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2007年12月31日 (月)

中東関係粗年表

 旧「反戦老年委員会」に収録したイラン関係年表を当塾に移転し、カテゴリ「データ・年表」に置いて適宜修正を加えながら考察の糧とする。

1917/11   イギリスによるユダヤ人のためのナショナル・ホームの建設に賛成したバルフォア宣言。
1947/11   国連のパレスチナ分割決議案・国連総会決議181号
1948/5/14 イスラエル国家独立宣言

1990/08/03 イラク軍クウェート侵入、全土制圧。
1990/08/30 日本、多国籍軍の後方支援に10億ドル支出を決定。
1990/11/29 国連安保理決議678。【コメント】クウェートに軍事侵攻したイラクに対し多国籍軍が武力行使することを授権した。その撤退期限が切れた1991/01/17、多国籍軍による戦闘を開始。
1991/04/03 国連安保理決議687。【コメント】イラクが大量破壊兵器を廃棄し国連の査察に応ずることを義務づけた。
1991/04/06 湾岸戦争終結(国連安保理確認)。

1991/12/30 ソ連解体 
1993/01/01 EC発足
1994/04/10 ボスニア紛争でNATO軍が空爆
1998/08/07 ケニア、ナイロビの米大使館付近で爆発。274人死亡。
1998/08/20 米、アフガニスタン、スーダンの「テロ関係施設」を報復攻撃。
1998/08/31 北朝鮮「テポドン1号」発射、三陸沖に落下。 
1998/12/17  米英軍、査察妨害等を理由に20日までに97ヶ所に対し「湾岸戦争」時を上回る巡航ミサイル数でイラク攻撃、「砂漠のキツネ作戦」。日本政府は攻撃支持を表明。【コメント】イラク攻撃はこのころからの既定方針か。
2001/09/11 米国同時多発テロ。国防総省、世界貿易センター等で3000人近くが死亡。

2001/09/12 国連安保理決議1368。【コメント】9.11の翌日ななされたもの。テロの非難と「テロリズムと闘うため必要な手順をとる用意がある」という内容で、特定の武力行使をさしたものではない。
2001/10/07 米・英の率いる連合軍がアフガニスタンに軍事介入(不朽の自由作戦=OEF)。
2001/10/26 米議会、国民の自由を制限する「パトリオット(愛国者)法」を可決。
2001/10/29 日本で「テロ対策特措法」成立。安保理決議1368を根拠にしている。
2001/11/  アフガン、タリバン政権崩壊。
2001/12/  海上自衛隊、米艦船等への洋上給油開始。
      /12/20 国連安保理決議1386(アフガンの治安維持活動等を承認)【コメント】当初は有志国によるものであったがNATO軍統括に変更。
  
2002/01/29 ブッシュ大統領がイラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼び対抗策を確約。
2002/06/  アフガン、カルザイ大統領就任。
2002/10/11 米議会、イラクに対する武力使用を承認。
2002/11/08 国連安保理決議1441。
【コメント】イラクが安保理決議違反を繰り返しているとして、大量破壊兵器対する査察再開の受け入れと、査察妨害など重大な義務違反をしないよう命じたもの。重大な義務違反があった場合「安保理は直ちに招集され、事態を検討する」とのべており、自動的な武力行使を避ける趣旨を含んでいる。大量破壊兵器へのでっち上げは前回の年表を参照。

2003/03/20 イラクへの軍事侵攻(イラクの自由作戦)、米軍24万人、英軍26000人。
【コメント】国連決議のない戦争突入として、自衛権行使、先制攻撃、人道的介入、体制変更そのいずれも合法性が認められない。そこで直前の国連決議1441に、湾岸戦争当時の国連決議687、678を結びつけ3つの決議をセットにして合法性があるという主張をアメリカも日本もしている。7年前の青信号は黄色から赤に変わり、また青になるに決まっているから無視して当然、というしろうと考えでも無茶な話なのである。湾岸戦争は一旦終わっているのだ。

2003/05/01 ブッシュ大統領、イラク大規模戦闘終結宣言
2003/07/26 アメリカの圧力のもと、日本のイラク特措法成立。【コメント】目的は人道復興支援活動と安全確保支援活動で陸自のサマワ派遣部隊は撤退したが、航空機による物資、人員の輸送活動はいまだに続けている。
2003/12  リビア大量破壊兵器廃棄を宣言
2003/12/13 フセイン元イラク大統領、米軍により国内で拘束。

2004/6/   イラク暫定政府発足
2004/7/   イラク戦争開戦の根拠になった大量破壊兵器所持疑惑について、米情報特別委員会と英独立調査委員会が「根拠がない」と断定。
2004/03/11 スペインで列車に対するテロ事件。死者191人。
2004/03~04 米兵によるイラク人捕虜に対する虐待写真流出、公開される。
2004/09/30 CIAダルファー報告(上記の「大量破壊兵器の隠匿と実戦配備の即応性」を否定)。
2004/11/  アフガン大統領選でカルザイ氏当選確定。

2005/12/  NATOがISAFの南部展開と増派計画を決定。
2006/1   パレスチナ評議会(国会に相当)選挙でハマス圧勝、3月に単独内閣が発足。
2006/05/20 イラク、マリキ首相政府発足
2006/12/30 イラク元大統領フセイン死刑執行
2007/3  サウジの仲介でハマス、ファタハ連立の統一政府樹立。
2007/6  ハマスがガザ地区を武力制圧。統一政府が崩壊して自治区も分裂。
2007/07/  タリバン武装勢力が韓国人23人を誘拐し、うち2人を殺害。
2007/07/11 参院選で自民党大敗、2007/09/12安倍首相辞任。
2007/08/  自衛隊による海上給油、01年11月から8月までの間、船舶用燃料777回、約48万㌔㍑、約220億円、航空機用燃料、65回、約960㌔㍑、約5630万円、計11カ国向け。無償。(文藝春秋編・日本の論点)
2007/09/  上旬までにアフガンISAF所属の戦死者、アメリカ440人、イギリス78人、カナダ70人、ドイツ26人(ロイター)

