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2008年4月

2008年4月30日 (水)

菜の花と小娘

   この題名は、志賀直哉の処女作といわれる作品のものである。書かれ2008_04300007_3 たのは学習院高等科時代らしいが、発表されたのは子供向けの雑誌『金の船』の大正9年1月号で、原稿料は18円だったという。その話のではじめ部分を『日本の文学』志賀直哉・二(中央公論社)から紹介しよう。

 ふと、小娘は誰かに自分が呼ばれたような気がしました。
「ええ?」小娘は思わずそう言って、起ってその辺を見回しましたが、そこには誰の姿も見えませんでした。
「私を呼ぶのは誰?」小娘はもう一度大きい声でこう言ってみましたが、やはり答える者はありませんでした。

 小娘は二三度そんな気がして、初めて気がつくと、それは雑草の中からただ一ト本、わずかに首を差し出している小さい菜の花でした。
 小娘は頭に被っていた手拭いで、顔の汗を拭きながら、
「お前、こんなところで、よく淋しくないのね」と言いました。
「淋しいわ」と菜の花は親しげに答えました。
「そんならなぜ来たのさ」小娘は叱りでもするような調子で言いました。菜の花は、
「雲雀の胸毛に着いて来た種がここで零れたのよ。困るわ」と悲しげに答えました。そして、どうか私をお仲間の多い麓の村へ連れて行って下さいと頼みました。

 その先の筋は、小娘が根っこから菜の花を引き抜いて村の方に歩き始めたが、ほてったあつい手で持たれているため、花の首がうなだれてしまった。小娘は道ばたに流れる清流に花の根をひたし「このまま流れて行くのよ」という。「恐いわ、恐いわ」と必死になる菜の花を励ましながら小走りに追って行く冒険旅行が続く。

 こうして菜の花と小娘の信頼関係、友情がはぐくまれ、土がよく肥えた菜の花畑に移植され元気に育つという物語だ。写真は小娘が見た山里にはほど遠いが、こういったはぐれた菜の花に気づいたり思いをいたす人がはたしてどれほどいることやら。

 桜がおわり、菜の花、芝桜、ポピーなど、見渡す限り敷き詰めたような地方のお花畑観光開発をよく目にする。ゲームなどで家にこもっている(人のことは言えないが(^^)…)よりはましだが、情操豊かで思いやりある子供を育てるためには、やはりより多くの自然に接するしかないのだろうか。むつかしい課題だ。

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2008年4月29日 (火)

戦争犯罪者ブッシュ

 これまでの報道で断片的には知らされてきたが、イラク戦争開始に関するブッシュ政権の犯罪性について、これほど明白な証言を聞くのは始めてである。それは、毎日新聞の小倉孝保記者が、元NCI情報官ポール・ピラー(Paul R Pillar)氏と元米中東軍司令官アンソニー・ジニー(Anthony Zinni)氏に対しておこなったインタビュー記事(08/4/29)によるものである。

 結論を先に言うと、ブッシュ大統領や開戦時のチェニー副大統領、ラムズフェルド国防長官などは、極東裁判で裁かれた日本の東条英機などよりはるかに重い「平和に対する罪」や「戦争犯罪」の容疑者にあたるのではないか、と言うことである。

 アメリカ軍人の戦死者4000人の遺族は、彼らの戦争犯罪をだまって見過ごし沈黙してしまうのだろうか。また結果的にだまされて協力した日本、その費用だけでなく、戦死者をかかえる他の有志国も、「おとがめなし」の不正義をこのまま見逃すことになるのだろうか。かりにそうなっても、世界の歴史は、最悪の大統領としてブッシュを断罪することになるだろう。

 インタビュー内容の詳細は、同紙で見ていただくこととして、ポール氏は次のように言う。 米情報機関が大量破壊兵器などの情報を間違った理由は、「質の悪い情報」に頼ったせいだが、その情報を得る前すでに開戦を決定していた。また、政権幹部は「開戦の理由になる情報はないか」と繰り返し、開戦に都合のいい情報だけを求めていた。

 また、同氏は「誤った異常な戦争」と断言し、情報当局者の多くは戦争に反対していたほか、現在見られるイラクの混乱も開戦時から予想していたという。そして、こういった意見を言うのは「我々の仕事ではなかった」と証言する。

 このブログでは以前から何度も「石油メジャーズなどては世界一の中東情報を持っているはずなのに、なぜそれを活用しないのか」と疑問を投げかけていた。大統領にさからえないアメリカ、情報を操作するアメリカ、これでは他国に自由と民主主義をおしつける資格はない。まさに、どこかが狂っている。

 アンソニー氏は、フセインならびにイラク軍は開戦時何ら脅威ではなかったという。そしてアメリカが戦争に突き進んだ理由をこのように語る。(「 」引用部分)

「ブッシュ大統領は米多発テロ(01年9月11日)後、とても劇的なことをしなければならないと考えたのではないか。その彼を、ネオコン(新保守主義派)が利用した。ネオコンは、フセイン政権を倒せば、中東の状況をダイナミックに変えられると考えた。ばかげた理論だった」

 官僚の意見や慎重論をことさら無視し、レベルの低い材料でマスコミ受けだけを優先させる危険な風潮は、日本にも蔓延しはじめている。政治のトップは多彩な知識と経験をそなえ、毅然とした判断をくだせる人でなければならないことを痛感する。

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2008年4月28日 (月)

周防国

 山口2区の衆院補選は、民主党の平岡秀夫氏が当選した。熱心に応援された「とくらBlog」さんともどもお喜びを申し上げたい。安倍晋三元総理の選挙区は、同じ山口県でも隣の長門国になる。長門と言えば、尊王攘夷から薩長とか長州閥などという言葉に結びつき、何か閉鎖的、権力主義的な印象がつきまとう。

 周防国のイメージを私的に言うと(実は先祖は違うがブログ主の出生地である)国際色豊かな明るい雰囲気がある。瀬戸内海特有の風光をそなえる一方、先日来話題となった岩国の米軍基地があり、戦前はこの地域に海軍工廠を設け、鉄鋼、造機、石油精製などの工場も立地して、海外と行き交う船が多かった。

 古代のことになるが、608年、隋の皇帝は聖徳太子が遣使朝貢した返礼として裴世清を日本に派遣した。その紀行文として『隋書・倭人伝』に次のようにある。
 「対馬国を経て大海を渡り壱岐国に至る。また東に筑紫国(九州)に至り、また東に秦王国に至る。その人華夏(中華)と同じで夷洲とはここか。疑わしいが不明である。又10余国を経て海岸に達した。筑紫より東は皆倭に附庸している」

 この、秦王国の真相はいまだに分からない。筑紫の次に出てきてそのさきの各国もすべて倭である、といった書きぶりから、どうも周防あたりのような気がしてならない。また、中世にこのあたりを制覇していた大大名の大内氏は、『大内義隆記』で560年頃にやってきた海外出身者であることを公言していた。

 「誠ニ由来ヲ申セバ、百済国ノ王子琳聖太子ト申セシガ、日本国周防国多々良ノ浜ヘ定居二年に来迎シ大内ニ住居シ玉ヒ、……」といい、これも真偽不明だが対朝鮮・明国貿易に優位を占めるためこの説を大いに利用していたようだ。これが京都に負けない文化と繁栄を山口にもたらす一因にもなった。

 以上は選挙区における平岡代議士の誕生に何の関連もないが、懐古改憲派の元総理安倍晋三が支援する候補を、9条改定を阻止してくれそうな平岡氏がうち破ったことを内心密かに喜んでいる。

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2008年4月26日 (土)

