« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月

2008年2月29日 (金)

石破大臣の後任?

 一昨日の26日、「あたご事件と2.26」というエントリーを上げた。今日、午前、午後と衆議院予算委員会で防衛省関連の集中審議がこなわれたあと、与党だけの賛成多数で来年度予算を可決した。記事を書いたこともあり関心があったので、生まれてはじめて、1日中継放送につきあってしまった。

 その批評・解説とまではいかないが、印象を報告したい。その中で一番聞き応えのあったのは、午前中の自民党浜田靖一氏の質問である。通常、与党の質問はなれ合いで味気がないものだ。しかし、本ブログが指摘した問題点を、言葉は違うが本質的なものとして取り上げたのは浜田氏だけであった。

 その要旨は、一口で言うと法制や組織に致命的欠陥を放置したままでは解決しないという主張である。その点は石破大臣にも共通認識がある。まず、ここ数年の間に自衛隊の環境が大きく変化したということ、それは、インド洋など国外の活動がふえたこと、ハイテク技術の高度化、急速な採用の2点をあげる。

 重い規律を背負いそういった努力を払う隊員に与えられるのは、ただ「栄誉」につきる。そういった「栄誉」を持つ「軍」に警察が入って捜査するというのは、異常なことで世界でも例がない。「普通の国」なら、軍事法廷を開き軍法会議で短期間に結論を得る。一般と同じやり方ではとても戦争などできないという。

 さらに、制服組・背広組、内局と軍令・軍政のありかたなどの矛盾内在なども取り上げられた。どうすれば、いろいろ起きた自衛隊の不祥事が改善できるかへの議論である。石破大臣は、制服組・背広組の一本化などを含め彼自身の考えは持っている、と答えていた。

 また、同時に単に「普通の国」を指向することは考えていないようにもとれたが、自民党の過半は、憲法の改正による「普通の国」に向いていると見ていい。また、石破氏は軍事問題に精通しているだけに、かつて日本軍が犯した統帥権乱用に対する警戒や文民支配の重要性を強く認識しているようだ。

 これが、かつての安倍とりまき和製ネオコンなどの手に落ちることを考えると、ゾーッとする。戦前まっしぐらになりかねない。「石破さん、やめないで~」といいたくなる所以である。午後からは、民主党の軍事おたく前原誠司氏の出番である。 

 彼も現場の話になると調子があがって、石破氏と以心伝心をひけらかすような場面も見えたが、組織改革などに対するつっこんだ意見は聞かれなかった。防衛相に、この人の方がいいとはとても思えない。共産党、社民党はもっぱら新味のない情報操作、食言、偽装、隠蔽などの追求だけで終始した。

 ところで辻元清美先生、石破大臣がやめたあと、防衛相に誰を推薦します?。とても無理だろうとは思うが、社・共は「自衛隊は日本国憲法のもと、他国で戦争をしない専守防衛に徹した栄誉をになって任務に精励してください」「そのためには、日米同盟を構築しなおしてください」と、どうしていえないのだろうか。

| | コメント (6) | トラックバック (3)

2008年2月28日 (木)

石油の値段

 一昨日、桟敷席の「狸便乱亭」tani師匠から「灯油の値段がスコーシさがりましたね」というお声がかかった。今日の新聞をみると、「ニューヨーク原油初の102ドル台」、「石油元売りガソリン卸値3円値上げ」などの見出しが踊る。

 当地では10何年ほど前から、小型ローリーにスピーカーをつけて灯油の巡回販売をする、業界用語でいう「曳き売り」が盛んになった。これも数日前のことだが、売値についてこれまで聞いたことのないような異変が起きていることを聞いた。

 ○曜日に回るA業者と△曜日に回るB業者の間で18㍑当たり200円近くの差がでたのである。これまでは先行する業者があっても次の週にはピッタリ一致していた。巡回日、地域の厳守などを含め、価格についても当然談合ないしはプライスリーダーがあるものと理解していた。

 価格の差についてB業者にただすと「Aは××の構成員で、灯油になにがまじっているかわかったものじゃない」といったという。これは、同業者として穏やかならぬ業務妨害で、よほどの事情があるに違いない。業者によって仕入れ価格が異なるのは当然だが、それほどの差がつくものではない。

 ガソリンは多額の税金が含まれており、流通上のチェックもあって値段に差が出てくることはすくない。そして製造年月日と消費年月日の差はわずかである。ところが灯油は冬場にだけ生産するというわけにいかないので、消費の減る春さきから備蓄し積み上げたものを販売する。

 その備蓄は元売りが中心だが、備蓄タンクを持つ業者が行うこともある。夏場などもっとも安い時期や、過剰在庫の投げ売りなどを拾って最盛期に高く売ればもうかる。つまり、一種の投機的商売ができる。一方、ガソリンの方は利が薄く、最近は廃業するスタンドが増えている。

 それでも、これまでそんな差がでてこなかったのに変化のきざしを見せているのは、現物を手にしなくても投機で大もうけする機会が増えたかではないか。それは、日本にもある原油や灯油の先物取引である。それで利益をあげれば小売りのわずかなマージンなどを気にしなくともいい。

 以上は全く私の想像である。石油の価格ほど不可解なものはない。地価ゼロの砂漠で原油が自噴すれば、原価はなきに等しい。したがって昔の原油価格は運賃の差で決まった。その後、7大石油メジャーズが価格の支配権をにぎり、次いで産油国の自立が高まってOPECに主導権がわたった。

 さらに3転して、アメリカの先物相場に集まった投機資金が、現物需給に関係なく世界を支配している。しかし、ドルの価値はサブプライム問題などで下降が続いている。武力、金融の一極支配、このさきはどうなるのだろう。専門家ではない私にはわからない。 

| | コメント (3) | トラックバック (2)

2008年2月27日 (水)

大馬鹿外交

     西洋人の気長いのには、実に感心です。
    伊藤サンの外交のように、成功か、不成功
    がじきに分かるのは、あまり感心しない。
    李鴻章の今度の処置などは巧なのか、馬
    鹿なのか、少しもその結果の分からないの
    には、大いに驚いています。大馬鹿でなけ
    れば、大変、上手(うわて)なのでしょう。こ
    れまでの長い経験では、たいてい、日本人
    の目に大馬鹿と見えるのがエライようです。

 以上、『新訂・海舟座談』岩波新書より。明治28年日清戦争が終わり、下関に清の全権大使李鴻章を迎え、日本側、伊藤博文・陸奥宗光との間で講和の談判が行われた。勝海舟のいう長い経験とは、幕末江戸城明け渡しなどを含めた回想であろう。

  李鴻章は、70歳をこえており清王朝の懐刀として知られた有能な政治家である。下関滞在中に壮士からピストルで狙撃され軽傷を負うという事件があった。日本側はこれに狼狽し、当初提示した過酷な条件を緩和するなどの経緯もあった。

 調印された下関条約
一、朝鮮が完全な独立国であることを確認すること。
一、清国は日本に遼東半島と台湾および澎湖島を割譲すること。
一、償金二億両(テール)を七カ年間に支払うこと。
一、清国は欧州諸国とのあいだに存在する条約と同様の日清条約を締結すること。
  また、
  ①新たに沙市・重慶・蘇州。杭州を開港すること。
  ②揚子江の航行権を日本に与えること。
  ③日本国民は清国において各種の製造業に従事できること。

 このうち、遼東半島の割譲は、ロシア、ドイツ、フランスの干渉によって権利放棄させられた。
 
 福田外交で大馬鹿と見えるような外交ができるかどうか。韓国大統領就任式から帰ったあと、日米中韓をめぐりどう立ち回るのか、洞爺湖サミットまでの延命がみえてきて、国際問題でどれだけの力量がふるえるのか。これからのお手並み拝見ということになる。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年2月26日 (火)

