« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

2008年3月

2008年3月31日 (月)

サブ・ネーション問題

 チベットの騒乱問題で、フランス、ドイツ、イギリスなどの首脳が北京オリンピック開会式などの招待に応じるかどうかでいろいろな報道がされている。結局、EUとしてボイコットやその他、政治的統一行動をとるのは困難であり好ましくない、という結果になったようだ。

 チベットは該当面積の大きさや隣国であることから、日本で大きな関心をひき起こしているが、欧州では、古くから同一国内における少数派民族問題が紛争、戦争の引き金となることが多く、国家としてこういった問題への関与が非常にセンシティブにならざるを得ないことを知っている。したがって単なる意見の不一致とは違う。

 ユーゴスラビアの解体課程もその試練であった。最後に残ったコソボ独立問題で軟着陸ができなようなことがあればNATO、EUの失敗例となり、加盟国中にあるサブ・ネーション問題解決をこじらせかねないという危機感もあるだろう。

 サブ・ネーションとは、国連加盟国あるいは地図上国と認識されている国の一地方にまとまって存在する少数派民族で、自治、自決、独立あるいは帰属変更を求めるている集団をいう。その数は6500にも達するという説もある。そのすべてに紛争があるわけではないが、問題化するのは、人種差、就労格差そして貧困などに起因するとことが多い。

 現在、国連であろうとEUであろうと、その加盟国は国家主権の変更、地図の変更をともなう変化を原則として好まない。できれば、そういった事態の起きないよう事前に対策を講じておきたいと考える。その先駆的しくみとしてヨーロッパ安全保障会議(CSCE)が「国内少数派民族高等弁務官」制度を1992年に設けた(谷口長世『NATO』)。

 これは、欧州安保協力機構加盟国内の少数民族問題を現地で調停したり、その国の中央政府を説得したりして紛争の火種をなくする仕事を担当する。実際にラトビアの使用数民族であるロシア人対策などで効果をあげてきたが、超国家的権限と任務を与えられながら10人足らずのわずかな要員と裏付けとなる力を持たないため、どのような場合でも有効であるとはいえない。

 ボスニア紛争では人権問題を押し出してNATOがセルビアを空爆するなどの試行錯誤があった。しかし、ヨーロッパには10数年前からこういった問題のプロがいて、各国の政策決定になんらかの影響を与えてきたことにも注目をしておきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2008年3月29日 (土)

刀伊の乱

 チベット動乱の報からほぼ2週間、当塾にとっては「天文学的数」のアクセスがあったが、予想通り急減してほぼもとどうりに近くなった。コメントも膨大だったがすべてを拝見した。そもそも「反戦塾」という名がいけなかったようで、検索かなにかでひっかかったのがもとでリストにあげられたらしく、平和団体と勘違いしたもの、記事に関係ないもの、意味不明のもの、事実に反するもの、マナーに反するもの、なにしろ数が多すぎるのでいちいちリスポンスはしないことにしていた。

 最後(このエントリーでは最後にしてほしい)に来たのが「通りすがり」さんで、再び通りすがることはないかも知れないが、「刀伊の乱」「元寇」「朝鮮戦争における海上保安庁職員の戦死」「竹島」「対馬」などを無視して9条をいうのはおかしい、というような趣旨である。

 これも、何がいいたいのか最初はわからなかったが、「塾」と名をつけるなら歴史について公正に記事を取り上げるべきだ、というご忠告かも知れないと見た。実は、上にあげた各事項はすべてこれまで当ブログで取り上げたことがある。ただ最初の部分がプロバイダー変更のためすでに消えてしまった。よく読んでからコメントしてほしい、といいたいところだがネット上は不可能になったので、ひとつだけ再録しておこう。

刀伊の乱の詳細はこちら
  ----------------------------- 
2006-07-15
和冦 1
私本・善隣国宝記

 鎮西の凶党等数十艘の兵船を構へ、彼の国の別島に行きて合戦し、民家を滅亡し資材を掠め取る。行き向ふ所、半分ばかり殺害さる。其の残り、銀器などを盗み取り帰り来たると。朝廷のため太(はなは)だ奇怪なる事か。

 以上は、歌人・能筆家として有名な藤原定家の嘉禄2年(1226)10月17日の日記(『明月記』の一節である)。いわゆる「和冦」のはしりであり、これに対する高麗の抗議文も、翌年5月14日付の『吾妻鏡』にのっている。そしてこのあと、朝鮮や中国の国運を左右するほどの影響を与えるようになる。
 
 「和冦」とはいわないが、朝鮮古代の史書『三国史記』には、紀元前50年から6世紀までの間に、倭人の侵犯事件が30数回記録されている。中には「掠海辺民戸」とか「掠取生口而去」という説明も散見され、伝承で不正確なものとはいえ、倭人による沿岸の海賊行為の根は深い、といわざるを得ない。

 もちろん、日本沿岸が襲われた事件もある。しかし、北九州一帯を襲った1019年の「刀伊の乱」(死者462人、拉致被害1289人)以外は、小規模なものが数えるほどしかない。戦前から、和冦の原因を元寇の報復だとか、敵情視察だったという説を立てる人がいた。元寇以前から存在し、日本の当局も困惑していることなので、身びいきの過ぎた見苦しい言い訳けだ、というほかない。(後略)
  -------------------------

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2008年3月28日 (金)

近傍名桜図絵

少年野球開幕桜の図2008_03280002

歩道占拠敷石塀破壊老いて盛ん桜の図2008_03280004

唯一屋台の出る名しだれ桜の図2008_03280008

水辺の鴨鑑賞桜の図2008_03280016

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年3月27日 (木)

恒久法を持ち出す愚

 26日に報じられたところによると、福田首相は、自衛隊を海外派遣させる一般要件を定めておく「恒久法」を今国会で成立させるよう、山崎副総裁等に指示したという。なんで今頃、と思うのだが、ガソリン税や日銀総裁人事のことなどで、民主党と協議が断絶している中、話し合いの呼び水にする意味がある、という。

 福田首相については、冷静で洞察力があるかも知れないと、当初かすかな期待を抱いていたが、最近の言動から見るとすっかりなまってしまっているようだ。法案の性格上、どうしても憲法解釈や国連決議の評価、日米同盟との関連、集団的自衛権などが議論の対象になってくる。

 こんな国の将来を左右しかねないような重要法案を、「呼び水」扱いにするというのが第一わからない。しかも、民主党も小沢代表の何十年も前の古証文を焼き直して原則論を言ってみただけで、具体化について党内が一本化しているとは思えない。そうやすやすとは乗ってくるとは思えないのだが。

 今、イラクとアフガンが同じような状況に陥っている。すなわち、①イラクではアメリカ、アフガンではNATO軍が中心になって治安回復に当たっているが、効果が上がっているのは力が及ぶ地域・範囲に限られている。②現地政府に治安維持任務を移行しようと試みるが、管理能力のある旧政権のテクノクラートなどを追放してしまったため管理能力に乏しく、また募集で集まる要員の質が低く寝返りの心配もある。③駐留外国軍に対する住民の不信感は根強く、明らかに「いてほしくない」存在になっている。といったことだ。

 アメリカはイラクで手いっぱいのため、NATO諸国にアフガンへの増派を要請している。NATOはISAF(アイザフ=国際治安支援部隊)として派兵に協力しているが、タリバンの攻勢で危険が日々増大している。これに対してドイツは増派拒否の姿勢だ。

 「選民意識と和解」にも書いたが、ドイツのメルケル首相はイスラエルまでいって同国への連帯を誓いイランの脅威を強調するなど、ブッシュが取ってきた路線そのままにすり寄った発言をしている。また、フランスは1000人の増派を決定、ブッシュを喜ばせたが、わずか1000人では実効が疑わしいといわれている。

 このように、ブッシュの顔をたてることに一所懸命ながら、各国はアメリカの泥船にできるだけ乗らないよう、ギリギリのところで国益最優先で駆け引きをしているのだ。武力行使をともなわず、治安維持と復興支援なら自衛隊を派遣します、などという恒久法をこの時期に作ったら早速アメリカから言ってくるだろう。

 「心配してくれてありがとう。それではアフガンのテロとの戦い、さっそくよろしくお願いします」と。それを断れる政治が果たして日本にいるだろうか。恒久法の前提には、これまでないがしろにしてきた自衛隊と憲法解釈の厳正な再検討が必要であるということを、既エントリー「憲法改正と恒久法」でも主張した。小泉路線以後、各党から日本の進路を示す言葉が一向に聞こえてこない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年3月26日 (水)

弁髪

留頭不留髪 リウトウプーリウファ
留髪不留頭 リウファプーリウトウ

 日本ではいろいろな読み下し方があるようですが、「髪を剃っている人は体に頭をとどめるが、髪をとどめたままの人は頭を切り落とす」といった意味です。17世紀中頃、満州から侵入した清王朝が、中国人(漢民族)に弁髪、つまり後頭部だけを残して髪を剃り、その髪を長く編み上げて後ろに垂らす髪型を強制した時のことばです。

    清朝は揚子江流域を平定すると中国人に髪
    を剃って、満州族の弁髪に改める命令を発
    布した。人種の差異はあまり気にしなかった
    中国人も、頭髪を結い上げ、冠をかぶるこ
    と、つまり衣冠の風俗は絶対に護持せねば
    ならぬ中華文化の伝統と考えていた。この
    命令が下ると、中国人ははげしいショックを
    うけ、各地に猛烈な反満の反乱がおこった。
    (貝塚茂樹著『中国の歴史、下』より)

 ここに至るまで、他の侵略・征服の例にもれず、大略奪・大虐殺があり軍民80万人がいけにえになりましたが、このいまいましい記憶が『揚州十日記』などの書物でひそかに受け継がれ、250年後の中国近代革命を導く原動力になったといいます。

 今、チベットの人が同じ思いをしていないでしょうか。そうでなければいいのですが、力づくの政策は結局何百年たっても後世に禍根を残します。どうか、よく言われる「歴史に学ぶ」の精神で中国の政策を進めていただきたいものだと念願しています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年3月25日 (火)

