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2008年5月

2008年5月31日 (土)

原油暴落の日

 「石油の値段」というタイトルでエントリーしたのが3カ月前の2月28日である。以来、この題へコンスタントな検索が入るようになった。その記事にニューヨークの原油先物価格が「初の102ドル台に入った」と書いた。それが、5月28日の終値で131.03ドルとある。

 なんと毎月10ドルの高騰ぶりで、むちゃくちゃとしか表現のしようがない。この間、ガソリン価格は暫定税額の失効、復活などのさわぎなどを横目に、末端価格は170円を超えようとしている。2002年の年初に20ドル台だった原油が6倍以上になる理由は何か。

 経済産業省は、最近昨年度の「エネルギー白書」を発表した。その第1章は「原油高騰の要因及びエネルギー受給への影響の分析」で、A4で31頁(同省HP所載)を費やしている。ふんだんにグラフを使って丹念な説明を試みているが、価格要因のファンタメンタルズとして上げた需要・在庫・供給に大きな変化がなく、このところの暴騰を説明できる材料が見あたらない。その説明といえるのが、最後に付加された「先物市場」の影響で、膨大な投機資金が30~40%実勢価格を押し上げている、と分析している。

 ところが、このところちょっと気になるニュースが出てきた。以下は5月30日のNHKニュースである。 

 原油の高値推移が続くなか、アメリカの先物市場の監督を担う商品先物取引委員会は、原油の相場が操作されていないかどうかを確認するため、去年12月から調査を続けていることを明らかにしました。

 商品先物取引委員会は29日、去年12月に原油の取り引きに加えて、運搬や保管をめぐって問題がないかどうか全米の企業を対象に調査を開始し、現在も続けていることを明らかにしました。これについて、委員会は「継続中の調査は日ごろ明らかにしないが、現在の未曽有の原油高を踏まえて発表することにした。原油相場が操作されていないかどうかを確認するねらいがある」と述べ、異例の措置に踏み切ったと強調しましたが、詳細は明らかにしませんでした。一方、委員会は原油の先物市場の透明性の向上を目指し、イギリスの金融監督当局と協力して大手投機筋の取り引きに関する情報収集を強化するなどの対策もあわせて発表しました。原油をめぐっては、現在もニューヨーク市場で1バレル・120ドル以上の高値が続き、これを背景にガソリンも1年前に比べて30%以上値上がりしており、原油高はアメリカで大きな社会問題になっています。

 社会問題化しているのはアメリカばかりでない。このところヨーロッパその他各国での抗議が連日報じられ、バイオガソリン生産のため穀物価格が暴騰して発展途上国の貧困階層に飢餓状態を招き、日本でも深刻な影響がレポートされている。

 これまで、不透明さの多い原油先物市場の魔性が不問にされてきたことがおかしい。寺島実郎・日本総合研究所会長は、マネーゲームを抑制するため、国際機関が為替取引に課税するなどの構想を検討すべきだと、講演で主張している。しかし、ここに手を突っ込まれると、投機資金が先を争って引き上げる可能性がある。その結果、アメリカ経済は、サブプライムローン問題に加えて抜き差しならぬ混乱におちいるだろう。

 日本をはじめ世界各国も金融不安から逃れることはできないが、ドル安、ドル離れはさらに進み、金融資本はよりましな通貨に回るだろう。東証では、続いていた外国人の売り越しがここ8週間は買い越しに転じ、その額928億円にのぼると発表した。まさか原油暴落の前兆ではないとは思うが……。

この後の記事「エネルギーの将来いつか来た道 2」および「いつか来た道」も参考にしてくだざい。

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2008年5月30日 (金)

自衛隊機キャンセル

 われわれが知ることのできる外交情報は、テレビ・ラジオと新聞である。ネットもあるが、ここから新鮮な情報を正確に把握するするのは困難だ。昨日のエントリーで書いたことにも、新聞の書きぶりから一抹の不安がなかったわけではない。

 しかし、自衛隊機の四川地震救援物資輸送が、中国サイドの理由でキャンセルになる可能性はすくないと見ていた。その理由は日中双方に慎重論はあるものの、被害の深刻さとこれまでの流れから見て、中国首脳部の指導力が発揮されると考えたからだ。

 日本政府は、要請ルートその他で最初から危惧を抱いていたものと察せられる。結果として中国外交の不手際や内部不統一を天下にさらすことになった。ネットを中心とする国内世論に汲々としているのかどうかわからない。ギョーザ事件でもそんなギクシャクぶりがうかがわれた。

 オリンピックで国威発揚をはかりたかった胡錦濤政権にとって、また弱みをひとつふやした感じだ。日本はそんな境遇にある政権の足をひっぱってはならない。ここは冷静に着々と被災者救援を続け、地域の安定に風格ある貢献を心すべきだ。

 さて、新聞社説のホローだが、読売・朝日の2大紙は依然沈黙したままだが、1日間をおき、この事態を受けて有力ブロック紙中日・東京と北海道新聞が社説を書いている。一呼吸おいたことが効を奏した感じだが、結論は当塾の主張に似ている。

 昨日のエントリーでは、最近の新聞報道にどの程度信頼性をおくべきかについてもふれた。今日の毎日新聞の1面トップは、「クラスター爆弾・日本、全面禁止に同意・首相指示で一転」である。当塾のカテゴリーでも追ってきたように「毎日」は独自のキャンペーンを張ってきたにしては、遠慮がちな扱いである。

 一方、YOMIURI ON-LINE によると「12月の署名式にも出席し、条約を締結する方向で近く最終判断する」としながら、文末には「日本政府は条約の内容自体は認め、採択では反対しない方針を固めたが、締結しなければ国として条約上の義務を負うことにはならない」というどっち着かずの矛盾した表現だ。

 ブログでニュースに早く反応することは大事だと思うが、下手に反応できない。速報性と確実性の二律背反を背負う新聞報道ではやむを得ないことかもしれないが、日本外交が中国と似たような評価を受け、不信感をもたれないよう、メリハリははっきりつけるべきではなかろうか。

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2008年5月29日 (木)

自衛隊機中国へ

 中国から、四川大震災の救援物資を自衛隊を含めた形で送ってほしい、という要請があり、これに応える方向で準備が進められている報道があった。

 主要各紙はいずれも1面トップの扱いである。しかし、これを画期的、異例、歴史的転機などと最大限の表現でとりあげ、自衛隊機派遣が日中友好に大きく寄与するとして、賛意を示す社説を掲げたのは毎日と日経だけだった。

 他紙も明日あたり社説を掲載するところが出てくるかも知れないが、遅れている原因は何だろう。
①政府筋にも自衛隊機派遣に戸惑いや慎重論が内攻している。
②論説陣の意見が割れている。
③社説採用の価値判断。

 ①は、政府関係者の中に、コメントのはしはしでそれをにおわす向きがあるようだ。特に自衛官は、中国を仮想敵国としてアメリカと合同訓練をしている立場から、矛盾を感じる者がいてもおかしくない――軍隊とはそういうものだが。

 しかし政府の対応を確認してから判断する、という態度ならオピニオン・リーダーの資格を放棄したといわれても仕方ないだろう。当塾の立場は、全く毎日・日経の考えと全く同じである。ところが「アサヒ・コム」に目を疑わせる記事があった。「中国への自衛隊派遣反対」社民・福島党首、という内容である(2008年05月28日18時10分)。

 社民党の福島党首は28日の記者会見で、日本政府が中国・四川大地震の被災地に救援物資を運ぶため自衛隊の輸送機派遣を検討していることについて「反対だ。自衛隊は災害救助団体ではない。行くなら、自衛隊としてではなく行くことが必要だ。なし崩し的に海外に行くようになるとよくない」と語った。

 この記事は、朝日新聞の朝刊に載っていない(29日13版)。電子版からも早々に消されるかも知れないので全文をコピーしておいた。短い文章ではあるが、これを、反日・嫌韓に単純化する右翼(単右)の発言にそのまま置き換えても全くおかしくない。

 元来、当塾が「反戦」の看板を掲げているからには、社民党の主張にもっとも近いところにいていいはずだ。ところが、自衛隊違憲論にとらわれすぎているのか、自衛隊に対する庶民感覚や、現在の国際環境を脇に置き、自衛隊の段階的縮小・廃止以外はアンタッチャブルにしておきたいということなのだろうか。9条を堅持するには、それではだめだ。

 それにしても、最近の大手紙の報道姿勢には不可解なことが多すぎる。毎日新聞の「北朝鮮は拉致被害者数人を帰国させる用意がある」というアメリカ側への通報報道を、政府は真正面から虚報としている。また、その政府発言自体もそのまま論評せずに載せている。

 中山恭子首相補佐官は講演会で「全く事実と異なる。1面の記事で、流れを意図的につくるやり方はして欲しくない」(朝日新聞5/29)と公言している。いずれ真相は明らかになるだろう。どうなろうと、毎日新聞はここまで言われて沈黙する手はない。読者のためにジャーナリズムとしての責任を堂々と果たしていただきたい。

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2008年5月28日 (水)

漂流する「安保」6

 60年安保をどう評価するかはたしかにむつかしい。現在、安保に肯定的な陣営も否定的な陣営も、締結当時の姿勢そのままで思考停止の状態にある。すなわち、同様な同盟関係にあるヨーロッパ各国は、対米関係で比較的フリーハンドを持つように見えるのに対し、日本は全く硬直的である。

 ヨーロッパは、ベルリンの壁崩壊という身近な体験から東西対立を過去のものとし、EUやNATOなどを構成する多くの国の中の1国という立場でアメリカに対応している。また、38度線という厳しい対立を背負ってきた韓国も決して平板ではなく、独自の位置づけをしている。

 これに対して日本は、東西対立といっても想像の範囲を超えるものではなく、アメリカ従属で安逸をむさぼってきた。これは左翼陣営とて同然である。また、北朝鮮の拉致問題に対する国民感情というのも、こういったことから国際的な理解を得ることを困難にしている。

 アメリカの大統領選の行方は不透明ながら、「9.11シンドローム」そしてパックス・アメリカーナ(米国独占支配)の終焉は間もないだろう。半世紀の間にこういった3段階の変化を迎えようとしているとき、いまだに東西対立の夢から抜け出せない、特に最も先駆的であるべき若い世代に少なくないのが問題だ。

 アメリカは日本が共産化することを恐れた。現安保はその「あかし」の意味であり、どんな場合でも自らの犠牲をいとわず、日本を守る「お友達の義理」などはない。それを自覚している政治家・国民はどれほどいるだろうか。

 太平洋をはさんだ隣国であるアメリカとは、当然仲良くしなければならない。孤立するアメリカは決して日本にとって利益ではないし、日米同盟を解消する理由もない。しかし、自衛隊活動の違憲状態を解消するために、今というか、これから為すべきことは、日米対等の立場に立った思い切った戦略目標見直しをすることである。そうすることで、ようやく60年安保の評価が定まってくる。

 その交渉のパワーを得るためには、岸首相がかつてそうしたように東南アジアへの影響力拡大、これからは、日中韓の緊密な連携を確保し、世界で軍縮、環境などに主導的役割を果たすことである。もはや札びらをふりまわす経済力の時代は終わった。そして最後まで残されている利器が、9条を持つ「日本国憲法」であることを忘れないことである。

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2008年5月26日 (月)

白露

2008_05250023 松の葉の細き葉毎に置く露の
千露もゆらに玉もこぼれず

もろ繁る松葉の針のとがり葉の
とがりし処白玉結ぶ

若松の立枝はひ枝の枝毎の
葉毎に置ける露のしげけく

 正岡子規の「五月廿一日朝雨中庭前の松を見て作る 十首」の中にある句である。松と雨露だけで10首、短時間にすらすらとできてしまう天才わざだ。「露」だけでなく、玉、千露、白玉、雫、白露など表現にいろいろな使い分けがある。子規といえば、自然の描写・観察で一時代を築いた文人だが、天文、地理、動物、人事などと区分された句もあり、古代中国の多彩・多感な詩人、屈原の名を思い出した。

 そんな中から「猟官声高くして炎熱いよいよ加はる戯れに蒼蠅の歌を作る 九首」から2首を付け足しておこう。

つかさあさる人をたとへば厨なる
食ひ残しの飯の上蠅

馬の尾につきて走りし蠅もあらん
とりのこされし牛の尻の蠅

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2008年5月24日 (土)

「悶悶」「察察」

其政悶悶、其民淳淳。其政察察、其民欠欠。
禍兮福之所倚、福兮禍之所伏。孰知其極。

 自然の流れの中で人生や社会を観察した伝説中の賢人・老子が書いたものである。(日本語訳・金谷治『老子』講談社学術文庫)

 政治がおおらかでぼんやりしたものであると、その人民は純朴で重厚であるが、政治がゆきとどいたものであると、その人民はずる賢くなるものだ。災禍があればこそそこに幸運もよりそっており、幸運があればそこに災禍もかくれている。この循環のゆきつく果てはだれにもわからない。

 さて、「其政悶悶」は福田首相のことだろうか。最近、どうもわが塾が福田首相に同情的なのは、自ら認めざるを得ない。かつての小泉・安倍の暗黒政治を復活させないために、昨日のエントリーの首相発言ではないが福田流の「軟着陸」をさせてほしいからだ。

 「其政察察」の方はどうだろう。オリンピック聖火リレー問題去って四川大地震至る、「福兮禍之所伏」まさに胡錦濤中国政権そのものだ。老子の教訓を踏んで、「察察」たる共産党・軍・政府支配体制を見直す機運はあるのだろうか。

 この二つの政治への疑問、「孰知其極」。ああ、ゆきつくさきは2600年前からわからないということなのか!。

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2008年5月23日 (金)

クラスターと民主党

 08年中の禁止条約作りをめざす軍縮交渉「オスロ・プロセス」がアイルランド・ダブリンで19日から開かれ、大詰めの交渉が進んでいる。当ブログではこの会議に参加している日本の消極姿勢を再三批判(カテゴリ=資料データ)しているが、民主党の鳩山由紀夫幹事長は次のように語っている。(5/23毎日新聞)

 オスロ・プロセスに参加しながら特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)を重視すると言ったり、「平和国家、唯一の被爆国として思いを伝えたい」と訴えながら、クラスター爆弾保有を正当化する。スタンスが定まらないことは非常に残念だ。平和の大切さを本当に痛切に感じるのであれば、福田康夫首相はもっと明確なメッセージを出すべきだ。

 オスロ・プロセスでは日本の主張を堂々と述べ、平和に貢献してほしい。米国による攻撃的武器としてのクラスター爆弾の使用を否定しにくいから中途半端な言動になる。日米安保に縛られたあいまいな態度は決して国際社会に評価されない。

 ブラウン英首相は21日、英軍が実戦配備しているクラスター爆弾についての「見直し」を国防省に指示した。これは、欧州における英国の孤立をさけるため、とも言われているが、このタイミングでの「見直し」は全廃への方針転換を示唆するものだと報じられている。

 国内でも、河野衆院議長を代表とする超党派のクラスター爆弾禁止推進議員連盟が発足したが、全国会議員の1割にも満たない。鳩山幹事長は「パワーアップが必要だ。国会決議のような何らかのメッセージが求められる」としめくくっている。

 それならば、社・共と民主で共同して決議案を出せばよさそうなものだが、自党内の都合でそれができないのが幹事長の悩みなのだろう。否決されてもいい。国民としては賛成議員、反対議員が誰なのかがはっきりする。しかしもう時間は残されていない。

追記
 公明党の浜四津敏子代表代行らが23日午前、副田総理大臣に会い「全面禁止に向けてリーダーシップを」と要請したのに対し「今一歩踏み込んだ対応が必要だ。軟着陸させるのでまかせていただきたい」と答えた。(毎日新聞、5/23夕刊)

コ公明公明公明

 公明 こ

 

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2008年5月22日 (木)

宇宙基本法の憂鬱

 宇宙基本法案が昨21日、参院本会議で可決成立した。問題は衛星と軍事利用の関係である。宇宙開発にしろコンピュータにしろ原子力開発にしろ、先端技術のほとんどは軍事利用から生まれてきた。日本がすでにこれらの開発に手を染めている限り、軍事と非軍事の境界を引き峻別することはあまり意味がないと主張してきた。

 無資源国日本は、やはり技術で身を立てていかなければならない。ただ敬遠するだけでは何も生まれてこない。当塾は核についても、平和憲法を持ち、核軍縮を進める上で必要な「核の研究」を口にすることさすらばかるような風潮を批判してきた。

 宇宙基本法では、軍事偵察衛星に道を開くという危惧がある。こういったことに慎重であるべきことには異論がない。しかし、アメリカの衛星に頼り、その情報をもとにしたミサイル防衛システムに組み込まれて、国際法違反の先制攻撃も辞さない国との共同作戦を強いられる体制が先行している。

 現在の違憲状態にある日米軍事協力体制を見直し、現行憲法を厳守できれば、宇宙基本法にはそれほど違和感を持たない。ただし日本のスパイ衛星が打ち落とされても、あるいはその情報でミサイル発射の危険を察知しても相手国に攻撃をかけることはできない。

 それでもいいのだ。日本の安全保障は、日本国憲法を堅持し、高い技術と日本国土を守る固い決意の自衛隊があれば、保てると思う。多くの犠牲を払って故なく日本を攻撃する国などないだろう。同法には第二条に「日本国憲法の平和主義の理念にのっとり」などと書いてあるが、「平和主義」というのは九条改編をねらう自民党の編み出した架空概念で、これはあてにできない。

 第四章では「宇宙開発戦略本部」を置くことになっている。また、その本部長には内閣総理大臣が着くことになっている。今のところ憲法九条を堅持し、国際緊張を遠ざけ、防衛族・防衛産業などの跋扈を許さない人を総理大臣にするしかないようだ。

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2008年5月21日 (水)

原理主義

 「原理主義」、うかつながらこの言葉は古くからある言葉だと思っていた。ところが『広辞苑』第4版(1991年発行)には載っていない。類語である「根本主義」についても同然である。『現代用語の基礎知識』(自由国民社、1992年)にもなかった。ただし、同書巻末にある「外来語・略語年鑑」では、ファンダメンタリスト(Fundamentalist)として、次のように解説している。

 根本主義者、教条主義者。キリスト教では、20世紀初期の新教運動以後聖書の記述を正しいと主張し信仰する人をいい、イスラム教ではコーランの記述にある真実を信じる人をさす。イラン革命で主導権を握ったホメイニ師を仰ぐグループが「ファンダメンタリスト」。

 また、古いところで、1957年頃の『新ポケット英和辞典』(研究社)の“Fundamentalism”には、こう書いてある。

 原教旨主義者《聖書の創造説を固く信じ進化説を全然排する:cf.modernism》

 したがって1990年当時、日本語の「原理主義」はまだ生まれていないし、イスラム教に援用したのもイラン革命以後の1980年代からであろう。「原理主義」という訳語をいつ誰が使い始めたのかわからない。報道関係者だというが、今やマンガの世界まで、何かに入れ込む人を「○○原理主義者」と言うのがはやっているそうだ。

 私の調査で不完全だが、マスコミには「1998年8月7日のイスラム原理主義者によるケニア・ナイロビの米大使館爆破テロ」などというのがあった。そうすると「原理主義」が一般に普及したのはここ10年という感じになる。報道関係者の中には、イスラムに「原理主義」をつけるのは不適切、として「イスラム過激派」に変えている向きもあるが、まだ徹底はしていないようだ。

 相当権威のある学者まで、最近は「市場原理主義」などという。これは市場原理=主義なのか、市場=原理主義なのかわからないが、聞く方にとっては大して違わない。このあいまいさは、もはや「原理主義」が完全に日本語化してしまっているということで、そのうち外国の辞書に日本語「ゲンリシュギ」が載ることになるだろう。

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2008年5月20日 (火)

単右の論理

 私は「ネットウヨ」という言葉が、余り好きでない。多様な考えをひとくくりにしてしまうからだ。しかしほかに代わるべき言葉が見つからないため、ここでは単に「右」=「単右」と呼ばさせていただく。その上でよって来るところの発想・傾向・論理を考えてみたい。

 まず、単右は古来ある「右翼」と全く異質のものであるということである。戦前右翼のほとんどがアジア主義者であった。よく使われた言葉として「大陸浪人」という呼称があるが、中国・朝鮮人を同胞と見なし、大陸に渡って独立や革新運動に手を貸した。

 それに反して、単右の特徴は反中・嫌韓だけに特化(特定アジアという)して激しく反応することである。その理由は、単右個人に内在する差別意識を除くと次のような動機がありそうだ。
 1.かつて在日中国・韓国人による凶悪犯罪や日本なかった手口の犯罪がさかんに報道されたこと。
 2.北朝鮮の工作員の行動が明るみにでたこと。さらに同国が核やミサイル等による脅迫をしたこと。
 3.侵略の謝罪要求を何度も繰り返すこと。
 
 そのほか、教科書問題、靖国問題、反日デモその他数え切れないほどの摩擦要因があるが、いずれも上記に端を発するさまざまな現象と言っていい。こういった現象と波長を合わせるように単右を駆り立てたのは、単右自身でなく、日本会議や新しい教科書を作る会などに集結したナショナリズム復興運動であろう。

 ここが、左翼(マルキシズムに影響された)の「自虐史観」を攻撃の的とし、単右を精神的・理論的に支える総本部の役割を果たした。これに幾人かの学者・ジャーナリスト・評論家が乗り、政府や週刊誌・総合誌が彼ら彼女らを利用した。この構図は、すでに10数年続いているが、世界にグローバリズムが風靡するようになった時期に符合する。

 さて、総論は別として、このブログにもチベットの騒乱がきっかけで単右の方の来訪が明らかに多くなった。どうしてもわからなかったのは、単右が「反戦」「護憲」「9条の会」といったテーマを持つところ標的にしたことである。チベットはもとより、中国・朝鮮とは直接関係がないにもかかわらずである。

 なぜそうなったかだが、「凶悪な《特ア》のために、日本を武装解除して相手の進攻を呼び込む運動している」という文脈に関係がありそうな気がしてきた。自虐史観や媚中外交よりもっと悪質で売国奴の集団という評価となる。常識はずれの被害妄想であるが、扇動者がいたとしてもこれに同調する単右は決してすくなくない。

 的はずれと言ってしまえばそれまでだが、こういった現象を生ずることは護憲運動側にも問題があったのではないか。すなわち、単右を冷笑したり無視したりするのではなく、筋の通った疑問や批判に対して、丁寧に答えられるような準備が必要だということである。当塾としても心がけておきたいことだ。

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2008年5月19日 (月)

軍縮立国へ

 福田内閣は当初の予想(期待?)に反してこのまま秋口まで続きそうだ。ガソリン税暫定税率失効で25円も安くなったものを、1カ月あとに30円近くも高くしたら天下がひっくりかえるような騒ぎになると思われていたのが、平静そのものであった。

 中国、朝鮮との間柄も一時のとげとげしい雰囲気はいつのまにか様変わりしている。これらは、福田首相の功績だろうか。首脳会談より、バンダより四川省大地震救援隊の活動の方がはるかに大きそうだ。記録的な低空飛行の内閣支持率だが、国民は首相や各大臣が小泉時代のしりぬぐいに懸命なことをなんとなく肌で知っている。

 後期高齢者保険制度も緩和策などの採用で、なんとなく収まるところに収めた方がいい、という気分にもなっている。決して物わかりがいいというわけではない。適当な後継内閣や後継政権の姿が見えず、不安定になった国民生活をこれ以上政治にひっかきまわしてもらいたくない、ということだ。

 そうであれば、副田色を押し出さずに控えめにしていることが効を奏していると言えなくもない。一方、洞爺湖サミットで得意といわれる外交に力を割き、環境問題で主導権を発揮して支持率をアップさせるという解説がある。そんなことで支持率は上がらないことはうけあいである。首相にもそんな気はないだろう。

 環境問題よりもっと簡単な問題がある。それは今アイルランドのダブリンで開かれているクラスター爆弾禁止国際会議で、軍縮に向けた条約賛成に大きく踏み出すことである。これまでの会議では、不参加を決め込んでいるアメリカの立場に立ったブレーキ役でしかなかった。

 環境問題でアメリカの協力を引き出すのにも似ているが、我が国は憲法9条を持ち、唯一の原爆被爆国でもある。東京大空襲に使われたのも同じ発想に立つ大量殺傷兵器である。これを禁止する方向で軍縮を唱えることに何の遠慮もいらないし、国際的責務を負っているとさえ言える。

 国内政治の上では、河野洋平衆議院議長を代表とする超党派のクラスター爆弾禁止推進議連もできた。抵抗する防衛省の「日本は長い海岸線があり上陸した敵軍を壊滅するには効果的」という理論ほど滑稽なものはない。自国民が被害を受けかねないところでの利用を考えている国はないし、条約の主導国ノルウェーの国土はほとんどが海岸線で、アイルランドもニュージーランドも島国だ。

 同様な場面では、小渕恵三外相(当時)がアメリカ不参加のまま地雷禁止条約調印を決意した。福田首相にできないはずはない。軍縮立国への道を進むという長期目標を具体化する第一歩だ。そうすれば内閣支持は自然にあとからついてくるだろう。

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2008年5月18日 (日)

奥多摩町長選・結果

投票総数 4125人(投票率71.39%)

選管発表:確定 
当 河上文夫(63)  2273 無現
   室川定義(67)  1777 民主推薦新

 「町政をよそ者(移住者)に譲りたくない者」と「地元にしがらみのない者」の戦いは、現職の河上氏が新人室川氏を退け勝利した。この選挙に注目したのは、業務委託金や助成金に依存する過疎の山村と、そこで起きた不明朗会計と使途不明金、そして鍵をにぎる元総務課長の自殺という、最近の地方自治に内在する問題を多くかかえていたにもかかわらず、マスコミ報道からほとんど見放されていたからだ。
   
 簡単な経緯はさきに記事にしたが、任期満了の無風選挙に待ったをかけ、使途不明金の真相解明と町政刷新のため室川候補を擁立したのは、2人の町議会議員である。同候補が決意を固めてから公示まで、わずか27日しかなかった。

 室川候補は地元における知名度がほとんどない。町会議員14名中共産、公明各党1人をのぞくほとんどは自民党系無所属議員だ。その中で民主党都連が室川氏を推薦し、公明党が自主投票を決めた。スキャンダルをかかえこんだ現町長を追う上で普通ならかなり優位に立てるはずだ。

 事実、町長側では危機感をつのらせたのか、投票日間近になって自殺した元総務課長の遺書の内容と称するものを街頭遊説の中で暴露した。自らの犯行をほのめかすもので、遺族も承知しておらず抗議を受けている。元課長自殺の件は、故人の名誉のためできるだけ触れないようにしていた室川陣営はさすがに激怒し、終盤戦は大混乱におちいった。

 勝敗の如何を問わず、遺書と称する文書の出所、公金横領の嫌疑をかけられた故総務課長や関係を指摘された町吏員、受託業者などの反撃そして、東京都へ公費を使った委託費返還金支出など、これからもこの一件は、予断を許さない展開を示すだろう。ただ、真相を闇に葬り、犯人に擬せられた人々の村八分といったことだけは避けてほしい。そして1日も早い新生奥多摩町の実現を期待したい。

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2008年5月17日 (土)

地方自治

 1947年(昭和22年)4月17日に地方自治法が公布され、今日で61年と1カ月たつ。この間、同法は242件の改正があるが年平均して4件に当たる。ところがここ10年だけを取ると毎年18件改正されているという勘定になる。このところ、地方自治のありかたが大きく変貌しつつある。効率優先の道洲制なども取りざたされているが、地方自治の憲法の理念は大切にしなければならない。

地方自治法
第1条 この法律は、地方自治の本旨に基いて、地方公共団体の区分並びに地方公共団体の組織及び運営に関する事項の大綱を定め、併せて国と地方公共団体との間の基本的関係を確立することにより、地方公共団体における民主的にして能率的な行政の確保を図るとともに、地方公共団体の健全な発達を保障することを目的とする。

憲法
第93条②地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

 東京都奥多摩町の町長選挙は、明日投票日を迎える。果たせるかなというか、昨日あたりから公金の使途不明問題に関連して、一方の陣営が自殺した元町総務課長の遺書なるものを街頭演説で暴露したことにより、選挙戦は泥仕合の様相を呈してきたようだ。

 投票率は伝統的に高い地域だというが、有権者は地方自治の原点に立ち、是非悔いのない投票をしてほしいものだ。

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2008年5月15日 (木)

漂流する「安保」5

 60年安保の頃と現在の保守系政治家の間では、外交感覚に大きな違いがあるように見える。私は当時、安保そのものはともかく、岸首相が強引な国会運営を指揮し、戦後国民が手にした民主主義を破壊するという危機感からデモの後尾についた口であった。

 国会の混乱は、衆参ねじれ現象で3度も再議決をくりかえす今の方がひどいかも知れない。しかし、岸首相があえて強行突破をはかったのは、困難な日米交渉をのりこえ、今こそ妥結させる潮どき、とみたからではないか。昨今の国会混乱は、外国でもない国民でもない、全く政治家のみの責任である。

 ソ連崩壊で、保守陣営にとっては「結果オーライ」になったが、岸としては日本の国際的地位向上と国益確保のため渾身の力を振るったにちがいない。外交交渉の現場は見ることができない。しかし、アメリカ外交は長い歴史の中で、いつも国益を最優先させ、時には強硬に、時には柔軟に対処してきたことが知られている。

 岸には戦前からのキャリアがある。日本の国益とアメリカの国益が一致しないことは当然わきまえている。しかし、対等であることを前面にだして、主張すべきことは主張するのが外交であるという信念もあっただろう。前回は、条約に有効期限を設ける主張をしたことを例に挙げ、「無期占領ではない」という意思を示したことを言った。

 政治家の日米関係のありかたが大きくかわったのは、なぜかソ連崩壊後である。2強時代が終わってアメリカ一極支配の時代が来たので、世界の帝王にひれ伏すのが国益と考えたのだろうか。特に小泉政権以降それが顕著になった。

 日米安保の軍事同盟的色彩をぼやかすのが政府の方針だった。だから「日米同盟」という言葉は反対派の方で使っていたのだ。それを逆に「日米同盟」を強調、マスコミまでそれに乗ってこっちの方が一般に通用するようになった。北朝鮮の脅威まで持ち出す情報操作のこわさがある。

 それから、関岡英之氏の『拒否できない日本』を引くまでもなく、アメリカから日本政府あて「年次改革要望書」などという指図がましいレポートのあることもわかった。そして、安倍内閣に至るまで「アメリカと共通の価値観」などと、あたかも両国の国益が完全に一致するような姿勢さえ示すようになった。

 憲法改正に執念を燃やした安倍前首相は、祖父の遺志を継ぐつもりだったかも知れないが、根っこの部分の違いをどれほど認識していたか、はなはだ心許ないと言わざるを得ない。アメリカの一極支配構造はすでにかげりを見せている。これを先取りするような政治家を期待するのは、果たして無理なのだろうか。

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2008年5月14日 (水)

自衛権ということ

 憲法9条を考える上で、いつも自衛権という言葉が気にかかります。どこから考えたらいいのか、いつも迷ってしまいます。「自衛権は人間誰しもがもっている自然権だから国がそれを持っているのはあたりまえだ」という考えがあります。個人と国を一緒にしてしまうのは乱暴な話ですが、それはひとまずおいておきましょう。

 個人が持っている自然権というのは、正当防衛のことだと思います。いきなり乱暴されたりおそわれたりしてそれを防ぐのは当然です。そのため相手がけがをしたとしても、過剰防衛でない限りはしかたのないことです。それが武器を持つとどうでしょう。アメリカ人のピストルにしても日本の武士の刀にしても、正当防衛のため使われたということはむしろ少ないのではないでしょうか。

 次に先制攻撃の問題です。相手が明らかにおそってくることがわかっているばあい、先手をとって先に一発やってしまうのはどうでしょう。ピストルでも日本刀でも一瞬の早業で勝負がきまります。これは「自衛権」ではないですね。不意打ちではなく決闘の場面だからです。

 泥棒など悪漢をせぐため、防犯カメラを置き防犯ベルや二重鍵を設ける、これは攻撃兵器ではないが自衛のための当然な行為です。そういったことをを全くしない聖人君子もいるかも知れませんが、それならば何を盗ってもいいのだ、またそうすることが正しいのだとさえ思わせてしまいます。「泥棒にも3分の理」というわけですね。

 こういった悪漢をふやす手助けになるようなことはことは、やはり避けなければなりません。むかし再軍備の議論があったとき「戸締まり論」というのがありました。これにも、国と個人を一緒にした暴論という批判がありました。

 しかし残念ながら、ニセ情報で弱小国に攻め込んだり、核を公然と脅迫の材料にする国が現存します。軍縮も思うに任せません。過去には自衛の努力をせず、強大国の保護をあてにして国が滅んだ例もあります。戸締まりは必要ないとはいえません。

 また、悪漢の家まで押し掛けていき、そこに居座って見張ることまで自衛といえるでしょうか。どんな家でも武器をもった他人があがりこみ、「守ってやるから」といって居座られ「飯ぐらいはだせ」と言われたらどうでしょう。だれだっていい気がしませんね。一刻も早く出ていってほしいと思うのが人情でしょう。

 その気はなかったのに、すっかりたとえ話になってしまいました。別にアメリカのことをいっているのではありません。日本が出ていっても同じことになります。おせっかいをやいて大失敗した過去の経験を無にしないことが大切なのではないでしょうか。

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2008年5月13日 (火)

護憲的改憲論にひそむ危険

 「護憲的改憲論」、あるジャーナリストが使っていた言葉だ。わがブログもなにかそれに入りそうだが、まず憲法に対するいろいろな姿勢を私なりに分類してみた。

 1.占領下に押しつけられた憲法だから自主憲法を作り、自衛隊を正規軍として認める。(自民党のほとんどと民主党の極右)
 2.自衛隊の存在を憲法上認知する(自民党および民主党の過半)
 3.9条をそのままとし、時代の変化等で必要になった事項を付け加える。(加憲論=主に公明党)
 4.憲法に不具合なところはない。自衛隊は段階的に縮小する。(主に社民党、共産党)

 ここで言えば2.と3.だ。私も9条を守るという前提で、漠然とそう考えていた。しかし、安倍改憲指向内閣の崩壊、海自のインド洋給油活動の継続や自・民で恒久法の実現ををさぐる動きなどの中から、第5の考えを抱くに至った。それはすでに申し上げたことがあるが、9条に次の第3項を加えるほかは全く手つかずでいいということだ。

 ③公務員は、法律に定めがある場合をのぞき、武器を携行し、または利用して外国または日本国領土以外の地域で行動してはならない。

 なぜそうなるかを説明したい。現行憲法は、前文、第1章 天皇、第2章 戦争放棄、第3章 国民の権利と義務、第4章 国会、第5章 内閣、第6章 司法、第7章 財政、第9章 改正、第10章 最高法規、第11章 補足となっている。明治憲法もほぼ同じ構成だ。

 これをさらに整理すると、前文から第2章までが、日本のアイデンティティおよび国民統合の象徴としての憲法理念をうたっている部分だ。それが主権在民であり、天皇であり、平和であるという密接不可分の関係にある。その次から憲法の中味に入っていき、最も重要な部分である「国民の権利義務」、三権分立の「立法」「行政」「司法」といった国家の機関、7章以下は、手続きと補足で、大きく言って3つのブロックから成り立っている。

 自民党の改憲案を見てみよう。第2章を「安全保障」と題を変え、第1項の戦争放棄条文を残したまま、それとは全く異質の「自衛軍」条項を盛り込んだ。そのため、最初の憲法理念はずたずたになり、国民の権利義務など、最も基本的な条項の前に自衛軍の任務や行動規範をもってくるなど、法文としての体裁が全く狂ってきた。

 かりに、後ろの方の章に持ってくるにしても、憲法には他省の所管業務である警察や海上保安庁や消防などの組織について触れている部分などない。新憲法を作るといいながら、現憲法をいじくり回したあげくの奇怪な案が自民党案だ。

 民主党の方も、小沢理論により、国連の決議があれば自衛隊の海外派遣をする、そのためには現9条1、2項のあとに3項を付け足して、などという案が聞こえてくる。これも上と同じような矛盾を抱え込む危険があり、依然として解釈改憲に道をひらく可能性も残している。

 国連は見ての通り、いつも公正公平な神の決断を下すわけではない。またそれが我が国の国益や憲法の精神に合致するとは限らない。国際情勢や国際環境はこれからも激変する可能性がある。そのような予見不能なことを憲法にうたっておく必要はない。より改廃しやすい一般法にゆだねる方が現実的だ。

 9条により厳密なしばりを加えて、自衛隊は専守防衛に徹すること、その上で、国際貢献などに武力行使あるいは武力による威圧を排除して何かできるかを検討する、というけじめを明確にしておくことが必要だ。それには、憲法違反状態をつくりだした日米安保の運用方針を改めることからはじめなくてはならない。

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2008年5月12日 (月)

花の命は短くて

 林芙美子の詩の意味は全くない。シュロはなぜか観葉植物としてあまり花を愛でる人はいない。だけどなかなか堂々として色鮮やかで立派ではないか。花の命も決して短いとはいえない。2008_05110005

 ところが、造園業者などのプロは「花は早く切り落としなさい」という。観葉植物としての「葉」の成長を妨げるからだそうだ。

 そこでシュロの嘆きの一首……、

 花の命は短くて 葉のみ見る目の 多かりき 

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2008年5月10日 (土)

漂流する「安保」4

 このシリーズの3を書いてから半月近く間をあけてしまった。続けて書いた方が見ていただけるような気がするのだが、現・安保条約へのステップには非常に奥深い物があり、無手勝流の当ブログで簡単に要約するには手に余る問題だ。

 現在、安保を肯定する側も否定的に考える側も、単純に「日米同盟」と言うだけで、生まれる前から(祖父である岸総理の前で「安保、ハンタイ、安保、ハンタイ」とはしゃいだ幼児がこの前まで総理大臣だった)存在する与件、つまり、その出発点として議論の余地のないものという扱いを受けているように思える。

 岸が、駐留の事前協議を含め改定の3大要点とした中に、「条約の有効期限を定める」と言う1項があった。旧安保には期限が定めてない。つまり、国連がアメリカに変わって安全措置をとるまで、条約は無期限に有効ということになる。岸は、占領を無期限に続けるという印象になることを恐れていたのだ。

 米側は、これですらオーストラリアその他の各国との条約もそのようになっていることや、議会対策の困難などの理由をあげて当初は応じなかった。しかし、結果として10年の有効期間と、その後は1年の予告期間を置いて条約終了ができる旨変更された。

 岸は、旧安保を改定する理由に国連加盟と日本の国力アップをあげた。現在、その頃にくらべても比較にならないほど国際環境が変化しており日本の地位も高まっている。1970年を過ぎているので、38年前からいつでも安保の改定や終了通告ができるのだ。この点、岸の遺志が全然生かされていないことを、草葉の陰でどう思っているだろう。

 岸は、占領の継続とさして変わらない旧安保を、アメリカと対等な立場に立つ独立国にふさわしいものに改めるということに執念を燃やし、アメリカ国内の改定不要論に真正面から立ち向かって、現在の形のものにこぎつけたという功績者である。しかし、日本では歴史的ともいえる猛烈な締結阻止運動を受け、条約発効と同時に議会混乱の責任をとって岸内閣は総辞職せざるを得なかった。

 岸の戦後レジーム脱却(安倍のそれとは違う)の願いは、愛国的動機だったかも知れない。しかし、東西対立の中でアメリカが戦争をすれば、ただちに巻き込まれるという国民の恐怖心があったことと、岸が「いずれ自前の憲法を持ち、再軍備しなければ真の独立を達成できない」という考えの持ち主であり、開戦を決めた東条内閣の閣僚をつとめ、A級戦犯でもあったことから、「戦前回帰を目指すもの」として反対運動の火に油を注ぐことになったことも否めない。

 アメリカ側もそうだが、岸は当初議会承認に手間取る条約改正より、旧安保に付属させる協定を変更して条約改定と同じ効果を得ようと考えたことがあるようだ。つまり、官僚による手抜きである。しかし岸はあえて困難な途を選んだ。

 たしかに条約改定にはいろいろな困難が伴うことは事実である。そこで改定を棚上げしたまま、協定、共同宣言、指針、ガイドラインなどいろいろな形で安保を変容させ、自衛隊の憲法違反状況を作ってきたのだ。これも、岸の望んでいたこととかけはなれているように思えるのだが。

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2008年5月 9日 (金)

なぜ日本は戦争に突入したか②

 以下のテキストは、アメリカ合衆国戦略爆撃調査団・石油・化学部報告の冒頭にあるもので、『日本における戦争と石油』奥田英雄・橋本啓子訳編(c)石油文化社、による。(前回の続き)

 1941年(昭和16年)中頃には事態は絶望的となった。アメリカの輸出制限措置が効果をあげるにともない、同国からの石油輸入は急速に低下しはじめた。その間にも、日本の陸、海、空軍は増強され、1935年(昭和10年)から数年間にわたって慎重に積み増しされてきた石油備蓄を食い潰しつつあった。

 日本の内閣はこうした情勢を深刻に受けとめた。この重大な時期に、どのような討議が内閣で行なわれたかについて、日本の最後の戦争内閣の陸軍省次官であった若松(只一)中将は石油・化学部調査団の質問に対し、次のように答えた。

 “1941年(昭和16年)の夏には、日本の政府にとって、急速に減少しつつあるアメリカからの石油輸入の復活はとうてい期待できないことが明らかとなった。唯一の代替策は石油の新規供給源を獲得することであった。この面では、あらゆる指標からみて、オランダ領東インド(現・インドネシア)が入手可能な唯一の実質的な石油供給源であった。

 しかし主としてアメリカからの、次いでイギリスからの外交上ならびに商業上の圧力のために、東インドの供給源を交渉による妥当な条件で手に入れることは全く不可能と考えられた。事実、オランダ政府との交渉は1941年(昭和16年)6月に完全に決裂した。

 日本が採りうる最後の手段は、武力をもってこれらの諸島を奪取することであった。しかしこうした行動を採れば、3大強国、すなわちアメリカ、イギリスおよびソビエト連邦のうちの1国、またはそれ以上の諸国と交戦状態に陥ることは、日本の内閣にとって明白であった”。

 若松中将がさらに述べたところでは、ソビエトを攻撃することについても検討されたという。政府指導者のうちの幾人かは、“極東地方でソビエトを攻撃すれば、アメリカとイギリスは双方とも一致してこれを支持するであろう。そしてこの2大強国は、日本がソビエトをあいてとする大作戦に必要な燃料を得るために南方の石油資源を占領する副次的作戦を理解かつ是認するであろう”と確信していた。

 アメリカがすでにさまざまな島々を占領していること、イギリスも他国の属領に軍隊を派遣していること、そしてこれらの行動が(世界で)大目に見られていることなどが論議された。

 これに対し他の政府指導者は、“そうした推論は誤りである。アメリカとイギリスは南方油田の占領を侵略行為そのものとみなし、日本の大規模戦争計画、すなわち、対ソ戦争との関連を考慮することなく、個別のものとして対応するであろう”と主張した。

 最終的に、この後者のグループの意見が通った。すなわち、ソビエトに対する攻撃は南方油田占領の口実にはならないと判断された。採るべく途はアメリカとイギリスを攻撃することであった。若松中将によれば、これが真珠湾攻撃を決定するに至った政府内討議の経過であった。

 実際に行なわれた真珠湾攻撃は、シンガポール、グアム、ミッドウェーその他の米英基地――そこからアメリカとイギリスの艦隊は、日本が本土と南方との間に確保しなければならない輸送船護衛ルートに対して作戦を展開できる――を叩き潰すためのものであり、占領を目的としたものではなかった、と若松中将は強調した。

 1941年(昭和16年)12月にアメリカとイギリスを攻撃したとき、日本は、本土の石油備蓄がなくなる前に南方の石油供給源を占領して採取し、そして生産された石油を日本に運ぶための海上ルートを確保する能力がある、と過信した。その後の3年間にわたる事態の推移は、それがいかに誤算であったかを暴露した。

(本項の引用終わり)

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2008年5月 8日 (木)

なぜ日本は戦争に突入したか①

 原油の先物価格が、食料品などをまきこんで果てしない暴騰を続けている。もはや世界の経済秩序を破綻させる寸前まで来ていると言えば過言になるだろうか。これを機会に、「アメリカ合衆国戦略爆撃調査団・石油・科学部報告」の冒頭にある「なぜ日本は戦争に突入したか」の部分を読み返してみたい。

 以下のテキストは、『日本における戦争と石油』奥田英雄・橋本啓子訳編(c)石油文化社、による。

 “何が日米間の戦争の最後の引き金となったのか?”という質問に対して、海軍軍務局長保科(善四郎)中将は1945年(昭和20年)にこう答えた。“石油の輸入停止である。石油なくして日本は生きることができない。石油なくしては、中国との戦争を成功裡に終結させることもできず、国として生き残ることもできない。ゴムやボーキサイトの供給も絶たれたが、いずれもなくてはならなぬ物資であった。1941年(昭和16年)11月26日にアメリカから最後通牒を受け取ったとき、われわれはもはや一国家として存続することができないと決断した。そこでわれわれは戦ったのだ”

 ほとんど石油のない日本は、すでに1939年(昭和14年)に外交的には解決できない石油ジレンマに直面した。なんなく征服できると予想したいわゆる“支那事変”は、勝負のつかない消耗戦という膠着状態に陥っていた。この年(39年)日本の内閣は、中国における作戦が日本の総生産の40%を消耗し、高価な原材料(とくに石油)の在庫を危険なまでに食い潰しはじめていることを知らされた。

 一方、ヨーロッパでも戦争の危機が迫っていた。そしてアメリカでは、石油を日本に無制限に販売することに反対する世論が高まりつつあった。こうしたアメリカの犠牲の上に成り立っていた日本の近代の戦争体制は、アメリカからの石油供給が切断されると、もはや身動きができなくなり、何もできなくなるにちがいなかった。

 日本の1937~38年(昭和12~13年)間を特徴付ける矢継ぎ早の緊急対策や立法措置は、送ればせながら日本がこの窮地(石油ジレンマ)に気付いたこと、そしてその解決のために、いささか狂気じみた対策を採りはじめたことを物語るものであった。

 まず最初に支那事変の解決が試みられたが、中国は日本軍の同国からの撤退なくしては、平和条件に応じるはずがなかった。一方、日本は面目を失うことなく、中国から軍隊を引き揚げる術がなかった。そこで日本は中国へこれ以上侵略することを辞めて、すでに占領している地域の安定を強化することを決定した。

 しかしこの作戦は、現実には石油消費を増大させる結果となった。かくて日本は総合的な生産力増強を目的として、5カ年計画、兵器増産のための6カ年計画、人造石油生産設備増強のための7カ年計画など、一連の政策を設定し、1938年(昭和13年)には日本を完全な戦時体制下におくための国家総動員法を制定した。

 とはいえこれらの政策は、いずれも日本の石油ジレンマを解決するものではなく、石油備蓄は1938年(昭和13年)以降目立って減少した。オランダ政府との間にオランダ領東インド(現インドネシア)からの割当量増加を要請する交渉が行われたが、成功の見込みはほとんどなかった。(以下次回に続く)

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2008年5月 7日 (水)

中国思想

 胡錦濤国家主席の来日が、今後の日中関係にどういう影響をもたらすか未知数であるが、すくなくとも日本人が中国および中国人をどう見るかについて、考える機会を作ったことだけは間違いがない。これまでも中国要人の来日はあったが、オリンピック、チベット、餃子など比較的国民に身近でセンシティブな問題が続発したこともあって、単なる外交儀礼的あるいは、友好促進を超えた効果が期待できるのではないか。

 中国で大昔からある教訓、「和而不同」を題名としたエントリーを先月初めに掲載したが、これが検索にヒットしコンスタントなアクセスが続いている。中国・朝鮮を特殊化し、鬱憤のはけ口にしようという流れは依然としてネット上などで優勢だが、それではなにも解決しないという考えも定着してきた。中国を敵視するならば、まず「己を知る」ことから始めなくてはならない、これも中国の有名な兵法、孫子の言葉である。

 『中国思想を考える*未来を開く伝統』(中公新書)という本がある。2年前の5月5日になくなった金谷治博士の書で1993に書かれ、やや古典に属するという見方があるかも知れないが、上に掲げた諸事件の推移や処理をあてはめてみると意外に符合している内容があることに驚かされる。

 最近、中国政権が盛んに用いる合い言葉は「和諧」であり、胡主席来日でもキャッチフレーズのように使われている。日本ではなじみのない言葉だが、「和」は日本語の解釈通り、「諧」も似た意味だが「調和」というニューワンスを持つ。まずその辺りを同書で見てみよう。

 『論語』の「和而不同」も中庸の精神を説いたものだが、『左史伝』に晏子(あんし)の言葉として「和は羮(あつもの)の如し」というのがある。これも有名なたとえで、羮を日本で言えばちゃんこ鍋のような料理の、おいしいスープの作り方を説いている。

水のなかに酢や醤油、塩や梅をまぜて熱を加え、魚や獣の肉をぐつぐつ炊きます。そうして「和して味を調え、不足を増して過ぎたものを減らす」のです。料理のことを考えていただけば宜しいのです。水だけ、あるいは塩だけでは、よい味はできません。鹹(から)いもの甘いもの酢っぱいもの、いろいろな味をまぜ、雑多な具を煮てこそそこによい味かげんが得られます。材料は多すぎたら減らす、足りなければ増やす、――中庸ですね。そうして得られるのが味の調和です。(以下略)

 また「それは遠い古代のことで、今の共産中国は違う」という人がいるかもしれない。これについて同書では中国共産党創立にかかわったマルキシズムの理論家・李大釗(りたいしょう)の論文を紹介している。

李大釗は血気にはやる青年を抑えて、むだな争いはするなと言います。ある意味でたいへん中国的だと思うわけですが、相手を倒そうとしてつっかかるばかりでは犠牲を多くするだけだ、そこで調和の法則に従えというわけです。調和ということがたいへん実践的に考えられています。李大釗はこういうのです。調和というと、一般にはたがいに譲りあうことだと考える、おたがいに自分を抑えてへりくだって相手を立てて、それで全体が調和してゆけるというようにです。しかし、それは間違ってはいないが、それだけに止まっていてはいけない。「両譲に始まって、両存に安んずる」で、調和の境地は我も人も生かされるところにある。競争といえば調和を妨げるというように考えるのは誤りで、それでは全体の進化とか活発な組織はみな滅びてしまう、自分は両存の調和を愛する、また競立の調和を愛すると、こういうように申しております。

 もちろん中国の人全員が古典や賢人の論文に精通しているわけではない。また解釈も考えもそれぞれ違って当然だ。ただし、指導層は激しい権力争いの中で、中国の伝統に基づく方策に活路を見いだそうとしていることはたしかだと思う。こうした中で、媚中だとか嫌中だとか反日だとかの硬直的発想にとらわれている限り、進歩に取り残されるのは日本の方になる、ということを心すべきだろう。    

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2008年5月 6日 (火)

奥多摩町長選挙

 東京都奥多摩町は青梅線の終着駅である。そこから登って、大菩薩峠の方から来る水源を小河内ダムでせき止めてできたのが奥多摩湖であり、都民の手近な憩いの場である。町の面積は都下どの自治体より広大だが、人口は9千人弱、伊豆大島や八丈島と同程度である。

 そこで任期満了にともなう町長選が、5月13日告示、18日投票で行われる。現在立候補を表明しているのが、
  河上文夫(63)現
  室川定義(67)新
の2人である。

 山口2区の衆院補選などと違ってマスコミで報道されることは少ない。通常なら対立候補なしで現職が無投票当選するケースだったらしい。ところが、なかなか「わけあり」の選挙になってきたようだ。一昨年の6月、同町総務課長(58)が山梨県の山中で手首から血を流して倒れているのが発見され、間もなく死亡したことに端を発する。

 近くに登山ナイフが落ちており、自殺とされたが、同日公費流用に関連し警視庁の事情聴取を受けることになっていた。この公費というのは、「都立奥多摩湖畔公園・山のふるさと村」の雑草刈り込みやトイレ清掃などの運営を都が町に委託し、それを更に「奥多摩湖愛護会」というところへ再委託する課程で発生した約5100万円の使途不明金である。

 この詳細を記す材料はないが、町の調査などで98年度頃には既に発生していたことが明らかになっている。また、当然のことながら100条委員会が設けられたが、当初7人だった委員会を、課長の自殺?などがあって急遽全議員参加の会に切り替えた。

 委員会は、前収入役など複数の職員の関与をほのめかしたものの、真相は司直の手にゆだねるとし、都への返還金支払いを急いだ。この課程で議員や周辺企業などに利権にからむ噂が飛び交ったり、町長以下の責任回避に対する批判が潜行した。

 潜行というのは、町全体が町長を敵に回すと町で商売ができなくなる、とか町の体質を変えるのは無理といった雰囲気があったことを示す。しかし、さすがに与党を構成した議員の中にも「くさい物にはふた」は限界だとする有志がでてきて、固辞する室川氏を擁立するに至った。

 室川氏は、社会党結成に参加した故・山花秀雄代議士の私設秘書を務めたことのある人で、普通なら擁立にまわった保守系議員とは肌合いが違うと思われるはずた。しかし、町政刷新の為にはこの人しかない、という懸命な説得があったに違いない。報道はされないが、このようなケースは全国で決して少なくないのではなかろうか。

 

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2008年5月 5日 (月)

そうだ!!子供の日だ

 聞くところによると子供の自殺など、社会問題になっているいじめの言葉は、

  バイキン くさい デブ
  キモイ  ムカツク 死ね

などらしい。明治時代の悪態を、夏目漱石が「坊ちゃん」に書いている。

ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫っかぶりの、香具師(やし)の、モモンガーの、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴……

 こう言われて、自殺したなんて話は聞いたことがない。明るすぎて笑ってしまう。日本人は江戸時代から悪態・悪口・揶揄(やゆ=からかいなぶる)が好きな人種だったそうだ。強くなって、明るくなって、いじめ野郎と言って笑い飛ばしてしまおうよ。

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2008年5月 3日 (土)

憲法記念日の新聞

 いつもは、社説チェックを中央3紙、広げても日経・産経、ブロック紙(道新・中日・西日本)どまりだが、今回は有力県紙まで拾い読みした。県紙にはごくわずかだが憲法にふれていない紙があり、もう午前を回ろうとしている時間だが昨日の分までしかネットに載っていないところもある。

 各紙に共通するのは、去年にくらべて議論が低調だということに加え、先月17日に名古屋高裁がイラク派遣で9条問題で判断を下したことを、肯定的に触れているものが多かった。さらに、所得格差・ワーキングプアーといった憲法第25条、生存権関係、それに立川反戦ビラ判決、プリンスホテルのサービス拒否や映画・靖国上映自粛といった、表現や言論の自由の軽視に関する懸念を示す論説も目立った。

 そういったことにはあまり触れず、現在の国会の衆参ねじれ減少に特化し、参院制度の見直しを主張するのが読売新聞である。これと似た社説を展開したのは、見た限りでは北国新聞(石川県)だけだった。産経新聞は、相変わらず中国と北朝鮮の軍事的危機感をあおり、建軍改憲一本槍だ。

 おまけに、先ほど起きたイエメン沖の海賊によるタンカー被弾事件まで持ち出し、「9条があるからこうなる」などという論法まで展開する。海賊の取り締まりは海上保安庁の仕事で、軍隊を出動させ海賊と戦争をする国がどこにあるだろうか。国民の中で護憲派がふえたことに、よほどいらだっているのか、見当はずれの意見としかいいようがない。

 ちなみに、産経のような社説を掲げた一般紙は、さすがにひとつも見かけなかった。戦前から気骨のある新聞として知られる信濃毎日は、昨日、今日、明日の上・中・下の三部作で憲法に関する社説を載せる。自前の社説すら書けない県紙がある中で「さすがは」である。

 最後に、ブログなどネット世論にふれた新潟日報と、護憲を真剣に考えるとどうしてもこういった考えに至る例として沖縄タイムス社説を部分的に紹介しておこう。 
 
●新潟日報
ネットの一部では自主規制の反動のように、内向きで陰湿な感情がむき出しである。生身の人間同士のような気遣いや責任感はない。特定の個人や団体を標的に中傷や悪口が殺到する。
 ネットは、法律が及ばない聖域のようだ。そのため政治の側が有害サイト規制に乗り出す動きもある。表現の自由は他人を傷付けたり、おとしめたりすることまで保障するものではないことを自覚すべきだ。

●沖縄タイムス
護憲という言葉に付着する古びたイメージを払拭するには、護憲自体の自己改革が必要である。九条を国際公共財として位置づけ、非軍事分野の役割を積極的に担っていくことが重要だ。

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2008年5月 2日 (金)

狂乱物価

 この言葉は、1973年に起きた第4次中東戦争でアラブ産油国が石油を武器にという発想で、石油輸出を大幅削減するということから起きた国内の物価高騰をいう。しかしこの時期、景気のピークに来ており、中東戦争の直前の9月の物価水準が、前年同月比で卸売物価18.7%、消費者物価で4.6%という、朝鮮動乱以降最高水準の高騰ぶりをしめしていた。

 そこへ原油が4倍に値上がりするということで、なぜかトイレットペーパーなどの買い占め客がスーパーなどに殺到、品切れになるなどの騒ぎになった。石油の安定供給を口実に、通産省は輸入統計、生産調整、卸売価格など石油業界に対する様々な行政指導を行った。『石油インフレ』(朝日新聞社)はこう証言する。

“危機”の虚像をつくりあげた犯人の追及が始まった。石油業界が、独占禁止法違反のヤミカルテルを結んで石油不足を演出し、不当な値上げをはかったというカドで公正取引委員会に告発され、東京高検から起訴された。これはカルテルを「悪」と感じない日本の経済界への「一罰百戒」の色彩が強いが、反面、さながら中世の魔女狩りを思わせる。天災や疫病に魔女の犠牲が求められたように、“危機”に対応できなかった政府が、石油業界だけを魔女として引き立てることによって“犯人捜し”に幕をひこうとしているかに見える。

 価格決定の会議に通産省の役人も出席していた、つまり今で言う「官製談合」のようなものがあったらしいが、不問に終わった。今のところ、福田総理はひたすら「混乱の責任」をお詫びしているが、これから相次ぐ諸物価の値上げが、いつ狂乱物価を生むかもしれない。

 それに犯人捜しがつきまとうことも避けられないだろう。その際、どこに「魔女」を求めるのか、今からひそかに筋書きが練られているとするとそら恐ろしい。

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2008年5月 1日 (木)

拝啓 胡錦濤さま

 閣下のご来日も5日後にせまりました。そこで是非一日本人の願いを聞いていただきたく、一筆さしあげます。
 お国には13億人もの国民がおります。それを、とてもこういった人達だと割り切るわけにはいきません。ただ、日本のいろいろな研究者は、「中国人はとても現実的な考えをする」といいます。全部でないにしても多分当たっているのだと感じます。

 オリンピックの問題、チベットの問題、経済発展や環境問題など国内に多くの問題をかかえ、海外からの厳しい目もあって、舵取りに大変ご苦労なさっていることは知っています。どうか、貴国内の現実だけでなく、日本の現実、世界の現実にもしっかり目をむけていただき、今回の来日、そしてオリンピックを成功させていただきたいと思います。

 次に過去4000年、貴国は世界でもまれに見る歴史を大切にしてこられた国です。そこで、私の尊敬する『孟子』(梁恵王下篇)のことばを借りて、ひとつお願いをします。

 「君子は、人を養う所以のものを以て、人を害せず」 つまり、国民の需要のために、人間を害すことはしない、という意味だと思います。近年、貴国のめざましい発展の中で、天然資源確保のためアフリカなど多くの国に接近されています。日本にもそれに恐れをいだく人が少なくありません。

 資源をどうやって確保するか、考えなくてはならないことは当然です。しかし、一部で報道されているように、紛争をかかえる独裁政権に武器を供給するなどが本当なら、これは孟子の教えに反しますね。貴国が近代になって米・ソの帝国主義、覇権主義に抵抗し、闘ってこられたことは記憶に新しいところです。

 チベット問題の解決は想像以上に困難な問題があると思います。しかし長い貴国の歴史のなかで、いわゆる中華意識というのは、決して覇権主義ではなく周辺異民族との平和共存を維持する便法だったと思います。どうか、現実を直視されて世界に祝福される解決をさぐってくださるよう、心からお願いします。

 最後に閣下のご健勝をお祈りし、ご来日の日をお待ち致します。  敬具

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