漂流する「安保」3

 短命の石橋政権ですでに副総理・外相の地位を得ていた岸信介が、病気で総辞職した石橋のあとを受け、1957年2月に首相の地位についた。彼はかねての懸案である占領下の延長線上にある安保条約の不平等性を改善するため、それまでの政治折衝の経過にはずみをつける意図を持って渡米、同年6月19日に始まる日米首脳会談にのぞんだ。

 その第1回会談でアイゼンハワー大統領に対し、安保改訂問題を次のように切り出す。(原彬久『日米関係の構図』NHKブックス)

 当時在米日本大使館参事官として岸訪米準備に当たっていた安川壮によれば、岸はアイゼンハワー大統領に向かって、「安保条約はあくまで維持する」として、議論の前提を確認したあと、次のようにのべている。
 「しかし情勢は変化している。その変化とは、第一に日本の自衛隊が安保締結当時に比べてある程度の力をつけたこと、第二に日本が国連に加盟したことである。この情勢変化に鑑みて安保条約を再検討したい。在日米軍基地の使用についてアメリカは日本と事前協議をすること、および条約の無期限になんらかの期限をつけることを中心に条約の再検討をしたい」(安川インタビュー)。

 これに対するアイゼンハワーの応答はきわめて簡潔であった。彼は具体的なことには一切ふれず、ただ一言次のように答える。「安保条約を再検討することに異論はない」(同インタービュー)。岸の安保改訂提案は、ここにアメリカ側から原則的な同意を得ることになるのである。

 岸の提案にこれまで否定的な態度に終始してきたダレス国務長官の意向にもかかわらず、アメリカ側に改訂の機運が根ざしてきたのは、マッカーサー駐日大使(GHQ最高司令官マッカーサー元帥の甥)の、日本人の中立化指向(東西対立に対する)が強く、岸首相をその方向に追いやることのないよう配慮する必要がある、というレポートの存在がある。

 また、岸自身もそういったことを十分意識しながら、交渉力の裏付けとして利用したことは想像にかたくない。現在、情勢の変化は岸の頃とは比較にならないほど大きい。また世界は急速な変化を遂げようとしている。その中で「日本が対等の立場に立つ」という岸の理念は、今やむしろ後退しているといっても過言ではないだろう。

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2008年4月25日 (金)

内政問題

 オリンピックの聖火が羽田に到着した。明日、長野でリレーが行われる。善光寺の一部僧侶による追悼法要はいい試みだと思う。中国政府に意思表示をしたいのなら、平穏かつ堂々とやってほしい。このブログではチベットの問題が報道されたあと、次のような意見を述べた。

これからの中国当局の対応が注目されるが、極端な分け方をすれば、体制転覆をねらったとする天安門の時のように武力をもって制圧するか、香港返還のように交渉と知恵で平和裡に円滑な権限委譲の道をとるかの二つである。先行きはわからないが、日本にとっては境を接する隣国であり、あとを引かない形での安定が望まれるところである。

 その後海外の動きに対して、中国政府やそれを支持する中国市民は、一貫してこれを「内政問題」だと抗弁してきた。皮肉なことに聖火リレーが世界各国を回ることにより、各国では万一の事故に備えて万全の警備体制を強いられ、その模様は報道で世界を駆けめぐっている。動員される各国の警官はのべ一体何人になるのだろう。これを「国際問題」というのだ。

 小泉首相が依怙地になって靖国神社参拝を続けていた時、近隣諸国からの非難に対し「国内問題」とか「内政干渉」という主張がされた。これも、結果として国際的な影響をもたらした点では同様である。実は、私も「国内問題」だと主張していた。

 それは、中国などで問題がエスカレートする前から、日本国内に首相の公式参拝に反対する有力な意見があり、戦争責任を明らかにする意味でも国内で決着を図る必要がある、という考え方からきている。したがって前述のような抗弁とは全く次元を異にする。

 もっとも、こうは言える。小泉の靖国参拝も、ブッシュのイラク戦争突入も、盧武鉉の反日政策も、胡錦濤のチベット強硬策も、自らの政治基盤強化や選挙対策のためとあれば、たしかにそれは「内政問題」に違いなさそうだけど……。

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2008年4月24日 (木)

宇宙基本法案

 道路特定財源をどうするのか、問責決議案を出すとか出さないとか、与野党乱戦のねじれ国会をよそに、宇宙基本法案というのが自・公・民による議員立法で衆院に提出されるようだ。その中味は、内閣府に宇宙局を設けて政府の関与を強化する一方、「我が国の安全保障に資する宇宙開発利用の推進」が盛り込まれるという。

 宇宙開発利用については、1969年に「平和利用に限る」という国会決議があるが、テポドン発射以降すでに3基の情報収集衛星が打ち上げられており、運用目的があいまいになっている。宇宙開発をはじめ、南極観測、国産ジェット機開発など、子供に夢を与えるためだけで国が関与しているとは思わない。

 アメリカにおける圧倒的な科学技術の優位は、NASAをはじめ軍事との結びつきの中で生まれている。核関連の技術についてもそうだが、「反戦」の立場でアンタッチャブルにしておくだけては芸がない。これまでも先輩保守政治家は、「非核三原則」や「武器輸出三原則」など、憲法の趣旨を尊重した国策決定をしてきた。

 そのような、「三原則」の宣言がなぜ必要だったか、それはたえず政治が内外からの圧力にさらされ、憲法の精神がないがしろにされるのを防ぐ効果があったからではないか。それにもかかわらず、自衛隊の海外派遣など、相当無理な解釈改憲がまかり通るようになった。

 法案の内容を精査したわけではないが、公明党、民主党内にある軍事目的への宇宙開発に慎重論があり、三原則のような一定のはどめがかけられるなら、なにもこの問題でピューリタンを通す必要はない。むしろ法律にして無原則ななし崩しを防ぐ意味もある。民主党は参院の優位をこういったことに使って欲しいものだ。

 だからといって、自衛隊の海外派遣に対する恒久法提案の一里塚であってはならない。これはこれ、それはそれ、性格が全く違う。恒久法に対する当塾の主張は、まず日米安保を洗い直すところから始めるべきだということだ。

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2008年4月23日 (水)

東アジア共同体応援団

 日中韓の定期首脳会合が9月にも開催されそうだ。当ブログがひそかに念願していた「東アジア共同体」への第一歩になりうるかどうかは、ひたすら国民の熱意・支持次第だ。これまでEUを遠いよその世界のように思い、日中韓が経済交流を手始めに固いきづなで一体化する構想など、世迷いごと、妄想としかみられず、口にすることさえはばかられるような雰囲気だった。

 仮に政変があって、小泉元首相がカムバックするするにしても、もはや以前のような形で強引に靖国神社参拝をすることは、国際問題の安定を阻害し世界から孤立するだけで、復活はできないだろう。保守の基盤である経済界も支持しないはずだ。

 このブログも、これまで折に触れ関連記事を掲げてきたが、この際、カテゴリ「東アジア共同体」を設け、前身の「反戦老年委員会」分を含めて収録する作業を開始することで、ネット社会の片隅から応援の小旗を振りたい。手はじめにこのニュースを毎日新聞から紹介しておく。 

 日本、中国、韓国3カ国の定期首脳会談の初会合が9月に日本で開催される方向であることが22日わかった。複数の政府関係者が明らかにした。韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領が21日の福田康夫首相との会談で、今年中の開催に「支持」を表明しており、日本政府は5月の首相と中国の胡錦濤国家主席との会談で正式に合意し、事務レベルでの準備に入る。(以下略)

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2008年4月22日 (火)