古代史教育

 10日ほど前だったように思うが、小学校の教科書では古代史の始まりを弥生時代からとし、縄文時代をカットしていたいることについて考古学会が文部省に働きかけ、これを復活させるような報道があった。当然なことで、今までなかった理由がよくわからない。

 子供が、宇宙に関心を持つのは、その先はその先はと想像を馳せ、知識を深めていくからだ。生物の先祖として恐竜も人気の的である。そこまで行かなくても、日本史を語るためには、縄文時代は欠かせない。1万年ほど続いたこの時代の遺跡は、ほとんど日本全国どの地域にもある。
 
 私たちはどうだったか。歴史として系統的なことは習わなかった気がするが、国語、修身などを含めて神話で教育が始まった。イザナギ、イザナミの国生み、アマテラスの天の岩戸かくれ、神武東征と即位など。大人になってから『日本書紀』『古事記』を読み返してみたが、至る所に人間的な寓話があって実におもしろい。

 皇国史観洗脳のためのサマリーでなく、エッチな話も含め、神話として小学生に教えたいような気もしないでもない。いずれにしても、その先その先への興味を封じ、また近代の正しい歴史をはしょる歴史教育が、歴史に関する興味・関心を奪い、バランス感覚のない教養欠陥人間をつくってしまう。

 いささか前置きが長くなったが、23日は久しぶりに「日本海沿岸の古墳出現前夜」というシンポジウムを聞く機会があった。縄文時代に直接関係はないが、いわゆる弥生中期から、卑弥呼出現の頃にかけての文化の伝播、それが拙著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』に関係あることと、最近提唱されている弥生時代の新しい年代観(炭素半減期測定などから、弥生時代はこれまでの説より数世紀さかのぼれるとする)に言及があるかどうかに関心があった。

 結局、年代観の話は出なかったが、依然として謎の多い弥生時代の実態について、住居址や墳墓と埋葬物の精密な追求を通じた5人の研究者のレポートは、それなりに刺激的で、今後の進展・解明の手がかりを多く提供するものがある、と感じた。

 まず、朝鮮半島南部の墓制や副葬品と九州北部の関係、それから山陰、丹波、北陸、越後などにおけるそのような遺跡・遺構の変遷である。それぞれに一貫した連続性は見られないし、人の集団移住を示すような同一性を証明できるようなものでもないようだ。

 しかし、全く同一なものもあり、副葬品の傾向も影響を受けたとしか考えられないことを証明できるものがあるという。はっきり言えることは、交易かその他の方法による人の交流があったことにつきる。弥生中期の高地性住居址についても議論があった。

 水耕稲作の普及により、耕地や水源の争いなどで戦争続発、魏志倭人伝のいわゆる「倭国大乱」の時代で平地から移住したような解説がこれまで多かった。しかし、高地住居が増える時期に低地住居も増えていたり、スライド写真や図面を通して見た、環壕の付け方や面積・位置などから「そうかなあ?」と思えるものが多かった。

 といったわけで、明快に「それはこうです」と断言できるような結論は聞けなかった。しかし学問であろうが、政治であろうが、国際問題であろうが、高らかにうたいあげる声明・宣言のうさんくささより、中途半端なところよりひとつひとつ積み上げていく方向性に信頼と期待を寄せたい。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2008年3月23日 (日)

チベットに和解を

 チベットで暴動が起きて1週間、だんだんその姿が見えてきた。中国国営新華社通信(22日)によると、チベット自治区ラサで死者はこれまでの13人から6人増え市民18人、それに警官1人を加え19人に上ると報じた。負傷者は市民382人、治安当局者241人の計623人。暴動に加わったとして出頭した人数は183人に上るという。

 もうこれだけで十分、ちょっとしたこぜりあいなどではなく、周辺地域や海外におけるデモなどを含め市民蜂起であることに疑いがなくなった。天安門事件の全容が分かってくるのに、記憶によると1カ月近くかかったのからくらべれば早くなった。

 この国はどうせ分かることを小出しにするくせがある。日本でも、人のことは言えないが、その結果はダメージを大きくする。あらためて前の記事「チベットに真の解放を」を見直してみても、その方向を変更する必要はなさそうだ。

 また、中国共産党機関紙「人民日報」は22日、ラサの暴動に関する「法制を堅持し、人民を保護し、安定を維持する」と題した論文を書いた。その中で、暴動は「祖国分裂を企てる陰謀」と断定。鎮圧を「正義の行動」と位置付けた。(毎日新聞)

 この書き方は、最早当初言っていた単なる「国内問題」ではないことを、はしなくも露呈したことにならないか。ダライ・ラマ師は、自治の拡大という基本姿勢を変えていないようだ。前回も言ったとおり、中国にとって、武力制圧でない話し合い解決の道が幸いにも残されているのだ。

 この件について、どこであろうと外国が介入することに断固反対する。解決を困難にするからだ。昨日行われた台湾の総統選挙で、独立には距離を置く馬英九候補が当選した。これも中国にとって交渉に入れる有利なチャンスでないか。かりに、中国がよりチベットに対し強圧的な態度を続ける(その可能性は高いが)となると、台湾独立に消極的な国際与論の風向きが変化してくることも考えておくべきである。

 前々回、「選民意識と和解」という記事を書いた。1950年人民解放軍が蒋介石の残党を追ってチベットに攻め込み、チベットは共産党は宗教を抹殺すると聞いて人民解放軍と鋭く対立した。こういった故事は今が和解するいいチャンスではないのか。さもなければ、両民族の対立は未来永劫のものになるだろう。

 なお、このブログは週1回、更新お休みの日がある。たいてい日曜だ。そのこともあってか、先週は事件を無視したなどというコメントを含め、当ブログにしては天文学的か数のアクセスをいただいた。

 はじめてのことなので、一週間じっくり観察させてもらったが、だれかの作ったリストが元のようで、「団体」扱いにされている。これは間違い、戦時体験のある一個人のささやかなブログに過ぎない。

 前後を見ればすぐ分かるはずなのに、中を読んでいないと思えるコメントが多い。そういったことで他の方を誤解させたり、スパムなみの意味をなさないコメントはやはり削除すべきかなあ、と思ったりしている。

| | コメント (3) | トラックバック (8)

2008年3月22日 (土)

そり歌

 江戸中葉の地方文人、鈴木牧之が『北越雪譜』でいう。

     そりをひくにはかならずうたうたふ、是
    をそり原文は車へんに盾)とてすなわ
    ち樵歌なり。唱歌の節も古雅なるものな
    り。

     親あるひは夫山に入り、そりを引てか
    へるに、遠くそり歌をきゝて親夫のかへ
    るを知り、そりに遇う処までむかへにい
    で、親夫をばそりに積たる薪に跨がせ
    て妻や娘がこれをひきつゝ、これらも又
    そり歌をうたうてかへるなど質朴の古
    風今目前に存せり。これ繁花をしらざ
    る幽僻の地なるゆゑなり。

     春もやゝ景色とゝのふといひし梅も
    柳も雪にづもれて、花も緑もあるかな
    きかにくれゆく。されど二月の空はさ
    すがにあをみわたりて、朗々なる窓
    のもとに書読むをりしも遙にそり歌の
    聞るはいかにも春めきてうれし。是は
    我のみにあらず、雪国の人の人情ぞ
    かし。

【以上『校注北越雪譜』、野島出版による】

 にわか雨に、妻か子供が傘を持って駅まで迎えにでる、という風景がなくなったのは、いつの頃からだったのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年3月21日 (金)

選民意識と和解

 今月18日、ドイツのメルケル首相がイスラエルに行って国会で演説した。その中で、「ドイツ人はホロコーストを心から恥じている」と語り、「犠牲になった方々や生き延びた人を助けてくれた方々すべてに頭を下げる」と謝罪した。

 その一方で、イランの核開発問題やパレスチナ武装組織に対するイスラエル側の立場に同調、支持支援するという。和解には代償が必要なのであろうか。そうでなければ、かつてユダヤ人が受けた迫害には深く同情するが、土地を奪われ、故郷から追い出されたパレスチナ人の方は関心なし、というふうに聞こえる。

 私は、ヨーロッパの人々が、過去の大戦の苦い経験を再び起こさないため、国境を越え意見を交わし工夫を重ねながら今日のEUを築き上げてきたことを、高く評価するものである。それとの直接の関係はないが、ドレスデンの和解が想起される。

 ドイツ東部の古都ドレスデンは1945年2月、英米軍の無差別爆撃で街の85%が破壊され、死者3万5000人をだした。大戦の勝利を手中にした連合国側の報復だったという説がある。95年の追悼式典で、英女王の名代ケント公、米英両国の軍トップらが列席する中、ヘルツォーク独大統領は演説した。

 「死者への哀悼は文明の起源にさかのぼる人間感情の表現です。歴史全体を理解しない限り歴史を克復し安寧と和解を得ることはできない」。そして、ドレスデンの犠牲をナチスの悪行に対する「死者の相殺」とみなす考え方を退け、言外に連合国側の殺りくの責任を指摘した上で、半世紀ぶりの和解を宣言した。

 ユーゴスラビアから最初に独立を果たしたクロアチアをまっ先に承認したのは、ドイツである。クロアチアはナチスドイツと組んでセルビアと激しい戦闘を繰り返した因縁のある地域である。大量虐殺の噂が飛び交い、火薬庫バルカンといわれる地域におけるその後のNATOの行動を含め、問い直されなくてはならないものがある。

 ホロコーストの反省や謝罪は当然である。しかし人種血統でアーリアを優位に起き、ユダヤ排除を叫んだヒトラーを熱狂的に支持したのはドイツ国民である。つまり世界一「優秀なドイツ人」という選民主義に乗ってしまったことに対する評価はどうなっているのだろうか。まさか、同じ文化・価値観を持つところとは和解するがそれ以外のところは対象外、ということではないだろう。

 これは、ドイツに限ったことではない。最近、また北欧でマホメットを戯画化した新聞が出たとかで、ビンラディンを怒らせている。選民意識というとキリスト教徒に強いようだが、愚かなことである。ムスリムにはそれに劣らないアッラーへの帰依意識がある。つまり一神教内では避けられない衝突かも知れない。

