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2008年1月 8日 (火)

歴史編・戦争とは

日露戦争 2
 日清戦争の大義名分は、西欧列強が虎視眈々とうかがう朝鮮を、頼りがいのない宗主国・清から救い出して「自主独立の国」とすることであった。それが「隣邦に対する友誼」であり「義侠心」の発露だあるという説明が国内にゆきわたっていた。また、朝鮮の安定が損なわれ、列強が権益を競うようになれば、日本の安全と利益が直ちにおびやかされるという判断も、当時の列強各国間では常識的なものだった。

 それからの10年間、清国から台湾と賠償金を得たものの、弱体化した清国にロシアが取って代わっただけで、朝鮮に求められた近代化と緩衝地帯としての役割は全く機能せず、政治的混乱が戦前にもまして高まった。これは、閔妃暗殺と俄館播遷の2例をあげて前回説明した。

 一方、中国大陸では西欧列強による死肉に群がるハゲタカさながらの猛烈な浸蝕が始まった。ロシアは98年までに満蒙の鉄道敷設権と、日本が放棄させられた遼東半島の旅順、大連両港の25年租借、ドイツが青島の99年租借と膠済鉄道敷設権、同沿線の鉱山採掘権、イギリスも九竜半島租借や長江沿線における同様の諸権利、フランスはベトナムに隣接する南部一帯など、中国はズタズタにされた。

 こういった状況のもと、中国の窮乏農民を中心とした義和団の暴動が始まったが、1900年、清朝は急遽これに便乗して侵略各国に宣戦布告し、体勢挽回をはかった。各国は北京などの在留者を保護するという名目で共同出兵したが、英国の要請などもあり、距離が最も近い日本が先頭に立った。統率のとれた軍紀のもと、鎮圧と秩序回復を実現させたため、各国の高い評価を得た。これを北清事変という。

 この時ロシアは満州に大軍を派遣し、事件解決後も言を左右にして、引き揚げる気配がなかった。さきに述べたように、朝鮮に対する野望を捨てたわけではない。三国干渉以来、日本は「臥薪嘗胆」という状態に置かれていたが、ロシアとの衝突はいずれ避けられないという気運が高まっていた。そういった中、朝鮮国王がロシア、欧米各国に鉄道利権や鉱業権などの切り売りをはじめ、もはや朝鮮の自主改革を待つ余裕すら失ってしまった。

 1904年、日本とロシアの軍艦が仁川で遭遇し、交戦状態となって戦争が始まった。戦争の模様は多くの歴史書、戦記にゆずり、一切省略する。日露戦争は、東洋の小国日本が強大なロシアに勝った戦争として世界を震撼し、日本でもそう信じられている。

 しかし、私には戦争は中断しただけで、終わったとは思えない。その後、第2次世界大戦終結に至るまでの日本の行動の源泉はこここにあり、ロシアから共産主義革命を経たソ連に対する不信、敵視にまでつながっていると思う。

 動員された陸軍兵士94万2000人、そのうちの死者・廃疾者は11万8千人、死傷者数では22万3000人にのぼる。日本が得たものは、樺太の半分と南満州にあったロシアの利権(もともと中国のもの)だけ、賠償はなし、というもの。ロシア側は負けたわけでないから、いやならもう一度やろう、という態度である。

 日本はすでに国力を使い果たしている。この結果をのまざるを得なかった。また、何がなんでも勝ったことにしなければ、多くの犠牲者の追悼を全うすることもできなかった。日本人はここに大きなトラウマを背負うことになったのである。

 国民が戦争で得られたもの、日清戦争でも日露戦争でも犠牲に見合うものはなにひとつなかった。ただ、この戦争は間違いではない、きっと将来に向けて役に立つはずだ、という希望にかけるしかなかった。ここから義戦の兵士顕彰が高められ、それに逆らう者、それをないがしろにする者は、国の内外を問わず、すべて排除される対象になった。

 見えないロシア(ソ連)の脅威を影に背負った昭和の不幸は、ここに端を発する。

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