力関係で決まる。持たざるものは、それなりに知恵と努力でそれを補おうとする。アメリカに追随することだけが力の源泉だと信ずる政権が最近まで存在したことは、日本にとってまことに不幸なことだった。

 改めて安保条約を見てみよう。「国際連合」「国際連合憲章」「個別的又は集団的自衛」あるいは、それらを包括する意味での「国際」と言う言葉が、前文で4回、第1条で6回、第2条で2回、第3条で1回、第4条で1回、第5条で3回、第6条で1回、第7条で2回、第10条で1回、都合21回もでてくる。まるで国連憲章の付属文書のようだ。

 アメリカが国連をどうとらえるかは、国連がアメリカの支配下にある(U.N.under U.S.)と、国連とアメリカが敵対関係にある(U.S.versus U.N.)両方があり、それは時と場合により「それぞれに正しい」(最上敏樹『国連とアメリカ』)ということである。

 しかし、最初からそうだったわけではない。西崎文子『アメリカ外交とは何か』によると、国連憲章の書き出し部分「われら連合国の人民は(We the peoples of the United Nathions)」の「Nathions」を「States」と書き換えれば、そのままアメリカ憲法と同じになるというほどの入れ込みようで、「アメリカ社会が国連に寄せた夢と自信とを物語っていた」という。

 それから15年、東西の対立は決定的になり、冷戦たけなわの時代になって日米安保改定交渉が始まった。アメリカは国連での正統な地位を確保するため、日本が中立的立場に立つことを極力防がなければならなかった。そのため、日本の要求を最低限くみ取る努力をし、条文で国連憲章をフル活用させることになったのだろう。
 
 ブッシュ政権下では、国連をしばしば無視して事務局長を嘆かせ、また敵対関係なったことも多かった。アメリカは国連がなくても、集団的自衛権で同調してくれる国があれば何でもできると思っていたのだ。その反面、同盟国のために、米軍を同盟国の指揮下に入れるようなことは、アメリカの理念に背くこととして頑迷にこれを避けている。

 アメリカはそれが国連であっても、アメリカの支配下になければ拘束されずに行動するという、つまりunderであると同時にversusである関係が常態化している。この点、小沢民主党代表の「国連決議があれば海外派兵に道を」というのは、時代錯誤かご都合主義としか見えないのである。

 アメリカの外交は歴代「単独主義」と「孤立主義」の繰り返しである。これから展開される大統領選の結果、従来路線の大幅変更がないとはいえない、というより大きな転換がはかられると見た方がいいだろう。日本はこういったアメリカの大きく変わる点と変わらない点を見極め、安保をどうこの先どう導くか、遅れをとらないで主導権を得るための剣が峰にさしかかっている。

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『カルト国家』 下記★の記述を読んだ皆さんは、どの様な感想を持たれただろうか。? 極端な反米左翼の悪質な『アメリカに対する誹謗中傷の類い』と思わなかっただろうか。? 日本人的な常識なら、当然その様な解釈が、当たり前であろう。 しかし、事実は逆で、石黒マリーローズ氏が、いかにアメリカとキリスト教が素晴らしいかを繰り返し主張している『聖書で読むアメリカ』に書かれている記述の一部に過ぎない。 聖書の素晴らしさ、キリスト教が社会の隅々まで支配している素晴らしさ、アメリカが神の国である素晴らしさが、繰り返し... [続きを読む]

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