2008/3/20 米英イラク開戦5周年。現状のまとめはこちら
2008/3  イスラエル軍がガザ地区を攻撃。住民100人以上死亡。
2008/6  エジプトの仲介で6か月のガザ地区停戦。
2008/11 米大統領選でオバマ氏当選
2008/12 ガザ地区停戦期限切れ。イスラエル領にロケット弾、ガザ地区空爆。

2009/1 イスラエル、ガザに地上軍侵攻。
2009/1/8 国連安保理、イスラエル・ハマスに停戦決議。アメリカ棄権
2009/1/21 米国オバマ大統領就任。ガザ、自主停戦、イスラエル撤兵
2009/02/27 オバマ10年8月までに戦闘部隊撤退を発表

2009/03/16 イラク民間人死者、開戦以来当日まで99692人
2009/03/17 イラク多国籍軍兵士死者、開戦→当日4577人(以上2件ロイター)
2010/05/31 イスラエル海軍、民間ガザ救援船を襲撃。トルコ人、アメリカ国籍人1名を含むトルコ人など9名死亡、6名行方不明。アメリカは国連による調査に反対。
2010/08/19 アメリカの戦闘部隊5000人、イラクから最後の撤退。30日戦闘行為終結宣言

2010/9/2 パレスチナ和平直接交渉開始
2010/12/18 チュニジア暴動発生、翌年1月ベンアリ独裁政権崩壊
2011/1/26 シリア、アサド政権に対抗する内戦発生
2011/2/11 エジプトムバラク大統領、1月に始まったチュニジアの大衆運動による独裁政権転覆に次ぎ、デモ拡大に抵抗できず辞任を表明
2011/1/中旬 イエメン・サレハ大統領辞任を求めるデモ続発
2011/2/中旬 バーレーンイスラム教シーア派主導のデモ発生。武力弾圧

2011/2/中旬 リビア最高指導者・カダフィ大佐に反対するデモが続発、NATO武力弾圧に空爆で対抗
2011/3/中旬 シリア民主化要求デモ各地で発生、武力弾圧で死者多数(800人とも)
2011/5/2 パキスタンで米特殊部隊がビン・ラデインを殺害。死体を水葬
2011/5/19 オバマ大統領、イスラエルがヨルダン川西岸を占領する第3次中東戦争以前の1967年の境界線に基づき双方の境界をさだめるべきだ、と演説

2011/7/9 南スーダン共和国が独立。スーダン南部はアラブ系政府との内戦や住民投票をへて分離独立が決まった
2011/7/ 米軍アフガンからの撤収開始
2011/7/22 ノルウェーのオスロで連続爆破・銃撃テロ。犯人は右翼系現地人
2011/10/20 カダフィ大佐がリビア北部のシルトで死亡
2010/10/31 ユネスコの総会で、パレスチナから出されていた加盟申請が大多数の賛成をもって承認される。反対は米国など少数。日本は棄権

2011/12/14 米オバマ大統領イラク戦争終結宣言、開戦から8年9か月、投入米兵150万人、米兵・文官死者4487人イラク民間人犠牲者推計10万4080~11万3728人(イラク・ボディー・カウント)

2012/10/9 実名で女子教育の必要性を訴えていたパキスタンのマララ・ユスフザイ(14)が、バスに乗車中、パキスタン・タリバーン運動(TTP)によって銃撃される
2013/1/16 アルジェリア、イナメナスの天然ガス関連施設をイスラム武装勢力「覆面旅団」が襲撃し、従業員らを人質にとった。人質の中にプラント建設会社「日揮」の社員が含まれる。20日にアルジェリア軍により完全制圧され、多数の人質が犠牲となり、日本人の犠牲者は10人
2013/7/3 エジプトの国軍によるクーデターで、ムルシ大統領は拘束され、解任させられる。最高憲法裁判所のマンスール長官が暫定大統領に

2013/9/9 ロシアのラブロフ外相は9日、シリアのアサド政権に対し同国が保有する化学兵器を国際監視下に置く、化学兵器を廃棄する、化学兵器禁止同盟に加盟するよう求めた。オバマ大統領は「前向きな展開となる可能性がある」「これは我々が過去数年間にわたって求めてきたものだ」とロシアの提案に一定の評価を与えた。国連の潘基文(バンキムン)事務総長は9日の会見で、シリアでの化学兵器使用が確認された場合、廃棄や気なし条約に加盟させるための措置を安保理に要請する考えを表明

2013/10 サウジアラビアが国連安保理非常任理事国に選ばれたのに、それを辞退した
2013/11/24 イラン核開発問題で、同国と国連安保理常任理事国・ドイツ6か国間における第1回目の合意が成立

2014/6/29 イラク・シリアの一部武装勢力が、バグダディーをカリフとする「イスラム国」樹立を宣言。その後各国にまたがる過激派組織や戦闘員を加えて拡大、イスラム・ステート・イラク・レバント(ISIL)と自称するようになる。

2014/8~11 ジャーナリスト後藤健二など日本人2人がイスラム国に拘束されていることが判明。
2015/1~2 安倍首相の中東各国訪問でイスラム国に対敵する国などへ2億ドルを難民援助等の名目で支出する演説をしたことをとらえ、イスラム国がネット画像を利用して人質殺害を警告。政府はヨルダンに対策本部を置き救助を図るが、2月1日までに殺害映像を流し、日本へのテロを示唆する

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