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2007年12月12日 (水)

国境線

 前回の記事「バルカンの悲劇」は、コソボとセルビアの間に国境線を引きコソボを独立させ、コソボ独立後に隣国アルバニア共和国との国境線をなくしてしまおう、という話である。こんなことが、一滴の血も見ないで実現するものだろうか。

 小学校の頃、樺太のまん中にあるソ連との国境線を、国境に沿って林を帯状に切り開き、石碑を立てた写真入りの教科書で習った記憶がある。朝鮮にも国境線があったはずだが、隣が満州国のせいかこの方を習った覚えがない。

 現在は、陸上に日本の国境はない。したがって、島の帰属をのぞいて他国のような深刻な国境や民族紛争をかかえることがない。たとえは悪いが、対馬に40年以上かけて朝鮮人が流入し、人口の90%に達した。そこで対馬が独立宣言をし、それがかなった暁には日韓の国境線を玄界灘に移し変える、などとなったらどうするか。

 実は日本の古代に、それと似た話があるのだ。そもそも、国境線などというものは、いつ誰が何のために決めたのか。それを考えるための参考に次の話を紹介しておきたい。縄文・弥生時代にはまだ国家がない。国家がなければ国境もあり得ない。出入国管理や、貿易管理のようなことが始まったのは古墳時代末期、「日出ずる国の天子」などという国書を出した推古朝からであろう。その少し前、敏達12年(583)にこんな事件があった。

 百済の国に、官位としては第2位にあたる達率の日羅という人がいた。この人は葦北(熊本県)国造の子で日本人である。百済の官僚には中国人もおり、外交政策のバランスを取っていたのかも知れない。いわば国際感覚についての先進国だったのだ。

 天皇は、太古から倭人がいたとされる朝鮮南部の任那(みまな)の運営が行き詰まっていたため、日羅を呼んでその意見を聞くことにした。百済王は訪日派遣を渋ったが、日羅監視の大随行団を伴うことでこれを許した。日羅は、軍事・外交上の諮問に対し、種々有益な意見具申をしたが、最後にこう付け加えた(日本書紀)。

 「百済人から船300艘をもって筑紫への移民の申し出があったら、ひとまず許可を与えてください。百済が新たな国を造るたくらみがあれば、必ず女子と子供を船に乗せます。それが察せられたら、お国はすかさず対馬・壱岐に多くの伏兵を置いて入港を待ち、殺してください。決してだまされてはいけません。日常、要害を固めておくことが肝要です」

 百済にそのような陰謀があったかどうかわからないが、かつては往来自由であった海峡が6世紀には「国家」という高い障壁にはばまれた。それまでは朝鮮に倭人が、日本には韓人(からひと)が渡来し相互に渾然と解け合って生活していた。しかし、日羅は、百済に対する裏切りと見られ、随行団の手で暗殺された。

 コソボ問題に日本が干渉する余地もないしまた、すべきでもない。しかし、日本になにかすべきことがあるのかどうかを考える場合、こういった面からの慎重な考察が必要な事はいうまでもない。これは決してバルカンだけの問題ではないからだ。 

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