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2008年5月21日 (水)

原理主義

 「原理主義」、うかつながらこの言葉は古くからある言葉だと思っていた。ところが『広辞苑』第4版(1991年発行)には載っていない。類語である「根本主義」についても同然である。『現代用語の基礎知識』(自由国民社、1992年)にもなかった。ただし、同書巻末にある「外来語・略語年鑑」では、ファンダメンタリスト(Fundamentalist)として、次のように解説している。

 根本主義者、教条主義者。キリスト教では、20世紀初期の新教運動以後聖書の記述を正しいと主張し信仰する人をいい、イスラム教ではコーランの記述にある真実を信じる人をさす。イラン革命で主導権を握ったホメイニ師を仰ぐグループが「ファンダメンタリスト」。

 また、古いところで、1957年頃の『新ポケット英和辞典』(研究社)の“Fundamentalism”には、こう書いてある。

 原教旨主義者《聖書の創造説を固く信じ進化説を全然排する:cf.modernism》

 したがって1990年当時、日本語の「原理主義」はまだ生まれていないし、イスラム教に援用したのもイラン革命以後の1980年代からであろう。「原理主義」という訳語をいつ誰が使い始めたのかわからない。報道関係者だというが、今やマンガの世界まで、何かに入れ込む人を「○○原理主義者」と言うのがはやっているそうだ。

 私の調査で不完全だが、マスコミには「1998年8月7日のイスラム原理主義者によるケニア・ナイロビの米大使館爆破テロ」などというのがあった。そうすると「原理主義」が一般に普及したのはここ10年という感じになる。報道関係者の中には、イスラムに「原理主義」をつけるのは不適切、として「イスラム過激派」に変えている向きもあるが、まだ徹底はしていないようだ。

 相当権威のある学者まで、最近は「市場原理主義」などという。これは市場原理=主義なのか、市場=原理主義なのかわからないが、聞く方にとっては大して違わない。このあいまいさは、もはや「原理主義」が完全に日本語化してしまっているということで、そのうち外国の辞書に日本語「ゲンリシュギ」が載ることになるだろう。

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コメント

現代では元の語意を無視して言葉が記号化する傾向があります。「原理主義」もその典型ですね。
マスコミは若者をつかまえて、しばしば、「日本語が乱れている」などと指弾しているのですが、マスコミ自身も結構日本語を乱しているわけです。

「原理主義」は今ではすっかり否定的なニュアンスになってしまいましたが、元々は、その教団自身が正統性を主張する宣伝文句として使っていたはずです。
しかし、「原理主義」を名乗る教団がテロや悪徳商法などの反社会的行動をとるにつれ、社会の側が「原理主義=カルト」という見方をしたわけですね。
しかし、「原理主義」を名乗る連中は本当に「原理主義」なのか?という検証も本来はすべきなのかも知れません。

投稿: Runner | 2008年5月21日 (水) 21時03分

Runner さま
コメント2通ありがとうございます。2度とも言葉あそびに堕してしまいましたが、やはり大事なことという気がして……。
福音書にしろ法華経にしろ(コーランですら幾通りもある)教祖が書いたものではない、原理とか根本などというものに限ってねつ造とか偽書の嫌疑がかかりやすい、と書こうかと思ったんですが、別にしました。

投稿: ましま | 2008年5月21日 (水) 21時39分

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