 日本人も選民意識には無縁ではない。万世一系の天皇をいただく日本人、大御代に生を受けた幸せと感激、御稜威(みいつ=天皇の威光)を世界のすみずみへ、というモットーが支配していた一時代がある。もっとも、それを復活しようという人もいるようだが、まあ世界では受け入れられない。

 選民意識をなくしろ、といってもそれは無理だろう。選民意識で他民族を支配し、また蔑視、差別、排除を目的に攻撃するのでなければ別に悪いことではない。「和を持って貴しとなす」は、日本国家形成の頃、聖徳太子が憲法のまっ先に掲げた遺訓である。「和解」の伝統は筋金入り、今憲法9条を手にしていることこそ、日本の選民意識の中心に持ってくることがらではなかろうか。
  

| | コメント (1) | トラックバック (2)

2008年3月20日 (木)

イラク開戦5周年

 2003年の3月20日、米軍24万人、英軍26000人による イラクへの軍事侵攻(イラクの自由作戦)が開始された。カテゴリ「データ・年表」にある「中東関係粗年表」の一環として、5年目の現状をアトランダムに記録しておく。

☆米軍の死者約4000人に(08/3/23AP通信)。イラク人難民申請、昨年4万5000人(前年の倍、世界トップ。これにはヨルダンやシリアなど周辺国への国境越えは含まれていない)

☆イラクのタリク・ハシミ副大統領が18日、バグダッドで毎日新聞と単独会見し「米軍のイラク進攻は間違いだった」と米政府を批判した。イラクの治安や経済状態が「全体として悪化」しているとの見方を示し、混乱の原因としてイラク戦争を挙げた。ただ、米軍の即時撤退には慎重な考えを示した。【この項、毎日新聞3/20】

 朝日新聞も単独会見記事を載せているが、米軍進攻がまちがい、などの批判発言は掲載していない。同副大統領はスンニ派「イラク・イスラム党」指導者で、同党は連立が離脱したが閣内に残りスンニ派の利益代表的立場にいる。

☆チェニー米副大統領は17日にバグダッドを訪問し、マリキイラク大統領との声明発表で「治安情勢は劇的に改善されている」との共同声明を発表した。昨年6月に実施した米軍3万人増派作戦が成功した、とする立場を強調するものだ。ブッシュ米大統領も19日、作戦の成功と、開戦が「正しい決定」であったと演説した。

 シーア派反米強硬派サドル師傘下の民兵組織マフディ軍が昨年8月に停戦宣言したこと、バグダッドの中心部、官庁、ホテル、外交機関などが多い地区を頑丈なコンクリート擁壁で囲むグリーンゾーンを設け、外部の侵入を防いでいることなどで、犠牲者が減っている。

 しかし、米軍にたいする民衆の不信感は高く、とって変わるべきイラク政府の組織する治安維持部隊には、過激派民兵であった者が紛れ込んでいたり、訓練や規律確保に不向きな者もいて効果が期待できない。また、武器の横流し、周辺諸国からの流入もあとを絶たない。

 戦前にはなかったイスラム宗派の対立が、アメリカ主導の選挙でできたシーア派中心の新政権では統率できず、抜き差しならぬところまで発展してしまった。さらにスンニ派に多いかつての官僚・技術者などが難民として国外に去っているので復興基盤の整備などが麻痺している。

 「治安回復の遅れから国民の間には旧政権へのノスタルジーが広がり、一部にはバース党支持の芽も生まれている」(毎日新聞3/20、バース党は戦前故・フセイン大統領が率いていた世俗政党)。やはり、治安状態は一発触発、累卵の危機にあると言った方がよさそうだ。

☆米大統領候補の公約
・共和党
 マケイン候補=ブッシュ路線継承。長期駐留。
・民主党
 オバマ候補=16カ月以内の撤退完了。
 クリントン候補=就任後6週間以内の撤退開始。

☆アメリカが敵視するイランの大統領のイラク訪問(3月2日)、親米国である湾岸6カ国にイランがオブザーバー招待されたことなど、イスラム圏内でのアメリカパッシング状態が見え始めている。

 ☆同時多発テロのあと、アフガニスタンなどで展開したアメリカ軍の経費や新たな兵器の調達費など「テロとの戦い」の戦費は、これまでに7520億ドル、日本円にしておよそ75兆円に上る。このうち、イラクでの開戦に踏み切った2003年3月以降は、陸軍の費用が一貫して伸びている。来年度2009年度についても、イラクとアフガニスタンに展開するアメリカ軍の駐留経費などに、700億ドルの予算を議会に要求しており、当面、戦費の拠出が続くと予想されている。一方で、アメリカの景気低迷に伴って税収が伸び悩むとみられ、来年度の財政赤字は、4000億ドルを突破して過去最大の水準に迫る見通しで、戦費の拡大はアメリカ経済の重荷となりそうだ。(NHKニュースより)

 日本は、思いやり予算などの軽減をねらっているが、むしろ高額の戦費、駐留費肩代わりを迫られるのではないか。

| | コメント (2) | トラックバック (3)

2008年3月19日 (水)

プラグ&プレー

 書斎の主にもたまには写真を↓。USBプラグ4個は、12008_03190002カ所デジカメ用に空けてあるが、残り3カ所は使い勝手のよさから、このようにキーボード、マウス、プリンターにつなぎっぱなしである。このようなことを“Plug and play”というらしい。

 そして軍隊用語にもなっているようだ。Rim Peace のウエブサイト「追跡!在日米軍」の引用を、前田哲男『自衛隊変容のゆくえ』から紹介させていただく。

 米太平洋艦隊のホームページに、秋田に入港直前の駆逐艦ステゼムから発進されたニュースが載っていた。“Stethem,JMSDF‘Plug and Play’with Abraham Lincoln”という題だった(引用者注・JMS DF=JapanMaritime Self-Defense Force、海上自衛隊のと)。“Plug and Play”とは、「ややこしい調整をせずにすぐ実働状態に移れる」という意味だ。演習名はPASSEX(passing exercise)、日本近海で空母の護衛を行ったのはステゼムと海自の護衛艦「きりしま」「はたかぜ」「はるさめ」だったとのこと。まさに空母の作戦行動と一体となっ動きをしていたことがわかる。

 要するに海上自衛隊は、周辺機器扱いなのである。別にそうだからと言って怒ることではない。空母など主体的攻撃戦力を持たないから、付属品としての役割を背負わされているだけのことである。問題は、軍事作戦上不可分一体の行動にならざるを得ない、ということである。

 インド洋での給油はたびたびTVの画像に映し出された通り、そのままプラグ&プレーの図柄だ。給油された軍艦が対イラクやイラン作戦であるとかないとかという議論は、やはりナンセンスだと言わざるを得ない。実戦がないから、訓練だからといって見過ごすわけにはいかない。いつ憲法違反が起きても不思議がないような実態を、もっと明らかにする必要がある。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年3月18日 (火)

彼岸

 円高・株安の経済指標は極寒の季節、国会や政治の混迷ぶりも底が見えない。昨日は彼岸の入り。陽気がすこしもどってきた。

 毎年よ 彼岸の入りに 寒いのは

 正岡子規は、母君のことばがそのまま5・7・5の句になっているのに気づき、それを前書きとした。これは毎日新聞から得た知識である。彼岸の中日はあさって20日の秋分の日、彼岸明けが23日の日曜日という飛び石彼岸になっている。

 暑さ寒さも 彼岸まで

 どんなに冷冬とか残暑といっても、不思議なことにお彼岸の頃にはすっと和らぎ、絶好の散歩日和が訪れる。2008_03180020

 「春眠暁を覚えず」
はもうすこし先。
 「蛙の目借時」
というのも同じ頃か。

 春先、盲目の座頭がひたすら眠りこけるのを見た人が、「どうしてそんなに眠るのだ」と聞いたところ、「蛙が忙しい時期を迎え、こんな盲人の目まで借りていくのだ」と答えたという。

 もう一説は、妻離(めかる)蛙である。相手を求めて鳴き交わした蛙が交尾を終えて鳴きやむと、あとは前後不覚で眠りほうけるのだろうか。いずれにしても、インターネットなどない昔は、自然の足音を聞きながら、ゆっくりと時間が過ぎていったのである。
 

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2008年3月17日 (月)

チベットに真の解放を

 チベットで暴動が起きている。中国の言論統制は過去よりマシなものの、実態を把握するためには十分と言いがたい。しかし、最近はテレビでチベットを紹介する機会も多く、また日本人観光客の人気もあって、昔のような閉鎖された世界ではなくなってきた。

 これからの中国当局の対応が注目されるが、極端な分け方をすれば、体制転覆をねらったとする天安門の時のように武力をもって制圧するか、香港返還のように交渉と知恵で平和裡に円滑な権限委譲の道をとるかの二つである。先行きはわからないが、日本にとっては境を接する隣国であり、あとを引かない形での安定が望まれるところである。

 中国では、清王朝という満州女真族の宮廷支配を打破した辛亥革命をもって、現代史の始まりとしている。それには、大陸浪人と称される日本の右翼もNGO?として協力していた。チベットにとっても漢民族同様、過去の中華王朝支配を脱するいい機会だったのだ。

 チベットのお釈迦様直伝に近い仏教は、中国経由の朝鮮・日本と違って全く独自に発展し継承されてきた。いわゆる中原から遠く離れた高地山岳地帯で、独自の文字、習慣、文化を持つ地帯である。そこを第2次大戦後の1950年、独立国として存在したチベットに中国人民解放軍が侵入し、占領下に置いた。

 古い因習や宗教の抑圧から、共産主義革命でチベット人民を解放する、という名目だっただろう。しかし、同時に「民族自決」というモットーもあったはずだ。広大な地域に、いくつかの少数民族をかかえ、少数民族の保護育成に努力している姿は現在なお続いている。

 しかし、チベットの人が「解放」されたとは思っていないことが、今回の事件で世界に発信されたのだ。毛沢東流にいえば「造反有理」である。中国人や現在の政府も、チベットが満州、台湾と違い、また天安門の騒動とも全く違う、ということも承知しているはずだ。

 幸か不幸か、チベットに関しては他国のバックや干渉がほとんどない。また中国政権が目の敵にしているダライ・ラマ十四世も、国境の変更や設定などを要求していない。より高度の自治権を民族として要求しているだけだ。それは、オリンピックを控えた中国としても僥倖なことではないか。

