紀元節と天皇
今日は「建国記念日」だという。私は昔の紀元節という呼び方の方が好きだ。もちろん、どちらさんかのように戦前の日本に帰れ!、などというケチな考えはもうとうない。神話時代の神武天皇即位の日を、むりやり2668年前の今日だ、と決めた人がいて、そういう大昔のことを考えてみる日でもいいのではないかという程度だ。
「建国記念日」はよくない。どこの国でも「独立記念日」とか「国慶節」とか「建国記念日」があり、それと混同する恐れがある。だが、2600年も前などという国は世界中に日本しかない(もしかすると北朝鮮にはあるかも知れないがまだ調べてない)。
そもそも、中国やメソポタミアのような文明発祥の地以外には、当時「国」という概念そのものがなかったのだ。日本で「国家」といえるのはせいぜい聖徳太子の頃から、と思えばいい。日本の「建国記念日」というのは、明らかに「にせ表示」にあたる。
とはいったものの、「にせ」ではなく、正真正銘「真実だ」と信じている方がおいでのようだ。皇室典範改訂問題で、跡継ぎを男子、男系死守などといきまく「有識者」の周辺にはそんな方もいるのではないか。
実は、日本の天皇制の将来を危うくするのは、そういった人達ではないか、と最近思うようになってきた。神武即位はともかく、「万世一系」を信じて疑わない系統の人々である。これをなくすると、日本帝国憲法、教育勅語など、彼らが信奉する路線が根底から崩れることを恐れているからのようだ。
歴史研究や考古学の発展等で、かつての皇国史観が存続する余地は少なくなっている。また、若い人は皇室に関心があってもせいぜいゴシップを追う以上のものがない。戦後になってからは、なぜか美濃部達吉博士の「天皇機関説」のような本格的な天皇論がない。
昭和天皇の「戦争責任論」はあるが、新憲法制定当時にはあった「象徴解釈論」や天皇、皇室の機能、役割、将来の展望などについてのベースになる議論が全くないのだ。このままでは、敗戦当時混乱防止に機能した「国民統合の象徴」も、やがては「天皇なんて本当に必要なの?」ということになってしまうだろう。
天皇に対するタブーはたしかにこれまであった。しかし、自称「憂国の士」のアナクロニズムや、進歩的文化人の天皇アレルギーがぶつかるだけでは、なにひとついい方に向いていかない。天皇制護持を真剣に考えるなら、皇嗣問題の現実的処理や、なにが「日本国民の総意」で、天皇の役割は何かをいますぐにでも議論する必要があるだろう。
関連する私見
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_7131.html
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_1777.html
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コメント
何か『日本書紀』の神話から”この日”を割り出したようですね・・・。初代~16代くらいまでの昔の天皇は(医学も十分に発達していない何千年も前・・・、しかも先進的な文明があったとも思えないにも関わらず・・・)、平均年齢100歳以上、全員が80歳以上生きたことになっているのですから、本当に【神様
】ですな・・・・・。
こんな日が「建国記念」の日と、”偶然”重なっていることには、驚かされます・・・★
投稿: 棘入り《妄言録》! | 2008年2月11日 (月) 23時11分
はい、こんにちは。
当時まだ暦もない。あとで中国から伝来した太陰暦を参考にしてでっちあけたみのを、明治政府は便宜上太陽暦にしてしまった。
本当に本当なら、旧暦でお祝いしなければ。 そんな決め方だから、他国のような盛り上がりもないんですね。
投稿: ましま | 2008年2月12日 (火) 09時22分