あたご事件と2.26

 昨日ゴーストップ事件をとりあげ、「その後の軍専横を許すきっかけを作った」という結末を書いた。昭和11年(1936)の今日は、2.26事件の起きた日である。結果として軍の横暴をより決定的なものにしたのがこの事件であったことも、定説化している。

 本記事の前に、おわびしておきたいことがある。昨日の記事で、自衛隊員のプライド問題をとりあげたことなどて「怒りの主婦」さまから、「あたご乗員などの傲慢は決して許せない」という趣旨のコメントをいただいた。

 プライドを保つために免責すべき、などとは一言も書いていないが、憲法と日米同盟の「ねじれ」を追求するのに急で、そのように取られかねない文章となったことをお詫びし、この記事をもって訂正しておきたい。

 2.26事件を総括してみよう。
①反乱軍を指揮した青年将校は、周到な準備と真崎前教育総監など一部の軍幹部の支持を得て、君側の奸をのぞき国体を護持する、という趣旨をかかげて決起した。
②報告を受けた陸軍大臣の告示も、趣旨には賛成で天皇に伝えた、という日和見な態度だった。
③天皇は、その行為に怒り、自分が指揮してでも鎮圧するという態度を示した。軍幹部も不法行為と認め懐柔した。
④軍法会議で、実行部隊指揮者の尉官クラス17名と右翼2名に死刑にし、首謀者といってもいい真崎は無罪になった。
⑤その後、軍部は事件の責任を政財界に押しつけるような態度に終始して反省がなく、またマスコミ、国民の中にも青年将校に対する同情があり、軍を正面から糾弾する勇気に欠けた。

 いかに純真で、憂国の情があろうとも、法を犯したり自分たちの判断で「暴力装置」を勝手に使うことは許されない。どんな些細なことでも厳罰に処すべきである。なぜならば、先の大戦までの軍の勝手な行動のつみかさねを不問に付したことが、日本を滅亡の危機におとしいれた元凶だからである。

 あたご自衛官の傲慢な行動、守屋前次官の汚職、秘密漏洩、文書破棄、それに佐藤元イラク派遣隊長の違法発言、そういった一連の現象は、文民支配の原則軽視、さらに憲法擁護義務の軽視にもつながってくる。自衛隊員のプライドは、それらに裏打ちされたものでなければならない。

 こういった現象を生み出した根本原因が、安倍内閣までの思慮を欠いた右傾化、そして憲法の軽視にあるといってもいいだろう。決して石破大臣ひとりの首で解決する問題ではない。

| | コメント (2) | トラックバック (3)

2008年2月25日 (月)

ゴーストップ事件

 海上自衛隊イージス艦あたごが漁船と衝突した事件について、海上保安庁の捜査が進み、自衛隊側の無責任体勢が徐々に明らかになりつつある。これも、どうやら相次ぐ自衛隊の不祥事と似たような経緯をたどることになるだろう。

 ある自衛官OBは、某軍事雑誌の中で守屋前防衛次官を「心根の卑しい」などと、口をきわめて非難を繰り返し、制服自衛官の持って行き所のない無念さを誌面にぶつけていた。そして、制服組とか背広組といった組織上の不統一、文民統制のルール欠如、政治家や国民、マスコミの無理解や誤解など、根元的な問題があることを訴えていた。

 要は、傷つけられたプライドをどう立て直すか、ということにつきる。そこに今回の海上衝突事故が逐一報道され、戦前にあった「ゴーストップ事件」を思い起こした。天木直人さんのブログに、この事件を知らなかったと書いてあったのを思い出したので、改めて簡単に紹介しておく。

 1933年(昭和8)6月、日本が国際連盟を脱退した年である。大阪市の繁華街、天六交差点で休暇中の陸軍一等兵が、赤信号を無視して横断したのを、交通整理中の巡査がとがめたところ、「軍人は警官の命令には従わない」と抵抗した。

 いわゆる公務執行妨害のようなことがあったのだろう。交番で取っ組み合いのけんかになり、双方とも軽いけがを負った。その場はおさめたものの、憲兵隊が「公衆の面前で制服の帝国軍人を侮辱したのは許せない」として警察署長に抗議した。

 なお、検索した資料の中に「天皇の赤子(せきし)である皇軍」とあったがこれは誤りである。「陛下の軍人」とはいったかも知れないが、赤子とは朝鮮人、台湾人を含む天皇の恩徳の及ぶものすべて、すなわち国民を指すことばである。

 このトラブルが師団長と大阪府知事、軍部と内務省にエスカレートし、ついには天皇の耳にまで達した。結局天皇の意向を受けて兵庫県知事が間に立ち、双方がわびる形で納めたが、この事件は、皇軍は天皇の命を受けて動く(直隷)存在であることを印象づけるのに役立ち、その後の軍専横を許すきっかけを作ったとされる。

 ひるがえって、今回の事件である。陸と海の違いはあっても、交通違反事件には違いない。軍艦は海上保安庁に身柄拘束され、取調を受けて証拠書類も押収されている。中には、いざという場合防衛大臣の指揮下に入る国土交通省の外局に過ぎない海上保安庁に、なんで取調を受けなければならないのだ、という気持ちを持つ者がいてもおかしくない。やはり、命がけで国を守っている、というプライドが先行しているからだ。

 また、それとは別に自衛隊には警務隊、警務官というものがある。つまり昔の憲兵である。なにがどう機能するのか、それぞれの組織・権限は一般国民にわかりづらい。いや、一般国民でなくとも、政治家がこれらをしっかり把握しコントロールできていたら、こんな事件は起きなかっただろう。

 前述のOB氏の慨嘆、指摘も概ね理解できる。軍政、軍令の未分化を問題視し、「自衛隊は建軍の精神に立ち返らなければならない」ともいっている。おっと、ちょっと待って欲しい。軍、軍と、いつから自衛隊が「軍」になったのだ。

 しかし、これは無理もない。米軍と緊密な連絡をとりあい、米軍のマニュアルに従って共同訓練をすればどうしも「気持ちは軍」になってしまうのだろう。彼らにとっては、陸海空軍であることにいささかの疑問も感じてない。従って、実情に合わない憲法は変えるべきだになってしまうのだ。

 しかし、国民は賛成していない。こういった「ねじれ現象」が彼らをいらだたせ、また軍紀に影響し、目的意識を狂わせているのではないか。すべての「ねじれ現象」は、憲法と日米安保運用の「ねじれ」から発生している。占領、朝鮮戦争、冷戦、中東など、世界情勢の変化の度に安保の運用をねじまげてきたた現況を一度ほぐさなければならない。

 そして、世界情勢の変化、将来の安全保障のありかたなどを再検討し、国民のコンセンサスを得て自衛隊員が誇りを持てるような制度への再構築をすべきだ。この点、すべての与野党が任務をさぼっているような気がする。テロ新法を恒久法に切り替えるなど、ねじれを増幅するようなことはすべきではない。

 政界再編に意義があるとすれば、これに正面から取り組む政党が誕生するかどうかにかかってくる。過去のゴーストップ事件は、こんなことろまで思いをいたすきっかけを作ってくれている。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2008年2月22日 (金)

大使館襲撃

      【ベオグラード22日共同】セルビアの首
         都ベオグラード中心部の議会前で21日夕
    (日本時間22日未明)、同国コソボ自治州
    の独立宣言に反対する集会が開かれ、地
    元警察の推計によると約30万人が参加し
    た。約1000人の群衆が暴徒化し、独立を
    支持する米国とクロアチアの大使館に乱
    入、放火した。

    米大使館内で身元不明の1人の焼死体
    が見つかったが、大使館側は大使館員
    ではないと話している。地元メディアによ
    ると、一連の混乱で警官や市民ら計約
    150人が負傷した。

    バーンズ国務次官がセルビアのコシュト
    ニツァ首相らに電話で抗議した。ハリル
    ザド米国連大使は、国連安全保障理事
    会に非難声明採択を要請すると述べた。
    (NIKKEI NET 09:26)