 冒頭に掲げた後者の方法で早急な解決を図らなければならない。そうしたからといって、中国の体制が崩壊するわけでも、威信が傷つくわけでもない。将来に向けてより安定した中国の体勢と度量を世界に示せることになるだろう。ただ残念なのは、日本がアメリカに対するのと同様、隣国に適切な助言・援助を与えられないことである。 
 

|

2008年3月15日 (土)

9条に新しい旗を

 3月7日、「動き出す改憲」と題して、「新憲法制定議員同盟」(中曽根康弘会長)が超党派メンバーの191人に増強、新たに民主党、国民新党幹部を役員に加えたことについて記事を書いた。その中で私は次のように言った。

    下記のような動きがある中で、いわゆる
        「護憲」を標榜する政党は、ポスターを作
       る程度で、9条改訂をどうやって阻止する
       のか、依然として具体的な対策が見あた
        らない。何度もいうが無為無策でいいの
        か。公明党はすでに内部で検討をはじめ
        ているという。

 このエントリーに対し、「護憲+」ブログのくぬぎ林さまから『「新憲法制定議員同盟」の動きに、どう対抗するか』の記事へトラックバックをいただき、いつかはこれに答えなければならないと感じていた。くぬぎ林さまは、こう訴える。

    これに対抗すべき具体案は私にもなか
        なか無いし、政治の現実の中では偽善
        的な美辞麗句(美しい国、国際貢献な
        ど)は有害であるが、ひどい現実、現憲
        法下で軍隊を持つなどということが大威
        張で存在している時、理想、理念を忘れ
        ないこと、日本が憲法で、戦争も軍備も
        拒否していることを忘れないことが大切
        だと思う。

        そして、この理念を現実に屈服させるの
        ではなく、現実を理念に近づけようと努
        力することが、人類の未来のためにも
        必要なのではないだろうか。この意味で
         も品川氏の言うように、このぼろぼろの
        旗竿を護り続けることが肝要なのではな
        いか。

 品川氏とは、経済同友会終身幹事・国際開発センター会長 品川正治氏のことだと思うが、もとより私にはその「ぼろぼろの旗竿」さえ掲げる力がない。わずかにできることは、戦争について考え、ブログで毎日反戦を訴える程度のことである。

 しかし、理念と旗竿だけでタカ派の考える「新憲法制定」を阻止できるだろうか。それができるのは、改憲発議を阻止できる3分の1以上の国会議員だけである。私は、議員の3分の2以上で改憲発議されたら、もはや国民投票でひっくり返すことは絶望的だと考えている。

 それこそ3分の2による発議を錦の御旗に、怒濤のような情報操作・プロパガンダを仕掛けてくるだろう。そうなれば理念も 「ぼろぼろの旗竿」も、まちがいなく蟷螂の斧と化してしまう。その前に確固たる3分の1勢力をどうしても作り上げなければならないのだ。

 その勢力は、総選挙と政界再編だけが作り出す。「断固許すことはできません!」が口癖の政党に頼っているだけでは成し遂げられない。やはり「新しい旗」がないと民意を引きつけられない。その新しい旗を誰が作るのか。

  私はあえて名前は言わないが、議員の中に必ずいると信じている。私たちは、そのかくれた人材を励ますため、意見を交わし言論を高めるべきではないか。幸いにしてアメリカをはじめ、世界の潮流は「戦い」から「和平」に傾きつつある。これをチャンスとみて新しい旗のデザインをみんなで考えようではないか。その準備のために次の3項目を掲げておく。

 ① 日米安全保障条約を一時凍結、これまでの諸協定、ガイドライン、大綱などを根本的に見直す。――こういうことを言っているのは、石原東京都知事だけ。立場は水と油だがほかに誰もいないのが残念。アメリカ新大統領と交渉するには、今から準備を。

 ② 9条の拡張解釈を封じ、自衛隊の専守防衛、災害復旧任務、海外派遣等の「崇高な」任務を規定する憲法の部分改訂を検討する。――ただ「反対」するだけでなく、タカ派新憲法とくらべ、どっちがいいのかという対案が必要。「動き出す改憲」に最低限の私案もある。

 ③ 軍縮主導国家、アジア共同体構想等平和外交方針の確立と表明。――ノルウェーなど欧州各国なみのことができないはずがない。これが最高の安全保障体制であることを主張しよう。 

| | コメント (24) | トラックバック (4)

2008年3月14日 (金)

無惨

4日前のエントリー「鳥害」の続きです。写真からごらんください。

2008_0314 ツグミもこの畑のキャベツが大好きです。いつも集団でやってきます。そのうち一羽がネットに足をからませました。さわいでもはずれません。カラスが2羽やってきてつつきだしはじめました。

 ツグミも数羽上を飛んでいましたがすぐ退散しました。ツグミが動かなくなるとカラスも消えました。最初はカラスが助けにきたようにも見えました。しかし結果はこうです。

2008_03140009  虐殺――カラスを非難する資格が果たして人間にあるでしょうか。
ツグミは渡り鳥です。もうすぐ生まれ故郷のシベリアに帰るはずでした。故郷を再び見ることなく異境の野に散る無念やいかに。

 生態系保護という言葉のむなしさをつくずく感じるひと幕で した。南無 gawk

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年3月13日 (木)

不穏言動調査

内務省警保局不穏言動調査(『近代庶民生活誌』④三一書房より一部抜粋)

★昭和18年9月より19年3月に至る間

○戦争は陛下が勝手にやつてゐるのである。やるなら市民大会でもやつてから始める可きである。勝手にやつたのだから債権を購入する事は出来ぬ(検挙)  (職工 栃木)

○近頃は酒どころじゃない、米もろくに食えぬ様になつたし鍋釜まで売つて戦争をせにやならん様じや日本も負けじや、大体政府のやり方が悪い、無能ばかりじや、天皇陛下は道を歩くにも一人歩きはせず、雨が降つても人に傘をさして貰ふ、こんなものこそ飯を食はんでも良い(検挙)  (労働者 大分)

○こんなに骨を折つて子供を育てゝも大きくなると天皇陛下の子だと言つて持つていかれて仕舞ふものだもの嫌になつて仕舞ふ、子供を育てゝも別に天皇陛下から金を貰ふ訳でないのに大きく育てゝから持つて行くなんてことをするのだもの天皇陛下にだつて罰が当たるよ(検挙)  (無職女 栃木)

○長男を昭和十二年十二月西安にて。次男を昭和十七年五月ソロモン方面にて失ひたる母親、次男戦死の公報に接するや「二児を失ひたるは天皇陛下の為なり」とて畏くも陛下の御肖像及び掛軸を取外し、之を足蹴にす、(検挙)  (戦死者母 秋田)

○詔勅の中に「万邦をして各々其の所を得しめ兆民をして其の堵に安ぜしむ」と天皇陛下は仰せられてゐるに拘らす、支那や米英と戦争する事は無意味であつて巧言麗色となりはせぬか、詔勅には美辞麗句を連ねてあるが世界は相手にしないではないか(検挙)  (会社々長 兵庫)

○道路上に於て新聞紙に謹写掲載しある天皇陛下の御写真を二つ折りとし、之を首に吊し遺骨帰還を模倣する悪戯を為す(検挙)  (国民学校児童 島根)

○名古屋市元新聞記者戦死の公報を受くるや親戚知己、戦死者の友人に宛
    拝啓御無沙汰致し候予て出征中の愚息小尾正事十二月十一日南支広東省沙頭方面に於て所謂名誉の戦死否犬死を致し申候ああ二十四歳の若桜人生の春にも逢す無理に散らされ申候、家庭共は経をあぐる代りに写真を前にして泣いてばかり居り候 今更戦争の大罪悪なることを心より痛感致し候あゝ

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年3月12日 (水)

戦争嗜好政治家

 まず、6日にエントリーした「原理主義」の一部をお読みいただきたい。

    アメリカの石油メジャーズは、昔からサ
    ウジ、イラン、イラクをはじめとする産油
    地帯の国情、民族、宗教などについて
    の深い研究成果を持っていた。したが
    って、イラク進攻がこのような結果をも
    たらす可能性は、アメリカ内部で十分
    予測がついたはずだ。

    にもかかわらず、ブッシュが突っ走った
    のはなぜか。アメリカの支配層に隠然
    たる勢力を保つユダヤ人の存在、ロビ
    イストの活躍がささやかれる。一方、
    キリスト教原理主義、なかんずくプロテ
    スタント福音派で、ユダヤ復興・千年王
    国到来の預言を信ずる一派がブッシュ
    の支持層であり、ブレーンになっている
    という説もある。

    前者のユダヤ人の支持や票を失いたく
    ない、というのはわかるような気がする
    が、原理主義の方はどうであろうか。ブ
    ッシュのとりまきにそういった信者がい
    たにしても、ブッシュ自身が盲信者でな
    いかぎり、予言の解釈で外交をし、戦
    争を始めることなどあるだろうか。中に
    は、そうとでも考えないととても説明が
    つかない、という人もいる。

 次に、今日12日の毎日新聞に、元米国務省職員で03年3月、イラク戦争に抗議して国務省を退職したジョン・ブラウン氏のインタビュー記事が載った。この内容が真正で反論の余地がないものとは思わないが、公式な手続き経て取材に答えたものであるだけに、内部告発の証言資料として検討の価値は十分ある。以下、その一部を引用する。

    ――なぜ米国は戦争へ突き進んだのです
    か。

    ◆ブッシュ大統領自身、国際的なことにほ
    とんど興味を持たず、知識もなかった。ホ
    ワイトハウスの取り巻き連中の関心は常
    に国内問題だった。つまり、共和党政権
    をどうやって維持するかが最大の関心事
    だった。02年11月の中間選挙に勝つた
    めに、取り巻きたちは大統領を強い指導
    者に見せかける必要があった。そのため
    にイラク危機を利用したのだ。

    ――政治家や国民も反対できなかった
    のは?