中国とのつきあいかた

 私は週刊誌は年に3~4冊買うか買わないかだ。最近では“中国「好き」か「嫌い」か”という特集をした『週刊現代』を本屋まで足を運んで買ってきた。なにしろ、このブログ(当初名「反戦老年委員会」)を始めたのが3年前で、その最初の記事が当時荒れまくっていた中国の反日デモであるという因縁がある。

 3周年記念というわけではないが、中国とのつきあいかたは、当ブログや関連する既著を持つ私にとってのメインテーマの一つである。去年、中国の3都市を回ってきたが、百聞は一見にしかずというほどの成果があったわけではない。中国語が話せて、そこに住んでいても広い中国のことである。「ジス イズ チャイナ」といいきれる人が果たしているのかどうかに関心があったのだ。

 この企画は有名・無名(私にとっては)の中国人を含む20人の意見を、ほぼ1人1ページを割いて開陳したものである。全体の読後感は、私が当初予想した通り広漠としてつかみようのないものであった。しかし中味は、日本で嫌中感情を抱くほとんどの人が持っている印象とは大分違うはずである。他の『週刊○○』などよりは、よっぽど読み応えがある。

 その中から一般紙にはのらないほんのサワリだけを羅列してみた。

★神戸女学院大教授 内田 樹
     中華思想はナショナリズムではない。この
         ことを覚えておこう。

★東京大准教授 平野 聡
     この問題を研究している私は、すでに1~
        2年前からチベット人の中国政府に対する
       不満は臨界点に達していたとみている。

★在ニューヨーク、ノンフィクション作家
   譚□(王へんに路)美
     中国政府はダライ・ラマを「祖国分裂主義
       者」だと非難しつつも、水面かでは「対話」が
       セットされ、「交渉」が進行しつつある。

★北京在住俳優 矢野浩二
     中国語では、喜ぶという意味を「開心」と
        いう漢字で書きます。

★作家 岩井志麻子
     理解し合おうなんて、はなからあきらめた
        方がいい。彼らは、心が悪いのではなく、
        心がないのです。敬して遠ざけるのが一番。

★歌舞伎町案内人 李小牧
     日本の25倍の国土を持ち、10倍の人口
        を持つ中国には、絶対的な政府が必要で
        ある。日本語で言う、必要悪。歌舞伎町に
        とってのヤクザだ。

★政治学者 姜尚中
     日本は韓国と協力して、米中関係だけが
       突出して緊密になっていくことを防ぐ必要性
       があるのです。

★評論家 宮崎正宏
     「正視現実、開創未来、擱置争議、追求
        双贏」(現実を正視し、未来を開き創り争議
        を据え置き、両者が勝者となることを追求す
        る)まさに中国人らしい合意(中台間)では
        ないか。

★作家 星野博美
     中国が欧米から追い込まれている今こそ、
       日本はもっとクレバーになるべきでしょう。恩
       を売っておくチャンスだと思います。私の経験
       上、中国人は受けた恩だけは決して忘れま
       せんから。      

★マネージメント・アドバイザー 宋文洲
     世論が一方向に流れているときこそ、「当
        局の意図が作用しているのではないか」「正
        反対の見方にチャンスが潜んでいるのではな
        いか」とクールに眺めてみてください。中国と
        上手に付き合いながら、ビジネスをモノにする
        鍵はそこにあると思います。

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2008年4月21日 (月)

漂流する「安保」2

 前回は、昭和26年9月、講和条約締結と同時に(旧)日米安保が締結されたことを述べた。その前文と第一条を掲載しておいたが、①武装解除をした日本には安全保障上の空白が生ずるため、米軍が占領軍に変わってその役割になう。②それは、米軍基地の存続とともに、日本側の希望によるものである。という前置きで始まる。

 その一方で、まだ日本が加盟していない国連憲章を引き合いにだして、個別自衛権と集団的自衛権の存在をうたいあげ、日本に「攻撃的な脅威」とならず、かつ「国際連合憲章の目的及び原則に従って平和と安全を増進する」ことに寄与可能な軍備を漸増させることを、「要望」という形でうたっている。

 そして第一条で米軍基地の設置を認めるのである。その最大の問題点は、米軍基地の使用目的が「極東の平和と安全」ということで、日本に直接関係のないことにも使えること、さらに「外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するために使用することができる」とあるように義務化されていないことである。

 また、内乱や騒じょうの鎮圧など内政への関与まで準備されていることは、ますます激化する冷戦の中で日本を含む極東アジアの赤化を防ぐということが日米安保の最大の眼目であったことを示す。そしてアメリカは条約締結後日本の軍備漸増を強圧的に迫り、昭和27年から29年にかけて警察予備隊→保安隊→自衛隊と肥大していく。

 自前の防衛力を高めたい、その一方でアメリカの軍事力依存を維持しておきたいと、いう日本の保守政治家の願望があったことは否めない。一方、それを巧みに利用しながら防衛予算増額への圧力を高め、折にふれ憲法や基地問題に対していらだちを見せるアメリカ――。それでいて、核武装やアメリカに匹敵するような他国攻撃能力を持つことには警戒心を持つ。

 この日米安保の構図、体質は60年(昭和35)に改訂された新安保を経て現在でも何ら変化していない。違う点はただひとつ、当時、吉田首相をはじめ岸首相に至るまで、この不平等な条件を改善し、国にとってより有利な結論を得るために外交上のつばぜり合いを繰り返していたということである。

 冷戦は終わった。共産主義の脅威はすでにない。革命の輸出もありえない。日本の経済力は世界第2位といわれるほどの域に達し、防衛費支出は世界で4~5位、突出したアメリカに次ぐ第2のグループに属し、第1級の防衛装備も保持するようになった。

 それなのにどうして旧安保の頃の政治家のように、アメリカと対等の立場に立とうとする意欲が見られないのだろうか。たしかに当時はアメリカが世界唯一の軍事大国ではなかった。日本も共産主義の脅威を逆手にとってものがいえた。 

ソ連崩壊を受けてアメリカは遂に世界を一極支配する軍事大国になった。国連すらも時により無視する行動をとった。日本は全面服従だけしか残された道がなかったのだろうか。アフガンやイラクの混乱の長期化、中東政策の手詰まりなどで、アメリカの単独行動主義は明らかに限界を見せ始めている。

 日本はアメリカとの同盟を解消する理由はないし、そのメリットもない。しかし現時点で、旧安保以来半世紀以上も続いている日米安保の構図と体質、いわゆる「安保体制」を見直し、新たに構築し直すことがあっていいのではないか。それは必ずしもアメリカが望まないことかどうか、友人としての日本のでかたひとつにかかっているはずだ。

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2008年4月19日 (土)

漂流する「安保」1

 空自のイラクにおける活動に、名古屋高裁が違憲の判断を示した。これに保守政治家が危機感を抱き、自衛隊海外派遣に恒久法という煙幕で憲法を覆い隠したり、一旦遠のいたように見える安倍改憲路線を、政界再編をてこにもう一度新規巻き直しをはかろうとする動きが出てくるであろう。

 私は基本的に、現行憲法に手をつけるな、という考えは持っていない。しかし問題なのは、極右が目論む戦前路線復帰や、世界平和実現への先行的な指標でありかつわが国の財産でもある9条を、改変、後退させようとする分子によって目論まれることである。

 このブログでは、以前から「改憲」や「解釈改憲」を推し進める前に、現行日米安全保障条約の見直し再点検を先行させるべきだと主張してきた。それは、占領下→冷戦の進行→旧安保→新安保→高度成長→冷戦終結→地域紛争続発といった半世紀以上にわたる客観情勢の変化にかかわらず、米軍駐留権優先などのいわゆる「安保体制」を規定の事実のように憲法の上に置くのはおかしい、ということである。

