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2008年5月 9日 (金)

なぜ日本は戦争に突入したか②

 以下のテキストは、アメリカ合衆国戦略爆撃調査団・石油・化学部報告の冒頭にあるもので、『日本における戦争と石油』奥田英雄・橋本啓子訳編(c)石油文化社、による。(前回の続き)

 1941年(昭和16年)中頃には事態は絶望的となった。アメリカの輸出制限措置が効果をあげるにともない、同国からの石油輸入は急速に低下しはじめた。その間にも、日本の陸、海、空軍は増強され、1935年(昭和10年)から数年間にわたって慎重に積み増しされてきた石油備蓄を食い潰しつつあった。

 日本の内閣はこうした情勢を深刻に受けとめた。この重大な時期に、どのような討議が内閣で行なわれたかについて、日本の最後の戦争内閣の陸軍省次官であった若松(只一)中将は石油・化学部調査団の質問に対し、次のように答えた。

 “1941年(昭和16年)の夏には、日本の政府にとって、急速に減少しつつあるアメリカからの石油輸入の復活はとうてい期待できないことが明らかとなった。唯一の代替策は石油の新規供給源を獲得することであった。この面では、あらゆる指標からみて、オランダ領東インド(現・インドネシア)が入手可能な唯一の実質的な石油供給源であった。

 しかし主としてアメリカからの、次いでイギリスからの外交上ならびに商業上の圧力のために、東インドの供給源を交渉による妥当な条件で手に入れることは全く不可能と考えられた。事実、オランダ政府との交渉は1941年(昭和16年)6月に完全に決裂した。

 日本が採りうる最後の手段は、武力をもってこれらの諸島を奪取することであった。しかしこうした行動を採れば、3大強国、すなわちアメリカ、イギリスおよびソビエト連邦のうちの1国、またはそれ以上の諸国と交戦状態に陥ることは、日本の内閣にとって明白であった”。

 若松中将がさらに述べたところでは、ソビエトを攻撃することについても検討されたという。政府指導者のうちの幾人かは、“極東地方でソビエトを攻撃すれば、アメリカとイギリスは双方とも一致してこれを支持するであろう。そしてこの2大強国は、日本がソビエトをあいてとする大作戦に必要な燃料を得るために南方の石油資源を占領する副次的作戦を理解かつ是認するであろう”と確信していた。

 アメリカがすでにさまざまな島々を占領していること、イギリスも他国の属領に軍隊を派遣していること、そしてこれらの行動が(世界で)大目に見られていることなどが論議された。

 これに対し他の政府指導者は、“そうした推論は誤りである。アメリカとイギリスは南方油田の占領を侵略行為そのものとみなし、日本の大規模戦争計画、すなわち、対ソ戦争との関連を考慮することなく、個別のものとして対応するであろう”と主張した。

 最終的に、この後者のグループの意見が通った。すなわち、ソビエトに対する攻撃は南方油田占領の口実にはならないと判断された。採るべく途はアメリカとイギリスを攻撃することであった。若松中将によれば、これが真珠湾攻撃を決定するに至った政府内討議の経過であった。

 実際に行なわれた真珠湾攻撃は、シンガポール、グアム、ミッドウェーその他の米英基地――そこからアメリカとイギリスの艦隊は、日本が本土と南方との間に確保しなければならない輸送船護衛ルートに対して作戦を展開できる――を叩き潰すためのものであり、占領を目的としたものではなかった、と若松中将は強調した。

 1941年(昭和16年)12月にアメリカとイギリスを攻撃したとき、日本は、本土の石油備蓄がなくなる前に南方の石油供給源を占領して採取し、そして生産された石油を日本に運ぶための海上ルートを確保する能力がある、と過信した。その後の3年間にわたる事態の推移は、それがいかに誤算であったかを暴露した。

(本項の引用終わり)

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