弁髪
留頭不留髪 リウトウプーリウファ
留髪不留頭 リウファプーリウトウ
日本ではいろいろな読み下し方があるようですが、「髪を剃っている人は体に頭をとどめるが、髪をとどめたままの人は頭を切り落とす」といった意味です。17世紀中頃、満州から侵入した清王朝が、中国人(漢民族)に弁髪、つまり後頭部だけを残して髪を剃り、その髪を長く編み上げて後ろに垂らす髪型を強制した時のことばです。
清朝は揚子江流域を平定すると中国人に髪
を剃って、満州族の弁髪に改める命令を発
布した。人種の差異はあまり気にしなかった
中国人も、頭髪を結い上げ、冠をかぶるこ
と、つまり衣冠の風俗は絶対に護持せねば
ならぬ中華文化の伝統と考えていた。この
命令が下ると、中国人ははげしいショックを
うけ、各地に猛烈な反満の反乱がおこった。
(貝塚茂樹著『中国の歴史、下』より)
ここに至るまで、他の侵略・征服の例にもれず、大略奪・大虐殺があり軍民80万人がいけにえになりましたが、このいまいましい記憶が『揚州十日記』などの書物でひそかに受け継がれ、250年後の中国近代革命を導く原動力になったといいます。
今、チベットの人が同じ思いをしていないでしょうか。そうでなければいいのですが、力づくの政策は結局何百年たっても後世に禍根を残します。どうか、よく言われる「歴史に学ぶ」の精神で中国の政策を進めていただきたいものだと念願しています。
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コメント
弁髪にそんな歴史があったとは!
知りませんでした。
仏教は殺生を禁じているところが一番好きなところです。
中国では、チベットのお坊さんたちが、ダライラマに先導されて反乱を起こしたように言われていますが、そんなことはありえないと思います。
しかし中国国内では、そのような意見が主流なのもショックでした。まるで「藪の中」のような話です。
http://news.goo.ne.jp/article/ft/world/ft-20080325-01.html
投稿: 金木犀 | 2008年3月27日 (木) 18時24分
金木犀さま
中国4000年の歴史の重みですね。胡錦濤などエリート幹部はよく勉強しているはずですよ。ブッシュからの電話にはダライ・ラマとの話し合いもする、といっているのにいちるの期待をしているのですが。
中国人というのは、いい意味でも悪い意味でも言っていることが100%本心ではないともいえそうです。
投稿: ましま | 2008年3月27日 (木) 21時32分