 そこで、最初に旧安保の前文と第一条を復習してみることにする。この条約がサンフランシスコで締結されたのは、朝鮮戦争が休戦となって2カ月もたたない1951年9月8日であることを念頭においてほしい。前年の6月には北朝鮮軍が韓国になだれ込み、韓国政府は釜山まで後退、北九州に警戒警報が発令されるなど「また戦争か」とおそれおののいたものである。

日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(旧安保)

 日本国は、本日連合国との平和条約に署名した。日本国は、武装を解除されているので、平和条約の効力発生の時において固有の自衛権を行使する有効な手段をもたない。

 無責任な軍国主義がまだ世界から駆逐されていないので、前記の状態にある日本国には危険がある。よって、日本国は、平和条約が日本国とアメリカ合衆国の間に効力を生ずるのと同時に効力を生ずべきアメリカ合衆国との安全保障条約を希望する。

 平和条約は、日本国が主権国として集団的安全保障取極を締結する権利を有することを承認し、さらに、国際連合憲章は、すべての国が個別的及び集団的自衛の固有の権利を有することを承認している。

 これらの権利の行使として、日本国はその防衛のための暫定措置として、日本国に対する武力攻撃を阻止するため日本国内及びその附近にアメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する。

 アメリカ合衆国は、平和と安全のために、現在、若干の自国軍隊を日本国内及びその付近に維持する意思がある。但し、アメリカ合衆国は、日本国が、攻撃的な脅威となり又は国際連合憲章の目的及び原則に従って平和と安全を増進すること以外に用いられうべき軍備をもつことを常に避けつつ、直接及び間接の侵略に対する自国の防衛のため漸増的に自ら責任を負うことを期待する。

 よって、両国は、次のとおり協定した。

第一条 平和条約及びこの条約の効力発生と同時に、アメリカ合衆国の陸軍、空軍及び海軍を日本国内及びその付近に配備する権利を、日本国は、許与し、アメリカ合衆国は、これを受諾する。この軍隊は、極東における国際の平和と安全に寄与し、並びに、一又は二以上の外部の国による教唆又は干渉によって引き起された日本国における大規模の内乱及び騒じょうを鎮圧するため日本国政府の明示の要請に応じて与えられた援助を含めて、外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するために使用することができる。
(以下略)

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2008年4月18日 (金)

落書き帳

 名古屋高裁、空自イラク派遣判決にあたって手抜きエントリーです!。
 トラックバックいただいた「王様の耳はロバの耳」さまの軽妙なフレーズから一部を拝借しました。事後承諾お願い!。

☆社説の評価まっ二つ。重く受け止める派【朝・毎・有力各地方紙】、傍論(軽く見る)派または暴論派【読・産経】

★命がけで仕事をする自衛隊員がかわいそう。「憲法違反とまで言われたけど、今日晴れて出発の日を」【インド洋に再出発する日の自衛官挨拶】

☆名古屋高裁の言い放し、国の聞き流し。【王様の耳はロバの耳】

★青山裁判長が3月末で依願退職したのはその辺りの「圧力」を回避するため……。【王様の耳はロバの耳】

☆小泉元総理のブッシュに対する義理は済みました。「一寸 タイム」と言って一息入れるのは知恵ある行動。【王様の耳はロバの耳】

★負けた方が泣いて喜び、勝った方は悔しさかみしめ。【テレビ採録画面】

☆「だから言ったでしょ、早く憲法を変えとかなくっちゃって」(それなら、名古屋の判決は正しい?)「そう、……そういったことになりますね」【安倍元総理=勝手想像】

★人ごとのようなつめたい、つれないお言葉。「それは日本が決めることです」【アメリカの高官】

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2008年4月17日 (木)

空自イラク派遣は違憲

 今日17日、名古屋高裁は空自のイラク派遣について、慰謝料や差し止め請求は却下したものの、憲法9条1項に違反する旨の判断を示した。

 常識的に憲法を読み、常識的に現状を考えれば当たり前のことなのに、政治も司法もこの判断を避けてきた。

それだけに画期的で意義深い判断だ。しかし、各裁判所が同じ判断をするとは限らない。

 政治家がこれにどういう反応をするか、これからしっかりと見届け、9条を日の当たるところへ出さなければならない。

 法的な解釈などは「津久井進の弁護士ノート」を参照されたい。

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迫る巨大噴火

 昨16日付毎日新聞の「記者の目」は、非常にユニークな記事で、同紙の目玉であるこの企画の面目を遺憾なく発揮したものだと思う。記事は、九州・島原支局の山崎太郎記者の書いたものである。島原と言えば90年に噴火した雲仙・普賢岳だが、そんなことでもなければ、まず、全国向けの記事を書ける機会はないだろう。

 最近、テレビ画面にしばしば登場するのは、7月のサミットをひかえた洞爺湖畔に建つ会場と美しいバックの光景である。これが巨大噴火による陥没カルデラの縁にあたることは、一応の勉強をした人なら知っている。湖の中に火口を持った火山、水がなくても回りがお盆の縁のような外輪山、といった地形は日本のいたる所にある。

 NHKの大河ドラマで今年の観光は鹿児島に脚光、と言うことだが、桜島をとりまく鹿児島湾そのものが巨大カルデラのあとなのだ。九州は肥前・肥後、つまりヒ(火)の国である。中央部にどっかり腰を据えた阿蘇外輪山の内側も、鹿児島湾と同様直径20㎞の巨大カルデラである。

 こういった、カルデラを生むような噴火は、もはやあり得ないのかと思っていたら、必ずしもそうではないのだという。日本では数千年~1万数千年に1度おきており、「もうすぐ満期」だとこわいことをいう。もし阿蘇山クラスの噴火があれば、全九州は火砕流と火山灰で壊滅、地球温暖化どころか寒冷化の引き金にすらなりかねない。

 そんな火山列島日本で、山崎記者は「火山の防災力は低下する一方」だと警告する。噴火予知に携わる大学の研究者はわずか40人ほどで、それも先細りが避けられないという。国立大学の独立法人化で運営費交付金が年1%ずつ削減されているからだ。

 企業の援助が期待できる薬の研究やダイオードの研究とちがい、こういったことは、どうしても国が関与しなければ万全を期しがたい。外交・防衛はもとより宇宙開発や南極観測なども国の仕事だ。寿命がきた南極観測船は売りに出されるというが、道路など利権がからまなくとも、国民にとって必要か欠くべからざる事業や研究費は、しっかりと優先順位をつけ、ケチケチしないで欲しい。

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2008年4月16日 (水)

春のあらし

 チベット問題を取り上げないといって、当ブログにとっては「天文学的」(7684件)なアクセスが殺到してから1カ月たった。まずその数の推移を報告する。本当はグラフにすればいいのだが、面倒なのでピークの日を100人として換算した数字を掲げておく。

3/14金 3人(最初の暴動報道あり)
3/15土 4
3/16日 25 (ブログ休載日)
3/17月 100 (「チベットに真の解放を」)
3/18火 53
3/19水 42
3/20木 28

3/21金 15
3/22土 15
3/23日 10
3/22月 8
3/23火 6
3/14水 5
3/15木 4

 このようにピークの3日後には3/1以下に、10日後にはほぼもと通りになった。このブログでは、ニュースにできるだけ早く対応するように心がけているが、事実が把握できない、ことに突発的な事件の外電についてはその報道の出所を吟味し、複数以上の客観報道を見てから意見を言うようにしている。

