« 戦争犯罪者ブッシュ | トップページ | 拝啓 胡錦濤さま »

2008年4月30日 (水)

菜の花と小娘

   この題名は、志賀直哉の処女作といわれる作品のものである。書かれ2008_04300007_3 たのは学習院高等科時代らしいが、発表されたのは子供向けの雑誌『金の船』の大正9年1月号で、原稿料は18円だったという。その話のではじめ部分を『日本の文学』志賀直哉・二(中央公論社)から紹介しよう。

 ふと、小娘は誰かに自分が呼ばれたような気がしました。
「ええ?」小娘は思わずそう言って、起ってその辺を見回しましたが、そこには誰の姿も見えませんでした。
「私を呼ぶのは誰?」小娘はもう一度大きい声でこう言ってみましたが、やはり答える者はありませんでした。

 小娘は二三度そんな気がして、初めて気がつくと、それは雑草の中からただ一ト本、わずかに首を差し出している小さい菜の花でした。
 小娘は頭に被っていた手拭いで、顔の汗を拭きながら、
「お前、こんなところで、よく淋しくないのね」と言いました。
「淋しいわ」と菜の花は親しげに答えました。
「そんならなぜ来たのさ」小娘は叱りでもするような調子で言いました。菜の花は、
「雲雀の胸毛に着いて来た種がここで零れたのよ。困るわ」と悲しげに答えました。そして、どうか私をお仲間の多い麓の村へ連れて行って下さいと頼みました。

 その先の筋は、小娘が根っこから菜の花を引き抜いて村の方に歩き始めたが、ほてったあつい手で持たれているため、花の首がうなだれてしまった。小娘は道ばたに流れる清流に花の根をひたし「このまま流れて行くのよ」という。「恐いわ、恐いわ」と必死になる菜の花を励ましながら小走りに追って行く冒険旅行が続く。

 こうして菜の花と小娘の信頼関係、友情がはぐくまれ、土がよく肥えた菜の花畑に移植され元気に育つという物語だ。写真は小娘が見た山里にはほど遠いが、こういったはぐれた菜の花に気づいたり思いをいたす人がはたしてどれほどいることやら。

 桜がおわり、菜の花、芝桜、ポピーなど、見渡す限り敷き詰めたような地方のお花畑観光開発をよく目にする。ゲームなどで家にこもっている(人のことは言えないが(^^)…)よりはましだが、情操豊かで思いやりある子供を育てるためには、やはりより多くの自然に接するしかないのだろうか。むつかしい課題だ。

|

« 戦争犯罪者ブッシュ | トップページ | 拝啓 胡錦濤さま »

散策」カテゴリの記事

コメント

ましまさま、こんにちは。
お話と、1本はみ出して場違いに咲いているような菜の花の写真が、ぴったりですね。思わず、仲間のところに連れて行ってやりたくなります。(笑)

菜の花のトラックバック送ります。

投稿: 金木犀 | 2008年5月 1日 (木) 16時26分

金木犀 さま
コメントとトラックバックありがとうございます。
金木犀さまのお目にとまってこの花も幸せ者です。
今ニュースになっているチューリップなどをへし折って喜んでいる馬鹿野郎のことも書こうと思いましたが、志賀直哉をけがすような気がしてやめました。それでよかったと思います。

投稿: ましま | 2008年5月 1日 (木) 20時32分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/20663932

この記事へのトラックバック一覧です: 菜の花と小娘:

» 朧月夜 [虹色オリハルコン]
     歩いていると、突然に春の香りがかたまりで押し寄せてきました。   そう、菜の花の花粉の匂い。   「菜の花畑に、入日うすれ〜〜♪」   つい、子ども時代に歌った歌が口をつきました。      夜。窓から見えたお月様。   あらまあ、今日は満月だった。   しかも、雲がかかって、朧月夜っぽいけど   残念、空気が冷たくて、生あったかい春の宵とは   やや いいがたし。              菜の花畠に 入り日薄れ       見わたす山の端 霞ふかし       春風そよふく... [続きを読む]

受信: 2008年5月 1日 (木) 16時31分

« 戦争犯罪者ブッシュ | トップページ | 拝啓 胡錦濤さま »