   ◆米同時多発テロ(01年9月11日)後し
   ばらく、米国民は正常な思考ができなかっ
   た。「フセイン政権は大量破壊兵器を保有
   しており、テロリストに渡すかもしれない」
   と大統領が語ると、反対は難しかった。だ
   が、今では多くの国民が大量破壊兵器保
   有情報がイラク侵攻の口実に利用された
   ことを知っている。

   ――政権は侵攻後のイラク混乱を予想し
   ていなかったのですか。

   ◆政権幹部はこんな結果になるとは全く予
   測していなかったはずだ。簡単に考えてい
   たのだ。中東に関する無知ゆえだ。米元外
   交官のピーター・ガルブレイス氏は著書の
   中で、ブッシュ大統領がイラクにイスラム教
   のシーア派とスンニ派の2宗派があること
   を知らなかったと暴露している。ブッシュ政
   権には外交感覚のある人物は見当たらな
   い。父のブッシュ元大統領も国際感覚に疎
   かったが、ジェームズ・ベーカー元国務長
   官ら外交に強い人物を要所に配した。今の
   政権にはそうした人物もいない。

 これを見て驚かない者がいるだろうか。アメリカ国民や世界各国のことよりも、自らの政治権力維持が最優先で、それがイラク戦争の動機だという。ブッシュは親族が経営する石油会社に就職した経験がある。それでいて中東の事情、さらにはシーア派やスンニ派についての知識すらなかったのだろうか、いかにテキサスのインデペンデント石油会社であろうとも、この程度の勉強もしていなかったのかといぶかられる。

 私たちには、アメリカが世界に冠たる民主主義国家、自由主義国家であるという幻想がある。それがこういう指導者にゆだねられるというのが現実なのだろうか。私はしばらく前から非武装中立の考えを捨てた。それは、全く自衛手段のないおまかせスタイルでは、このような戦争嗜好政治家による格好な餌食にされかねない、ということである。

 それには、過去の朝鮮王朝の事大主義依存失敗といういい教訓がある。「力の空白」状態がパワーポリティックスにとって、格好なえさ場になることも歴史的な事実である。したがって憲法9条は死守するが、自衛隊は存在しなければならないのである。

 たしかに世界の戦争嗜好政治家はこのところ勢いを失っている。しかし油断してはならない。特に大統領といおうが、首相といおうが、将軍様といおうが、世襲2代目、3代目の宰相には、ゆめゆめ注意を怠ってはならないのだ。 
 

| | コメント (2) | トラックバック (5)

2008年3月11日 (火)

謀略と独断専行

 今年は、張作霖爆殺事件からちょうど80年目に当たる。時の総理は田中義一。昭和天皇誕生の直後から2年2カ月余り、張作霖事件処理の甘さから天皇の不興を買い辞職するという、珍しいケースを残した宰相だ。今や、911をはじめとする謀略論議かブログ上を行き交っているが、田中内閣当時はまさに謀略全盛時代といってよく、その後の暗い世相と戦争への道を予告するかのようである。

 張作霖や日本の関東軍(日露戦争以後、中国がロシアに与えていた租借地や鉄道利権を奪い、その防護を目的に派遣されていた)について語ると膨大なものになるので、陰謀の内容と関東軍の思惑のサワリだけ紹介しておくことにしたい。

 なお、文末に当ブロ区前身の「反戦老年委員会」で記事にした<「田中上奏文」の怪>を、謀略多発の例として再録する。また、その中で「張作霖謀殺はソ連諜報機関のしわざ、と主張する人」と書いた部分があるが、それは櫻井よしこ氏のことで、こういった主張は、秦郁彦氏などの反証のせいか最近ほとんど聞かなくなった。

 当時の中国は、国とは名ばかりでちょうどアフガニスタンが地域ごとに軍閥が実権支配しているのをもっとひどくしたような状態で、それぞれの実権者を日、米、英、仏、ソなどがひそかに支援したり買収したりしていた。そのため交戦や権力の移動が絶えず、裏切りも日常茶飯事のことだった。

 満州に地盤を持つ張作霖には日本のてこ入れがあり、一時は北京を支配する勢いを持っていた。しかし、国民東軍の北征の勢いに抗しきれず満州への撤退を覚悟する。その途次、列車爆破事件が起きたのだ。関東軍も張を支持するように見せかけておき、実は当時の市民の反日意識に配慮しはじめていた張を消して、満州を全くの傀儡政権か関東軍の直接支配に移そうとした。

 謀略はこのように進んだ。モルヒネ患者のならずもの2名と王某の3名を100~150円を与え、散髪と入浴をさせてサッパリした服に着替えさせた。移動の途中で王某は逃走した。残る2名に「爆弾を投げる役だ」と告げ、国民政府要人に対する密書を持たせた。現場に着くと両名は日本軍兵士に斬り殺され、かねて用意の爆弾を遺体とともに橋梁下にセットされた。爆薬は某大尉のスイッチで爆発し、張の乗る車両を粉砕した。

 関東軍はシラを切って遭難事実だけを発表したが、あまりにもあまりにも多くの物証を残している。また爆薬も人が投げるにしては大量すぎる。逃亡した王某の証言や実行前に寄った風呂屋の証言もある。そこらは、日頃傍若無人になれている軍人の浅知恵計画だったかも知れない。新聞は、軍に遠慮して「満州某重大事件」と報道したが、関東軍の謀略であることには気づいていた。

 田中首相が天皇に責任者の厳罰を約束していたのにもかかわらず、関東軍の反発をさけ、首謀者の関東軍高級参謀河本大作大佐を退役処分にしただけのあいまいな処分しかできなかった。潔癖な天皇に、「やめたらどうだ」といわれた所以である。そういった軍部の独走はその後も続くが、どこから始まるのだろう。島田俊彦『関東軍』(講談社学術文庫)から引用する。

      元来陸軍には、明治三十三年(一九〇〇
    年)の義和団事件鎮圧を目的とする中国
    出兵のときから、国外出兵の場合は閣議
    での経費支出の承認と、奉勅命令の伝宣
    を必要とするという慣例があった。だが一
    方『陣中要務令』では、日本陸軍は上、軍
    司令官より、下、一兵にいたるまで、独断
    専行、機宜に応ずるための修養訓練が極
    度に要求され、いたずらに命令がくだるの
    を待って機を失するようなものは天皇の統
    率する軍隊の列に加えることができない、
    と教えている。

再録】 
「田中上奏文」の怪

 昭和のはじめ、中国は幾多の軍閥、政治勢力が覇を競い合い、恒常的な内戦状態にあったといっていい。曰く蒋介石、汪兆銘、張作霖、毛沢東、張学良などなど、そしてそれぞれの勢力は時には手を結びあるいは反発しあい、諸外国に援助を求めたりまたは特権の放棄を要求するなど、文字通り「麻のように乱れていた」といえる状態だった。

 その中で、日本は遼東半島と満鉄などを足ががりに「満蒙は日本の生命線」と称してじわじわと勢力範囲を拡張し、居留民保護などの名目で山東省への出兵を3回も繰り返した。当然、中国人民の激しい抵抗や反発を受け、衝突による死傷者の増大は避けることができなかった。

 鉄道爆破による張作霖爆殺事件が起きたのはこういった時期のことである(1928年・昭和3)。また、これが関東軍の謀略であるということも時を経ずしてわかった。時の田中義一首相といえば、この事件の責任追及を完遂できなかったため天皇の不興を買い、内閣総辞職するはめになったことで有名である。

 今回のテーマ「田中上奏文」はこれと関係ない。最近1史料をもとに、張作霖謀殺はソ連諜報機関のしわざ、と主張する人がでてきた。あとで1史料が出てきたからといって、歴史が書き換えられるわけではない。史料の普遍性や幾多の傍証に支えられるものでなければ、創作か怪文書扱いである。

 怪文書とは、ある目的をもって偽造、捏造された文書のことを言う。最近は文書に限らず映像までこれに加わった。怪文書はあくまでも怪文書であり、「歴史」とは無関係である。9.11の爆破自作自演説なるものもあるらしいが、通常ならこれは歴史になり得ない。しかし、世界各国の多くの人がこれを真実と信じるようであれば、その現象の背景にあるものを探索する意味はある。

 「田中上奏文」も、これと似た位置に置かれている。日本では戦前すでにこれが偽作であるということで決着しており、東京裁判でも「にせもの」という判断が下されている。歴史書でも全然触れないか触れてもわずかでしかない。そこでまずその概略を説明しておこう。

 昭和2年4月田中内閣が成立し、6月に外務・陸海軍当局者で構成する東方会議を開催して、対中国強硬策を決めた。その内容を天皇に上奏するためと称する厖大な文書がそれある。これには宮内大臣宛の代奏要請書簡がついているが、元来その任務は内大臣の担当であり、これが偽書説の有力な理由となっている。

 文書の内容は、満蒙政策を中心に21項目2万6千字にわたるもので、もし本物なら異例のボリュームと内容になる。そして問題になったのは、「支那を征服せんと欲せば、先ず満蒙を征せざるべからず。世界を征服せんと欲すれば、必ず先ず支那を征服せざるべからず」という文言があり、その後の日本の行動がほぼその線に沿って進んだことである。

 このような露骨な征服野心丸出しの方針が、天皇を含めて昭和のはじめからあったとすれば、「追い込まれたためやむをえず戦争にまきこまれた」などという口実などスッ飛んでしまう。そして間もなく中国語、英語、ロシア語に訳されたものが出回りはじめ、各国の新聞にも掲載されだした。

 無論、日本の外務省はその存在を否定し、米国などでは偽作であることが次第に理解され始めたが、中国、ロシアでは本物とする向きが多く、仮にそうでないにしても、日本のしかるべきところで作成された指針には違いないという解釈が根強く残っている。

 この文書の作成者や流出ルートなど、いろいろ研究されているが、これにもソ連の諜報機関関与説や中国人商人の暗躍など、怪文書にふさわしいいろいろな情報が交錯している。日本でも、その文脈から、日本人の手になる部分があることを否定しきれないと考えられている。

 張作霖爆殺後、期待?に反して後継者の張学良などが冷静で、反日騒動などの動きに出なかったことを陸軍の中枢が残念がった、という話があるぐらいなので、あるいは軍部の過激派が中国を挑発するために偽作したという線もなきにしもあらずである。陸軍出身の田中でさえ陸軍を抑えきれないという現象は、この時期に始まる。