 やっぱりきた。当ブログがもっとも心配していたことが起きた。コソボ独立はアメリカとEUの大国が支持している。コソボ問題については、昨年末からたびたび世界の最も危険な地雷原としてとりあげてきた。

 コソボの住民のうち、セルビア人はわずかに6%、大部分はアルバニア系イスラム教徒だ。旧ユーゴスラビアのうち、最後に残されたこの地域の独立要望に反対する理由がない、そなのになぜアメリカ人だけが憎まれなければならないのだろ、というのがアメリカ人の気持ちだろう。

 また、大使館の占拠放火というのは、世界の警察官を自認するアメリカにとって、威信をそこねる許し難い行為である。イランの学生による大使館占拠が、いまだに反イラン感情として続いていることをみてもわかる。

 こういうことにだまっていると「腰抜け」とされる国だ。また、セルビア人にとってヨーロッパの大国も決して快く思われていない。アメリカの差し金があるにせよNATO軍としてボスニア紛争での空爆に参加、多くの市民を犠牲にしたからだ。

 アメリカがきらわれるのは、世界一強く、世界一お金持ちだからだ。その上、遠く離れた小国に手をつっこみひっかき回す。頼みもしないのに国の指導者を極悪人、独裁者に仕立て上げて「罰」を加えないと気が済まない。そのうえ自由と民主主義の押し売りで混乱に輪をかける。

 アメリカは好きな国だ。そうではないといいたいが、事実は否定しようがないではないか。ヨーロッパの火薬庫といわれるバルカンである。今度こそ日本は、アメリカのしりうまに乗ってはいけない。仲介は無理だろうがせめて中立的立場は堅持して欲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2008年2月21日 (木)

葛飾土産

 ご存じ、永井荷風の小品である。晩年、浅草・向島を遍歴する荷風の住まいは、江戸川東岸の市川にあった。このあたりの都会離れした日本風の自然環境も、また荷風をひきつけてやまないものだった。
 
 「去年の春、わたくしはもの買いに出た道すがら、偶然茅葺き屋根の軒端に梅の花の咲いているのを見て、覚えず立ちどまり、花のみならず枝や幹の形をも眺めやったのである」
 (中略)
 「わたくしは梅花を見る時、林をなした広い眺めよりも、むしろ農家の井戸や垣のほとりに、他の樹木の間から一株二株はなればなれに立っている樹の姿と、その花の点点として咲きかけたのを喜ぶのである。いわゆる竹外の一枝斜めなる姿を喜び見るのである」

 2008_02210001 西高東低の気圧配置がゆるんだ浅春の日差しにさそわれ、そんな梅をさがしに出てみた。荷風のいうように、「近年市街と化した多摩川沿岸、荒川沿岸の光景」とは、まだここは差がある。最近ニュース種となった鉄筋不足の超高層ビルを含む駅前の2棟がいやに目立つぐらいである。

 茅葺き屋根の農家も10数年前は4、5軒見た気がするが殆ど代がかわり、分譲、戸建てなどの敷地となった。たった1軒、老婆が頑として処分を許さないという茅屋があるが、見るも無惨な姿(上)である。もはや鑑賞には絶えられない。

 荷風の見た農家の梅に似た樹は、たまに見かける。しかし今様の洋風白壁と庭いっぱいの駐車スペースでは絵にならない。ようやく校舎以外は荷風の頃と変わっていないはずの小学校校庭に1枝を見た。少子化のせいか、やや小人数の低学年生が1クラス体操をしていた。
2008_02210005

| | コメント (4) | トラックバック (3)

2008年2月20日 (水)

入門編・戦争とは12

 「人間はなぜ戦争をするのでしょうか」も5回目になりました。これまで「差別」「経済」「拡張」と話を進めてきましたが、サ・ケ・カ・ナ・シの次はナ、ナショナリズムです。最後にシの宗教が残りますがほとんどここまでで言いつくされると思います。

 ナショナリズムを『広辞苑』でひくと、こうあります。
     民族国家の統一・独立・発展を推し進め
        ることを協調する思想または運動。民族主
        義・国家主義・国民主義・国粋主義などと
        訳され、種々ニュアンスが異なる。

 これからすると、アメリカ国民には多くの民族が含まれていて「ナショナリズム」があてはまらないようですが、それであるからこそ、かえって国家の統一・独立・発展を国民の共通目標として協調しなければならないという面があります。

 独立時の13州をすじ(条)、現在の50州を星で表す国旗・星条旗は、まさにアメリカの多様性と統一の象徴でもあります。ブッシュ大統領がアフガン、イラクへの進攻にあたり、盛んに「正義」「邪悪」「敵につくか味方につくか」といった言葉を乱発し、戦意高揚をはかったのはナショナリズムそのものといえましょう。

 戦争をするには、どうしても国民の強い支持がなければなりません。反戦与論や厭戦気分のもとではとても勝利を望めません。それでは、このナショナリズムをかき立てるため、誰がなにをするのでしょう。戦前の日本では、軍部と右翼が互いに利用しあい、最後は政治家、マスコミまでこの勢いに乗って、「天皇制ファシズム」のような体制をつくりだしてしまいました。

 すこし言葉がむつかしくなりましたが、だれにも反対が言いだせないような社会、協力しないものは「非国民」としてつまはじきされる社会です。ドイツのヒトラーは若い頃から野心家でした。ユダヤ人を憎くしむことで国民の不満をそらし、戦争の体勢をきずくことに全力をあげました。

 今の日本でも、中国の軍事的脅威や北朝鮮のミサイルなどをあげて日米同盟強化とか、核の傘が必要という議論をする人がいます。そして台湾海峡こそ次の主戦場と考えます。台湾領で中国大陸からわずか2㎞のところに金門島という島があるのをご存じでしょうか。

 ここには、かつて10万人の台湾兵が守備隊として駐留していましたが、今は5000人しかいません。そして「小三通」といって、本土と島の間の交通、通商、通信制限を大幅に緩和しています。それで大いに双方の利益が増し、今後台湾本島にも中国からの投資を増大することが課題となっています。

 一方台湾の陳水扁総統は、国連加盟の国民投票を計画するなど台湾独立派として知られています。ところが、立法員選挙では野党が勝利し、現在苦境に立たされています。その陳総統も、戦争の危険をおかしてまで本気で独立を考えているわけではない、と思います。

 民族にしろ言語にしろ人種にしろ台湾と中国は、ほとんど共通しています。陳総統のねらったのは「国家」というナショナリズムで与党民進党に有利な情勢を作ろうとしたのではないでしょうか。台湾の人々は決して戦争がはじまるとは思っていないしそれを望んでもいないでしょう。

 では、なぜ島に敵が攻めてくるのを前提とした日米共同訓練をしたり、アメリカと共同でミサイル迎撃実験をしたりしているのでしょうか。アメリカ軍の中枢でも、そんなことが実際に起きるとは思っていません。ただ、軍隊というものはそういうものなのです。

 必要以上に危機感をあおり、予算増額と存在の誇示をしたがるものです。これは各国とも同様です。こういったことの片棒をかつぐ政治家、軍需産業、それに乗ったマスコミや学者・評論家などがいることにも注意しておかなければならないでしょう。

 ただ、国を自らの手で守る気概、そなえが必要なことはいうまでもありません。それは、他国と戦争をする、他国へ出かけていって戦うということとはまったく意味がちがうということを理解しなければなりません。