 このブログは、通常週1回(ふつうは日曜日)は休載している。それにしても事件後3日目に「チベットに真の解放を」をエントリーしたのは極めて早い部類に入る。その後も関連テーマとして「チベットに和解を」3/23、「弁髪」3/26、「サブネーション問題」3/31、「逆恨み」4/10等をあげている。

 コメントも、ピークの前後には80件に達した。非常に驚いたが、リスポンスに値しないもの、答えようのないものがほとんどで、一部にだけ答えるのも公平を欠くようだし、読者を明らかに誤解させるもの以外は削除せずすべてをだまって見させてもらった。

 いわゆるネットウヨといわれる人が多いのだろうが、公序良俗に反するもの、スパムまがいのものがあれば削除しようと思った。だが結果としてそれはなかった。おかげで、この種の行動をおこす動機、発想、思考パターンなど、得難い観察をさせていただいた。

 それだけにとどまらず、その後のアクセス数の平均が100件ほど増えたように感じられ、右派系のブログからもトラックバックを頂くようになった。そもそも「反戦塾」に反戦の人だけ、護憲の人だけしか立ち寄ってもらえないようでは、開塾の本旨に反すると思っている。

 この騒動のはじまりは、2チャンネルのとある掲示板に、匿名投稿者が「チベット問題を無視する平和団体リスト」を掲げたことによる。当ブログはその10余りの団体の一つに上げられる光栄に浴したわけだが、中味をよく調べずに「団体」にさせられてしまったという誤認がまずある。

 ほかのリストの中にもすでに閉鎖されているもの、休眠中のもの、団体の性格から的はずれのものなどがあり、「反戦」と名のつくものをいくつか検索で導き出したのではないかと思えるふしもある。それに、注目度の高い右翼系ブログのいくつかが軽率に飛びつき、転写(コピペ)した結果と分かった。

 それにしても、数が多いのに驚いたが、何が彼らをそうさせたのか。産経新聞に「事件に対する平和団体の動きがにぶい」といったコラム記事があったというが、それだけでは説明がつかない。コメントなどに共通する底流は、反中、嫌韓、彼らの言う「特定アジア」への激しい嫌悪と反感であろう。

 度重なる謝罪要求、居丈だかな政府要人の声明、日本における悪質犯罪や粗悪輸入品など、キライになる要素は十分すぎるほどある。それをキライにならず、関係改善をはかろうとするのは「媚中派」ということになる。その代表格に、なぜか「護憲」を持ってくるのだ。コメントの中にはその不当性を指摘するものもあった。

 特に組織がふえている9条の会や、読売新聞の調査で護憲支持勢力が改憲を上回ったことに、中国への対抗力を削ごうとする媚中派がふえる、という危機感をつのらせるのだろうか。当塾のように、必要があれば専守防衛力を増強することも考えに入れる、という護憲派もある。

 結論は、右でなければ左、嫌中でなければ媚中という単純な発想、そして全部とは言わないが受け売りだけで自分の頭で考えない。早とちり、付和雷同、勉強不足、その三つだけはぜひ克服してもらい。

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2008年4月15日 (火)

食糧難

 「深刻化する世界的食料不足」という新聞見出しがあった。われわれの脳裏にあるイントネーションからすれば。「食料難」である。イギリスのブラウン首相は、食料問題を洞爺湖サミットの主要議題にすべきだ、と提案している。終戦、そしてその後1、2年の飢えの体験は、福田首相にどれほどあるのかないのかは知らない。

 しかし、世界には低開発国を中心にそういった状況がすでに始まっており、自給率が40%を切った日本も、決して他人事ですませないはずである。輸入毒ぎょうざ問題で騒いでいるが、「事態はそれどころではない」という気がしないでもない。はたして自分自身のこととして考えている日本人が、どれほどいるだろうか。

     昏暮黒菅原氏弓削より帰る。汽車中乗客の
        談話より推察するに恐るべき食糧難刻々切迫
        しつつありと言えり。予の如き老衰者果たして
       無事東帰することを得るや否や、憂悶眠る能わ
       ず。(永井荷風「断腸亭日乗」)

 上野駅の地下道では餓死する人が出、闇米を買わずに我慢した裁判官も命を絶った。わが家は穀倉地帯の中にあったが、農家から米を分けてもらうため母の訪問着、父愛蔵の碁盤、自転車そういったものが消えていったような記憶がある。

 学校では体力がないのか消耗したくないのか、すきっ腹で休み時間になっても机にうつぶせになっていたような光景をいまでも思い出す。ニュースでは、今年の米の作柄が気になり、アメリカ向けクリスマス用豆ランプの輸出が好調と聞けば「ああ、これで小麦が買える」などと喜んだものだ。

 今の食糧不足の原因は何なんだろう。中国、インドなど国民所得の増大による消費量の増大、米国を中心とする石油代替のバイオマス生産のためのトウモロコシへの生産転換、商品市場の先物価格の高騰、一部地域の旱魃や砂漠化による農地の減少、石油など生産コスト増大による値上がり、生産者・生産国の売り惜しみなど、羅列されるとどれもウソっぽく聞こえる。

 究極の問題は生産より、消費にあるのではなかろうか。人口爆発でもない限り、秩序ある消費に生産が追いつかないはずはない。また、消費をあおる販売競争の激化、生産者価格の低落、資源の乱獲や自然破壊、そういったことに国がかかわっていないはずがない。もはや、なすがままに放置しておいてもいいという段階にないのではないか。

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2008年4月14日 (月)

黒船来航

ナゴラン(沖縄県名護市原生)2008_04110003

吾妻路に 花開かせむ 名護のラン

 服部之総(1901-1956)という史学者がいた。歴史家なのか経済学者なのか科学者なのか文筆家なのか私にはよくわからないが、寺門の出ながらマルクス主義者で、とにかく多才な人という感じを持っている。昭和28年(1953)、雑誌『新しい世界』3月号に「黒船来航」という一文を寄せていおり、始まったばかりの日米安保体制をこのように見立てている。

     日本開国の先べんをつけたアメリカが、
    その直後に起こった南北戦争に手をしば
    られている間に日本貿易の果実はイギリ
    スの手に帰した。(中略)だがアメリカは
    日本を水先案内人とするアジア進出の野
    望をとげようとして乗り出してきた。その
    最初の現れはグラント将軍の琉球問題
    あっせんで、台湾征伐以来反目してい
    る日本と中国の間に仲裁者として登場
    した。

     ついで朝鮮にたいしては、日本を水先
    案内人としてイギリスに対抗した。この
    英・米の対立競争を巧みに利用したと
    ころに陸奥宗光外交が不平等条約の改
    正に成功した秘密がある。

     ポーツマスでアメリカが日露戦争の仲
    裁役を買って出たのも、ペリー来航以来
    一貫してもっていた「日本を足がかりにし
    たアジア進出」という年来の野望をとげ
    ようとするこんたんであったといえる。

 さらに項を変え「第二の開国」と題して続ける。

     百年来のこんたんを百年目にちょうど
    実現したものといえようか。それがサン
    フランシスコ条約であり、日米安全保障
    条約であり、行政協定であり、また批准
    されようとしている日米通商航海条約だ
    ということができよう。百年まえ黒船が
    きたときに、われわれの祖先は直感的
    に祖国の独立がおびやかされることを
    感じとった。尊王と結びついたために
    ゆがめられた形で表現されていたが、
    それは半植民地化の危機にたいする
    愛国の本能である。(後略)

 さて、それから半世紀、現状はどうなったか。「行政協定」は国会承認の手続きなしに米軍に基地を提供する内容を含むものであったが、今は「地位協定」と呼び変えられ、駐留軍に日本の法律が及ばない、外交官なみの特権が与えられているなどの治外法権がそのまま承継されている。

 その評価については、基地問題をかかえる地域住民などをのぞき、保守政治家を中心に既成事実としてアンタッチャブルになものとして考えられてはいないか。それに、生まれたときすでに日本がこの状態にあった若年層が、維新の志士のような発想・着想を持たないことも気がかりである。

 なにも、そのまま服部のように考える必要はない。しかし、すくなくとも今後の50年を展望し、百年のスパンで日本の将来を考える「真の愛国者」がいないものか。そういった政治家の出現に日本の将来をかけるしかない。これが私の悲願である。

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2008年4月12日 (土)

庶民感覚に遠い裁判

 昨日二つの上級裁判所の判決が出た。いずれも第1審無罪をくつがえしての逆転有罪判決だ。一つは立川ビラ配りの3人に対する最高裁の上告棄却で罰金20万円と10万円が確定、もう一つは東京高裁で、日航機ニアミスに管制官の便名読み違いの責任を2名に問い、執行猶予つきながら1年半と1年の禁固刑を言い渡したものだ。

 両裁判とも新聞報道以上の知識はないが、この結論に大いに異論をさしはさみみたい。かつて、小泉元首相が靖国裁判に感想めいたコメントをしたことがあるが、これはよくない。三権分立は憲法の根っこだ。任命権のある内閣の長の発言は公正な裁判を疑わせるもとになる。

 しかし、庶民は違う。国民審査で×をつける権利がある(機能はしてないが)ように裁判批判は活発に行うことが必要だ。最近、どうも地裁よりは高裁、高裁より最高裁の方が偉いんだ、偉い人のことの言うことに文句を言うのはいけないことだ、という風潮があり、庶民が誰よりも偉いことを忘れている。

 ど素人ならともかく、最高学府を出た人やどうかすると弁護士の中にさえそんな感覚の人がいる。どうもこの二つの裁判を見ていると、上級の裁判所に行くほど裁判官が庶民感覚から遠ざかっているように見えてしまうのだ。もしそうならば、これも司法の危機というべきではないか。

 まず、ビラ配りである。家のポストにも政治、宗教、営業など雑多な印刷物が投げ込まれる。そのなかから必要欠くべからざる(信書や健康保険証のような)ものをより分けたり、ゴミ処理に気をまわすなど、正直なところはなはだ迷惑で不快な内容物が多い。

 この件は、反戦ビラである。家宅侵入罪というけど、今は、郵便局であろうと宅配業者であろうとパートのおばさんであろうと誰でもチラシを配る。反戦ビラは、高額な罰金を払うぐらいなら新聞折り込みとか業者さんに頼んだらどうだろう。それなら家宅侵入とはいわれない。

 すると、「業者は自主規制する?」、それもそうだ。人生長くやっているが、これまでこんな剣呑な社会に生きるとは思わなかった。

 次に、管制官である。事故はまぬかれたものの、大事につながる過失の責任は軽くない。二人の管制官のうち、一人は仮免路上講習実習生、一人は指導員のような立場にいた。かつて自分が自動車教習を受けた時を思い出す。実習生は課業をこなすのにせいっぱい、緊張でがちがち、指導員は実習生を信用した上次の課業の指導を考えている。

 そのとおりかどうか分からないが、二人でやるから、という事故もあろう。ことに、交通機関の高度な技術革新により、人間と機械をうまく機能させるシステムづくりがここ10数年来の大きな課題となっているそうだ。人間の避けられない過失をどうカバーするかが安全確保の要になっているという。

 JR西日本の尼崎事故を思い出すのだが、ただ厳罰に処すことで、次の事故防止につながるとはどうしても思えない。むしろこの職業が敬遠され、管制官の質の低下を招く結果にならないと誰がいえようか。さらにいうと、先日も書いたが、こういった業務に資本の論理をからませるようなことだけは避けてほしい。

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2008年4月11日 (金)

わが村ところどろころ

 わが村、正確には市であるが……、畏兄主宰『狸便乱亭』からのアイディア盗用である。すぐ実行したかったが、桜を散らす無粋な暴風雨続き。今朝の晴れ間を見てやっとカメラに納めてきた。2008_04110006

 民家の塀をコの字型にへこませた路傍にある。通称「はらきりさま」。伝承は、昔武士がここで腹を切った(いつ、誰が、なぜは一切わからない)。その供養のための碑となっている。

 相当朽ちた竹筒がぶらさげてある。これは、竹筒に酒を入れて供養祈念すると、ぜんそくがたちどろに直るというご霊験の伝説がある。新しい竹筒はないが、復活を目ざして花粉症に効くとしたらどうだろう。

・右側の竹筒掛柱
    昭和四巳年九月吉日

・小石碑
    十七日
 (梵字) 唯心 □(ヨの下に大)
 光明真言      (蓮台模様)
       為菩提  
 五十万遍

とある。

 このあたりで古城といえば、中世、後北条時代になる。その後は武士の住む本場とはいえない。小屋根がかけてあって、字はしっかりと読める。したがって、碑そのものは江戸時代より前にさかのぼらないだろう。どうもあやふやな由緒である。taniさま。ごめんなさい。

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2008年4月10日 (木)

逆うらみ??

 どこか似ていませんか――

★日清戦争では朝鮮のみなさんを清の属国から解放した。日露戦争では大勢の日本人の血を流してロシアの満州や北朝鮮支配の野望をくじいた。それなのに排日・反日運動をするのは恩を仇で返すようなもの。厳しく取り締まり「懲膺(いましめこらす)」すべきだ。

★独裁者・フセインを追放処刑、イラク国民を専制政治から解放し、自由と民主主義の国を作った。米国軍4000人の犠牲をだしながら力で治安維持をはかっている。混乱が続くのはタリバンやイランから支援されたテロリストがいるからだ。正義が勝利するまでテロとの戦いを続ける。米軍の撤退はありえない。
 
★少数の宗教支配者から農奴同様だったチベット人民を解放した。生活社会基盤整備には今年も対前年比約30%も予算をふやし、生活水準も飛躍的に改善している。「一人っ子政策」だって少数民族は例外だ。それなのに騒ぎをおこすのは、独立をたくらむダライ・ラマがうしろであおっているからだ。

★(Runnerさかのコメントから拝借)アフガニスタンを例に考えるとわかりよいです。ソ連は「封建社会から解放する」と言って、軍事侵攻しました。
これに対して、米国ら西側は「いかに解放といっても民族自決権侵害は許せない」と言って、モスクワ五輪ボイコット。やがて、ソ連は撤退。しかし、その結果、タリバン政権誕生。そして、今度はなんと米国ら西側が「解放」といって軍事侵攻。

チベット問題に水面下の動きが?……ホットニュース~~~

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2008年4月 9日 (水)

膠着状態

 今日(9日)午前、参院本会議は日銀総裁に白川方明副総裁(58)を昇格させる案に同意した。午後の衆院本会議の同意を得て、前代未聞の総裁不在は解消されるだろう。ただし、副総裁に前財務省財務官の渡辺博史一橋大教授(58)を起用する案は民主党などが反対、不同意としたため、2人の副総裁のうち1人が当面空席となる。

 また、揮発油税の暫定税額失効、道路目的税の一般財源化などがからんで、衆議院における3分の2議決による暫定法の復活再可決の帰趨により、福田内閣の命運をゆるがすような予測が盛んにおこなわれている。指導力のなさということで、このところ内閣支持率も安倍内閣末期に近づきつつあるようだ。

