« アメリカとイラクの国民意識 | トップページ | 国境線 »

2007年12月11日 (火)

バルカンの悲劇

 ユーゴスラビア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、サラエボ、セルビアなどの国名・地名、そして民族浄化、虐殺などの嫌疑で国際法廷に立たされ、獄中で死亡したミシェロビッチ元セルビア大統領などの名を聞くたびに、この地域に絶えない宗教・民族間抗争に心を痛める。

 ここで、最後に残された紛争の種がコソボ独立問題である。セルビア南部のコソボ自治州は、人口約190万人の88%がアルバニア系・イスラム教徒で、隣国アルバニアと近縁関係にある。一方、この地域のセルビア人は6%にすぎず、スラブ系キリスト東方正教徒でロシア人に近い。

Map_6  ここが前から独立運動を続けており、ユーゴスラビアの崩壊を受けて、現在では国連が治安・行政に関与している。米欧露がセルビア共和国との間の調停に当たっていたが、ロシアの独立反対で失敗し、ボスニア側は、年明けにでも一方的に独立を宣言する動きになっている。

 ここまでを見ると、ほとんどがアルバニア系住民ならば、民族自決の原則で独立承認が穏当のように思えるが、ことはそう簡単ではない。この地は、そもそもセルビア人がオスマントルコから奪還した民族揺籃の地として記憶されていた。

 ところが40年前はアルバニア人の比率が60%台であったものが、アルバニア本国からの人口流入と多産家族の伝統で州人口が倍増、セルビア人の脱出も相まって現在のようになった。その上、独立派有力者は、コソボ独立の暁にはアルバニア本国と統合する旨公言しているのだから穏やかではない。

 現在国連軍がいるといっても、主体はNATOである。かりにドンパチ始まると、NATOは存在するだけで独立支持の立場に置かれてしまう。またセルビアはロシアに支援をこうことになるだろう。平和維持活動といっても、紛争のあるところへ軍隊がでかければ、常にこのような危険があることを覚悟しておかなければならない。

|

« アメリカとイラクの国民意識 | トップページ | 国境線 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
此処ってユーゴとソ連だった時は、仲悪かったのに、セルビアとロシアっていう名になると「同士愛」生まれッちゃう。
宗教が醸し出す「物語」=文学的力っていうのは、困ったモンです。共産圏同士、連邦内には、イスラム教徒もどうにか共存していた時の「箍」が外れたのには、色んな要因があるでしょうけど・・。
なまじっか「睦まじい混住」が進んでいたばっかりに、いざ分離独立する時、逆に排外主義者に「悪用」されてしまうんですから、「平和・交流」を指向・構築する際、考えさせられます。

>軍隊がでかければ、常にこのような危険があることを覚悟
確かに仰る通りですが、
アフリカでは、「鉈」等の原始的な武器で大量虐殺したフツ・ツチ人のケースもありますので・・。何らかの国際社会の不断の関わりっていいますか、信頼醸成の努力っていいますか、大して無いままに泥沼化している時の「係わり方」っていうのは、一定の「力」の行使にあると思います。それを警察的なものにする国際ルール作り、司法機関化、緒方貞子さんらが口酸っぱくしてはった。やはり、日本が率先して出来たらいいんでしょうね。

投稿: 三介 | 2007年12月11日 (火) 21時03分

三介 さん まいどありっ!
 宗教関係というのは、たとえばかつてのサラエボでは、イスラムの人とセルビア人が結婚してその子供はユーゴスラビア人を名乗っていたというケースが多数ある。またイラクでシーア派とスンニ派というけどそのシーア派がまたいくつにも分かれていて、とても二大勢力で大決戦するという間柄ではないらしい。
どうも、国家権力が戦争するためにけしかけたか伝説をつくりあげたという線が強いように最近は感じてます。

投稿: ましま | 2007年12月11日 (火) 21時48分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/9353404

この記事へのトラックバック一覧です: バルカンの悲劇:

« アメリカとイラクの国民意識 | トップページ | 国境線 »