 最後に国民に対する宣伝について、ヒトラーが自著『わが闘争』で告白している部分を紹介しておきましょう(「反戦老年委員会より」)。
     宣伝はすべて大衆的であるべきであり、
     その知的水準は、宣伝が目ざすべきも
     のの中で最低級のものがわかる程度に
     調整すべきである。(中略)宣伝の学術
     的な余計なものが少なければ少ないほ
     ど、そしてそれがもっぱら大衆の感情を
     いっそう考慮すればするほど、効果はま
     すます的確になる。しかしこれが、宣伝
     の正しいか誤りであるかの最良の証左
     であり、若干の学者や美学青年を満足
     させたどうかではない。宣伝の技術は
     まさしく、それが大衆の感情的観念界
     をつかんで、心理的に正しい形式で大
     衆の注意をひき、さらにその心の中に
     入り込むことにある。これを、われわれ
     の知ったかぶりが理解できないという
     のは、ただかれらの愚鈍さとうぬぼれ
     の証拠である。宣伝になにか学術的
     教授の多様性を与えようとすることは、
     誤りである。大衆の受容能力は非常
     に限られており、理解力は小さいが、
     そのかわりに忘却力は大きい。この
     事実からすべて効果的な宣伝は、重
     点をうんと制限して、これをスローガ
     ンのように利用し、そのことばによっ
     て、目的としたものが最後の一人ま
     で思いうかべることができるように継
     続的に行わなければならない。人々
     がこの原則を犠牲にして、あれもこれ
     もとりいれようとするやいなや、効果
     は散漫になる。

| | コメント (8) | トラックバック (3)

2008年2月19日 (火)

自主外交いずこ

 福田首相は外交に強いとされてきた。たしかに向米一辺倒だった小泉・安倍(中国と関係回復をはかったとされるが、取り巻くブレーンから見ても脱亜入米傾向はより強かった)時代よりアジアに目が向いていることはわかる。

 また、高村外務大臣も外交畑では経験が深く、得難い人材には違いない。ただし正直なところ何を考えているのかよくわからない。外交には相手を見て「でたとこ勝負」的なテクニックを駆使しなければならないことはわかる。

 しかし、国内の政争にとらわれず世界の潮流を読み、国民の幸福を念頭に置いた真の国益を追求する上で、外交政策の理念がなくてもいいということにはならない。このところ、連日のように気になる外交問題が次々と発生している。

 去年9月に福田内閣が発足し、安倍内閣まで続いた外交政策で修正が加えられたのは、施政方針演説のキャッチフレーズぐらいで、考えてみたら具体的なものが何もない。ということは、外交に日本独自のものはなく、やはりアメリカさん次第ということなのだろうか。

 今日は、アメリカのウィスコンシン、ハワイ両州で大統領の予備選挙が行われる。誰が大統領になるかはまだ先のことだが、今話題になっている日米安保と米軍基地のありかた――地位協定はともかく、同盟の根幹をなすガイドラインや米軍再編の当否など、来年になれば、イラクからの撤兵問題などもからんで必ず政治課題となるのではないか。日本は「このままで結構です」というだけでいいのか。

 一昨日(17日)、セルビア共和国のコソボ自治区が独立宣言をした。報道されているように、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスなどは独立賛成、EU内部では賛否が割れ、国内に独立要求地域があるロシア、中国、インドネシアなどは反対、国家承認を見送る意向だ。

 日本はいち早く承認の意向を示しているが、ロシア等常任理事国が承認しなければ国連加盟の道は閉ざされ、セルビアがいう「不法な宣言」に理由を与えることになる。日本は唯一バルカンの紛争やユーゴ問題に手を染めたことのない、また利害関係を持たない大国である。かりに紛争が起きた場合、日本は中立的立場から当事者の説得にあたれる数すくない国だ。慎重な対応があってもいいと思うのだが。

 次に昨日18日から22日まで、ニュージーランドのウェリントンでクラスター爆弾禁止の国際会議が開かれる。すでに1年前のオスロ会議から数回の協議を重ねているが、これにはアメリカ、ロシア、中国、イスラエル、インドなどが出席していない。

 日本はアメリカへの配慮から消極的で招待されていなかったが、途中で急遽出席の意向を示した。しかし、いろいろな条件をつけるなど、むしろブレーキ役の代表になっている。今回の会議で予定されている宣言の内容は、禁止条約を08年中に作る必要があるとし、そのための必須条件が盛り込まれる。

 次回、アイルランドのダブリンで5月に開かれる会議では、今回の宣言に署名しない国は閉め出されることになる。ここで、アメリカの意向にもかかわらず地雷禁止条約に参加する決意を示した小渕首相の前例に習えないようでは、「軍縮の先頭に立つ」という福田首相の決意は空念仏だったということになるだろう

| | コメント (0) | トラックバック (5)

2008年2月16日 (土)

政界再編&不買運動

今日の新聞から
 その気があるのかないのか「政界再編の動きか?」という議員の合従連衡のような記事が多くなった。いずれにしても、政党の硬直的かつ不活性な拘束にとらわれない、活発な意見交換や政治活動の盛行には賛成である。これからの日本にとって必要だ。

 毎日新聞から拾ってみた。「地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合」20日に発起人会。知事らが主体というが、名前の長さの割合には中味不透明。小泉元首相のように「改革」を売り物にする首長を揃え、テレビ・タレント知事まで加わる。呉越同舟のような気がするが。

 「ワーキングプア解消で野党・公明が自民包囲網」。これはおもしろい。労働者派遣で日雇い扱いを禁止する法案を出そうということだ。一番熱心に取り組んでいるのが、共産党と社民党。公明党幹部も積極的な動きを示す。公明・共産といえば、組織化する支持層が重なり、もともと与野党の対立をこえた不倶戴天の仲である。

 自民党の反対はともかく、民主党が先鋒に立たないのは、御手洗日本経団連会長の意向を斟酌したため?。しかしどうやら各野党の議員立法で今国会に改正案を提出するという。自民党による改憲阻止についても、この伝でやってくれないかなあ。これまでは夢だったけど。

 中川昭一氏主宰、平沼赳夫無所属議員を顧問とする最右翼団体「真・保守政策研究会」は15日、今国会に提出が予定されている「人権保護法案」に反対する観点で勉強会を開いた。これに、中川氏と親しい安倍前首相も、初出席した。そろそろ化けの皮がはがれる時期か。

 次の話題は、日米「集会の自由獲得運動」である。ニューヨークのセントラルパークで計画したイラク戦争反対デモを不許可にした市当局を、市民団体が憲法違反として訴えた件である。野外コンサートは芝生をいためないが、デモならいためるという理由にならない理由。日本でもありそうなことだ。結局、和解により市が5万ドルの和解金と訴訟費用を支払うことで決着したが、事実上の市の敗訴である。

 日本の場合は、グランドプリンスホテル新高輪である。日教組の教研集会で契約済みだったのに一方的にホテル側が解約、日教組が東京高裁に仮処分申請し、裁判所が使用を認めたにもかかわらず再び拒否した件。

 これは、サービス業としてあるまじき不法非道の対処である。これに対して連合は、同系列の全施設を使わない方針を決めたという報道。当然である。法の判断に従わず、憲法に牙を向けるようなホテルには不買運動で答えるしかない。私もこれに連帯する。もっとも、こんな高級ホテル――、一度使ってみたいな~。(^^)

| | コメント (2) | トラックバック (6)

2008年2月15日 (金)

飛鳥と奈良と京都

 フジテレビのドラマ「鹿男あをによし」が放映される木曜日の夜10時台になると、当塾へのアクセスが異常にはねあがることは以前書きました。検索によるもので「あおによし」「あおによしとは」「あおによしの意味」などです。

 それだけであれば、辞書の検索や「枕詞(まくらことば)」、「万葉集」などをキーワードにして調べてもらった方が早道で、放映回数が進むに連れて当ブログへのアクセスは減ると思っていました。ところが逆に増え続け、昨日は「反戦塾」と題名を変更してからの最高を記録したのです。

 ドラマを見たのは、昨日が2回目です。まだその展開も筋もよくつかめていません。私とは縁の遠い話し、と思っていましたが、「黒塚古墳」「卑弥呼の里」「飛鳥」「奈良」「京都」「オカルト=三角?」となると自著(カテゴリ=既著)『海と周辺国に向き合う日本人の歴史~飛鳥の将軍阿倍比羅夫・中世の海と松浦党』に縁がないとはいえなくなるから不思議です。

 副題の「阿倍比羅夫」を書くため、卑弥呼の前から大和朝廷、古墳の数々、そして舞台になる飛鳥時代を中心に、「あおによし奈良の都」の建設大臣をつとめた阿倍比羅夫の息子の阿倍宿奈麻呂のこと、さらには、その子孫で中国で活躍した阿倍仲麻呂、ずーとあと、平安時代の陰陽師・安部晴明まで系列かな、と思える人を追ってみました。

 京都を舞台に霊界で腕をふるった、安部晴明も若い人に人気があるようですが、そういえば晴明のシンボルマークは、三角、△▽を重ねたユダヤのマーク(日本では六芒星というらしい)に似てますよね。最後に申し上げておきますが、こんなことや拙著の内容は、テレビドラマとは全く関係ありません。まちがって注文などなさらぬように。(^^)

「あおによし」のエントリー

http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_9d7e.html

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2008年2月14日 (木)

怒!高いおもちゃ

Sensha  なんだこれは。新聞(毎日新聞2/14)に出た写真は、イラクでもアフガンでもない。東京の隣(相模原市)だ。防衛省が公開した新型戦車。開発費用が約484億円、1両の値段は約7億円。世界最高レベルだと鼻高だかの由。

 じょうだんじゃないぜ。いまどきこんな無限軌道つき戦車などイラク、アフガンでさえ大げさすぎて、写真ではお目にかかったことがない。憲法があるから日本国内で使うしかないが、砲身は何に向けるのだ。警察が手に負えないような武装勢力のゲリラやテロどこから来るというのだ。

 使い道は、自衛隊自身のクーデターか、ガソリン税で作った道路を壊しまくるのか、それとも憲法改正を見込んでおいて、使うところをこれから探そうということか、または、アメリカさんのやらないことを請け負おうとするつもりなのか。議員さん――、しっかりしてくださいよ。

 さすがは産経新聞。一番くわしい。ゲリラや特殊部隊(注)による攻撃など新たな脅威にも対処できるのが特徴だと解説。ついでに、こんなことも。

      冷戦終結で日本本土への大規模な着上
     陸侵攻の可能性が低くなったため、16年
     に策定された「防衛計画の大綱」は戦車の
     装備数を大幅に削減。新型戦車開発の必
     要性を疑問視する見方もあるが、防衛省
     は「攻撃や防御、機動力のバランスの取れ
     た戦車の有効性は変わっていない」と意義
     を強調している。

(注)陸上自衛隊初の特殊部隊であり、現時点における主要任務は対テロ及び対ゲリラ作戦であるが、将来的には米陸軍特殊部隊(グリーンベレー、デルタフォース等)と同様、他国における特殊偵察や直接行動、情報戦などの多様な任務を遂行可能な世界水準の特殊部隊を目指しているといわれる。報道陣の間では特戦群、特戦とも略され、一般隊員からは“S”と呼ばれることもある。(Wikipedia)

| | コメント (5) | トラックバック (3)

2008年2月13日 (水)

日米安保再再定義の準備

     CNNの12日午後10時(日本時間13日
    正午)現在の集計によると、民主党の首
    都ワシントンの予備選はオバマ氏が76
    %、クリントン氏が24%。メリーランドは
    オバマ氏が63%、クリントン氏が34%。
    バージニアはオバマ氏が63%、クリント
    ン氏が36%。オバマ氏はこれで22州を
    制し、クリントン氏の12州を引き離した。
    これでオバマ氏の獲得代議員数は11
    95人となり、クリントン氏の1178人を逆
    転した。(アサヒ・コム)

 オバマ氏は、当初絶対有利と見られていたクリントン氏を逆転した。しかしまだ最終結果を予見するのは早い。ただアメリカが大幅に変貌する予兆にはなりそうだ。私はマケイン氏だけには大統領になってほしくないが、オバマ氏がいいのかクリントン氏がいいのかの判断がつかない。

 これまでの両氏の主張を聞いていると、オバマ氏を支持(1票にもならないが)したくなるのだが、仮に黒人の彼が大統領になるということは、アメリカ開闢以来のできごとである。当然、「黒人だから」という批判を招かないよう、政策の変更はクリントン氏以上に細心かつ慎重にならざるを得ないだろう。

 アメリカには、彼が大統領になったら、すぐ殺されるという噂があるという。まさか、とは思うがパウエル元国務長官に、大統領立候補の話があったとき、奥さんから「殺されるからやめておきなさい」といわれ断念したという話がある。

 KKKなどという得体の知れぬテロ組織を国内にかかえているアメリカに、「テロとの戦い」はその方を先にしたら、といいたくなる。それはともかく、民主党の大統領になれば米軍の展開に大きな変更がでてくることは違いないだろう。

 その場合、日本としてはブッシュを主導したネオコンから距離のあるオバマがいいのか、現在の日米同盟の基礎を作ったクリントンの細君がいいのかは即断しきれない。あるいは、それも、任命される新スタッフ次第ということになるのか。

 それによって、米軍再編の見直しや修正があることも当然考えられる。いままでの日本の場合は、ただ漫然とアメリカの世界戦略についていくだけで、主体性は全く感じられなかった。依然として北朝鮮・中国の脅威、テロとの戦い一本槍から抜け出していない。

 残念ながら、日本の新しい安全保障体制、平和への国家戦略を築き上げる有力な政治家が見あたらないのだ。現在の自公・民主・社共の枠組みでは無理であろう。やはり、大幅な政界再編で強力な指導力を持つ政党が出現しなければ実現しないのだろうか。しかし、アメリカの新大統領出現はそこまで来ている。準備は今ただちに始めなければならない。

| | コメント (1) | トラックバック (5)

2008年2月12日 (火)

入門編・戦争とは11

 「人間はなぜ戦争をするのでしょうか」の4回目です。サ・ケ・カ・ナ・シの順で「差別」、「経済」を話し、前回「カ」の「拡張」まできたのですが、その「拡張」は意味が広く、まず「領土拡張」について述べました。

 今回は「軍備拡張」です。現代の軍備拡張は、領土拡張のため、あるいは領土侵略をふせぐため軍備を固めておく、つまり明治維新のあとの政策「富国強兵」とはすこし違うようです。仮想敵国を頭にえがき、相手がこういった軍備をもっているなら、こっちはそれ以上の軍備を持たなければ危ない、というバランス感覚で議論されます。

 ソ連崩壊以後、世界の警察官を自認し、一国最強になってしまったアメリカはすこし違うかも知れません。世界経済や国内軍需産業との関連をあげる人もいますが、「テロとの戦い」という、今までにない戦争のかたちになっているため単純に判断できません。

 それはさておき、各国が軍備にどれだけお金を使うか、兵隊をどれだけ準備するか、またどんな新兵器を開発するかなどは、お互いの競争になります。また自国だけでは不十分と見れば、なかまの国を作って軍事同盟を結びます。「軍人に兵器を持たせるとどうしも使ってみたくにるものだ」ということは、軍人自身が証言しています。また、「相手の軍備が整わないうちにたたいてしまおう」という発想、「先制攻撃」への誘惑にもかられがちです。

 こういった方向へのエスカレートも「拡張」といえるでしょう。この間、パキスタンでブット元首相が狙撃され、死亡しました。第一次世界大戦もオーストリア皇太子の暗殺から始まっています。オーストリアと同盟関係にあるドイツが、犯人をだしたと見られるセルビアに宣戦布告しました。

 これを助けようとロシアが動き、また同盟関係にあったイギリス、フランスなども参戦してとうとう世界規模の戦争になってしまったのです。遠く離れた日本は関係ないのですが、日英同盟がありました。イギリスから同国の商船がドイツ海軍にねらわれているので守って欲しいという要請です。

