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2008年3月17日 (月)

チベットに真の解放を

 チベットで暴動が起きている。中国の言論統制は過去よりマシなものの、実態を把握するためには十分と言いがたい。しかし、最近はテレビでチベットを紹介する機会も多く、また日本人観光客の人気もあって、昔のような閉鎖された世界ではなくなってきた。

 これからの中国当局の対応が注目されるが、極端な分け方をすれば、体制転覆をねらったとする天安門の時のように武力をもって制圧するか、香港返還のように交渉と知恵で平和裡に円滑な権限委譲の道をとるかの二つである。先行きはわからないが、日本にとっては境を接する隣国であり、あとを引かない形での安定が望まれるところである。

 中国では、清王朝という満州女真族の宮廷支配を打破した辛亥革命をもって、現代史の始まりとしている。それには、大陸浪人と称される日本の右翼もNGO?として協力していた。チベットにとっても漢民族同様、過去の中華王朝支配を脱するいい機会だったのだ。

 チベットのお釈迦様直伝に近い仏教は、中国経由の朝鮮・日本と違って全く独自に発展し継承されてきた。いわゆる中原から遠く離れた高地山岳地帯で、独自の文字、習慣、文化を持つ地帯である。そこを第2次大戦後の1950年、独立国として存在したチベットに中国人民解放軍が侵入し、占領下に置いた。

 古い因習や宗教の抑圧から、共産主義革命でチベット人民を解放する、という名目だっただろう。しかし、同時に「民族自決」というモットーもあったはずだ。広大な地域に、いくつかの少数民族をかかえ、少数民族の保護育成に努力している姿は現在なお続いている。

 しかし、チベットの人が「解放」されたとは思っていないことが、今回の事件で世界に発信されたのだ。毛沢東流にいえば「造反有理」である。中国人や現在の政府も、チベットが満州、台湾と違い、また天安門の騒動とも全く違う、ということも承知しているはずだ。

 幸か不幸か、チベットに関しては他国のバックや干渉がほとんどない。また中国政権が目の敵にしているダライ・ラマ十四世も、国境の変更や設定などを要求していない。より高度の自治権を民族として要求しているだけだ。それは、オリンピックを控えた中国としても僥倖なことではないか。

 冒頭に掲げた後者の方法で早急な解決を図らなければならない。そうしたからといって、中国の体制が崩壊するわけでも、威信が傷つくわけでもない。将来に向けてより安定した中国の体勢と度量を世界に示せることになるだろう。ただ残念なのは、日本がアメリカに対するのと同様、隣国に適切な助言・援助を与えられないことである。 
 

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