 いずれにしても、日中両国の研究者にとってこの文書の持つ意味は大きく、今後、両国関係史を検討する中で単なる怪文書として捨てきれないものになると想像される。(参照文献『国境を越える歴史認識』ほか)

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2008年3月10日 (月)

鳥害

  権兵衛が 種まきゃあ2008_03100007
  カラスが  ほじくる

 これは昔の話である。家庭菜園でも、枝豆やとうもろこしを直播すると鳥にほじくられたが、葉物の新芽を荒らすのが最近のはやりである。プロは広大な農地でも、ネットなどを張って防護せざるを得ない。

 それでも、このように網の上から体重を利用して堂々と食いまくる。最近は、カラスの生ゴミ荒らしがなくなったが、まさか、中国産食品の毒物混入を新聞で知り、安全な国産農作物に切り替えたのでは?。家庭菜園でも収穫ゼロの危機にさらされている。

 はげ鷹ファンドの農作物先物投資による相場の高騰にしろ、カラスにしろ、このところ鳥類の貧乏人に対する攻撃が目に余るようになってきた。

2008_03100006

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年3月 8日 (土)

法華経と原理主義

 さきにあげたエントリー「原理主義」で、原理主義(Funtamentalism)の厳密な意味からすると、これをイスラムと結びつけるのは誤りであるとした。同様の理由で、仏教→法華経→日蓮主義と原理主義は、全く縁がない。しかし、戦前の日本において、それらの積極的な解釈で、超国家主義的な右翼思想を生み、またその影響が軍部に及んだ点で類似性がないとはいえない。

 仏教には、キリスト教、イスラム教とは比較にならないほど(約6000といわれる)の教典がある。コーランが、アラビア語の一種類であるのにくらべ、サンスクリット原典、パリー語原典のほかチベット語訳経典、漢訳経典があり、日本は、原始仏教とは異なる中国のオリジナリティーを持った漢訳仏教を、さらに鎌倉時代に日本土着の仏教としてアレンジし、完成させた。

 諸経典のうち、法華経の成立は遅く、それだけ完成度の高いものとされている。日蓮がそこに注目・集中して「南無妙法蓮華経」という、経典への鑚仰を題目とし、信仰の対象とした。その純粋性を高めるためにとった道は、激しい対決主義であり、「不受不施」(他宗の信者から供養を受けない他宗の僧侶の供養はしない)とか「折伏」(しゃくぶく=強い説得)という行動原理を生んだ。

 日蓮主義を特徴づけるのは、彼が書いた「立正安国論」である。この正法を護持しない限り国が滅びるという持論を、元寇を前にした鎌倉幕府に迫って迫害をこうむったことはよく知られている。日蓮に関係する諸宗派が、国または国政にかかわろうとすることは、この故であろうか。

 現在でも、その最右翼をなす信者団体・国柱会から、平和団体と行動を共にする出家団体・日本山妙法寺まで、その理念・行動は対極にあるといっていいほどの幅がある。また、公明党を支持する創価学会の存在もあるがそれには触れず、冒頭に書いたさきの戦争までのかかわりを、国を動かした日蓮信者の中から見ていきたい。

 田中智学(1861-1939)は、「国体宣揚」を第一義に考えた。日清戦争では、天照大神をもって久遠釈尊、つまり釈迦と見なし、邪法の国・清をうち破るべしとした。また、日露戦争から第一次世界大戦にかけても、「王仏一体」を説き、尊皇護国・世界統戒壇の建立を目指すものとして兵士を激励した。また、国柱会の創始者でもある。

 北一機(1883-1937)は、幼少のころから日蓮主義に傾倒していたが、苦学の末明治39年に『国体論及び純正社会主義』を自費出版して高い評価を得た。それは、資本主義、個人主義を否定し、国家を強調するための武力革命も肯定するものであった。

 しかし、天皇より国を上に置くもので(日蓮の国より法を上に置いたのと似ている)すぐ発禁処分となる。その後中国革命に身を捧げたが、日本の中国侵略指向で苦境に立たされ、日本の改造こそ必要であるとの信念のもと『日本改造法案大綱』を起草した。

 これは、アジア連盟・世界連邦を日本が盟主となって実現させる、そのためには日本の強力な国家体制が必要とするもので、その中心に天皇と軍隊をもってきた。それに右翼闘士・青年将校が乗り、ついには二・二六事件連座したとして銃殺刑になる。

 井上日召(1886-1967)は田中智学からの影響や刺激を受けて、右翼革命を推進した。結盟団の盟主となり、日召の感化を受けた青年将校たちが五・一五(昭和7年)事件で犬養毅首相を暗殺、また同年、前蔵相の井上準之助と三井財閥首脳の団琢磨暗殺の黒幕であった。日召のモットーは一人一殺であった。暴力肯定のファシズムは、もう引き返せないところまで来てしまっている。

 石原莞爾は、前年の満州事変で関東軍参謀として立て役者になったが、陸軍大学卒業後田中智学の国柱会に入会していた。かれもまた日蓮の言を通して世界最終戦の到来を予想し、それに備えることに専念した。またその後の世界統一を夢見たことなど、原理主義と一脈通じるものがここにもある。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2008年3月 7日 (金)

動き出す「改憲」

 安倍退陣、福田登場で改憲の動きが遠のいたように見えていたが、啓蟄を過ぎて急に蠢動が始まった。昨年の参院選直後に「護憲派の敗北」というエントリー(当ブログの前身「反戦老年委員会」・本ブログカテゴリ「既著」に再録)を書いたが両院議員数の上では、9条の帰趨が楽観できない状況であることに変化はない。

 下記のような動きがある中で、いわゆる「護憲」を標榜する政党は、ポスターを作る程度で、9条改訂をどうやって阻止するのか、依然として具体的な対策が見あたらない。何度もいうが無為無策でいいのか。公明党はすでに内部で検討をはじめているという。

 これも繰り返しになるがるが、最初に当塾の改憲案を掲げておく。これがあれば「恒久法」制定も自衛隊法改正も、解釈改憲でなく、筋が通せるようになる。以下の記事はカテゴリ「データ・年表」に入れ、随時変更を加えることにする。

●反戦塾憲法改正案
☆日本国憲法 第2章 戦争放棄 第9条に追加
 
③公務員は、法律に定めがある場合をのぞき、武器を携行し、または利用して外国または日本国領土以外の地域で行動してはならない。

●新憲法制定議員同盟
☆2008年3月4日、超党派の国会議員らで作る「新憲法制定議員同盟」は新役員体制を決定した。

☆自民、民主、公明、国民新の各党などから議員191人が参加。

☆昨年11月に4人だった民主党議員は、14人に増えた。

☆【会長】中曽根康弘(元)
 【会長代理】中山太郎(自民・衆院)
 【顧問】衆院=海部俊樹、中川秀直、丹羽雄哉、中川昭一、瓦力、山崎拓、*安倍晋三、*伊吹文明、*谷垣禎一(以上自民)、*鳩山由紀夫(民主)、綿貫民輔、*亀井静香(以上国民新)、参院=青木幹雄(自民)、元職=塩川正十郎、奥野誠亮、森下元晴、上田稔、倉田寛之、関谷勝嗣、片山虎之助、*粟屋敏信、*葉梨信行、谷川和穂
 【副会長】衆院=津島雄二、古賀誠、野田毅、島村宜伸、深谷隆司、与謝野馨、高村正彦、二階俊博、町村信孝、額賀福志郎、大野功統、斉藤斗志二、杉浦正健、森山眞弓、堀内光雄、*臼井日出男、*石原伸晃(以上自民)、*前原誠司(民主)、平沼赳夫、*玉沢徳一郎(以上無所属)、参院=*藤井孝男、*尾辻秀久(以上自民)、*田名部匡省、*渡辺秀央(以上民主)、山東昭子(無所属)、元職=小野清子
 【副会長兼常任幹事】衆院=保岡興治、鳩山邦夫、大島理森、船田元、金子一義(以上自民)、参院=鴻池祥肇、*小泉信也(以上自民)
 【幹事長】愛知和男(自民・衆院)
 【副幹事長兼事務局長】柳本卓治(自民・衆院)
 【副幹事長】中曽根弘文(自民・参院)
 【常任幹事兼事務局次長】衆院=*平沢勝栄(自民)、参院=林芳正、岡田直樹(以上自民)
 【常任幹事】衆院=*松原仁(民主)、*下地幹郎(無所属)、参院=*谷川秀善、*中川義雄(以上自民)、*亀井郁夫(国民新)、元職=飯田忠雄、永野茂門
 【監事】萩山教嚴、木村太郎(以上自民・衆院)
<*は新任>

☆この同盟は、現・憲法改正ではなく、「新憲法制定」としている点に注意が必要。

●憲法審査会
☆国民投票法案に盛られ、衆参両院議員で構成される。
☆まだ開催されたことはない。

●憲法審議会(自民党)
☆08/2/6 憲法審査会開催を促進する意味で、投票権年齢の引き下げなどをめぐって活発な議論を開始。
☆【会長】中山太郎

| | コメント (2) | トラックバック (4)

2008年3月 6日 (木)

原理主義

 「入門編・戦争とは」と題し、「人間はなぜ戦争をするのでしょう」を6回にわけて書いてきた。構想を練った上でのことではなく、ブログを続けながら脳裏に浮かんだこと羅列してみただけである。そして、発想の助けとするため、戦争の原因を「差別」「経済」「拡張」「ナショナリズム」「宗教」に分けてみた。あたまの一字をとるとサ・ケ・カ・ナ・シである。

 言葉としてこなれていないし、学際的でもない。しかしまちがっているとも思えない。以上のうち一番自信がなかったのが、最後の「宗教」である。コメントをいただいた「逝きし世の面影」氏も同じ感想をもらしておられた。

 結論からいうと、現在多くの宗教による紛争があり、それが武力闘争の直接原因のように言われているが、実は違うのではないか、と思い始めたことである。もちろん、個々のケースによって異なり、一概に論じることはできないが、他のもろもろの原因を「宗教」で味付けし、戦意高揚に「宗教的情熱」を利用しているように見えてくるのだ。