 日本は、「しめた」とばかり、中国の山東省に利権を持つドイツの租借地を奪い取ることにしました。ドイツはこれを察して、中国に返還してしまおうと考えます。イギリスも、そこまでは頼んでいないのであわてて依頼を取り消しにかかりました。

 中国も中立を宣言していたのにもう間に合いません。火事場泥棒のような戦争に日本が手を出したのも、軍事同盟が後ろ盾としてあったからです。そういった例は戦時体制の中では珍しくありません。このあと、日本は軍部独走がめだつようになります。日本国憲法では、第六十六条で「文民支配」の原則をかかげていますが、こういったエスカレートがないようにチェックする目的があります。 

 軍備拡張競争をはじめると、際限がありません。相手より絶対優位に立てば、あらゆる交渉ごとが有利に進むと信じられている面もあります。しかしこれは刃物をつきつけて相手を脅すのと同じです。限界をこえれば戦争になってしまいます。

 そこで、「ミリタリーバランス」などということがよく言われます。対敵している国の軍備がバランスしている間は戦争にならない、不均衡こそ危険だという考えです。こういった思想のもと、第一次大戦以後「軍縮会議」が開かれ、かつては、軍艦、米ソの間ではミサイルなどの数量を制限してきました。

 しかし現在は、核拡散防止条約が公正・公平の原則からはずれているとしてうまく機能せず、ミサイルの本数などもアメリカのミサイル防衛システムの一方的配備で、この先の実効性に疑問を持たれています。このように、世界は混沌とした状況から抜け切れていません。

 

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2008年2月11日 (月)

紀元節と天皇

 今日は「建国記念日」だという。私は昔の紀元節という呼び方の方が好きだ。もちろん、どちらさんかのように戦前の日本に帰れ!、などというケチな考えはもうとうない。神話時代の神武天皇即位の日を、むりやり2668年前の今日だ、と決めた人がいて、そういう大昔のことを考えてみる日でもいいのではないかという程度だ。

 「建国記念日」はよくない。どこの国でも「独立記念日」とか「国慶節」とか「建国記念日」があり、それと混同する恐れがある。だが、2600年も前などという国は世界中に日本しかない(もしかすると北朝鮮にはあるかも知れないがまだ調べてない)。

 そもそも、中国やメソポタミアのような文明発祥の地以外には、当時「国」という概念そのものがなかったのだ。日本で「国家」といえるのはせいぜい聖徳太子の頃から、と思えばいい。日本の「建国記念日」というのは、明らかに「にせ表示」にあたる。

 とはいったものの、「にせ」ではなく、正真正銘「真実だ」と信じている方がおいでのようだ。皇室典範改訂問題で、跡継ぎを男子、男系死守などといきまく「有識者」の周辺にはそんな方もいるのではないか。

 実は、日本の天皇制の将来を危うくするのは、そういった人達ではないか、と最近思うようになってきた。神武即位はともかく、「万世一系」を信じて疑わない系統の人々である。これをなくすると、日本帝国憲法、教育勅語など、彼らが信奉する路線が根底から崩れることを恐れているからのようだ。

 歴史研究や考古学の発展等で、かつての皇国史観が存続する余地は少なくなっている。また、若い人は皇室に関心があってもせいぜいゴシップを追う以上のものがない。戦後になってからは、なぜか美濃部達吉博士の「天皇機関説」のような本格的な天皇論がない。

 昭和天皇の「戦争責任論」はあるが、新憲法制定当時にはあった「象徴解釈論」や天皇、皇室の機能、役割、将来の展望などについてのベースになる議論が全くないのだ。このままでは、敗戦当時混乱防止に機能した「国民統合の象徴」も、やがては「天皇なんて本当に必要なの?」ということになってしまうだろう。

 天皇に対するタブーはたしかにこれまであった。しかし、自称「憂国の士」のアナクロニズムや、進歩的文化人の天皇アレルギーがぶつかるだけでは、なにひとついい方に向いていかない。天皇制護持を真剣に考えるなら、皇嗣問題の現実的処理や、なにが「日本国民の総意」で、天皇の役割は何かをいますぐにでも議論する必要があるだろう。

 関連する私見
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_7131.html
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_1777.html

| | コメント (2) | トラックバック (4)

2008年2月 9日 (土)

入門編・戦争とは10

 「人間はなぜ戦争をするのでしょうか」の3回目です。これまで「差別」と「経済」について書きました。サ・ケ・カ・ナ・シの順でいくと、今度は「カ」、「拡張」です。このあとの「ナショナリズム」や「宗教」も含め、全部がからみあって戦争が起きます。

 「拡張」ということばも、あまり範囲が広すぎて一口では言いあらわせません。これまでで一番多く戦争の原因となったのは、①領土の拡張でしょう。そのほかでは、②軍備の拡張があります。また、宗教や思想の拡張などは別に考えることにします。

 ①領土の拡張
 国の支配地域をふやすことです。他国の土地を奪い取って直接領土とすること以外に、植民地をふやす、属国や傀儡(かいらい)政権をつくる、植民地や周辺国にまたがる利益線とか生命線という線引きをして、その範囲内での利権や防衛権を主張することなども含みます。

 独立戦争は、領土の変更をともなう点でここに入れてもよさそうですが、話が複雑になるので保留しておきましょう。領土の拡張は戦争の結果であり、原因ではない、とおっしゃる方もあると思います。 たしかにそうですが、19世紀までは「帝国主義」という列強の激しい競争がありました。

 特にヨーロッパの覇権競争は、規模の大きさや期間の長さから歴史そのものといっていいほどでした。東洋がその影響を受け始めたのは、日本の江戸時代からです。中国のアヘン戦争、日本の開国、すべて西欧帝国主義のさなかのことです。

 特に中国は、フランス、イギリス、ドイツ、ロシア、そして遅れて日本などが中国内に特殊の利権地帯を設け、ズタズタにされました。アメリカも公平な貿易を熱心に求めてきました。しかし、ロシア革命、第一次世界大戦、パリ平和条約などを経て、露骨な帝国主義が反省されるようになってきました。

 日本だけが中国に嫌われるのは、各国の利権が後退する中、満州国を独立させ、中国に無理な要求をつきつけて軍隊を居座らせたからです。満州事変にしろ日支事変にしろ戦争のきっかけはいろいろ言われていますが、中国国内に日本の正規軍が常駐していたことだけは、たしかなのです。

 他国軍が駐留していて、政治に口をだし、武器を持って住民ににらみを利かしていたら国民はどう思うでしょう。たとえ、復興支援だとか治安維持だとかといっても、とてもいい気持ちではいられません。外国に軍隊をだすというのは、大変危険ことなのです。まして長期にわたることは許されません。

 湾岸戦争の時、イラクはクエートに侵入しました。イラクには、原油価格の協定破りや国境沿いの油田乱掘被害など、いろいろな紛争の口実がありました。しかしかりにその言い分が正しくとも、外国に正規軍を入れたことでど、こからも支持を得られません。

 こうして国連決議が通り、多国籍軍が協力してイラク軍を撃退しました。悪いのは軍を入れたイラクの方だ、という共通認識が持てたからです。今、自爆テロが続発している国は、外国軍隊が駐留している国か、それに関係のある国であることは理由のあることです。

 外国軍がいるというだけで、それで得をする勢力と被害を受ける勢力ができて、内戦のようになってしまう例はいくらでもあります。また、いないと治安維持ができないというケースもあるでしょう。しかし、片方に武器を供給するなど、国内で自主的に解決する機会をなくしてしまうようなことだけは、すべきではないと思います。

 いずれにしても、軍隊はうむをいわさず人をおさえつけることのできる暴力装置です。他国に居座る限り真の平和は訪れません。自衛隊が海外派遣される場合は、憲法9条の趣旨からすると、暴力装置ではない文官として出向くべきでしょう。

 長くなったので、②軍備の拡張は次回にまわします。また、「戦争とは」シリーズのバックナンバーは、左らんのカテゴリをクリックしてください。

| | コメント (2) | トラックバック (5)

2008年2月 8日 (金)

相撲は憲法適用外?

 大相撲時津風部屋の序ノ口力士、時太山(当時17、本名斉藤俊さん)が昨年6月に急死した事件で、先代時津風親方ら4人が逮捕された。これに対して、相撲協会の北の湖理事長が記者会見で「長い歴史の中で力士が逮捕されたことはまことに遺憾で残念だ」という趣旨のコメントを読み上げたという。

 声明文の全文はわからないけれど、上に掲げた文言は各紙共通しているのでまちがいなかろう。この内容をおかしいな、と思ったのは私だけであろうか。

 まず、遺憾で残念なのは「力士が逮捕されたこと」で、協会や理事長としてのありかたや責任には全く触れず、「長い歴史」とか「力士が」などの修飾語をつけ、まるで「逮捕した警察がいけない」といわんばかりに聞こえる。

 また、力士が、と言いながら前の親方が逮捕されたことには全く触れていない。親方はすでに除名処分にして縁を切ったから、これも無関係と言いたいのだろうか。落語に出てくるせりふ「へい、当家にも息子がおりましたがあれは勘当しました者で、親でなければ子でもありません。煮て食おうと焼いて食おうとどうぞご自由に」を思い出す。

 ちょんまげを結ったことのある者以外に手を触れさせない社会、国技という特異な構造の中で、閉鎖的な利権や地位を得ようとする勢力が、なにかを必死で支えている。伝統が大事なことは当然である。しかし、国民と相撲ファンあっての伝統である。

 厳しい訓練としつけ、これも異議をさしはさむものではない。しかし人権を無視し、憲法の精神に違反するようなことまでは、誰も許していない。これは朝青龍の処分やバッシングの中にもひそんでいる。ちなみに憲法の条文をあげてみよう。

 第十三条 [個人の尊重]すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
 第十八条 [奴隷的拘束及び苦役からの自由]何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
 第二十二条 [居住・移転・職業選択の自由、外国移住・国籍離脱の自由]何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。(②略)
 第二十七条 [勤労の権利義務、勤労条件の基準、児童酷使の禁止](①②略)③児童は、これを酷使してはならない。
 第三十三条 [法定手続の保障]何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

 伝統だから、しきたりだから、教育だから、特殊な社会だからといって、基本的人権を無視してもやむを得ないという風潮が、かりそめにもあるとすれば問題だ。横綱審議会委員や協会関係者の言動になにかそういった気配が感じられるのだ。

 自衛隊の存在にもそれが言える。日米同盟があるから、または、すでに現実が先に進んでいるから憲法は軽視していい、ということにはならない。それが通るようでは、法治国家の転覆を意味する。相撲とは全く次元の違う話だが、憲法改正をぶちあげ、途中で放り投げてしまうような政治が、そうした風潮にしたのでなければいいのだが。

| | コメント (5) | トラックバック (9)

2008年2月 7日 (木)

年金と税金還付

 一昨日、全く身近なところで「ふりこめ詐欺」電話があった話を聞ききました。「ふりこめ詐欺」電話は、わが家をはじめ、うちにもうちにも、というほど社会現象化しているようです。その直近の話というのはこうです。

 税務署を名乗り「去年の年金現況確認はがきが未着で、調べたところ○万円還付することになりました。銀行振り込みの手続きをするので、携帯電話を持って駅のATMに行っていただけませんか。念のため携帯の電話番号も教えてください」、といった趣旨だったそうです。

 ところがところが、今日の新聞を見て本当にびっくりしました。6日(昨日)社保庁が発表した、税取り過ぎ推定4万人という記事です。まるで、詐欺実行犯がそれを知っていたのではないか、と思えるほどです。

 その内容は、年金の台帳の不備で、過去正当な年金が未払いになっていることがわかった人に、一括まとめ払いした場合の源泉徴収額が、高額のランクで計算したものだったため、納めすぎになっているというものです。

 社保庁のでたらめぶりは、もう10年以上も前のことですが、私が支給手続きに行った際、同じ会社の転勤先で支払った期間が未払いになっており、直ちに抗議をしました。そうしたら、たしか「調査願いを提出しろ」といわれた覚えがあります。

 お役所は、何か寄付したいと思っても「寄付願い」をださせ、何日か待たせた上、「右、許可する」などというゴム印を押して返すようなところ(今は違うかな?)ですから、しぶしぶ願書をだしましたが……。

 いくらなんでも、社保庁と詐欺犯がグルになってるわけはありませんが、今やまさに確定申告作成の時期です。年金と税務署は全く違う役所です。またどちらにしろ書面でなく、現金還付を電話でいってくることなどありません。

 もし電話があったら、「還付金支払い願い」とまではいわなくても、書面を出すように要求しましょう。それから携帯電話番号、家族の名前、銀行口座番号その他の個人情報は一切提供を拒否しましょう。それにしても、振り込め詐欺全盛時代、なんとかならないものですかねえ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年2月 5日 (火)

多極化時代の開幕

 以下は、元外務審議官・田中均氏が東大大学院で行った外交政策最終講義の内容である。(「毎日新聞2/5夕」による)

    私が外交官として生きた時代は冷戦時代、
        そして冷戦が終わり米国を中止にとす新し
        い秩序の模索が行われた時代であり、日本
       外交の選択肢も限られていた。日米同盟を
    軸とし、西側の一員としての役割を強める
         ことが外交の基本であった。ところが、みな
         さんの生きる時代は全く異なる。日本は少
        子高齢化で低い成長率しか見通すことが出
        来ず、アジアには中国やインドなどの人口大
        国が高い経済成長を続け、これら諸国との
    相対的な力関係も変わる。同時に地球温暖
    化やエネルギー問題さらには食糧問題にい
    たるまで、人間の生存を脅かすような問題を
    解決 していかなければならない。世界は米
    国の一極体制から多極的な体制へと間違い
    なく変化していく。
         もし日本がこれまでどおりの考え方と体制
    で外交を進めていこうとすれば、残念ながら
    日本は凋落の道をたどることとなるだろう。
    選択肢が増えた中で、能動的な外交を展開
    していくためには、もう少しダイナミックな外
    交推進体制を構築していく必要がある。官
    僚は過去からの延長線で政策を考えるが、
    これから必要になるのは将来を見通した大
    胆な政策である。これが可能になるために
    は、外交政策の基盤を拡げ、ビジョンや基
    本的な政策を作り出す有識者の役割、政治
    指導者の強いコミットメント、政策実現への
    官僚の役割の三つが強化されることがどう
    しても必要である。

 さて報道によると、国土交通省が「空港整備法」の改正で、外資の資本参入を3分の1未満に規制する案を準備していることについて、渡辺喜美(金融・行革)、大田弘子(経済財政)それに岸田文雄(規制改革)各大臣が猛反発しているようだ。

 いずれも、小泉首相先導の新自由主義、改革解放路線を受け継いだ安倍首相任命の内閣府特命担当大臣で、それを天職としているようなふしがある。最近も田原総一朗司会のTV番組で、小泉指南番だった竹中平蔵氏と大田氏が金融自由化不足をさかんにぶちあげていた。

 福田首相が一歩ひけた姿勢に終始する中、完全な内閣不一致を露呈している。冬柴国土交通相も安倍時代からの閣僚だが、首相というより公明党の指定席にいるのでこのところわがままの言い放題だ。日本の上場企業の3割はすでに外資がにぎっているとされる。空港関連企業が外資に乗っ取られたらどういう危険があるのか承知していないが、慎重に検討するのは当然であろう。

 アメリカ自体、このたびの金融不安に産油国や中国の政府系ファンドなどが進出しようとするのを規制するため、議会が動いているという。アメリカン・スタンダードやグローバリズムに、もはやかつての神通力はない。かといって世界が保護主義、鎖国主義になるわけではない。

 各国の国益を尊重しながら永続性のある多極化時代への移行は、すでにEUで実験済みである。小泉・安倍のアメリカ一極主義はもう古いのだ。平和構築、安全保障、環境問題、すべての面で新しい潮流を先取りし、わが国の元気を取り戻すよう当塾は重ねて主張する。

| | コメント (3) | トラックバック (3)

2008年2月 4日 (月)

入門編・戦争とは9

 「人間はなぜ戦争をするのでしょうか」の2回目です。前回は「差別」について書きました。サ・ケ・カ・ナ・シの順でいくと、今度はケ、「経済」です。「差別」と「経済」、そのあとの「拡張」や「宗教」もそれぞれお互いにからみあっています。

 資本主義と共産主義、貿易摩擦、開発利権、そういったものも当然「経済」といえますが、ここでは単純化して貧困だけを考えてみましょう。中東と並んで最近はコソボの独立をめぐるバルカンの動きが注目されています。アフリカではケニアも内戦の危機にあります。

 こういったところでは、貧困や高い失業率などから、宗教や民族の違いで格差を生み、それに政治権力がからんで、武装闘争に発展することが多くあります。難民が発生し、周辺国や利害関係のある国が背後から干渉するようになると、解決が遠のき本格的な戦争に発展することもあります。

 日清戦争は、東学党の乱という朝鮮農民の貧困から起きた暴動を鎮圧するという口実で、日清両国軍が衝突をしたのが始まりです。ただし、これは戦争のきっかけであり直接原因ではありません。昭和になって、中国の東北部に満州国という日本のかいらい政権を作り、ここを植民地としたことは、まぎれもない事実です。

 第一次世界大戦の好景気が過ぎると関東大震災が起き、日本も世界恐慌のあおりを受けて昭和大恐慌に見舞われました。エロ、グロ、ナンセンス、「大学はでたけれど」などのことばがはやり、欠食児童20万人といわれた時代です。

 私たちは、「日本は国土が狭く、東洋ではジャワ島の次に人口密度が高いので食糧が不足する。満州、中国は国土が広いのに技術が低く、まだまだ食糧を増産できるし、鉱物資源も使われていないので、日本人がいってみんなを幸せにしてあげられる」と教えられました。

 これも戦争の直接原因ではありませんが、国内の「貧困」が、次にのべる「拡張」を招いたかげの原因であることは疑いないと思います。したがって、世界から戦争を無くするためには、貧困を追放することがどうしても必要になってきます。

 日本は、今貧困どころか世界有数の豊かな国です。ところが、日本国内でまかなえる食糧はたったの4割、この点では、昭和のはじめよりはるかに貧しくなったのかも知れません。かりに戦争になって「経済封鎖」されたらどうなるでしょう。

 減反政策、農漁業の衰退、それを急に回復することなどできません。どんなに基地や軍備をふやしても役に立ちません。「腹がへってはいくさはできぬ」ということわざどおりになります。中国産の輸入ぎょうざの問題がきっかけで、「食糧安保」を「日米安保」におとらない重要な課題にしてほしいものです。

| | コメント (1) | トラックバック (5)

2008年2月 2日 (土)

反基地闘争

 岩国の市長選挙が明日告示される。東日本に住んでいると、西で起きていることがらについて、どこか今ひとつ身近な情報が不足しているような気がする。これは、いわゆる中央紙の東京本社が関東から北海道をカバーしているのに対し、大阪本社、西部本社などをそれぞれ独立させているせいもあるのだろうか。

 大阪府知事選や岩国の選挙は、それなりに関心はあるのだが、歴史的経緯や候補者の実績についての知識が無く、選挙民の息吹も、マスコミの「公平報道」のフィルターからは伝わってこない。かといって、東国原宮崎県知事の露出過多には辟易するが――。

 岩国市役所建設の補助金35億円を途中で没にして、基地計画を受け入れれば交付する、などというアメとムチの政策は知っていたが、地元の信仰を集めている愛宕神社のご神体を山頂から中腹のプレハブ小屋に移し、山の土砂をけずって滑走路の埋め立て用に使うとか、その跡地に米軍住宅の建設計画があるなどのことは、最近になって知った。

 早い話が、日米の防衛政策が変わるたびに、アメとムチで郷土や地方自治が引っかき回されている図なのだ。こんなご都合主義を愛宕の神様がお許しになるはずがない。選挙権はないが、どうしても井原勝介候補に1票投じたい気分だ。

 海上自衛隊による洋上給油の特措法延長が問題になる前にも考えたことだが、結果としてある程度延長になるのはやむを得ないと考えていた。しかしその前に、選挙や国会で徹底討論し、日本国民が完全な支持をしていないことを明らかにすべきだった。

 それと同じ意味で、半世紀以上にわたる基地提供や、年間1400億円にものぼる思いやり予算の負担を、決して快く思っていないという国民の強い意志を示す必要がある。不幸にして井原候補が破れるようなことがあっても、1票でも多く対立候補に迫っておかなければならないのだ。

 かつて、吉田首相はアメリカの日本再軍備の強い要請に対し、当時の社会党など、革新勢力を過大評価してアメリカの説得にあたったという故事がある。今の政治家に、これだけのパトリオティズムと器量を持ち合わせている人をみかけない。

 今、アメリカのアフガンへの兵力増加要請を、ドイツは拒否し、フランスも難色を示している。両国とも指導者の交代でアメリカとの友好促進を演出したばかりの国だ。それにもかかわらずNOというべき時にはNOという。アメリカの世界戦略見直しをうながす、いいチャンスなのだ。マスコミも宮崎コーチンなどにかまけている場合ではない。

| | コメント (10) | トラックバック (10)

2008年2月 1日 (金)

メリーゴーランド

2008_02010010_2 冬の日を浴びながら、水面でゆっくり回転するメリーゴーランドで遊んでいるのはユリカモメです。実は公園を管理する市が設置した水質浄化の新兵器で、目下実証試験中。

 秋口は、飛来したばかりのヲナガカモなどの幼鳥が、珍しさもあってかお気に入りの遊び場にしていました。最近はあきたのでしょう、遅くきたカモメにその席をにゆずっています。

 さて、話変わって「あおによし」の検索殺到のことですが、Sola さまから、「フジテレビで放映している連続ドラマのせいではないか」というご指摘をいただきました。

 昨日はその放映のある日なので、めずらしく夜10時、TVに向かったのです。しかし主人公の顔が鹿になるとかで、筋がさっぱりわからず(半分以上眠っていたと妻はいいますが)、検索との関連は、わからずじまいでした。

 ところが今朝になってアクセス分析を見ると、すごいことになっているのです。放映のあった10時台1時間だけで通常の1日分のアクセスにはねあがり、検索の93%が「あおによし」関連でした。どうやら連ドラが終わるまでこの傾向が続きそうです。

 Solaさまのご教示に間違いなかったことが、これで証明できたことになります。検索にこられた方が、から振りになってしまうのはやむを得ないことですが、せっかくなのでもうすこし感想をつけたしましょう。

 ドラマの正しい題名は「鹿男あをによし」です。青はAOと発声したのではなく、古代は「を」、つまりAWOだったのですね。そして今でいうブルー、グリーン、グレーみんな青でかたづけました。今でも信号機はグリーンなのに青信号といいます。

 その下の「に」「よ」「し」で詩のまくらことばになるわけですが、辞書で見てわかるように、いろいろな解釈や学説があって、どれがいいのかわかりません。

 「あおによし」がつく詩の全体をよんでみて、作者の気持ちとしては、この解釈がぴってりだなあ、とか、作者としては、読む人がこう感じてくれたらなあ、という詩の心に答えさせるのが一番ではないでしょうか。メリーゴーランド的解釈です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »