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2008年5月10日 (土)

漂流する「安保」4

 このシリーズの3を書いてから半月近く間をあけてしまった。続けて書いた方が見ていただけるような気がするのだが、現・安保条約へのステップには非常に奥深い物があり、無手勝流の当ブログで簡単に要約するには手に余る問題だ。

 現在、安保を肯定する側も否定的に考える側も、単純に「日米同盟」と言うだけで、生まれる前から(祖父である岸総理の前で「安保、ハンタイ、安保、ハンタイ」とはしゃいだ幼児がこの前まで総理大臣だった)存在する与件、つまり、その出発点として議論の余地のないものという扱いを受けているように思える。

 岸が、駐留の事前協議を含め改定の3大要点とした中に、「条約の有効期限を定める」と言う1項があった。旧安保には期限が定めてない。つまり、国連がアメリカに変わって安全措置をとるまで、条約は無期限に有効ということになる。岸は、占領を無期限に続けるという印象になることを恐れていたのだ。

 米側は、これですらオーストラリアその他の各国との条約もそのようになっていることや、議会対策の困難などの理由をあげて当初は応じなかった。しかし、結果として10年の有効期間と、その後は1年の予告期間を置いて条約終了ができる旨変更された。

 岸は、旧安保を改定する理由に国連加盟と日本の国力アップをあげた。現在、その頃にくらべても比較にならないほど国際環境が変化しており日本の地位も高まっている。1970年を過ぎているので、38年前からいつでも安保の改定や終了通告ができるのだ。この点、岸の遺志が全然生かされていないことを、草葉の陰でどう思っているだろう。

 岸は、占領の継続とさして変わらない旧安保を、アメリカと対等な立場に立つ独立国にふさわしいものに改めるということに執念を燃やし、アメリカ国内の改定不要論に真正面から立ち向かって、現在の形のものにこぎつけたという功績者である。しかし、日本では歴史的ともいえる猛烈な締結阻止運動を受け、条約発効と同時に議会混乱の責任をとって岸内閣は総辞職せざるを得なかった。

 岸の戦後レジーム脱却(安倍のそれとは違う)の願いは、愛国的動機だったかも知れない。しかし、東西対立の中でアメリカが戦争をすれば、ただちに巻き込まれるという国民の恐怖心があったことと、岸が「いずれ自前の憲法を持ち、再軍備しなければ真の独立を達成できない」という考えの持ち主であり、開戦を決めた東条内閣の閣僚をつとめ、A級戦犯でもあったことから、「戦前回帰を目指すもの」として反対運動の火に油を注ぐことになったことも否めない。

 アメリカ側もそうだが、岸は当初議会承認に手間取る条約改正より、旧安保に付属させる協定を変更して条約改定と同じ効果を得ようと考えたことがあるようだ。つまり、官僚による手抜きである。しかし岸はあえて困難な途を選んだ。

 たしかに条約改定にはいろいろな困難が伴うことは事実である。そこで改定を棚上げしたまま、協定、共同宣言、指針、ガイドラインなどいろいろな形で安保を変容させ、自衛隊の憲法違反状況を作ってきたのだ。これも、岸の望んでいたこととかけはなれているように思えるのだが。

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