 そこで、常套語化している「原理主義」について考えたい。大手マスコミなどで「犯行はイスラム原理主義組織によるものと見られる」などと表現していたがこれは誤用である。最近は「イスラム過激派」に変えているところもあるが、当然であろう。

 「原理主義(Fundamentalism)」とは、キリスト教で、聖書、福音書などの原典に書かれていることを厳格・忠実に信じ、守っていこうという考え方につけられた言葉である。したがってイスラム教にはあてはまらない。イスラム教徒にとって、アラビア語で書かれたコーランが日常を律する唯一の聖典である。

 イスラム圏で最も厳格な解釈を保っているのは、世俗化したイラクやシリアなどでなく、穏健派とされているサウジアラビア王国である。ウサマビンラディンは、サウジの出身だが、コーランに忠実で愚像を拒否するイスラム教徒なら、だれでも原理主義者といえるだろう。

 アメリカのイラク攻撃についていろいろな動機の分析がある。当初の名目、大量破壊兵器の存在は、ブッシュ政権が本当にそう信じていたのかどうか、未だに疑問が残る。また、フセイン独裁政権を倒して民主主義の国へ、というのも、あとでつけたした理不尽なものだし、ビンラディンとのつながりなどは誰も信じていない。

 そうかといって、当初よくいわれていた石油利権ねらいや、ブッシュ・パパが湾岸戦争で果たせなかった敵討ち、という俗説には簡単に乗りかねる。そこで行きつくのが、アフガン攻撃も含め、イスラム国に取り囲まれているイスラエルへの援護射撃である。

 アメリカがとり続けてきた世界戦略は、終始、悪の枢軸・北朝鮮やイランなどの核技術が反イスラエル国に流出することを阻止することだった。旧宗主国で、イスラエル建国のきっかけを作ったイギリスではなく、なぜアメリカがここまでイスラエルの肩を持たなければならないのだろうか。

 アメリカの石油メジャーズは、昔からサウジ、イラン、イラクをはじめとする産油地帯の国情、民族、宗教などについての深い研究成果を持っていた。したがって、イラク進攻がこのような結果をもたらす可能性は、アメリカ内部で十分予測がついたはずだ。

 にもかかわらず、ブッシュが突っ走ったのはなぜか。アメリカの支配層に隠然たる勢力を保つユダヤ人の存在、ロビイストの活躍がささやかれる。一方、キリスト教原理主義、なかんずくプロテスタント福音派で、ユダヤ復興・千年王国到来の預言を信ずる一派がブッシュの支持層であり、ブレーンになっているという説もある。

 前者のユダヤ人の支持や票を失いたくない、というのはわかるような気がするが、原理主義の方はどうであろうか。ブッシュのとりまきにそういった信者がいたにしても、ブッシュ自身が盲信者でないかぎり、予言の解釈で外交をし、戦争を始めることなどあるだろうか。中には、そうとでも考えないととても説明がつかない、という人もいる。

 ブッシュは、中東和平を任期中(来年1月)に実現させると言明した。ライス国務長官も「ここと思えばまたあちら」の東奔西走の活躍ぶりである。しかし、彼女の言動を見ていると、イスラエルの右派・リクードに耳を貸してもパレスチナの選挙で勝利したハマスを非難する態度に変化はない。ブッシュの成功は祈るが、これまでの例にもれず大ぼらの続編にすぎない、と見た方がよさそうだ。

 「逝きし世の面影」氏がおもしろいことを言った。<イスラム教は、キリスト教をバージョンアップしたもので、教義の内容は殆ど同じものです。ウインドウズ95とXPかビスタの違い程度>。なるほど、これは至言だ。95のフローチャートでビスタを書き換えるなど、同じウインドウズの神を信じていても承伏できるわけがない。

 「サラムアレーコン」。イスラム教徒ならどこの国にいっても通用する「こんにちは」で、平和を意味する共通ソフトがそのまま利用できる。それを、進歩をはばむ遅れた古くさい宗教とさげすまされ、服属を強制されれるようなことがあれば、身をなげうっても抵抗する、いわゆる「聖戦」ということになるのだろう。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

2008年3月 5日 (水)

ギョーザと胡主席来日

 以下は、今日報道されたニュースである。

①   中国政府の国家品質監督検査検疫総局
          (CIQ)が2月末から検査を強化し、検疫
         済みの輸出許可証が出ないため、日本へ
         の食品輸出が滞っている。中国製冷凍ギョ
         ーザによる中毒事件の影響と見られ、長期
         化すれば国内産の高騰などを招きそうだ。
         (以上「毎日新聞」)

②   5日開幕する中国の全国人民代表大会(全
         人代=国会)の冒頭、温家宝首相が行う政
         府活動報告の全容が4日、判明した。中国
         製ギョーザ中毒事件などで問題が表面化し
         た「食の安全」対策を強化する方針を示し、
         食品や医薬品などの安全基準達成を目標
    に掲げる。(以上「毎日jp」)

③   中国・胡錦濤国家主席の訪日について日
    本政府が、当初予定されていた4月の「桜
    の咲くころ」よりも遅い5月上旬以降とする
    日程を中国側に打診していたことが4日分
    かった。中国製冷凍ギョーザの薬物中毒事
    件の捜査・公安当局が対立する事態に発
    展したことなどが理由とみられる。
     (以上「毎日新聞」)

④    政府関係者は4日夜、「胡錦涛主席の日
     本訪問は5月の大型連休明けにずれ込む
     可能性もありうる」という見通しを明らかに
     しました。この発言の背景には、来月は日
     本の皇室行事や中国側の政治日程が立
     て込んでいることに加え、中国製の冷凍ギ
     ョーザの事件による影響もあるという指摘
     が出ています。ただ、福田総理大臣は4
     日夜、「胡錦涛主席の訪日の時期は決ま
     っておらず、ギョーザ問題とはかかわりは
     ない」と述べており、両国はあらためて日
     程の調整を急ぐことにしています。
     (以上「NHKオンライン」)

⑤    その背景には、胡主席来日前の決着を目
     指した東シナ海のガス田開発を巡る交渉
     の難航や、ギョーザ中毒事件の捜査をめ
     ぐる日中間の摩擦などで、首脳会談の成
     功をアピールしにくい状況にあることも作
     用しているとの指摘がある。
      (以上「YOMIURIオンライン」)

⑥    日中関係筋によると、中国当局は複数の
     政府系シンクタンクに対し、訪日時期の影
     響についての多角的な検討を指示してい
     るとされ、ギョーザ問題が微妙に影響して
     いるとの見方もある。福田首相は4日夜、
     首相官邸で記者団に「(胡主席訪日と)
     ギョーザの問題とはかかわりはない。ギ
     ョーザ問題はなるべく早く解決するのが
     相互にとっていいことだ」と語った。
     (以上「アサヒ・コム」)

 まず、①②を見ると中国が国をあげて「食の安全」問題に取り組んでいることが分かる。その中で、党の指導、縦割り行政の不能率、官僚支配など、さすがの日本も顔負けするほどの混乱があることがかいま見える。そういった中で、胡錦濤国家主席来日のスケジュール再検討が③以下で報道される。

 ③の毎日新聞には、福田首相のコメントがなく(14新版)、読者がギョーザが主因で、日本側の事情によると受け取られかねない書き方だ。そのほかは「指摘がある」とか「見方もある」という表現だが、誰がそういう見方、指摘をしたのかは明らかにしていない。

 また、「読売」はガス田開発まで持ち出し、ことさら「摩擦」を強調するのはどういう意図だろう。その点「朝日」は、中国のシンクタンクに関する背景説明をしており、唯一の手がかりを提供してくれている。NHKはテレビで福田首相の肉声を伝えている。国民に向けた発言としてその言葉を尊重し信用したいが、真相は訪問の成果を打ち上げかねている外務当局の事情にあるのてはないか。 

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2008年3月 4日 (火)

クラスター年表

クラスター爆弾禁止条約関連年表

●直近のデータは文末にあります。

★(参考)小渕外相(当時)は、アメリカの思惑にかかわらず、「対人地雷禁止条約」に賛成することを決断した。小泉政権、その後を継いだ戦前回帰の傾向がある安倍政権、国内で使用すると国民に被害が及ぶことは避けられない、使わないで地域が占領されるよりは何万倍もまし(田母神俊雄・航空幕僚長)とまで開き直った。

☆1996年の国連人権委員会の決議で、生物・化学兵器のほか大量破壊兵器・無差別殺傷兵器として、劣化ウラン弾、燃料気化爆弾、クラスター爆弾などを指定した。

☆2003年4月17日、防衛庁は1987年度から16年間、数千発148億円分の同爆弾を購入・配備したことを明らかにする。これについて、当時の福田康夫官房長官は「専守防衛に必要であれば、廃棄の必要がない」といい、石破防衛庁長官も「敵の着上陸侵攻に際して侵攻部隊の陣地、戦車等車両の集積所を攻撃し、侵略を阻止するのに有効」と表明。

☆2007年1月6日記事。来月オスロで、同爆弾禁止条約に関する国際条約が開かれ、北欧諸国を中心に25カ国が集まる。ドイツは昨年6月、当面使用を中止(NATO軍として使ったことがある)、10年以内に全廃を検討する意向だが、日本は消極的なため招待もされていない。

☆2月24日記事。23日のオスロ会議の5日前、日本は突如参加を決めた。しかし、参加49カ国中、このオスロ宣言を支持しなかったのは、アメリカの目が気になるポーランド、ルーマニアと日本だけだった。アメリカ、ロシア、中国、イスラエル、インドは最初から参加していない。

☆3月22日記事。英国政府が方針を大きく変え、主要国として初めて同爆弾の一部禁止に踏み出した。該当する爆弾はもともと米国製でライセンス生産されているものだから、米英間ですでに交渉が持たれ、ある了解に達しているのではないかとの憶測あり。

☆5月26日記事。オスロ会議に続き、ペルーのリマで「クラスター爆弾禁止会議」(68カ国参加)が開かれた。日本の代表団は「同盟国との作戦に於ける相互運用性に与える影響を考慮すべきだ」と主張、日米同盟のしばりをはっきり表に出した。反対にカナダは保守政権ながら全面禁止に大きく舵をきった。