 野党は、防衛省改革、道路特別財源の不正支出、年金問題などで大臣の首をねらっているが、安倍内閣の閣僚と違って就任前から内在した問題で即効性がない。また、参院で首相の問責決議案という関門もあるが、全野党の賛成とか、与党から造反者が出てくるようだと不発に終わる可能性もある。

 政局として、解散か総辞職が取りざたされているものの、いずれも想像しにくい。解散権は首相にあるが問責決議案が可決されたとしても解散する法的根拠がなく、首相にとっても自民党にとっても勝算のない解散をするメリットはない。また、総辞職しても局面を打開できるような後継者がすんなり決まる状況ではない。

 追いつめたい民主党の方も、今回の日銀総裁決定に至る党内の不一致(今日の参院本会議では渡辺比秀央氏ら3名が副総裁人事に賛成、4名が棄権または欠席した)、反対理由の根拠の弱さなどがあり、ガソリンの最値上げを攻撃するにも、これからの国会審議次第で「安ければいい」だけでは、納得が得られないことになるかも知れない。 

 27日には、山口2区の衆院補欠選挙がある。民主党候補の当選を信じて疑わないが、それを以て民主党支持率アップが加速することにはならないだろう。首相同様、このところ小沢代表の指導力にも疑問が投げかけられているからだ。

 民主党の半年前の思惑では、遅くともいまごろ総選挙に突入しているはずだった。もうここまで来れば解散はないだろう。また、総辞職などの政変もよほどのこと(マスコミ参加の劇場型政変)でもない限り起きそうにない。連休明けの国民の関心は、胡錦濤国家主席の来日や洞爺湖サミットに移り、小沢代表があせればあせるだけ福田首相の粘り勝ちになりそうだ。膠着状態はまだ続く。

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2008年4月 8日 (火)

亡国の山河

  中野正剛・船旅日記『亡国の山河』(「日本及日本人」より)

 上海、香港、新嘉坡(シンガポール)、マラッカ、彼南(ペナン)よりコロンボに到るの間、吾人は何を目撃せしか。嘗て孔子を出せし国の末路や如何、嘗て安けらく緑陰に眠りし馬来(マレー)人の現状や如何、嘗て釈迦を出せし民族の後裔や如何。途中に車輪の轣轆たる(れきろく=車輪のきしる音)あり、車上に揚々たるは皆白膚碧眼の人なり、車前に鞭を執り輪下に塵に塗るゝは、皆吾人と眉目相似たる有色の民なり。(1915年)

 帰国後ジャーナリストを経て衆議院議員となる。アジア主義を唱え後にファシズムに共鳴する。東方会を組織するが一匹狼的な右翼政治家として活動。

  戦中も大政翼賛会の推薦を受けずに当選して、「天下一人を持って興る」と題した講演などで東条首相の官僚統制失敗を追求、1943年10月には倒閣工作をしたという理由で検挙された。

  議員としての不逮捕特権があったものの、釈放された日の深夜に割腹自殺。東条側近の憲兵隊長に殺されたという噂もある。

 中野が生きていたら、今の中国・インドの興隆をなんと見るやら。また日本の現状をどう解釈するだろう。おそらく今の靖国神社賛美派右翼にはない、将来を見据えた斬新な視点を示すような気がする。

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2008年4月 7日 (月)

金融支配の悪夢

 経済学、特に金融については、金に縁のない当塾にとってにがてとするところである。明らかになりつつある景気の後退、石油、穀物その他生活必需物資の高騰、株価暴落と円高、すべて国際金融資本の跳梁を抜きにしては語れなくなっている。浜矩子同志社大教授が毎日新聞(4/6)紙上で次のように言っている。

 アメリカの経済動向に危機感を持った米国連邦準備制度理事会(FRB)のベン・バーナンキ議長が2日に議会証言を行った。この中で、金融機関への金融支援に踏み出さないと「リアル・エコノミー」、日本語で言うと実体経済に影響をもたらすという言い方をした。

 逆を言えば、金融の世界で起きた危機には「実体」がない、つまり虚業だと言うことになる。浜教授は、虚業と言うより本来「黒衣」でなくてはならない金融が、一人芝居の主役を演じはじめるようになれば舞台はめちゃくちゃになる、バーナンキ氏の言葉のなかには「背筋をぞくっとさせるものがある」と言っている。

 国際金融問題お見通しでズバリ直言する浜先生にしてそうである。それに直接の関係はないが、背筋の寒くなる話がある。英投資ファンドのJパワー(電源開発株式会社)株買い増し申請である。電力会社などの株式を10%以上外資会社が保有するには、国の事前許可が必要とされる。

 英ファンドTCIは、現在の9.9%を20%まで許可するよう申請を出した。TCI側は「経営支配の意図はない、却下されればECに訴える」などと圧力をかけているようだ。仮にそれが実現すれば、最大限の効率経営を強い、高配当を要求するに決まっている。

 Jパワーは原発の建設も手がけている。地震のこわさを知らない外国人が、高い安全率を見込んだ建設投資や安全対策費用の削減などに口出しし、利が乗ると見ればあとの責任を放棄して売り逃げる、そんなことをさせてもいいんだろうか。ついこの前も、空港関連会社の外国人株式保有について問題があったばかりだ。

 政府与党内には、規制緩和、改革解放の方針に反するという意見が根強くあり、結局、空港のセキュリティーへの不安は無視された。こういった問題に素人は専門的で高度の知識を持ち合わせていない。あくまでも専門家や行政の判断にゆだねるしかない。

 しかし、アメリカの電力会社エンロンにはじまって、ホリエモンも村上ファンドもこのたびのサプライムローンも、なにかいかがわしいものという庶民感覚を身につけてしまった。このさき、日本の食糧もエネルギーも自らの手でコントロールできないような事態を招くようなら、あえて目先の利益にこだわらないという選択があってもいいのではないか。

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2008年4月 5日 (土)

差別語

 後期高齢者なんとかという行政用語を、福田総理の一声で「長寿医療制度」に変えたようである。そう呼ばれる方にとってみて、たしかに考古学の区分じゃああるまいし、前期・中期・後期・晩期・終末期などをあてはめられたようで、気分は良くない。

 反面、言葉狩りかどうか知らないが「看護婦」とか「助教授」、「産婆さん」などという美しい日本語が消えていくのは残念だ。ついでながら、このブログは以前「反戦老年委員会」と名付けていたが「老」とか「翁」などは敬語であっても差別語とは思わない。

 先月、このブログにチベット問題で膨大な書き込みがあった。また、今回の「靖国上映問題」でもアクセスはあがっている。書き込みの中に、自称かどうかわからないが「ネットウヨ」云々と書いてあり、別のサイトには「それを見分けるには“支那”という言葉を使うかどうかでわかる」とあった。

 チベットも靖国も、そのこと自体より問題の核心は「反中」「反媚中」「反自虐史観」にあり、その裏返しとして蔑視と敵愾心をこめた「支那」になるのだろう。もっとも、私の子供の頃は「支那事変」であり、北支派遣軍の叔父に慰問袋を送り、シナは「支那そば」同様親しみのある語感であった。

 戦後それを使わなくなったのは、先方が「多くの国に分かれている」という意味にとれる当て字を嫌ったからだろう。そもそも「チャイナ」の語源は、シンとかチンとかの音からきており、漢字をあてない限りそうとられる要素はない。

 西暦800年頃、日本は中国語の「倭」の文字の意味がよくないので「日本」に変えて欲しいと申し出て、以後同国では「倭=わ」を使っていない。しかし、「ひのもと」と読ませるならともかく、ニホンもニッポンも漢語読みだ。だから、なにも相手がいやがる文字をことさら使う必要はないだろう。

