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2008年1月 8日 (火)

歴史編・戦争とは

「日韓近代史考」日清戦争 1
  日清戦争がなぜ起こったか、端的にいえば、日本の政界が朝鮮をめぐって清国との戦争は避けられない、と思い込み始めたからである。1876年(明治9)の日鮮修好条規締結は、日本が砲艦外交という、相当強引な手を使って朝鮮を開国させた。しかし、朝鮮は激しい攘夷意識を持ちながら、清を宗主国と仰ぐ意識に全く変化はなかった。

 その後も政治の刷新や制度改革などはそっちのけで、王女の実家閔氏と王の父大院君の暗闘が繰り返され、手に負えない反乱騒ぎが起きると、清に出兵を要請するのが常であった。条約上の「朝鮮国ハ自主ノ邦ニシテ日本国ト平等ノ権ヲ保有セリ」は、日本が勝手に期待しただけで、拘束力がない。

 日本政府が決定的な危機感を抱いたのは、巨文島事件以降で、「朝鮮国に当事者能力なし」と判断してからではないかと思う。1885年、イギリス軍が朝鮮海峡にある巨文島に突如上陸し、砲台を築いて約2年間占領した事実である。

 動機は、朝鮮宮廷が日・清の横暴な干渉から逃れるため、ロシアと極秘で進めていた密約がばれたことである。日本海に面した元山近くの港を貸すかわりにロシアの軍事的保護を受ける、という内容であった。当時、ロシアとアフガニスタンで鋭く対立していたイギリスが、すばやくこれに反応したということである。

 イギリスの行動は、清との間の了解事項とされ、その解決についても英、ロ、清の問題として朝鮮は蚊帳の外に置かれていた。清は、宗主国といってもかつての冊封関係の続きで、法的には属国でも植民地でもましてや同盟国でもない。いざとなれば「われ関せず」と逃げをうつこともできる。台湾でも琉球でも同じような外交をしている。

 その24年前、ロシアの軍艦が対馬に勝手に上陸し、一部を5カ月ほど占拠したことがあった。指呼の間にある朝鮮に当事者能力がなく、無責任な清の判断で大国が朝鮮や周辺を荒らしまわる。これは日本の安全にとって放っておけない事態である、こう政府が考えたのも無理のない話であろう。

 まず、清の影響力を完全に断ち切る。そのうえで朝鮮の改革を断行する親日政権を樹立する。これが理想だったはずだ。本当は腐敗した宮廷を排除したいのだが、天皇をいただく日本からは、言い出しかねるだろう。また民衆の力に期待できればいいが、それも「斥倭洋倡義」の排日・排洋運動に凝縮され、思惑通りには行かなかった。

 開戦のきっかけと結果については、次回以降のこととしたい。

注)以上は 2006-10-24 に本ブログの前身・「反戦老年委員会」に掲載したものですが、シリーズとして見返したいというご希望もあり、一部修正の上、カテゴリ「戦争とは」に収録します。

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