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2008年4月14日 (月)

黒船来航

ナゴラン(沖縄県名護市原生)2008_04110003

吾妻路に 花開かせむ 名護のラン

 服部之総(1901-1956)という史学者がいた。歴史家なのか経済学者なのか科学者なのか文筆家なのか私にはよくわからないが、寺門の出ながらマルクス主義者で、とにかく多才な人という感じを持っている。昭和28年(1953)、雑誌『新しい世界』3月号に「黒船来航」という一文を寄せていおり、始まったばかりの日米安保体制をこのように見立てている。

     日本開国の先べんをつけたアメリカが、
    その直後に起こった南北戦争に手をしば
    られている間に日本貿易の果実はイギリ
    スの手に帰した。(中略)だがアメリカは
    日本を水先案内人とするアジア進出の野
    望をとげようとして乗り出してきた。その
    最初の現れはグラント将軍の琉球問題
    あっせんで、台湾征伐以来反目してい
    る日本と中国の間に仲裁者として登場
    した。

     ついで朝鮮にたいしては、日本を水先
    案内人としてイギリスに対抗した。この
    英・米の対立競争を巧みに利用したと
    ころに陸奥宗光外交が不平等条約の改
    正に成功した秘密がある。

     ポーツマスでアメリカが日露戦争の仲
    裁役を買って出たのも、ペリー来航以来
    一貫してもっていた「日本を足がかりにし
    たアジア進出」という年来の野望をとげ
    ようとするこんたんであったといえる。

 さらに項を変え「第二の開国」と題して続ける。

     百年来のこんたんを百年目にちょうど
    実現したものといえようか。それがサン
    フランシスコ条約であり、日米安全保障
    条約であり、行政協定であり、また批准
    されようとしている日米通商航海条約だ
    ということができよう。百年まえ黒船が
    きたときに、われわれの祖先は直感的
    に祖国の独立がおびやかされることを
    感じとった。尊王と結びついたために
    ゆがめられた形で表現されていたが、
    それは半植民地化の危機にたいする
    愛国の本能である。(後略)

 さて、それから半世紀、現状はどうなったか。「行政協定」は国会承認の手続きなしに米軍に基地を提供する内容を含むものであったが、今は「地位協定」と呼び変えられ、駐留軍に日本の法律が及ばない、外交官なみの特権が与えられているなどの治外法権がそのまま承継されている。

 その評価については、基地問題をかかえる地域住民などをのぞき、保守政治家を中心に既成事実としてアンタッチャブルになものとして考えられてはいないか。それに、生まれたときすでに日本がこの状態にあった若年層が、維新の志士のような発想・着想を持たないことも気がかりである。

 なにも、そのまま服部のように考える必要はない。しかし、すくなくとも今後の50年を展望し、百年のスパンで日本の将来を考える「真の愛国者」がいないものか。そういった政治家の出現に日本の将来をかけるしかない。これが私の悲願である。

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