 それより、若者言葉とされる「ださい」「きもい」「うざい」などという、身近にいるもの、隣にいるものに発する蔑視、いじめ、差別語と同根であることが気になる。朝日ににおう山桜の「大和魂」とは、全く相容れない。言葉狩りでなく、そういった土壌をなくするのが先ではないでしょうか。文部科学大臣さま。

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2008年4月 4日 (金)

時の流れ

国指定史跡堀之内貝塚遺跡2008_04040008_2

縄文中・後期の貝殻露頭がある山道2008_04040009_2

近くの高速道路建設はここでストップ
貝塚やガソリン税一般財源化は関係ないけど、延長しばらくお預け。2008_04040007

これも……ですな。2008_04040010_2

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2008年4月 3日 (木)

「平和原理主義」

 「軍縮問題資料」という雑誌が廃刊になって3年たった。主宰した宇都宮徳馬氏が亡くなってからやがて8年になる。やや長い引用で申し訳ないが、1994年の同誌6月号に掲載された宇都宮氏の巻頭言「真剣に守ろう平和憲法」の中に、まさに今こそ「真剣に」検討されるべき提言のあることを紹介しよう。(下線・管理人)

     私たち日本人は、この際みずからの平和
       憲法を世界政治の原理とする活動を、速や
       かに開始せねばならない。世界の諸国民
       は、日本が、その深刻な体験から得た平和
   主義に基づく発言を求めており、日本の民
   族はまた、そのような発言をする道徳的な
   優位がある。わが国が国連安保理の常任
   理事国に選ばれるとするならば、その最大
   の意義と使命は、まさにこの点にある。か
   りにも、野放図な大国意識を振り回した
   り、海外派兵を当然視するように姿勢は
   厳に戒むべきである。

 執筆した時期は、同年4月に細川首相が退陣の意をもらし、28日に羽田内閣となった頃であろう。1月の参議院本会議で社会党等与党の造反者により政治改革関連法案が否決され、両院協議会で施行期日抜きにして両院を通すなど政局の混乱ぶりは今と似ている。

 氏が「真剣に」といったのは、政治家がこういった平和構築のための施策を放り出して「権力抗争に血道をあげている」すがた、特に当時は大政党であった社会党に対する「歯がゆさ」からもきている。ちなみに、同氏は76年に離党はしたものの、自民党の出身者である。

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2008年4月 2日 (水)

『靖国』上映中止

 日中合作のドキュメンタリー映画「靖国YASUKUNI」を、五つの映画館が公開中止した。これについて2日付新聞各紙がそろって社説を掲げている。このようなことは珍しいが、まず私が見た5紙について概観してみよう。

【朝日】――表現の自由が危ない。
【毎日】断じて看過してはならない。
【読売】「表現の自由」を守らねば。

 以上3紙、問題点として言論・表現の自由をとりあげている点では同じである。その対策として街宣などのいやがらせに警察の対応が不十分ではないのか、とし、また毎日・朝日は、上映に向けての国会議員の働きかけがあってしかるべきだといっている。しかし、上記のタイトルの部分を見てもわかるように表現に差があり、毎日が強打から振り、朝日は犠打ねらい、読売はすべて見送りという構えのように見えた。

【産経】議論あるからこそ見たい。
 各紙の中で上映中止を表現の自由と結び付けなかったのは産経だけである。むしろ労働組合などの抗議声明に「憲法の理念をあえて持ち出すほどの問題だろうか」と疑問をなげかけ、映画館側には「抗議電話ぐらいで上映を中止するというのは、あまりにも情けないではないか」としている。すべて個人レベルの感情論で、社説(主張)に取り上げる意味がどこにあるのか。
 
【東京】自主規制の過ぎる怖さ
 「大事なことを無難で済ます、時代の空気を見過ごしては危うい」。これが一番私を釘付けにした論調だ。同紙の取材で「上映を妨害するような被害が起きない限り、警察が動いてくれないだろうと考え、中止を決めた」という映画館のコメントも紹介している。

 また書いてはないが、何かの事故が起きれば膨大な損害賠償訴訟を起こされかねない、と考えたかも知れない。結論にこう書いている。「権力だけが言論を封じるのではない。国民の自覚が足りないと、戦前のセピア色が急に、生々しい原色を帯びはじめる」。

 そのセピア色の時代を知っている者として、「国民の自覚」という点をこれからもっと掘り下げてほしいと思う。よく、一般国民の戦争責任ということを発言する学者や評論家がいるが、いつも「わかっていないなあ」という気がするのだ。

 当時の新聞、出版物その他ほとんどの歴史史料は、わずかな例外をのぞいて戦争に協力した国民の姿をえがいている。しかし現実は違う。建前と本音を使いわけて自主規制していたのである。では本音をいうとどうなるかはこれをご覧いただきたい

 私の家は、父がノンキャリアの会社員だった。したがってつつましやかながら、中産階級のインテリ家庭ということになる。父は過労のため若死にしたが、母が父の遺言は、私を大学に進学させろということだったという。それはその頃まだ大学生には徴兵猶予の特典があったからだ。

 なにもわが家だけではない。戦時教育にあたる教員の家庭でも、職業軍人の家でも徴兵逃れや、死の前線への配属を逃れるため、建前とは別になし得ることはなんでもやった。仮病を使う、コネを使って手をまわす、司令部つきの軍属になるという先手をうつことなどなど。

 私の知る限り、建前と本音が一致している家などどこにもなかった。中曽根康弘元総理の海軍主計中尉などという地位は、軍役をこなししかも安全という点で理想的であった。だれしも、こんないまいましい戦争は早く終わって欲しい、戦争にはならないでほしいと思っていたはずだ。

 それなのに、どうして本音が言えなくまた伝えられなくなったのか。できたとすれば明治の終わりか大正デモクラシーの時代が最後のチャンスだっただろう。それから今の憲法と違い、選挙権は限られた納税者だけで女性はのぞかれ、しかも国会が最高の統治機関でなく、投票イコール民意というシステムが機能しないことにも注意が必要だ。

 気がついたら自己規制があたりまえになっていたというまで、すくなくとも30年近くかかった。今が明治末期のようだとすると今声をあげるしかない。スピード時代だから憂き目をみるのはもっと早いかもしれない。一部の新聞のように他人事、ひやかし半分ですませるとはとても思えない。

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2008年4月 1日 (火)

和而不同

 由緒深い和室の欄間などにかかる揮毫によくあります。[和而不同]。明治時代の先祖の心意気、といった感じがします。「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」からとった言葉で、『論語』の子路篇にあります。

 その意味は、小人=つまらない人間は自分でよく考えることをせず、すぐ他人のいうことにそうだそうだと同調します。「付和雷同」の「同」です。これに対して、君子=キミ子ではありません、クンシといわれる人生の達人は、それぞれの考え、意見を持っています。

 それでありながら、ひとつの方向に調和して強い力を発揮することができるのです。似ているようで質的には全く違います。お互いの意見を知った上でそれを乗り越えたひとつの結論を身につけるからです。

 周の史伯という人は、またこういっています。――「和は実に物を生ず、同なれば継がず」。ただ「同」だけではそこで止まってしまう、「和」があってはじめて物事は前に進めることができるということですね。紀元前数百年、卑弥呼より前の時代の中国には偉い人がいました。

 漢文を習うことが少なくなって、日本人の教養から失われたもののひとつだと思います。国会とか地方の政治、マスコミ、選挙民、インターネット……それぞれあてはめて考えてみてください。そんなこと「同」でもいい、とおっしゃるのでしょうか。無政府状態に似てきた日本、君子が住みにくい世の中になってしまいました。

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