☆12月。ウイーン会議 138カ国参加。7日からジュネーブで始まる「特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)」締結国会議で、日本は同爆弾の規制条約づくりに向けて、中国やロシアなど交渉入りに難色を示す国々を2国間協議などにより、説得に当たるという。

☆08年2月18-22日。ニュージーランド・ウェリントン
[ウエリントン宣言の要旨]クラスター爆弾による重大な人道問題の恒久的解決を達成するには、クラスター爆弾の禁止条約を08年中に作る必要がある。①爆弾の使用および生産、輸出入、備蓄の禁止②被害者の社会復帰や不発弾除去等への十分な支援提供を確実にするための枠組み――が必須条件となる。この政治宣言に署名しないと次回からの出席資格がなくなる。 22日、「世論に押されて賛成に回る最悪の外交だけはしたくない」との判断(外務省幹部=2/23「毎日新聞」)で宣言に署名。
 次回、5月、アイルランド・ダブリン。

☆08年3月4日(毎日新聞)
アメリカは昨年12月から、今年1月にかけ英仏独カナダなどNATO加盟国に対し、書簡をもって圧力を加えた。日豪など「オスロ・プロセス」参加同盟国にも伝えられた模様。
    (内容)「米軍の弾薬庫からクラスター爆
    弾を撤去すれば米国や同盟国の兵士の
    生命を危うくする」「この爆弾なしでは、N
    ATOや他のパートナー国の安全を我々
    が保障することは困難になる」「NATO
    加盟国との協力を犯罪とすることを選ぶ
    国とは、対等な仲間として戦えない」他。

☆08年3月5日(毎日新聞)
超党派による衆参22人の議員が4日、クラスター爆弾の規制に向けた議員連盟を今月中に発足させることを決めた。参加議員は50人以上になる見通し。呼びかけ人は猪口邦子衆議院議員(自民東京比例区・いわゆる小泉チルドレン)。

☆08年4月
クラスター爆弾により両手足を失ったセルビア人、ブラニスラン・カペタノビッチさん(42)が、被害の実情と禁止条約早期締結を訴えるため、12日から来日。

☆08年4月25日
「クラスター爆弾禁止推進議員連盟」発足
代表・河野洋平(衆院議長)、事務局長・猪口邦子(衆・民)
発起人・小坂憲次(衆・自)、山口壮(衆・民)、山内徳信(参・社)、笠井亮(衆・共)
参加者・太田昭宏(衆・公代表)など40名

☆08年5月23日
アイルランド・タブリン会議
・民主党・公明党の姿勢と福田首相の反応
 (08/6/14「毎日」)
 首相は「日本政府としてもう一歩、踏み込んだ対応が必要だ」と改めて前向きな考えを口にした。と同時にこの時、思わず本音を漏らした。「英国も態度を変えたし、こういう流れになっているんでしょうねえ」(英国の先行に対し)福田首相は頓着せず、むしろ無理なく乗れる流れができてきて安堵したようだった。

☆08年5月30日
・日本政府、ほぼ全面禁止に同意、賛成は111カ国。署名式は12月3日、於オスロ。批准30カ国で発効。

☆08年11月21日
・2008年11月 <クラスター爆弾>「最新型」も導入せず、という政府方針を、毎日新聞は21日付夕刊のトップにかかげた。それによると、現有同型爆弾を全廃したうえで、欧州諸国が維持する「最新型」のクラスター爆弾も今後、導入しない方針を固めたという。

☆09年6月10日
・参院、衆院に次いでクラスター禁止条約批准を可決。主要国ではドイツに次いで2番目。

☆10年8月1日 クラスター爆弾禁止条約(オスロ条約)発効。市民主導の軍縮条約が発効するのは、対人地雷禁止条約(オタワ条約)に続き2度目で11年ぶり。

☆11年11月25日 米、ロ、中が禁止条約を緩和(不発率を1%未満にする)条約案を画策したが賛成国がすくなく断念。

◆7月30日現在、107カ国が署名、37カ国が批准。発効後は同爆弾の使用、開発、生産、取得、貯蔵、移譲(輸出)が禁止されるほか、これらの活動への援助、奨励も禁止される(日本では三井住友・三菱UFJ銀行が関係企業への融資を停止する)。

◆貯蔵するクラスター弾の総数、廃棄の状況などは毎年、国連事務総長に報告する義務を負う。NGOによると、同弾は米英仏露など15カ国が使用、米英仏露独中など34カ国が生産、85カ国が数十億発を保有している。アメリカは、条約に参加しない方針。

 日本は、自衛隊筋が、日米共同作戦に支障があるとか、憲法上海外では使えない同弾を「日本に上陸した敵軍を住民を避難させた上で使う」などという、滑稽な論理を立て条約参加を妨害し続けた。当初は準備会議への参加を、模様をさぐるためなどとしたかかわり方から、一転方向転換をはかって署名参加を決めたのが、福田康夫元総理だ。その前に公明党の浜四津代表代行も条約参加を首相に陳情した。

 防衛省は、いまだに日本の保有総数を公表していない。理由は「防衛能力が明らかになる」(毎日新聞7/31)からだという。条約に加盟、発効したからには国連に報告義務が生じ、使用も禁止されたわけだから、全くナンセンスだ。

 鳩山変節や菅迷走を見ていると、新しい日米同盟の構築とか軍縮・外交など、官僚に遠慮がある民主党より自民ハト派と公明党コンビの方がうまくいきそうだ。現実主義を標榜する菅首相は、よほどしっかりした外交・防衛方針を立てないと、「短命政権やむなし」ということになるかも知れない。

・クラスター爆弾禁止条約案 
事実上、即時全面禁止する内容で、使用、開発、製造、入手、貯蔵、保有、移転を禁じ、在庫分も条約発効後8年以内の廃棄を規定する。不発弾処理を10年以内に終えるほか、使用国は被害国での不発弾処理への技術・財政協力が求められる。また被害者に医療・リハビリを提供し、社会復帰を支援する。違反行為への刑事罰を含め、国内措置をとる。
一方、非加盟国との軍事作戦を認める「共同作戦」条項を新設。最新型の一部は禁止対象外とした。

防衛省は不満 (08/6/14「毎日」)
「オスロ・プロセス」が始まったのは07年2月のオスロ会議。当時の安倍政権の首相官邸では、ほとんど話題にならなかった。中国、ロシア、韓国、北朝鮮など日本の周辺国が参加していないことに気がついた小池百合子首相補佐官(安全保障担当)は「なぜ日本が参加しなくっちゃいけないの」と問いただしたが、外務省の回答は、「情報収集のため」というものだった。

(中略)クラスター爆弾は、敵国軍隊が海岸などに上陸した際、広い面積を一気に攻撃し制圧するための武器で、「他の爆弾では代替できない」と言われてきた。戦術を制約される防衛省は、「冷戦型の安全保障環境が残る東北アジアと欧州などの環境はあまりにも違う」(幹部)と、会議に参加したこと自体間違いだったと不満だ。

(中略)そもそも「陸上侵攻」への対処が必要なのか、専守防衛の根本から議論が求められそうだ。【古本陽荘】

●関連エントリー

http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_7ded.html
クラスターと民主党2
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_13ee.html
クラスターと民主党
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_e0c0.html
軍縮立国へ
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-49f6.html
やればできる<クラスター爆弾>
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_694a.html
公明党の存在
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_edff.html
福田首相を支持する
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_971b.html
自主外交いずこ
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_9b50.html
日本、クラスター禁止に変身?

| | コメント (4) | トラックバック (4)

2008年3月 3日 (月)

段のある街

 2008_03030001 桃の節句、ひな祭りである。当家伝来の段飾りひな人形は、孫娘宅へ遷座ましました。よって陶器製、白髪の内裏雛が玄関下駄箱の上で相つとめる。

 バリアフリー全盛。街はエスカレーターやエレベーターにあふれ、街の段だんはとって変わられた。テレビを見ていると、このところ階段を利用して何千体かの古ひなを飾るのがはやっているようだ。

 階段のある風景は、長崎ならずとも懐かしく詩情をさそう。そこでひな壇が消えたかわりに、近傍の階段のある風景を撮っておくことにした。

2008_03030008 2008_03030004

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年3月 2日 (日)

入門編・戦争とは13

 「人間はなぜ戦争をするのでしょう」は、「差別」「経済」「拡張」「ナショナリズム」と続き、最後は、サ・ケ・カ・ナ・シのシ、「宗教」です。宗教はこれまでの話とすこし違います。というのは、昔からよく「宗教戦争」という言葉をつかいますが、どうも定義がはっきりしないからです。

 『広辞苑』には、「宗教上の衝突に起因する戦争。特にヨーロッパにおいて宗教改革後、旧教徒と新教徒との間に行われ、政治的・経済的利害ともからんだ激しい戦争」とあります。それ以前のイスラム教徒による北アフリカ、イベリア半島への進攻や十字軍の遠征も宗教が前面に出た戦争だと思います。

 こういった中世までの例を見ても、宗教上の違いが直接原因なのか、これまでお話ししてきた「差別」「経済」「拡張」などから生ずるトラブルを、宗教の名で戦争にしたのか、突っ込むとわからなくなります。現在でも、パレスチナ、スリランカ、ボスニア、キプロスなどでは厳しい宗教対立があり、紛争の火種になっています。

 中国のチベット、ロシアのチェチェンなどにも宗教問題があります。しかしそういった摩擦が直ちに戦争に結びつくとは限りません。異宗教の人が混在して長いあいた平和に暮らしている例はいくらでもあります。紛争が起きるのは、他の複雑な要素がからんでお互いの憎しみに転化するからでしょう。

 現在は、古典的な宗教の違いというより、「宗教的情熱」に基づく攻撃意欲の昂進といった動機に注目すべきです。「神は偉大なり」と叫んで目標に突っこむ自爆テロも、「天皇陛下万歳」の特攻精神も、宗教的情熱には違いありません。

 宗教を思想、信条という面まで広げると、尊皇攘夷、フランス革命しかり、共産主義、自由主義、民主主義であっても「宗教的情熱」あるいは、偏狭な「原理主義」が入り込むことで、現代の「宗教戦争」となるということを心得ておくべきです。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »